あの後すぐに電話が切れた。俺は思わず最後の言葉をもう一度、心の中で呟く。
――あの化け物を倒せ。
……は?あの化け物って、絶対ナメクジの様な奴だよなぁ?あんなの倒すなんて、無理言い過ぎるだろ。
しかし、よく見ると確かに化け物より更に向こう側に見える湖までの通路に2人の武装した兵士に連れられている稲見ちゃんと、その遠くから隠れるようにしゃがみ込んでいる羽嶋が居るのが見える。
そこで俺は決心をした。
――◇――
「おい、葉月」
「ん?」
蔵田が携帯を切った後に、蔵田は少しの間を置いた後に僕に話しかけてきた。その表情は緊張感に満ち溢れている。
「……あの化け物をぶっ潰すぞ」
一瞬、冗談かと思った。が、表情はやっぱり真剣だ。だから、敢えて理由は聞かずに従うことにした。でも、これだけは聞いておこう。
「どうやってあんなの倒せばいいの……?」
「簡単な事だろ。まず、俺があの化け物のめんたま(眼球のこと)を潰しておくから、お前はあの怪物の背中の棘やムチを切りはずせ」
その言葉は僕に言い聞かせると言うよりも、自分に言い聞かせると言う風な感じだった。内心、蔵田も物凄く怖いのだろう。だから頼りない気もした。
「それじゃあ、ここから緑色の茂みまで一気に飛び降りるぞ……」
蔵田はそう言った傍から、すぐに建物の屋上からフェンスを飛び越えて緑色の草が生い茂る地面を踏んだ。僕もそれに続き、恐る恐るフェンスを飛び越えて地面まで着地した。が、思ったよりも綺麗に着地できたので後になって少し驚いた。そして、僕と蔵田はあの怪物や狂った人々に見つからないようにすぐに湖のすぐ傍にある木の陰で身を潜めた。
「いいか。あの化け物よりも向こう側に稲見ちゃんや……しゃがみ込んでてよく見えないと思うが、羽嶋の姿が離れ離れに見えるだろ?」
蔵田の言葉に釣られる様に蔵田が刺した方向を見ると、確かに彼らの姿が見えた。もっとも、稲美は二人組の兵士に両腕を掴まれながら無理矢理連れて行かれてる様だが。
「羽嶋が言うには、アイツが稲美ちゃんを救うと同時にあの化け物共の注意を逸らすから、その注意が引いている内に俺とお前で化け物を倒せだってよ」
確かに見る限りはこれ以上、羽嶋に隠れる場所はなさそうだった。だから羽嶋は「あの化け物を倒せ」と僕と蔵田に要求したと言うわけか。確かに納得はしたが……それでも僕にはあの巨大な化け物を倒せる自信が無かった。どうか……僕の背中をしっかりと押してくれる人はいないのだろうか――
――◇――
あの忌まわしい炎は未だに消えない。
俺の目から、俺の耳から、そして俺の頭の中から――
とても目障りだ。
とても耳障りだ。
怒りが絶えず湧き出てくる。
あの赤い髪の女は何処へ行った。
必ず俺がこの手で殺さなければならない。
俺はあの女のせいで絶望の淵に陥れられた。
俺は身体の限界すら感じずに全力で探し続けているが、どこから炎の音がするのかが分からない。なんとしてでもあの女を殺さないと……いや、少し冷静に考えてみよう。
あの女を殺すことを前提として、俺の今後の選択肢は二つある。一つはそのまま公園に脱出するという方法だが、俺の実力さえあればこの公園からは簡単に抜け出せるだろう。が、それでは"あの男"の信用を失うことになる。
そこで、二つ目の選択肢だ。それは、『湖の住人 (Resident in lake)』の異名の通り、この公園の湖に住み着いた"旧支配者(Great Old One)"の一人であるグラーキ(Glaaki)を殺すことだ。いや、『住み着いた』と言っては語弊(ごへい)がある。ここは『浮上した』と言ったほうがいいだろう。
俺がさっき言った"あの男"……俺の目的を達成する為の情報提供者だが、彼によると旧支配者はその強大な力を持って地球を支配しようとする連中であり、グラーキは"夢引き"と呼ばれる、夢を通じて対象者を呼び寄せる行為で眷属を増やすが、夢引きで呼び寄せられる人数は無制限なものの、その範囲は奴の脳から100m弱の距離しか届かない。
(『眷属』「けんぞく」と読む。配下の者を指す。例えば、悪魔は魔王の眷属、天使は神の眷属、存在する物全ては全能なるヨグ=ソトースの眷属)
しかし、グラーキは余りにも巨体である為に一人で倒すのは困難だ。この選択には"命のリスク"がある……
――そういえば、あの二人組は何の用であの燃えた森林まで来たんだ?