「で、どうなんすか?坂東先輩」
蔵田がいつも通りの気だるそうな口調で言ってきた。まぁ、彼も分かってたんでしょうね。私が断るって事を。
「残念だけどあの力のレクチャーは止めさせてもらうわ」
「……何でですか?」
そう言ったのは意外にも蔵田ではなく、稲美だった。
「何でってあの力は少し危険すぎるし、それに彼が無茶させすぎなのよ。事件の中心に戻れって……最低だと思わない?人の命を何だと思ってんだか……」
「でも……!」
「あぁ、稲美ちゃん。諦めも肝心だぜ?先輩の言ってる事もある程度説得力はあるしな。あんな地獄みてーな所に戻れってのがそもそも悪いんだよ。皆は先に帰っといていいんだぜ?俺はまだ用があるけどよ」
「おい、蔵田……」
――いいから帰れよ
その時の蔵田の口調には明らかに貫禄があった。あんな貫禄、生半可な度胸がある奴に出せるわけが無い……
そう思うと、今度はいつもの気さくな口調で――
「羽嶋、葉月、稲見ちゃん。俺はあんな地獄みてーな場所に戻ったりしねぇよ。だから安心しな」
と言いながら、皆を半ば無理矢理ここから立ち去らせた。そんなに私が頼りなの?
「さて……どうすれば俺にあの力の使い方を教えてくれるんですか?」
そう言うところが面倒なのよね。蔵田って……
でも『諦めが悪い』というのは『努力』とも言えるから大衆から見れば蔵田は少し独り善がりなだけのいい奴かもね。
あぁ、言葉って何か怖い。
「あなたって一度ムキになれば一人で何かをしたがるのね」
「どうせ、あのままだったら断るつもりだったんだろ。ここまでしなきゃ先輩は本気になってくれませんからね」
ハァ……こういう所は絶対駄目だ。何故そこまで一人でやる事に拘(こだわ)るんだか……
――私、どうすればいいの……?
「ちょっと答えが出るまで考えさせてもいいかしら……」
私は整理しない頭を抱えながら剣道場の裏から呆然と立ち去った。
――◇――
――先輩も色々と悩んでいるんだろうなぁ。
俺は無駄に先輩と付き合っていたわけじゃないからぼんやりと分かる。あの人はどんな仕事にも行事にも溜め息をつき、余り快く思わない。でもやる事はきっちりとやる。
……俺の記憶の中に過去の俺と先輩との会話が思い返された。
『あのくそったれ不良の"才崎次郎"達が善良な生徒を3人リンチにしてボコボコね……』
『先輩、今回は真面目に俺を頼ってていいんですよ?なんせ、先輩はよく悲しくなるほど溜め息ついてたし――それに、先輩は女でしょう?
女が拳なんて汚しちゃ駄目だろ……?』
『……やっぱりあんたいい奴ね。でも、今回は私が直々にやるわ』
そう言った時の先輩の表情はなんていうか……決意に満ち溢れた瞳をしてなかった――というより、何かの虚無感を感じた。皆は先輩を面倒臭がり屋だと思っているが、俺はそうではないと思う。もし本当にそうだったら、そもそも俺が先輩と知り合うことなんてありえなかったのかもしれない。
もし、先輩が深い悩みを抱えているのを打ち明けたら俺は全力で彼女を助けてやりたい――
「蔵田ぁぁ……大変な事になっちゃったよ……!」
俺の思考を遮ったのは間違いなく坂東先輩だった。一体、声まで震わせてどうしたんだ……?不吉な予感しか頭に入らない。
――◇――
「本当にこのまま帰る気なのか?」
「……まさかね」
最初に私達に語りかけたのは羽嶋先輩だった。
蔵田先輩はまた無茶しているに違いないんだから……今度は私たちが助けなきゃいけないんだ。
「稲美ちゃんはどうするの?」
「答える必要なんてあるんですか?皆、最高の友達で命の恩人でしたよ。それをほっといて何が友達ですか!」
「……いい事を言うな」
私も強くなって皆を助けられるようになりたい。それが今の私の願い。やっぱり一度断られたくらいで逃げるなんて嫌だよ……だから、皆で助け合うんだ。
「いいな?このまま剣道場へと戻るぞ。アイツが何て言おうと俺たちは蔵田と共に強くなる」
――プププププ……お電話です
ん?誰の電話だろう?
「すまない、俺の携帯からだ」
羽嶋先輩は携帯を掛けた。
「もしもし?あぁ、蔵田か。
……ん?早口すぎて何言ってるか分からないぞ……
……なんだと!?分かった!すぐこちらに向かう!」
羽嶋先輩は顔色を悪くしながらすぐに携帯を閉まった。
「……剣道場が何者かによって壊滅状態になったらしい。怪我人は多数……」