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「お兄ちゃん、…入っていい?」

 これは夏休みのとある一日の出来事だった。ゆたかが突然、俺の部屋に入ってきたことから物語は始まる。
「よぉ、ゆたかか。どうしたんだよ?」
 ゆたかは、非常にモジモジしながら…部屋に入ってくる。なんというか、この恥じらいが堪らないというか…!
って、いかん!! 少し思考が変な方向に…!

 しかし、お兄ちゃんか…。ゆたかがオレをそう呼ぶようになってから、もう3ヶ月。
こう呼ばれると、イヤでも亡き妹のことを思い出してしまうのだが…ゆたかがオレをお兄ちゃんと呼ぶのだから仕方がない。
むしろこれは、彼女に『お兄ちゃん』として認められた証でもある。光栄なことだ。
それに、お兄ちゃんって呼ばれるとなんかこう…気持ちいいって言うのかな…? そんな感覚がオレを支配する。
だから、総合的に…ゆたかにお兄ちゃんと呼ばれるのは嫌いじゃない…っていうか、もっとそう呼んでほしい。

 オレは、そこから更に踏み込んで「お兄ちゃん」という呼称の神秘性を論理的に解明しようとしていると…
「実はね、お兄ちゃんに教えてほしいことがあって…」
 ゆたかが少しかしこまって、オレに頼みごとをしてきた。…もちろん、断る理由なんてない。
できるだけ、ゆたかにとっていい兄貴でありたいと、オレは常々思っているから。
「いいぞ、言ってみな。どんなことでも、オレが教えてやるから」
「ホントに? ありがとう、お兄ちゃん!」
 ああ、このシン・アスカ…お兄ちゃんとして、ZAFTのエースとして、…どんなことでも教えてやるさ。

 そしてゆたかは、何一つ穢れのない…少し気恥ずかしさを混ぜた微笑みを浮かべながら…オレに爆弾を投下してきたのである。
「じゃあ、言うね。…お兄ちゃん、Hって…なぁに?」



 なんだか一瞬、時が止まった。俺って、もしかしたら時を止める能力に目覚めt
「ねぇ、シンお兄ちゃんってば…!」
「――――…ハッ!!」
 しまった。少し、現実逃避していたらしい。ええと…ゆたかは何を質問してきたんだっけか?
たしか、スタープラ●ナの精密動作性を聞いてきたはずだ。アイツの精密性は弾丸をも…
「…Hってなぁに? お兄ちゃん!」
 だが、穢れなきというのは時に残酷だ。オレの最後の現実逃避さえ、簡単に打ち砕いてくれた。
ああ、デスティニー。オレにどうしろ…と?

 ということで、必死に逃げ道を探すオレだが、気が動転しているのか…全くいい案が思い浮かばない。
っていうか、高校1年にもなって…知らないのか。純粋にも程がある。
言葉の響きで、なんとなくどういう意味か理解できないものなのだろうか…?
「お兄ちゃん…、どうしたの?」
 潤んだ目でオレを見つめてくるゆたか。ダメだ…こんな穢れなき少女に真実を伝えるなど俺にはできない。
「ごめん、ゆたか。それは俺にも…わからない。こなたにでも聞いてくれるか?」
 やはり、こう逃げるしかない。こなたも言いにくいだろうが…ここはアンタがゆたかに世間の汚い部分を…
「でも、こなたお姉ちゃんも知らないって。だからシンお兄ちゃんの所にきたんだよ…?
それに、お兄ちゃんなら体で優しく教えてくれるって、お姉ちゃんが…!」
「…………………!!!」

 あの女狐ェェェェェェッ!!! アイツの差し金かよォォォッ!!! しかも体で教えるって、一体どういう意味だッ!!!
「あの…、お兄ちゃんなら…知ってるんだよね?」
 ああ、ゆたか。世の中には知らないほうがいいこともたくさんある。たとえば恩人を撃墜したこととかなんて、知らなくてもいいんだから。
「………………こなたッ!」
 それより…アイツだ。この少女の清らかな心につけいって、ゆたかにこんな疑問を持たせたヤツは!
許せない。面白半分でゆたかにこういったことさせるヤツ、こなた! 許すもんかぁぁぁぁぁぁ!!!!

 俺が心で打倒こなたを決心した。その時だ。
「お兄ちゃん…! あの…早く体で、教えてほしいな…」
 そう言って、ゆたかは耳まで真っ赤にしてオレに教えを乞う。彼女自身は意識してないのだろうが、なんかメチャクチャ卑猥に聞こえる…!
だがそんなことより、ど…どうする? こなたは後でシメとくとして、まだ目の前のこの問題を解決してはいない。
よし…、こうなったら…かなり無理やりだが、これしかないということか。
「ゆたか…。Hってのは、こういうことを言うんだ」
 オレは動き始めた。ゆたかを…騙すために。

 ここでオレが始めたのは…ヒンズースクワットだった。下半身を鍛えるのに有効な…トレーニングである。
「ゆたか、これがHってやつだ。ヒンズースクワットの頭文字を取って…Hだ」
 正直、頭文字がHだったかどうかは定かでない。無理やりなのは百も承知だが、今はこれしかないのだ。
ゆたかよ、これはウソだけど…優しいウソのつもりなんだ。決して言うことはできないけど…俺の苦悩の末の決断。
そこのところ…わかってほしい。
「さぁ、ゆたかもコレを。これで、病弱気味な体を…!」
 だが、ふとゆたかの顔を見ると…その表情は完全な疑問系であった。…やはりこれは相当に無理があったか…?
「でも…お姉ちゃんが、Hって男の人と女の人の共同作業だって言ってたから…」
 …ああ、こなた。そうやってオレの最後の手段まで潰すんだな、アンタは。

 …もはや怒りすら起こらない。ってか、どうしよう。俺にこれ以上、ゆたかを欺く自信はない。
でも、オレは…ゆたかにはキレイなままでいてもらいたかった。純粋なまま、人の醜さに触れることなく育ってほしいのだ。
そんなことは…不可能だって、わかってはいても。だから…
「ゆたか。こんなこと、君が知る必要はないんだ」
「え? で…でも」
「いいから。どうしても知りたいというのなら、いずれ…君が好きになった人から教えてもらうといい」
 ゆたか、本当のことを言えない…この情けないオレを許してくれ。

 そう言って、俺は自分から部屋を出て行こうとした。少し、外の空気にでも当たってこようと思って。
「シンお兄…シンさん! 待って!」
 だが、ここでオレを後ろから呼び止める声が聞こえた。
「だったら、私…シンさんに教えてもらいたいです…。シンさんじゃないと…ダメだよ…!」
 オレは後ろを振り返る。そこには、決意の表情を固めたゆたかが立っている。
その体はとても小さいのに…どこか大きくも見えた。
「でも、ゆたかは自分が何を言ってるのか…多分わかってないだろ? オレじゃあ…」
 しかし、そんなオレの言葉を遮るように、ゆたかはオレに抱きついてくる。正直、息が止まった。
「………………!」
 ゆたかは何も言わない。だが…無言だからこそ、その覚悟がオレに伝わってくる。
ならば…オレも、ソレ相応の覚悟も持って当たらねばならないということか?

 なにせ世の中は汚いことばかりだ。いずれ、ゆたかも穢されずにはいられないだろう。
だが…どうせ穢されるというのなら、いっそオレがこの手で…!!

 ――――ってダメだ!!! これじゃただの犯罪でしかない! オレは…何を考えてんだッ!!!!
「ゆたかッ!! オレには…オレには…そんなことはッ!!! 」
 オレは…逃げた。ゆたかの手を振り切って。
もう、そうすることしかできなかった。あのままいると、マジでやばかった。
何も知らないゆたかにそんな外道な行いを、するわけにはいかないんだ…!
…オレは家を出て、いくアテもなくそこらへんを暴走したのだった。


「お兄ちゃん…どうして?」
 シンさんは私を残してどこかへと行ってしまった。なんで、あんなに教えることを拒むのかな…?
「ゆーちゃん、もうちょっとだったね」
「え…? お姉ちゃん! どうして?」
そこにいきなり現れたのは、こなたお姉ちゃんだった。まるで、最初から見ていたような口ぶりで。
「でもさ、シンもほとほと純情っていうか…。あの慌てっぷり、たまらないね」
「え…?」
「でも、ゆーちゃんは凄いね。あのシンが一瞬その気になってたっぽいし…やっぱ妹属性はシンに対して効果テキメンだよ♪」
 お姉ちゃんが何を言ってるのかわからない。それにお兄ちゃん…一体、私に何をする気だったのかな?
「ゆーちゃんはそのままでいいと思うよ。そのほうがシンの心を掴みやすいと思うし」
「そ、そうかな/// …じゃなくて! もう、お姉ちゃんもお兄ちゃんも私を子供扱いして…! 知ってるならいい加減教えてよー!」
「まぁ、いずれわかるって。じゃあね、ゆーちゃん!」
 そう言って、お姉ちゃんは私の前からサッと姿を消した。まるで忍者みたいに。
それに結局、また教えてくれなかった。もう私だって、いつまでも子供じゃないのに。
…体はやっぱり小さいけど。

――――でも、もし…体が大きくなったら…お兄ちゃんは私にHというのを教えてくれるのかな…!
そんなことを考えながら、私は自分の部屋へと戻りました。


「はぁ…はぁ…。ここは…どこだ?」
 我を失って走りすぎたのか…現在オレは知らないところにいた。こんな風景、全く見た事もない。
アレ…? まさか、このZAFTのエースたるオレ…シン・アスカが迷子??
そ、そんなバカなことがあるわけ…!!

 数日後――――いつの間にか青森というところまで走っていたらしい俺は、絶命寸前までに追いやられたが…
泉家の捜索願いのおかげで、なんとか家に戻ることができたのであった。
その後、夏休みを病院で過ごすこと決定となったオレは、退屈な毎日を過ごすこととなったのだが…これは何かの罰なんだろうか?


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最終更新:2007年11月24日 22:00
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