「はぁ、渡せなかったなー」
そうつぶやいたのは泉こなた。
今日は2月15日ということを考えれば彼女の言葉の意味を自ずと理解できるだろう。
こういった
イベントを逃すはずのない彼女が何故渡せなかったのか。
理由は簡単である。
インフルエンザに罹ったのだ。
2月11日までは何も問題はなかった。
祝日を利用し
ゆたかと材料を買い揃え、家に帰ってからはゆたかの練習としてチョコを作
り、
後は本番のためのチョコを作るのみだったのだ。
しかし、翌日の朝に事態は一変する。
2月12日の朝。
起きてこない
こなたを見に行ったゆたかが熱を出しているのを発見。
シンとゆたかは学校に行かせ、
そうじろうの車で病院に行ったところインフルエンザと発
覚。
そのまま自室で療養していたが、結局治らず逃してしまったということである。
「あーあ、みんなは渡したんだろうなー」
シンが好きな皆のことだ。腕によりを掛けて作ったに違いない。
シンも笑顔で受け取ったのだろう。それを考えると気分が沈む。
「何で私だけ渡せないんだろ、はぁ」
自分とてこれを機会に飛躍的な関係の変化を望んでいるわけではない。
朴念仁が相手ではそれは望むべくもない。
バレンタインはあくまで布石なのだ。
しかし他の人物が布石を打っている状況で自分が打てないとなると
敗北感にうちひしがれるのは仕方がないことだろう、と思う。
今日一日こんなことを考えて過ごしていた。
初めのうちは寝て忘れようとし実際に眠れたが、寝過ぎたせいか今は目が冴え眠れなか
った。
何とか寝ようと思って頭に布団を被り眼を閉じていたところにノックの音が聞こえた。
「どうぞー」
布団から頭を出し答える。
おそらく誰かが見に来たのだろう。
「大丈夫かこなた」
入ってきたのはシンだった。
普段とは違う声色と表情から私を心配していることが分かり少し嬉しかった。
「うーん、どうだろ。熱は少し下がってたけど」
「そうか。あんまり無理するなよ。氷枕交換するか?」
「うん」
氷枕をシンに渡し、新しいのを受け取る。
新しいものはひんやりと冷たく気持ち良かった。
そのままその感覚を楽しもうと思ったが、先ほどまで考えていたことが頭をよぎり気になり
始めた。
皆のことが気になり、思い切ってシンに聞いてみた。
「ねぇ、シン」
「なんだよ」
「昨日はどうだった?」
「昨日?ああ、バレンタインか。結構貰えた」
予想通りシンはチョコを貰ったようだ。
この時点で少し落ち込んだがそうも言ってられない。相手を確かめないと。
「へぇ、誰から?」
「
つかさに
かがみ、高良に峰岸にみさおだろ。八坂にゆたか、
みなみ、
ひより、
パティ。
あとは黒井先生と桜庭先生と天原先生だな」
「うわ、随分と貰ったね。お返しが大変だ」
やっぱりみんな渡したのか。
私だけ渡せないなんて。
胸が痛いのを我慢して明るく振る舞う。
「そうだなー。プラモだと高くつくしな」
「プラモってまたデスティニー?もらっても困るよ」
「わかってるよ。何かお菓子を作るか。こなた、教えてくれるか?」
……シンの作ったお菓子か。貰えたら嬉しいな。
私は貰えない、け…………ど。
ああ、ダメだ。涙が出そう。でも我慢しなくちゃ。
「うん、いいよー。でも何作るか決めといてねー」
何とか言えた。
さぁ、後はシンが返事をしたら部屋から出てもらおう。
そうしたら、思いっきり泣ける。
「わかった」
「はぁぁぁあ。話してたら眠くなっちゃった。シン、悪いんだけど寝てもいいかな」
「あー。ちょっと待ってくれ」
予想外の反応。何かあるのかな。
シンが後ろからおずおずと出したのは
「ん?チョコ??」
だった。
市販の物ではない。形が歪だし。
となると手作りということになるけど一体誰が?
「えーと、俺からのバレンタインチョコだ」
はい?
俺、つまりシンから。
誰に?
ここにいるのは私だけ。つまり私に。
シンから私に。
シンから私に!?
「えと、なんで?」
混乱した私はそう聞くのが精一杯だった。
いやだってバレンタインは女から男に送るものだし。
さっきまで何もなかったと思ってたし。
「いや、みんなからバレンタインでチョコもらったけど、
お前とだけ何もないのもなんか嫌だったし。見た目悪いけど味は悪くないから食べてみろ
よ」
「あ、うん」
言われるがままに一つを口に入れる。胸が一杯になりすぎてそれしかできなかった。
シンの言うとおりそれは美味しかった。
でも、それよりも。何よりも。
シンがチョコレートを用意してくれたのが嬉しかった。
「どうしたんだよこなた。もしかして不味かったか?」
「ううん。すっごくおいしいよ」
これだけしか言えない自分がすこし悔しい。
シンに今の気持ちを伝えたいけど無理みたい。
「シン。チョコありがと。お返ししないといけないね」
「あんまり気にしなくていいぞ。……もうこんな時間か。長居して悪かったな」
時計を確認したシンは部屋を出る用意をしている。
自分の作った物が良い評価を受けたためシンは嬉しそうだ。
物をまとめて出ようとするシンに私は呼びかけた。
「ねえ、シン」
「なんだー、こなた」
「
ホワイトデー、楽しみにしててね」
「ああ、楽しみにしてる」
その言葉を最後にシンは部屋を出て行った。
「ありがと、シン」
一人残った部屋で私は決意を固める。
さぁ、インフルエンザが治ったら準備しないと。
とびっきりのお返しを用意して彼を振り向かせるのだから。
最終更新:2009年05月01日 02:08