当サイト隠蔽工作の正体

東京圏の人々は偏差値入試順に列を作って、サイコパスの類を高い地位に就け、大金をやっている。私はその有様をみてなんて卑しい人達なのだろうと呆れ返っていたのだが、結局、なぜかれらがそうしているかなら、単にかれらが暗愚だからなのである。悪意もあるがそれ以前に無能なので形式主義的なのだ。
 一体、邪悪な人間が指導した社会が善意の社会を作れるかといえばそれは不可能事なので、十年後、百年後、千年後の東京圏は破滅的な結果になっていることは考えるまでもない。



 我々にいえるのはかれらを反面教師にすべきことで、できるだけかれらのなにがどう誤っていたのか逐一調べておくことだ。

 先ず東京圏の人達一般は、知能の診断について大きく誤解している。かれらは全ての人達が同一条件下で同一目的・同一意欲で同一教育を受ける誤った前提に立ち、型に嵌った学歴のうちかれらの中で18歳近辺に受けることになっている大学入学段階の偏差値入試の序列が賢愚自体だと考える。



 この考えはおそらく科挙の風儀が変形されたもので、特に明治以後の150年で東京圏の人々が総じて大企業に依存しくらすアキンドになったのと関係している。また主な官公庁が形式的にこの風儀を強化した。
 裏を返せばかれらはその悪習がどれほど馬鹿なものなのか知る能力がないのだ。
 一言でいえば東京労働者の偏差値階級差別。その上に皇族と呼ばれる殺人暴利の教祖集団が乗っかっている。成程誰がどう見ても邪悪な秩序である。
 我々にいえるのはこの不合理なばかりか下卑た序列ができた経緯は関西・西南地方からやってきた人々の愚かさ、卑しさに由来していたということだ。



 生まれによって中身を問わず絶対的に人種差別する。これはそれ自体が世界で最も愚かな考えの一つなのは確かだが、関西地方の人々はもともと浅ましいこの種の差別を常識だと信じきるほど平均民度が低かったので、江戸を東京に改称した頃にその風儀をもちこんできた。第一に皇室がまがまがしいのである。
 第二に、明治期に侵略してきた九州・山口・高知などから来た人々の自己中心的な卑しさが、東京圏でその種の階級序列を強化した。いわゆる華族令。GHQがそれを解体後も基本序列は学閥として残った。差別を目的にしている東京圏文化は、やはり西南地方の低民度の人達の考えと混じってできあがっている。
 第三に、東海道を商人が行き来し、この序列を旧帝大間でさらに強化していった。例えば愛知・静岡県民など中部人の類が妄想として東京圏・京都圏にもつ異常な羨望や嫉妬を目の当たりにすると我々は文化衝撃を受ける。なぜなら現実の東京や京都はかれら中部の田舎者が考えるのと全く違うスラムだからだ。
 東大、京大を異様に信仰している或る奈良県民の言説を私が逐一聴き取ったかぎり、教育過剰な傾向の奈良の或る家庭(公務員の家)では、偏差値序列の差別に殉じて人生を経るのがほぼ宗教として子供におしつけられていた。いいかえれば、東海道の東京・京阪間にはその種の奇形な学閥教義が現に存在する。
 こうして、総じて歴史的経緯としては

1.皇族と称する殺人教祖の移入
2.薩長土肥ら西軍の蛮習の上書き
3.東海道商人の妄執的な学閥信仰

が、なぜ東京圏の人々がその種の差別を絶対視しているかの理由である。特に拝金教義がこれらを強化しているので、知能の精確な分析など全く省みられない。

 教育や生育条件は多様で、個人は意欲も目的も違う。しかも18歳の段階で等しく同じ試験を受けるとも限らない。さらにその試験の一度の成績が、複雑な賢愚自体を証左する筈もない。知能指数すら同年代に対する一部の脳の働きの相対値でしかないし、その種の典型的な科学の公教育は限定的意味しかない。
 一般知能因子、特殊知能因子のうち後者について定型教育で測りうるとも余り考えられないし、才能や性格、その他、芸術、工芸、技術、好学心、運動、商業、政治、宗教、外見、あるいは道徳性のみならず、単なる知識に於ける独創性などあらゆる個性の類はある国の典型的な科学教育に現れない能力である。
 ではなぜ東京圏の人々(及び、広くは東海道の商人衆)がそれほどまでに、幼少期のかれらの定型科学教育を絶対的身分差別の指標とまでに思いつめているのかだが、前述のよう悪意も十分に感じられるが、それよりなにより驚くほどかれら一般が無能だからだ。平均民度が低いので暗愚で不合理な秩序を作る。
 一体どの様な悪意がかれらにあるか、まず他人を差別したいのだ。それによって被害を受けるのはかれら自身でもあるが、自らなにを誤っているか理解するほど知恵もないので、殺人教祖やその足下にはべる金持ちのもとの奴隷的境遇に甘んじている。そして自尊心を補完するため華夷秩序でいなかを蔑視する。
 京都市も『京都ぎらい』などで一般にもよく知られる様になったが、平安時代の『枕草子』から何もその点変わらない。差別がイケズ文化の一部になっているので、京都市内で中華思想、あるいは東京譲りの学閥を主張している節すらある。
 大阪府民や、名古屋市民もかれら東京や京都の暗面をまねている。
 総じて中部民一般は東海道間の文化に属するので、この東京圏・関西圏の中間的な考えを持ち易いのだろう。それで、かれらはどちらの暗面にも程あれ影響を受けている。
 商売で金儲けし中韓系の渡来人による殺人教を強化する。その為に浅ましい差別を絶対的教義として繰り返す。疑う者は排除する。

1.奈良伝来の殺人教を信じるのは一切やめる
2.薩長流儀の階級・門地差別の類は蛮習として放棄する
3.東海道商人の学閥信仰は暗愚な証として無視する

 これらが少なくとも最低必要な東京圏の野蛮な風儀を退ける心構えといえるだろう。勿論、我々がそうしたところで東海道民一般は反省しないが。
 百年、千年、万年後の社会秩序を考えれば、東京圏、関西圏、中京圏は滅び去って跡形もない。それは彼らの社会秩序が上述のよう明らかな蛮習でできているのからも明らかだろう。アリストテレス曰く「はじめは全体の半ばなり」。最初の時点で野蛮な人々を見分けその悪習を避けられればあとはたやすい。

鈴木雄介
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最終更新:2020年03月22日 21:43