14-633

2月14日、昼休みの2年C組の教室で柊かがみは一人不貞腐れていた。いつも通りであれば隣のB組でつかさやこなた達と昼食と共にするのだが。
「……で、柊ちゃん。アスカ君にはチョコ渡したの?」
「え? ああああんなヤツになんで私ががが」
クラスメイトの峰岸あやのに突然話しかけられたかがみは壊れたラジカセのような声をあげる。あやのはヤレヤレといった感じで前の席に腰を下ろした。
「浮かない顔してるからもしかしたらと思ったんだけど……予想通りね。」
「フン! あんなスケベ男のことなんか知らないわよ! 女の子に囲まれて鼻の下伸ばして、見苦しいったらありゃしない!」
腕組みをして鼻息荒く言い放つかがみをなだめるようにあやのが言葉を挟む。
「まあまあ落ち着いて、何があったか話せる範囲で話してみて。相談なら乗るから、ね?」
「べ、別に大したコトじゃないけど。シンの奴、朝から他のクラスの女の子からチョコ貰ったとか言ってヘラヘラしてるから、その、なんていうか腹が立って……」
「また喧嘩になったの?」
「い、いや、流石にそこまでは……あ、でもちょっと無視してたからやっぱ怒ってるかも」
そう言いながら若干しょぼくれるかがみ。さっきまでの勢いは何処へやらである。
「アスカ君って密かに人気あるからね。それで渡す機会を逃しちゃったんだ?」
「ちょっと、私は別にチョコ渡すとは言ってないわよ!」
「でも柊ちゃん。その手……傷だらけだけど、昨夜チョコ作ってて火傷でもしたでしょ?」
指摘されてかがみは慌てて手を隠す。十本の指のうち実に七本と左手の甲に絆創膏やら包帯やらがひしめき合っていた。かがみはあまり器用なほうではないので家事全般が苦手なのである。
「聞くまでもなかろうよ、って感じね……せっかく作ったんなら渡すだけでも渡しておいたほうがいいわよ? 黙って見てる内に他の子に持っていかれたら絶対後悔するし」
「さっさと誰かとくっついて落ち着いてもらったほうがうっとおしくなくていいわ」
あくまで意地を張り通そうとするかがみを見てあやのは少し意地悪い笑みを浮かべる。
「ホントに? ホントにそう思ってるのかな?かな?」
「え……も、もちろんよ!」
「嘘だッ!」
「あひゃ!?」
普段温厚なあやのの迫力にかがみは素で驚く。もっとも怒ると結構怖いということは共通の友人であるみさおから聞いているので無理もないが。
「ゴメン、冗談っていうか一度言ってみたかったの。それより本当にそれでいいの?何もしないで彼に恋人ができて、それで納得できる?」
「別に!」
流石にいたずらが過ぎたかと謝りながらもあやのは問いかけるが、かがみはますます口を尖らせてソッポを向いてしまう。
「他の女の子からチョコ貰ってるの見て嫌だったんでしょ? それって焼きもちじゃ――」
「違うわよ! だから私は別になんとも思って……」
「でもアスカ君と一緒にいる時の柊ちゃん、すごく嬉しそうだよ?」
「なっ……そ、そんなことない! ……と思う」
「ホント、強情ね……でも身体は正直よ? 顔真っ赤だし」
「あ、あれ? ホントに?」
嘘でも誇張でもなくかがみの顔は耳まで赤くなっていて、あやのは少し呆れる。
「もう、単刀直入に聞くわよ。柊ちゃん、アスカ君のことが好き?」
「……ひょっとしたら、多分、そうかも」
「ふう、よく言えました。ホントに強情なんだから。」
ようやく口を割らせたあやのが眉尻を下げる。
「でも、でもアイツはどうせ私のことなんか……いつも喧嘩ばっかりしてるし」
「心配の種はそこね? 大丈夫よ、柊ちゃんはかわいいから。それに彼だって悪くは思ってないはずよ? 柊ちゃんと一緒にいる時の彼、楽しそうだもの」
「ええっ! あ、あれで?」
「うん、アスカ君ってちょっと人と距離を置いてるところあるから。でも柊ちゃんといる時は我慢しないで怒るし笑う時も普段より無防備で自然に見えるの。あれって多分柊ちゃんにしか見せない一面だと思うの。本人は気づいてないと思うけどね」
「よく見てるわね……」
「うふふ、私から言わせれば柊ちゃんが鈍いのよ? 彼ほどじゃないけどね」
「そ、そうかな……?」
「まあ、それはいいとして放課後にでも渡してくるといいよ。とりあえず手はうって……」
「お~い、あやのー。ウサ目と約束とりつけてきたぞー」
あやのが言い終わる前にみさおが教室に入ってくる。どうやら隣のクラスにいっていたようだ。
「放課後、体育館の裏なー。まったく世話の焼ける奴らだぜ」
言葉とは裏腹にニヤニヤしながらみさおが告げる。どうやらすべてはあやのの掌の上だったことに気がついたかがみは肩を震わせてどこかの誰かのように叫ぶ。
「何やってんのよ! アンタ達はー!」

「……で、何か用?」
放課後の体育館裏というベタベタな待ち合わせ場所に現れたシン・アスカは開口一番ぶっきらぼうに言い放つ。朝、つれない態度をとったことをまだ根に持っているのかもしれない。
その物言いにかがみは思わず突っかかりそうになるが、元々自分が悪いと思い直して辛うじて抑える。
「おい、用がないなら帰るぞ。俺も暇じゃないんだからな」
「ふぅん、また女の子でも待たせてるのかしら?」
「ハァ? なんでそうなるんだよ!」
「朝っぱらから女の子に囲まれてウハウハだったんでしょ!」
「囲まれてなんかいない!」
「だって今朝他のクラスの子から貰ったって」
「1個だけだろ! それにアレは前に絡まれてるトコを助けたお礼って言ってたからな。
お前が考えてるようなものじゃないぞ」
「いや、それってしっかりフラグ立ってるんじゃ……」
「ん? 何だよ?」
かがみはおまえが何を考えてるんだとツッコミたくなるが藪蛇になりそうなのでやめた。
「はぁ……もういいわよ。目的を忘れるトコだったわ」
「そうだ、用ってなんだよ。わざわざ日下部に伝言なんておまえらしくないな」
「はい、コレ! 受け取りなさい!」
「ん? コレって……」
ずいっと差し出されたのは一包みのチョコ。包装もぎこちなく手作りであることは明白だ。
怪訝そうなシンの反応にかがみはまた不安になる。よくよく考えればシンはつかさやみゆきの見事な手作りチョコをもらっているはずだ。
「へ、下手で悪かったわね! どうせ私は家事苦手よ!」
そう言いつつも内心落ち込まずにはいられない。料理は優等生かがみにとって唯一にして最大の泣き所だ。
「おい、かがみ。その手……」
「な……なによ。ちょっと火傷しただけだからね」
「いいから見せろ、包帯がちゃんと巻けてないぞ」
「へ? あ、うん」
予想外の反応にかがみは思わず言うとおりに左手を差し出してしまう。シンはチョコを小脇に抱えると手際よく包帯を巻き直していく。
触れた手の温かさにかがみの心臓が高鳴る。優しく、そして頼りがいのある手だった。
「これ作る時にやったんだな?」
「うん……私あんまり器用じゃないからなかなか上手くならないのよ。がんばってはいるんだけどね……」
つかさに手伝ってもらえば良かったんじゃないのか?」
「作り方は教わったわよ。でもこれは自分でやりたかったから」
「そういうものなのか?」
「そういうもんよ」
話しているうちに包帯は綺麗に巻き付けられていた。きつすぎず緩すぎず、いい具合だ。離された手の感触が名残惜しい。
「これでよし。手、大丈夫か?」
「うん、いい感じよ。ありがとう」
「あー……礼をいうのは俺のほうだったな。コレ、ありがとう。まあ、そのなんだ……嬉しいよ」
そう言いながらシンの顔はあさっての方向を見ている。若干頬が紅潮しているところをみると彼なりに照れているらしい。かがみもつられたように首筋まで赤くなる。
「べっ、別にそんな……言うほど大したものじゃないから。なんか不細工になったし」
「不細工だろうが不恰好だろうががんばった結果ならそれでいいだろ? 俺は気にしない」
かがみの照れ隠しにも真面目くさって答えるシン。
「じゃあさ……また私が何か作ったら食べてくれる?」
「試食係ってわけか? 任せとけ。俺は丈夫だからな」
「ちょっと! どういう意味よ!」
かがみがシンに掴みかかろうとするがシンはそれをバックステップでかわす。いつもの調子に戻っている。
「だからおまえがどれだけ失敗しても俺が受け止めてやるってことだ」
「何を言ってるのよ、もう! 見てなさい、いつか上手くなってそんな口聞けなくしてあげるんだから!」
「期待しないで待っててやるよ!」
言いながら笑って逃げるシンと顔を真っ赤にして追いかけるかがみの追いかけっこは息切れしてへたりこんだかがみをシンが助け起こして無理矢理おんぶして帰るまで続いたのだった。

――そしてその光景を遠くから見守る二つの影。
「おいおい、あれじゃ作戦失敗か~?」
「八割方成功ってところね。あの二人にしては上出来よ」
「あれで? よくわかんねーな」
「ウフフ……まだまだこれからよ。みさちゃん、ガトーショコラ焼いてあるからお茶でも
しながら次の作戦会議でもしようか」
「おおっ! さすがあやのだ! っていうか妙に生き生きしてんな?」
「面白いからね。ウフフフフ……」
みさおが二人に同情しつつも当の本人たちに視線を戻すと――いつも通り、だが今までより距離を縮めて
肩を並べて歩く二人の姿が目に入った。
「ほっといても大丈夫な気もしてきたな。ま、いっかー。がんばれよー」
友人たちに密かにエールを送るとあやのの後を追っていった。

~fin~



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最終更新:2008年03月03日 10:04
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