「あ~、さっき戸締りはしたってば、もうお父さんってば本当に心配性だね~、……うん、じゃあ、おやすみ(ピッ)」
私は苦笑しながら携帯をベッドに放り投げた。ぽすっ、という乾いた音が何故だかいつもより、大きく聞こえる。
それもそのはず、今夜の泉家には私一人しかいないのだ。いつもの賑やかな喧騒は息を潜め、今は沈黙がただ耳に痛い。
お父さんは取材旅行、ゆーちゃんは
みなみちゃんのお宅にお泊り、そしてシンは――
「
みゆきさん、うまくやってるかなぁ……いや、そういう意味じゃなくて……」
独り、自分の意味深な呟きにつっこむ。今のこの家には、私の失言にツッコミを入れる存在は居ないのだ。
そう、シンはここにいない。みゆきさんのお家にご招待されて、晩ご飯をご馳走になっているのだろう。そして――
「雨が降って来たんだから、シンを帰す訳にもいかないよね」
みゆきさんの決心を後押しするかのように、ガラスを雨粒が打ち始めた。さっきまで星が見えていた夜空は今は真っ暗だ。
これではシンも帰るに帰れないだろう。幸いにも今は夏休み。別に一泊ぐらいは問題ない。だから、シンは今夜は帰ってこないだろう。
「まったく……みゆきさんの手料理ばかりか、みゆきさんまでご馳走になるなんて……『それなんてエロゲ?』って感じだね、シンは……」
私は窓の向こうを見つめながら苦笑する。自分の下世話な独り言と、シンの王道過ぎる生き様に苦笑するしかない。 ガラスの向こうはただ濡れていた。
「大人の階段のぉぼるぅ~、君はまだ『シン』デレラさぁ~♪」
偶然洒落になっていた鼻歌に私はまた苦笑する。どうも独りきりは久しぶりすぎて、調子が出ない。どうしても独り言を呟いてしまう。
「この家……こんなに広かったんだね……」
お父さんと二人きりで生活してきた私の家が、何故だか今夜は広く感じる。
ゆーちゃんとシンが……いや、シンが居ないだけで私はこんなにさびしがり屋になってしまっている。
「ああ、もう外は大雨だね」
私が見るガラスはぐにゃぐにゃに歪んでいた。雨のせいでびしょびしょになっていた。きっとそう。だって、私は泣いてなんかないから――
みゆきさんは私の大切な友達だ。そして、みゆきさんがどれだけシンのことを好きなのか知っている。
だから、私は半ば強引にシンを追い出すようにシンをみゆきさんの家へと向かわせた。
みなみちゃんの家に遊びに行くゆーちゃんに、途中まで護送させるという念の入れようで、だ。
「みゆきさんなら、シンもきっと人並みにしあわせになれるよね……」
みゆきさんは一応は女の子である私の目から見ても綺麗だし、スタイルもいい。家庭的だし、頭だっていい。
それでいて物腰もやわらかで、側に居ると穏やかな気持ちになれる。まさに『女性らしさ』を形に表したような人だ。
背も低くて、胸も小さい、そのくせゲームとか漫画ばっかりにかまけている私なんかとは大違いだ。
「貧乳はステータスだなんて……我ながら自虐的だよね……」
別に胸が小さいことは気にしてない。ないものをねだっても何も変わらないのだ。
ただ、シンを振り向かせられなかったことだけが残念だ。それはねだっても、願っても、振り向かせられないものだから。
ただ、彼に『行かないで』と言う勇気を持てなかったことだけが残念だ。それはねだるものではなく、振り絞るものだから。
「まあ、言う訳にはいかないよね……」
その言葉を口にすれば、私とシンの意識はされないけど、それ故に誰よりも側に居られる今の関係も、みゆきさんとの縁も失ってしまっただろう。
いや、みゆきさんはそんな人ではないのは分かっているけど、私にはそれを口にすることができなかった。
現状を失うかもしれないけど、現状を打破するために必要な言葉を口にするそのための勇気が――私にはなかった。
「これもゆる~く生きてきたツケなのかなぁ……」
私はゆる~く呟いた。窓を打つ雨はベッドのシーツにたくさん染みを作っていた。
ピンポーーーン…………
玄関チャイムで私は我に返った。慌てて手の甲で顔を拭う。焦りながらぐちゃぐちゃの顔を何度も拭った。
ゆーちゃんが帰ってきたんだろうか?今夜はお泊りだったはずなのに?独りで留守番をする私を心配したんだろうか?
「お~い、
こなた……開けてくれ……」「――シン!?」
ドアの向こうからの声に私は覗き穴で確認をするのも忘れてドアを開けた。
開けたドアの端から吹き込む雨、そして濡れ鼠になったシンが立ってた。
「シン……みゆきさんのトコに泊まるんじゃなかったの?」
「いや、みゆきさんにもそう誘われたんだけど、悪いし返ってきた」
「悪いし、って……せめて傘ぐらい借りなよ。返ってみゆきさんに気を使わせるよ、それ」
「あ~、言われればそうだな」
「それで後日に傘とご馳走になったお礼をしにいけばいいんだよ」
「まあ、そうだったんだろうけど……独りで寂しくって泣いてるこなたを放っておけなかったしな」
「ち、違うよ!?これはせっかく独りになれたから、普段はできない泣きゲーをやってただけで……」
「はいはい、そういうことにしておくよ。つーか、シャワー浴びさせてくれ」
「あ、着替えは私が持ってくから、そのままお風呂場に行って」
「ああ、悪いな」
お風呂場へと続いていく廊下に残るシンの濡れた足跡を私はどんな顔で拭いていたんだろう?
状況は何も変わってない。みゆきさんは動き始めた。シンはシンのまま。そして私は立ち止まったまま。
私はあくまでシンの居候先の娘で、シンを引っ張りまわす遊び相手で、女の子として意識もされていない。
「だけど、今はもう少しだけこうしていて……いいよね?」
私は泣き出しそうになる顔を隠すため、シンの着替えに顔を埋めた。少しでもシンのやさしさに触れて居たかった。
シンのにおいのするシャツはやわらかくて――シンに直に触れられない私の立ち位置をやさしく、残酷に教えてくれた。
最終更新:2009年04月24日 03:50