てんごくっていうのは

by 岡山県

「だよね~。こなちゃんって本当に臭いよね~」
「ええ、私もそう思います」
「……」
「おっす。来たわよ~」
「あ、お姉ちゃん。いらっしゃーい」
「こんにちは、かがみさん」
「あ、かがみ……」
「あんた達、何話してたの~?」
「あ……ちょっとね」
「うん、こなちゃんがコミケがどうのって~」
「って、あんたまたその話かよ……。たまにはつかさたちにも解るネタ話してあげなさいよ」
「いえ、私は面白いからいいですよ?泉さんのお話」
「私も~」
「まあ、あんた達がそういうんならいいけどね。で、こなた。また私たちを連れて行くつもりじゃないだろうな」
「あ、ばれた?」
「全くあんたは……。まあ、断っても食い下がってくるだろうし、行ってあげるけどね」
「さっすがかがみ~。よくわかってるじゃ~ん」
「お姉ちゃん、私ちょっとトイレ行って来るね~」
「では、私もご一緒します」
「そう?早めにね~」

「はあ~、まいったな~。お姉ちゃんがいたら、こなちゃんをいじめることできないもん」
「かがみさんは泉さん寄りの方ですからね」
「私お姉ちゃんに嫌われたくないし……ゆきちゃん、何かいい方法ないかな?」
「無いことはありませんが……」
「何か問題でもあるの?」
「いえ、つかささんが私の案に賛成していただければ今日中にでも取りかかれるのですが……」
「どんなの?聞かせて聞かせて~?」
「それは……」




「うん、ゆきちゃんそれすっごいいいよ~。お姉ちゃんが私の物にもなって一石二鳥だし」
「お気に召していただき幸いです」
「じゃあ、いこ。ゆきちゃん」
「ええ」

「あれ?みゆきさん今日はこっちから帰るの?」
「ええ、ちょっとしたお使いを頼まれてまして」
「そうなんだ。じゃあゆきちゃん今日うちに少しよってく?こんな暑くちゃ、喉も乾くでしょ?」
「いえ、そんな……悪いですし……」
「いいって、いいって。みゆき、よっていきなよ」
「かがみさん……では、お言葉に甘えます」
「あ、じゃあ私はここでお別れだね。バイバイ、みんな」
「ばいばい、こなちゃん」
「じゃあね、こなた」
「また明日、泉さん」

 電車から出て、私一人で家路につく。
 みゆきさんはお使いを頼まれてるって言ってたけど、多分嘘だ。
 つかさとなにか計画しているに違いない。

「いや、でも何にもできないかな……かがみがいるし」

 柊かがみ、なんだかんだでいつも私の味方をしてくれている友達だ。
 つかさもみゆきさんも、特につかさはかがみに私をいじめているところを見られたくないらしく、かがみが来たときはいつも昔のような楽しい日々に戻る。
 それが仮初めだとしても、いじめられるよりは何倍もマシだ。
 つまりかがみは間接的にとはいえ、私を守ってくれているのだ。
 それに気づいてから、かがみに恋心を持つのに時間はかからなかった。
 例えどんなに辛くても、かがみを見れば立ち直れる。
 例えどんなに辛くても、かがみを見れば昔の私に戻れる。
 かがみがいれば、私は他に何も要らない。

「ただいま~」
「お帰り~、こなた」

 そんなことを考えてる内に家に着いていた。
 家の中はとても安心できる。
 この空間の中に私の敵はいないから。

「ちょっと聞いてよお父さん。今日はかがみとつかさがさ……」

 話しているのは全部嘘。
 だって、お父さんには一番心配させたくないから。
 お母さんがいなくなってから、私を幸せにするために生きてきたようなお父さん。
 その私の今の状況を正直に話したら、きっとお父さんは自責の念で立ち直れなくなるだろう。
 だから私は嘘をつく。

「みゆきさんがね……」

 気づくともう朝だった。
 いつ寝たのかな?
 自分でもそんなことは忘れていた。
 嫌なことがあると防衛本能みたいな物が働いて忘れやすくなるって聞いたけど、肝心なことはとても鮮明に覚えている。
 全く役に立ってない。

「行って来まーす」

 玄関を出て学校へ向かう。 
 途中までの道は特になにもない。
 その何もないことさえありがたいんだから、いよいよ私もやばいんだろう。
 もちろんいつまでもそのありがたさを感じている時間はなく、着きたくない学校に着いてしまった。

「おはよう、つかさ。今日、かがみ見なかったけど何処にいるの?」
「あ、おはようこなちゃん。お姉ちゃんはね、今日は休みだよ。あっはは~残念だね」
「あ、そ、そうなんだ……」

 きゅぅ。
 胃が痛くなるのがよくわかる。
 毎日が最悪だが、今日は特に最悪な日になるだろう。

 予想したとおり、今日は最悪な日だった。
 かがみがいままで守ってくれていた分を全て発散するかのように、つかさとみゆきさんは私をいじめてきた。
 でも、一つだけよかったことは、つかさがかがみのお見舞いを許可してくれたことだった。
 かがみと話すことさえできれば、今日という日は無価値ではなくなる。
 一日の終わりにかがみと話す、そう考えたら今日はそんなに悪い日じゃ無かったのかもしれない。

「おじゃましま~す」
「お邪魔します」
「あはは、いらっしゃい、こなちゃんにゆきちゃん。今日はお姉ちゃんと私たち以外にいないからあんまり気を遣わなくていいよ?」

 さっきまでの罵詈雑言が嘘のようだ。
 ホント、女ってどうしてこう素早く切り替えられるんだろ。

「じゃ、早速お姉ちゃんのとこにいこ~」

 つかさを先頭に、みゆきさん、私の順に付いていく。
 本当は私が先頭で駆け上がりたかったけど、明日つかさたちに嫌味を言われるだけだからやめておいた。

「お姉ちゃん、こなちゃんがお見舞いに来てくれたよ~」

 つかさが扉を開ける。
 どうやらかがみは寝ているようだった。

「よっす、かがみん。お見舞いに来たよ~」

 私は途中、コンビニでかがみの好きそうなお菓子やアイスを買っておいた。
 つかさやみゆきさんからは、「非常識」だとか「早くして」とか嫌味を言われたけど、かがみにはお菓子が一番効くだろう。

「いや~、最近のお菓子っていろいろな物があるんだね、かがみ。私たくさん買ってきたけどどれがいい?あ、かがみのことだから全部食べるか」

 カバンからお菓子を取り出しながら言う。
 いつもならここで突っ込みが入るけど、かがみは熟睡しているようで起きなかった。

「お姉ちゃん、起きないね」
「相当疲れているんでしょうね。泉さんのお世話は大変そうですから」
「おお~、言ってくれるねみゆきさん」

 かがみが寝ているのをいいことにみゆきさんがまた私に嫌味を放つ。
 適当に流しながら、かがみを起こす。

「お~い、かがみ~。いい加減起きないとくすぐりの刑……」

 私がかがみの顔をのぞき込んだ瞬間、嫌な汗が体中から噴き出た。
 かがみは、そう、完全に寝ているように見える。
 だけど……白い肌はいつも以上に、それこそ病的なまでに白い。
 寝ているときのかすかな息吹が聞こえない。
 そして何より……心臓が、動いていない。

「死ん……でる……?」

 私の口から出た言葉は、信じたくない明確な真実だった。

 かがみかがみかがみかがみかがみ……。
 頭の中にはその3文字しか浮かばない。
 なんで?
 どうして?
 かがみが?
 やっと出たのはこの三つだけだった。

「あっはは、きれいに死んでるでしょ?お姉ちゃん」
「ええ、ほぼ生前のまま殺すのには苦労したんですよ」
「二人が……殺したんだ……」

 なんとなく解ってたのかもしれない。
 だけど、二人の口から出たことによって、驚くくらい頭が冷静になった。

「うん、本当は殺したくなかったんだけどね。私、お姉ちゃん大好きだから」
「かがみさんに私たちが泉さんにしていることを話して、協力してもらおうと思ったんですが……」

 ……。

「お姉ちゃん、すっごい怒っちゃって……。すごいよね?私たちが結構ひどい拷問したのに……。あ、でも安心してね。傷は全然付けてないから」
「まあ、簡潔に言えば毒のような物を飲ませていたんですが……。かがみさんは最後までこう言ってましたよ?」

 ……。

「『こなたと仲良くしろ』ってね~。私感動しちゃったよ~。自分の命がかかってるのに最後までこなちゃんに気を遣ってたんだよ?」
「私もそれに心を打たれまして……つかささんと話した結果、遺言はかなえてあげようということになったんですよ」
「そう。だからこなちゃん、私たちは……親友だよ。たった今から」
「改めて……よろしくお願いします。泉さん」

「……ふざけるな」

.
..
...
....
.....
......

 この部屋にいる人間は、私とかがみの二人だけ。
 人間のような物は、人形や、原型を全くとどめていない刃物が刺さった二つの肉塊だけ。
 なぁんだ、初めからこうすればよかったんだ。
 結局、私の判断が間違ったせいで、かがみを、殺してしまった。
 私を守ってくれた人を、殺してしまった。
 大好きなかがみを、殺してしまった。

「う……うわああああぁぁぁぁああああぁぁぁ!」

 私が殺した……私が殺した!
 かがみを!
 大好きだった、かがみを!

「わ、私は……も……う……」

 ベッドの上のかがみを思いっきり抱きしめる。
 体温の感じられないその体は、私に全てを突きつけているようで心が凍えた。

「んっ……」

 かがみと唇を重ねる。
 あと少しだから……あと少しだけだから……私を慰めてほしい。
 何時間も続いたように感じるキスだったけど、まだ5分もたってなかった。
 かがみの顔を見ていると、隣にある物を発見する。
 それが何かという問いに、私の頭は瞬時に答えた。

「お父さん、ごめん。約束……守れそうにないや……」



 最後にお父さんの顔が浮かぶ。 
 私はこれで終わるけど、お父さんは私のことを忘れて生きてほしい。
 お母さん、かがみ、天国って……楽しいところだよね?

「ん……っく」

 かがみの隣にあった物を……すなわち毒を一気に飲み干す。
 勿論一瞬で体中に毒が回るはずがない。
 できれば一瞬で殺してほしかったけど、残りの時間はかがみの隣で楽しい夢を見ることにする。

「お母さん、かがみ……今から……そっちに行くから……」

 かがみの隣で見た夢は、いつか見た楽しい日々の夢だった。

 てんごくっていうのは、あのころのまいにちなのかもね……。

happy end.
最終更新:2022年04月16日 13:26