「はぁ~、今年も家族全員揃っての
クリスマスだったね~」
夕食後、柊家の居間で四姉妹の次女
まつりが嘆息する。
「そうだね~、毎年みんな一緒にいられたらいいね~」
末っ子の
つかさがいつもののんびりとした調子で言うと、まつりはヤレヤレといった感じで
首を振る。
「つかさ…… アンタはそれでいいだろうけどね…… 私たちはそれじゃあマズイのよ。
ううん、私はまだいいわよ。いのり姉さんなんかはそろそろ崖っぷち……」
「まつり? なにか言った?」
「ううん、なんでもない」
台所から飛んできた長女いのりの追求をかわし、まつりの愚痴は続く。
「やっぱりこう、クリスマスと言ったら世間的には恋人たちの為の
イベントじゃない?
それを毎年家族とのんびり過ごしていられるほど私は枯れちゃいないのよ。」
「そんなに言うなら早く彼氏つくればいいじゃない」
三女の
かがみがサラッと突っ込む。それは論理的には正しいのだがそう上手く事が
運ぶとは限らないのが世の中である。
「簡単に言ってくれるわね…… 本当にいい男ってのは中々見つからないのよ~?
運命の人というかデスティニー的な何かを感じるような……」
「ハイハイそうですか。それじゃちょっとコンビニ行ってくるから」
かがみは姉を適当にあしらうと立ち上がって出かけようとする。
「あ、そうだ! かがみ。アンタの友達のさ、あの子紹介してよ~。
アスカ君だったっけ?
彼、美形で可愛くていい感じじゃない? 仲良かったよね?」
「……いってきまーす」
「ちょっ、かがみ! 無視すんなー!」
「まったく男、男って。大学生なんだから他にやる事あるだろうに!」
雲がでているのか星の見えない寒空の下を妙にプリプリ怒りながらかがみは
コンビニへと向っていた。怒る理由は何なのか。学生のクセに学業に身が入っていない
態度にか。それとも同級生を、それもよりによってシン・アスカを紹介しろと言った事に
対してか。
「べっ、別に私はあんな男のことなんかどうでもいいんだけど!」
自分に言い聞かせるように呟いてみるが、その意志とは無関係に胸の奥が疼く。
なんとなく気になってしまう、気がつくとその姿を探してしまう。かがみにとってのシンは
そういった存在である。それは恋の初期症状とも言えるのだがそれを自覚するには
かがみはいかにも経験不足であった。
こなたはかがみとシンを似ていると評したがそれは少し違っていて。彼はどこまでも
真っ直ぐで理不尽を認めない、そして屈しない強さがある。保身よりも人を守ることを
優先できる勇気と優しさがある。それでいて、時に無鉄砲な程の行動力を産み出す
その生命力の輝きは堅実さを旨とするかがみにとって眩しいものだった。
そういえば今頃シンは何をしているのだろうか。冬休みに入ってからは会っていない。
学校で会って毎日のように口喧嘩していた騒がしくも充実した生活が少し恋しくなる。
彼は泉家の居候なのだから、今日はやはりこなたと一緒に過ごしているのだろうか。
なんだかんだで仲の良い二人だからそれも無理からぬことだ。
「そうよね……シンにはこなたがいるんだからね……」
胸の奥に妙なモニョリとした形容しがたい感覚が生まれる。
「ハァ……私は一人で何をやってるんだろ」
気がつくといつもコンビニを通り過ぎていた。
「いぃらっしゃいませぇぇぇ! ……って、かがみ?」
結局、少し遠くのコンビにまで足を伸ばしたかがみを出迎えたのは既に聞き慣れた、
今聞きたいと思っていた声だった。
「シン……? アンタここで何やってんの?」
そこは泉家の近所を避けてバイトを探したシン・アスカの働いているコンビニだった。
「いや、何って言われても……バイトに決まってるだろ」
「ううん、まさかこんな近くで働いてるとは思ってなかったから」
「確かに遠くはないけどさ、お前んちから一番近いのは確か……」
「あ、あそこには欲しいものがなかったから仕方なくここまで来ただけよ!」
シンの事を考えていたら行き過ぎてしまったなどとは口が裂けても言えないので適当な
ことを言って誤魔化した。
「そうか。何探してたんだ? おでんか、中華まんか? あ、そうだデザートか」
別段疑いもせずに店員モードに切り替えるシン。口調は普段どおりだが。
「食べ物ばっかりじゃない! アンタの中の私のイメージはそれしかないのか!」
「違うのか?」
本気で首を傾げるシンを軽くすり潰してやりたい気持ちになるが、かがみも既に何の為に
家を出てきたのか忘れていた。
「え、ええとそうね……あれよ、おでんでも食べながら散歩でもしようと思ったのよ!」
思わず適当なことを口走ってしまう。これではまるで家に帰りたくない中年サラリーマン
ではないか。
「なんだ、やっぱり食べ物じゃないか。それならさ、15分くらい待っててくれないか?
俺も夕飯まだだから一緒に食べようぜ」
「ホントに!? ……ど、どうしてもっていうなら少しは付き合ってあげてもいいわよ!」
予想外のところに食いついてきたシンに、できれば少しは不思議に思ってほしいと
思いつつも頬を染めソッポを向いて答える。トントン拍子に進む神展開に、もしもかがみが
乙女座であったならセンチメンタリズムを感じていただろうが乙女座なのはシンである。
「サンキュー、かがみ。まあ、後はタイムカード押すだけなんだけどな……ん?」
「……シン。お前はもうあがれ。タイムカードは俺が押しておく」
どこから現れたのか最初からいたのか、もう一人の店員がシンに声をかける。
「ハァ? でもあとちょっと……」
「問題ない。今日は暇だ」
「でも、なぁ…… ホントにいいのか?」
もう一人の店員は黙って首肯する。
「わかった! ありがとう、恩に着るよ! じゃ、おでんと中華まんは俺の分も頼む!」
「……了解」
シンもかがみも多少気が引けたがここは好意に甘えておくことにする。シンが着替えに
行き、出てくるまでの間につかさにメールを送る。知り合いと会ったので少し話してくから
遅くなるかも、と。嘘ではない。ぼかしているだけだ。そうしているうちに、ジャケットを
羽織ながらシンがロッカーから出てくる。
「悪い、かがみ! 待たせた! とりあえず近くの公園でも……っと、お疲れっしたー!」
「別にいいわよ。あ、すいません……ご迷惑をおかけしました」
シンとかがみは残った店員に挨拶をして店を出る。残された店員は拳を握り締め呟く。
「俺が……俺がクリスマスだ……!」
高台にある公園には誰もいなかった。例年よりも冷え込んでいるせいか恋人たちも
家でしっぽりを決め込んでいるのだろう。とりあえず、と手ごろなベンチに陣取る。
「で、なんでまたクリスマスだってのにバイトなんかしてたのよ。てっきりこなたと一緒に
過ごしてるもんだと思ったのに」
おでんをつつきながら気になっていたことを聞いてみる。
「こなたもバイトだぞ。なんでもサンタフェアがどうとか……まあ
そうじろうさん一人で
留守番にするくらいなら残っても良かったんだけどな。人足りないっていうからさ」
「色々と予定がある人が多いからね。社会人はともかく、こんな日にバイトなんて
寂しい独り者ってイメージあるからワザと休んでる人もいるんじゃない?」
「マジで? そんなトコで見得張ってどうすんだろうな。っていうかお前はどうなんだよ?」
肉まんを頬張りつつ、心底理解できないという顔をしたシンが問い返す。
「ウチは家族全員勢揃いよ。姉さんたちは文句たらたらだったけどね」
「なんで文句なんだ? 家族が揃うなんていいことなんじゃないのか?」
「そ、それは……まあ姉さんたちも年頃だから彼氏と一緒に過ごしたいとか……」
「ハハッ、そういうことか。それを言ったらかがみも残念だったな」
実際はそうでもない。偶然とはいえ想い人とささやかな夕食を共にしているのだから
むしろ思わぬクリスマスプレゼントと言えなくもない。
「アンタこそ、こなたと一緒にいなくてよかったの?」
「待てよ、それじゃ俺とこなたが恋人同士みたいじゃないか」
「え? あ、いや、その……ち、違うの?」
「こなたは俺の
保護者の娘でこの町に来て最初の友達、ってところか。まあ、大事な人
だってことには違いないけどな」
屈託なく笑いながら言う表情から含むところは無さそうで、かがみは少し安心すると
同時に親友に嫉妬していたことに気づき軽い自己嫌悪に陥る。
「それにこうやってのんびりしながら夕飯ってのも楽しいし」
「か……感謝しなさいよ! せっかくこうして付き合ってあげてるんだからね!」
そう言いながらも思わず声が上擦ってしまう。昼間であれば、顔も耳まで
赤くなっているのがバレバレだったろう。
「いや、本当に感謝してもしきれないよ。かがみにも、こなたやつかさ、
みゆきにも」
「……そ、そう。それならいいわ!」
そう言われて嬉しくないわけがない。普段は憎まれ口ばかり叩いている癖に時々妙に
素直な時があるのだ、この男には。厄介なギャップである。
「それにしても今日は一段と寒いな」
シンは空になった容器や袋をゴミ箱に捨てるとベンチとは反対方向へ歩き始める。
かがみも後を追って立ち上がる。夜景、と言っても都会ではないので明かりがまばらに
見えるだけだった。
「そういえば、雪が降るかもしれないって天気予報で言ってたわね。糟日部では数年振り
のホワイトクリスマスだって」
「……雪? 雪が降るのか。」
シンはあからさまに表情を曇らせる。
「シンは雪嫌い? つかさは楽しみにしてたみたいだけど」
「嫌いってわけじゃないけど。いい思い出は無いな」
「そ、そう……っていうか、アンタ自分の話しないから反応に困る時があるのよ」
「うーん……そんな昔のことじゃないんだけどな……」
シンの過去。どうやら天涯孤独であるということ以外は知らなかったがやはり辛い思い出
なのだろうか。話すべきか止めておくか逡巡するシンを見てかがみが無意識に身構える。
「あんまり楽しい話じゃないけど聞いてくれるか?」
かがみが頷くのを確認すると、深呼吸してからシンは話し始めた。
「家族が死んでから2年くらい経った頃、俺はあちこちを転々とする生活をしてた。
ある町で海にいった時に一人の女の子が溺れているのを助けたんだ。その女の子
っていうのがちょっと普通じゃなくて、なんていうか……精神的に、凄く不安定でさ。
何か辛い目に遭ってきたんじゃないかって、俺はそう思ったんだ。俺も似たような時期が
あったから、だから守ってあげたいと思った。なんだろうな、ひょっとしたら死んだ妹と
重ねてたのかもしれないけど」
「まあ、その時は保護者らしき人がいたからそのままお別れしたんだけどさ。しばらく
経ってから偶然再会した……前より酷い状態で。俺のことも忘れられてた。もう必死
だったよ。思い出してもらう為、助ける為に身体張って実際何度か死にかけた。周りにも
散々迷惑をかけた」
「でもその甲斐あってか俺のことは思い出してもらえた。あと一歩で助けられる……
って思ったんだけどな。駄目だった。目の前で彼女は死ぬことを何よりも怖がっていた
その子は死んだ……一年くらい前かな。雪が降ってたよ、その日は」
話し終えてシンは大きく白い息を吐き出す。涙を堪えているかのように、雲の向こうの
星を見ようとするかのように空をジッと見上げていたが、かがみの反応がないことに
気づきなんとか取り繕おうとする。
「悪いな、なんか暗い話になっちまった……ハハ、こんなんだからいつも空気読めって
言われるんだよな!」
明るく振舞ってみるがかがみは俯いたまま唇を噛み締めている。シンが困惑していると
ようやくかがみはか細い声を出した。
「辛いコト、思い出させちゃったね……」
「いいよ、別に……って、なんでお前が泣いてるんだよ」
「……え?」
気づけばかがみは涙を流しており、シンのほうが思わず慌てふためく。ハンカチも
ティッシュも持っていない己のだらしなさがこれほど恨めしいと思ったことはなかった。
仕方ないので手で涙を拭ってやる。なんとなく情けない。
「ゴメン……私、知らなくて……」
「いや、俺も黙ってて悪かった。隠したいわけじゃなかったんだけど、あんまり人に話す
ようなことでもないと思って……」
かがみは涙を流したまま無理矢理な笑顔をつくるとストレートな感情を吐き出した。
「そうじゃないわよ。私、今までアンタのことなんとなく解った気になってて。上辺しか
知らない癖に、浮かれちゃって。おかしいよね、私はシンの笑ってる顔のほうが
好きなのにね。そんな哀しそうな顔見たくなのにね」
言われてシンは思わず自分の顔を触ってみる。そういえば、涙は流れていないようだ。
「ゴメンね。シンのこともっと知りたいからってつい我儘言っちゃって……」
「そんな……そんなことはない」
彼女はきっと本気で自分のことを理解しようとしてくれていたのだろう。普段、喧嘩ばかり
している彼女の奥にある優しさがシンの心を溶かしていく。
――応えてやりたい――目の前で泣いている少女の為にそう思った。
シンは泣いているかがみに歩み寄り、そっと抱きしめる。恋人同士の抱擁とは違ったが
今は、今だけでもこの状況に甘えようとかがみもシンに身を委ねる。
「昔のこと話すとさ、いつも落ち込んで泣いてばかりいた。でも……それだけじゃ駄目
なんだよな。忘れることはできないけど、忘れちゃいけないけど。それでも今、目の前に
ある大事なものをちゃんと見ないといけない。そんなことに気がついてなかった。」
シンは言葉を一つ一つ、不器用ながらも素直な気持ちで重ねていく。
過去を背負うのと、過去に縛られるのとでは違う。縛られて今が見えなくなっていては
時間が止まっているのと変わらない。永久に嘆き続けるだけなのだ。その負の連鎖を
断ち切らなければならない。今、その覚悟ができた。
「失うのが怖いから大事なものを作らなかった。目を逸らしていた。でもそれは弱さだ。
俺はもう泣かない。強くなってお前たちの優しさに応えたい。」
一気に話すと腕の中のかがみを見る。目が合った。微笑んでくれている。
「ありがとう。俺、かがみに話せて良かった。おかげで大事なこと、思い出したよ。
……いや、お前には迷惑な話だったろうけど」
「ううん。私も嬉しかった。大事な話、してくれたんだから……ありがとう」
照れるシンの胸にかがみはもう一度顔をうずめる。
手に何か冷たいものが触れたのに気づいたシンが空を見上げ、かがみもそれに倣う。
白い結晶が夜空を舞っていた。
「……雪、降ってきたね」
「ああ。でも、もう大丈夫だ」
――雪はいつか融けるから――
最終更新:2008年01月07日 23:24