醜いアヒルの娘



作:お漏らし中尉


「おーい、こなたぁ準備できたか?行くぞ~」
「はいはーい、ちょっと待ってよ~」
「はやくはやく~」
「はいはい、まったくどっちが子供なんだか…」

私は泉こなた、中学校三年生
といっても中学生なのはあと数ヶ月、春からは晴れて新高校生な訳だ
でも見た目は中学生…かな?

「特別な元旦だからこそ、いつもと違う鷲宮神社!」
「解ったから、声大きいから…」

今日は元旦、中学生最後の元旦だからという事でいつも行く近所の神社じゃなく
少し離れた場所へ行こうというお父さんの提案で私は今、その神社の鳥居の前に立っている
お父さんは昔からなんだかんだと理由をつけては「特別な日!」の思い出を欲しがった
多分、お母さんみたいに私が居なくなるのが怖いんだと思う

「しかし、人がいっぱい居るな~」
「初詣だからね…」

「ほら!こなた、巫女さんだぞぉ~可愛いぞ~」
「はいはい…ってホントだ、萌えだねぇ!」

いつもお調子者でお節介で、楽しいお父さん
私はそのお父さんの血を確実に引いていると思う瞬間がこれだ
我ながら生粋のオタクというか、まぁ…いいけどね

「ショートカットの娘は…マル●っぽいなぁ、でもこなたの方が可愛いぞ~」
「……」

私はそこで、いつもと少し違う感情が湧いてきたのを感じた
お父さんが私の視線の先に立つ女の子に目をやる

「…ありゃツンデレだな、間違いない」
「うん、萌え…だよね」

初詣を済ませて家に帰り着いた後も、お父さんは「巫女さん、巫女さん」と浮かれていた
私はそんなお父さんの声に適当に相槌を打ちながら、あの娘の事を考えていた

どんな娘なんだろう?

月日が経ち、中学を卒業した私
そんなに友達が多かった訳でもなく、感慨深いものは何も無かったけど
卒業式の桜をバックにした写真はその思い出を美しいものにしてくれた
思い出って言うのはいつも現実とは違って綺麗で残酷
私には卒業アルバムに寄せ書きをする様な友人も居ないし
卒業の記念写真は私しか写っていない

お母さんが居なくて、オタクで、小さくて、空気が読めない
私は「醜いアヒルの娘」…だけど「綺麗な白鳥」にはなれない
だから、いつでも私は一人
私が通う陵桜学園高校でもきっと似たような学園生活
だけど気にしない、思い出になれば全部綺麗だと思えるから

色んな考えが頭をよぎる中、ふうっと頭に浮かんだのはあの娘だった
初詣の鷲宮神社で見かけたその娘はツインテールで巫女の格好をしている

「また会いたいな、今度はお話してみたい…」


そして、その思いは天に通じる
再開はあっけないものだった

実はこの前、人助けをした
人助けと言っても私の勘違いで出来た事件を私が解決しただけだけど…
助けた女の子の名前は柊つかさ
大人しくって少し…いやいや結構天然の女の子

「あれ?つかささんって…巫女さんしてなかった?」
「え?なんで知ってるの?」

駅の近くのファーストフード店で親交を深めようとランチタイムをとったんだよね
本当は友達が欲しかった
後で聞いたら私と同じクラスで驚いた
しかも、彼女は私の事を知ってるのに私は知らない…なんで?

「もう一人、巫女さん居なかったっけ?あのツンデレっぽい…」
「ツンデレ?ってああ、ツインテールって事かなぁ」

「いや、違うけど…」
「あれ私のお姉ちゃんなの、えへへ…似てないんだけどね、あそこ家の神社なんだ」

ツンデレって標準語録には載ってないよね、失敗しちゃった…
だけどこの娘とはうまくやっていけそうかも
つかさは「今度お姉ちゃんを紹介するね」と言い残して、別れの挨拶をする
春日部駅の標識が今日は輝いて見えた

陵桜学園高校は私が変われる場所かもしれない


お昼休み
まさか私が友達と食事をする事になるなんて思いもしなかったよ
学級委員の高良みゆきさん、優しいつかさ
二人ともクラスメートで私と仲良くしてくれる

「みゆきさんのお弁当おいしそうだね~」
「ふふ、ありがとうございます。泉さんはいつもチョココルネなんですね、とても美味しそうです★」
「これが私の活力の秘密なのだよ♪あ、つかさのも美味しそうだね~」
「えへへ、有難う☆」

皆で食べる昼食は本当に美味しくて、暖かい

「オッス☆みゆきにつかさ、それから…貴女が泉さん?」
「かがみさん、こんにちは♪」
「お姉ちゃん、そーだよぉ。この娘がこなちゃん☆こなちゃん、これが私のお姉ちゃんだよ♪」
「あ…」
「始めまして、妹がお世話になっちゃったみたいで本当に有難うね」
「あ、うん。全然そんな事ないよ」
「私、柊かがみ…かがみで良いわよ。」
「私も…こなたでいいよ、宜しくねかがみ」
「こなた、仲良くしましょ★」

こうして私達は友達になった
つかさは『助けられた』としか言ってなかったみたいで
かがみが事の詳細を知ったのは
後の『いつ始めて会ったのか?』ていう話題の時だった
その頃には私達は親友で、勉強やお昼ご飯、休日も一緒に過ごす仲になっていた
彼女はラノベが大好きで、しきりに私に勧めてきたけど
私は「活字を読むのは眠くなる」と断っていた
だけど本当は怖かっただけ…
彼女の持っているラノベ読み終えたら、もうこんな時間は来ない気がしたんだよ
それに、こうやって傍に居てくれる時間も好きだったしね

私達は親友だった
いつも一緒に居た
電話もしたし、お買い物にも行った
ゲマズにも一緒に来てくれて、私とノリも合わせてくれた
みゆきさんやつかさも仲良くしてくれたけど、かがみは特別だったんだ
彼女と一緒にいるときの私は本当の私なんだ
遠慮も見栄も嘘も無い関係
まるで昔からの親友みたいに何でも話した
会えないときは寂しかった
学校が無い日は電話して、家にも遊びに行った
しばらくして胸が苦しくなったんだ
かがみの事を考えると胸のあたりがキュンってなった
その内、私はあの時感じた今までにない感情の正体に気が付いたんだ

それは恋だった
だけどかがみは女の子、私も女の子だ
百合は、見る分にはいいけど実際はどうなんだろう?
こんな私は変なんだろうか
やっぱり私は醜いアヒルの娘のまんまなのかな?




親友になった彼女に告白したのは二年の三学期
それはとても単純なキッカケ
かがみに男の子が告白してきたんだ
私は悔しくて泣きながら彼女に想いを告げた
彼女はとても驚いていたっけ

「あんた、その…なんだ…解ってるの?それ…」
「冗談だって言いたいの?」

「いや、そんなんじゃ無くって…」
「かがみは嫌なの?やっぱり私って変…だよね…」

「いや…でも、いいのか?こんな…」
「女の子同士なんて…やっぱり嫌?」

かがみは私の涙目を覗き込んで言ったんだ

「私が言いたいのはね、こなた…こんな私で良いのかって事…」

私達はその日、恋人になった

二人だけの秘密の関係
周りにばれたらどうなるんだろ?なんて二人で話したりした
私はかがみに夢中だった
ゲームもアニメもネトゲだって必要ないくらい私は充実していた
かがみに名前を呼ばれる度、天にも昇る気持ちになった

デートの場所は少し離れた場所
近所の人に会わないように東京まで出た事もあった
天王洲なんかに行って、ご飯を食べたりした
中でも思い出に残ったのは109前の交差点で男二人にナンパされた時
かがみが「私達、デート中だから邪魔しないでくれるかなぁ?」ってナンパを撃退した事
あの時、『私はかがみに愛されてるなぁ』って感じたんだ
かがみは私を守ってくれた、私は私のままで居られた
私はかがみの事が少しずつ解っていった

寂しがり屋で不器用で将来を見据えている真っ直ぐな女の子
その他にもみんなが知らないかがみを私は沢山知っている

だけど、かがみの事が解っていくにつれて
かがみの事がもっともっと好きになっていくにつれて
かがみの心の中から私が消えていくのを感じた

「ねえ…こなた…私って、こなたの恋人だよね?」

何十回も繰り返したデート、思い出の場所は増えていく
私達は浅草、雷門から少し歩いた川沿いの公園で並んで座っていた
今までは同じアイスクリームを食べていたけど
今日はかがみがチョコで私はストロベリー…

「え、うん…私達恋人だよ」
「そうは思えないな…」

「え…?ど、どうしたの急に…」
「…最近のあんた、私に甘えすぎてないか?」

今、思い返してみたらその時のかがみの横顔はとても哀しそうだった
かがみも辛かったんだよね
「そ、そうかな…」

解ってた、そう…私はかがみに甘えてばかりだったんだ

「私はあんたのお母さんの代わりじゃないのよ…私は私、柊かがみなの」

私は何も言えない

「こなた、もう帰ろうか…」



私はその日、枕を涙で濡らした
かがみからの電話にも出なかった
メールも見ていない

私達の関係は少し変わった
決別した訳でも付き合っている訳でもない
そんな言葉がぴったりかもしれないけど
私は明らかに、かがみを恐れていた…変わったのは私だった

「こなた、今日家に来る?」
「え、うん…今日はいいかな…はは…」
「そう…解ったわ、また明日ね~」

親友以上恋人未満…いや親友以下かな
好きだって事だけじゃどうにもならない事もある
時には好きだっていう理由が関係を壊す引き金にもなるんだね
好きだという事が足枷に感じ始めた私は、愛しいかがみを少し避ける様になった

傷付きたくない…そう思ったんだ

ある時、かがみから電話で呼び出された
呼び出されたのは夜の公園、寒空の下で髪を下ろしたかがみが佇む
私は空気を息で染めながら彼女の前で立ち止まった

「寒いのに呼び出してごめんね…」
「いいよかがみ、…話って何?」

かがみは私の名前を呼ばなかった

「今日ね…私、告白されたの…」
「…そうなんだ…」

「相手は同じクラスの男子、頭も良いし見た目はそこそこ…」
「か、かがみはモテるもんね…それで、どうするの?」

「うん、私ね…受けようと思うんだ…」
「…そっか、そうだね…解ったよ」

私の胸は張り裂けそうだった
それでも他に言葉が出てこない

「止めないの?」
「…止める権利は私に無いよ…」

「そうなの?私達恋人なのに…?」
「……」

かがみの目は哀しそうだった

「そっか、もう恋人じゃないんだね…」
「かがみ…」

「いいの、大丈夫だから…話はそれだけ、また明日学校でね♪」
「あ、うん…また明日ね…」

かがみは一度踏み出した足を止めて、振り返る

「私もアンタに甘えたかったのよ…だからあんな事言ったの…」
「…かがみ、ごめんね…」

「引き止めてくれないの?」
「……ごめん…」

二人の関係が終わってはじめて知ったかがみの気持ち
彼女は私に背中を見せた

きっと彼女は私が引き止めるのを待っている
だけど、私は怖かった
もう二度とかがみに悲しい思いをさせたくない
そう思った………違う、そうじゃないんだよ
本当は自分が傷付きたくなかっただけ

もう傷付きたくない
誰とも深い仲になんてなりたくない

私は胸にぽっかり空いた大きな穴を埋める術を知らない
かがみがこんなにも私の中に居たなんて

だけど今更、前の関係には戻れないよ
だから思い出にしまっておきたい

陵桜学園高校、そこは私が変われた場所
みゆきさん、つかさ、他にも素敵な友達に囲まれて
素敵な生活を送れたよ、思い出をありがとう

それから
かがみごめんね、私が臆病だから哀しい思いをさせちゃったよね
大好きなかがみ、幸せになってね

私ね、少し眠くなってきちゃった
もうすぐ右手の紅い糸が、私の世界を思い出で染めてくれる
そしたら綺麗な夢の中でずっとかがみと恋人でいられるんだ

私は醜いアヒルの娘
傷付くのが怖い醜い私
だから私は夢の中で綺麗な白鳥になる

さようなら、早く会いたいよ





…かがみ…



…いや…



…いやだよ…どんどん消えてく…



…なんで…なんで!…かがみが消えてくよ!思い出が消えてく!!



…嫌…かがみ…かがみ!…かがみ!!…




…嫌だよ!…別れたくない!!…行かないで、居なくならないでよ!かがみ!!…




…死にたくないよ……




…私、し…にた…くない…よ…




…し…に…た………




…か…が…み…



こなたが真っ暗な世界で最後に思い出したのは…愛しいかがみの哀しそうな背中



彼女は永遠に振り返る事はないだろう







END











(※ラスト三行目でこなたは失禁した設定)
最終更新:2025年02月24日 10:42