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縁側世界(中編)

ウィーン……
ガラス張りの自動ドアが……はやく、はやく開けって。
数センチ開いた。よし、
そのスキマに、体を横にして飛び込む。
「な、なにこの異常気象」
いや、冬だし朝だし、寒いのは当たり前なんだけど。
凍った指先が、じっくり溶かされていくみたい。
はぁ。
……早く閉まれっての自動ドア。

ふー、落ち着いた。いつものクラシックが流れてる……なんだっけこれ。
あの子らに聞いてみるかな。知らないかもだけど。

確かエレベーターは……左の奥、ああ、あれだあれだ。
左奥に歩きながら、まわりを見渡してみた。
そろそろあの子、仕事の時間なはずなんだけど。
降りてこないわね。もういっちゃたかな。
右手の観葉植物……観葉植物って。その奥にソファがあって、
ん、誰かいる? めずらしい。
女の子が座っていて、携帯?かな、いじっているみたいだけど、あの子じゃないな。

しかし。なんども来てるけど、きれいなところよね。
アパートのロビーに観葉植物とかソファとか。学生には豪華すぎるんじゃないの?
まあいいか。さてエレベータ……いま11階か。うんざりだな。上ボタン、と。

「うん、泉さん、やっぱり今日来れないって」

泉さん。
振り返る……あー、草がじゃましててよく見えない。
さっきの、ソファーの女の子だよね。
「や、それが、すごい楽しそうにしててさ」
「いやホントだっての!私だって一瞬誰だか分かんなかったけどさ――」
エレベータ……もう7階か。早い。
「まあとりあえずお店には電話しとくよ。うん。うん、じゃまた」
エレベータ4階、だから早いっての。
ぱたん。携帯閉じる音かな。
「あの、すみません」
思わず声をかけてしまった。
……無反応。そうよね。
だけど、ここには私と携帯の女の子しかいないので。
「……えと、私、でしょうか」
そんな、不審そうな声がかえってきた。
「泉さんって、ここの?」
「え、あの?」
「607号室の」
「あ、ああ、はい。そうですけど」
やっぱり、そっか。……そっか。
「そうですか。すみません、ありがとう」
「いえ……」
エレベータは、と。2階。
あ、3階になった。

ピンポン、と。
『こここなちゃん服服あカバンもちょつかさまだあわてるような時間じゃインターフォン取ってるからちょまっ』
……おい。
『へい、柊です、』
「だれがだよ」
『おおぅ、お義姉さま』
「だから。それはやめろっての」

「あ、お姉ちゃん! いらっしゃいー、そそそそうだ、お茶でも」
「いいから。もう仕事なんでしょ? あんまりあわててると、また忘れ物するわよ」
「ご、ごめんね、でも大丈」
「ちなみにあんたの携帯、ベッドのわきに見えてるんだけど、」
「はうぅ!?」
奥の寝室に駆け込んでいくつかさ。
「あんたたちも、相変わらずね」
「いやー、今日は結構早めに起こしにいけたんだけど」
「へえ」
「そしたらつかさ寝ぼけててね、いきなりベッドに引っ張りこまれてそのままピロピロピロ」
「あんたら朝っぱらからなにやってんの?ねえなにやってんの?」

「じゃあ、行ってくるね、お姉ちゃん、こなちゃん」
「ん」
「いってらー」
つかさが、キッチンに続くドアに手をかけて。
ん、こっち見た? ちがう、こなたか。
そのまま、玄関へでていった。
「……つかさ」
耳にそんなつぶやきが触れた。
こなたが、ふらふら立ち上がって、つかさの後を追いかけていく。
「ちょっと、こなた? どこいくのよ」
わたしは、考えなしに二人が消えたドアをあけて、
……しまった。
キッチンの脇。玄関口に、ふたりが立っている。
近い。近すぎる。
わたしとしたことが。空気読むのミスるなんて。
しずかに唇をあわせている二人をながめながら、なんとなく頭とかポリポリかいてみる。
もちろん痒いわけじゃないけど。いや、やっぱりカユいかも。

こういうの見てると、不思議な気持ちになってくるな。
いい気分じゃないけど、悪い気分でもない、かな?
まあ、分かってるんだけど。
妹が、ひとり増えたみたいで、うれしい。
けど、その妹同士がキスとかしてたらどうよって話。

ふたりが、お互いになにかささやいている。きこえない。
声が小さい、距離が遠い?
ああそんだけじゃないんだろうな。
あんなつかさの顔、みたことない。わたしが。この、わたしが。
つかさは、小さくうなずいて、こんどこそ外にでていった。
こなたは、しばらく玄関に立ちつくしてたけど。
……いつまでそうしてるつもりだろ。
あー、やっと戻ってきた。いやこなた、溶けてる。かお溶けてるから。
あ、目が合った。
沈黙。
「の、あぁ!? か、かがみ!」
「いや、……うん、悪かったわよ」
「み、みてた?」
「聞くな」


15、16、うわまだ増えてる。
メールBoxの「就活」フォルダ……私がつくったんだけど、未読多いな。
それより、「つかさ」フォルダってなんだ。
こなたが就活フォルダを選択、全選択、右クリック、削除、
「ちょおま、なにしてんだ!?」
「えー、いいのいいの、いろいろ書いてあるみたいだけど、内容はぜんぶ一緒だよどうせ」
「『いい加減どこ行くか決めなさいよ内定取り消すぞコラ』?」
「そーそんな感じ」
あんたね。
突っ込む言葉は100個くらい思いついたけど、言っても無駄か。
目の前に座ってカチカチやってるこなたの頭を、ぽんぽんたたいてみる。
「とにかく、全削除はやめ。いちおう、読むだけ読んでみなさいよ」
「めんどいー、かがみ読んで」
「わたしが読んで何の意味があんのよ」
ぶつぶつ言いながら、メールを開き始めたこなたを見下ろしながら、ゆっくり息をついた。
でも、あれだけメールくるってことは、そんなに心配ないのかな。
無理に今年がんばる必要も、ないし……
「まあ、なんとかやってるみたいね」
「心配かけちゃったか」
「それはね。あんたとつかさじゃ、無理ないでしょ?」
「むぅ」
さてと。
わたしのカバン、どこ置いてたかな、っと。あった。
ひょい、とカバンのストラップを肩に引っかけて、
「……もう、帰っちゃうの?」
ゆっくり振り向いた。
こなたの目が、床の方をふらふらさまよっている。
――私だって。
私だって、一瞬誰だか分かんなかったけどさ。
「と、ごめんごめん、なんでもな」
「で。なにか、おもしろいゲームでもあるの?」
こなたは、ぽかん、と口をあけてかたまって。
それから、目をごしごしこすった。
「か、かがみってさ、やっぱいい人だよね、ツンデレのかが」
「おもしろいのないなら帰るわよ」
「あるある、ゲームもあるけど、これいいよ、この前つかさとふたりでみたホラー」
「まて、ふたりでってそれ、なんかヨコシマな意図を感じるんだけど」
「気のせいだよ。まあ盛り上がろうZE」
「はいはい」

そこは、とてもちいさな公園だった。
「静かなところね」
休日で昼時なのに、人影が全然みえない。
雪が、地面におちていく音が聞こえてくるような気がした。
「ここ知ってるひと、あんまりいないんじゃないかな。」
となりのつかさの肩がゆれて、雪を受け止めるみたいに手を広げた。
「それに、きょうはとても……寒いから」
細い指のうえに、雪がふれて、とけていく。
気がついたら、わたしの両手がつかさの指を包んでいた。
「手袋くらい、つけてきなさいよ」
「ありがとう、おねえちゃん」
えへへ、と笑う。
わたしはいつもみたいにため息をついて、つかさの手を、コートのポケットに戻した。
つかさは、しばらくそのポケットをぼんやり見下ろしてたけど。
「こなちゃんは?」
「寝た。まったく、休みとはいえ、真っ昼間からぐーすかぐーすか……」
「あはは、しかたないよ。昼寝って、すっごく気持ちいいんだよ」
「あー、この手の問題で多数決とか、なしでお願い」
つかさは、もういちど、小さく笑うと。公園の真ん中へゆっくり歩き始めた。
そういえば、つかさの背中をみるのは、あまり好きじゃなかったっけ。
むかしは、すぐに追い越して、つかさの手を引っ張ってたような気がする。
でも、もう子供じゃない。そんな子供じゃない。私も、つかさも。
「わたしね」
つかさが、足をとめる。
なにをみてるんだろう。わからないな。そりゃそうだよ。
当たり前のことが。なんでいちいち、こんなに、気になるんだ。
「いま、すごく幸せ」
「そうみたいね」
つかさが、ふりむいた。

わたしの足が反射的にうごく。
いつのまにか、つかさがすぐそばにいた。
反射的。ほとんど脊髄反射だ。だって、つかさの顔が……
「幸せなんだったら、そんな顔しないでよ」
まあ、そばに行っても。なにができるってわけでもないんだけど。
子供じゃない。子供じゃない……
「お姉ちゃん。わたし、いま、幸せで」
つかさ。
「ずっと、幸せでいたいの」
……
ああ。
そういうこと、か。
「つかさ、わかってると思うけど」
「お姉ちゃんわたし、」
「一応言うけど。それは、まちがってる」
ほんとに、一応、だ。でも、こういうことは私が言わないといけない気がする。
つかさがうつむいた。……あたま、すこし雪積もってるな。
手を伸ばして、ぱたぱたその雪を払う……ああ、肩にも。でもコートの上だし大丈夫かな。

「わたしね、こなちゃんのことが大好き」
「知ってるわよ。だったらなおさら」
つかさがぶんぶん首をふって、私を見つめてくる。
「こなちゃんが好き。ずっと、ずっと好きだったの」
意味が、ぜんぜんわからない。
でも関係ない、つかさの目がゆれてるんだから。
「そうね。そうだった」
つかさの頬に触れた。その涙が、私の手袋にしみこんでいく。
あたたかい。
やわらかい。
こんなに、やわらかいのに。
「こなたは、断らないと思うわ」
「そうだね」
「お金は?」
「最初は、ちょっとキツい、かも。でもなんとかなると思う」
「助けないわよ」
「頑張る。けど、どうしてもダメだったら、助けてほしいな」
本気だ。本気なんだ。まったく。
「なんで……あんなやっかいなの好きになっちゃうのよ」
「好きになるのに、理由なんてないよ」
ンなわけあるか。
「いや……理由は、あるんだよね。絶対。でも、わたしバカだからよくわからないよ。ただ」
こなちゃんが、すき。だいすきなの。

つかさは、曇り空を見上げた。その空は、すごく遠い。
つかさの姿も、なんだかかすんで見えたけど、そんなの。
そんなの、しらない。
つかさを抱き寄せた。
ずっといっしょにいたんだ。だから、ここにちゃんといるんだ。
……お姉ちゃん。
耳の奥に、こえがきこえる。むかし聞いた――



「お姉ちゃん、調理師ってね、学校行かなくてもとれるみたいなんだ」
「こなちゃんって、大学とか、どうするのかなぁ」
「だいじょうぶだよ。一人暮らしっていっても、電車でちょっとのところだよ?」

「こ、こなちゃん、ひさしぶり……」
「お、つかさ! いらっしゃい――」

「うん、すぐ近くのホテルでね」
「え、つかさんちも近く? いってみたいいってみたい!」
「えええええええ!?」
「ってあれ、そんなイヤだった? ごめ」
「そうじゃないよ! あいや、そうじゃない、から。うん、きてほしいな」

「つーかーさー」
「こ、こなちゃん! どしたのこんな時間に、わ、お酒くさい!」
「近くで飲んでたんだけどー、終電ないよねーでもわたしにはつかさがいるんだよね、いいでしょー」
「わかったから、はやく中入って! ベッド使っていいから――」

「こなちゃん、おはよ」
「……おはー。おおぅ、これは」
「朝ご飯だよー。がんばっちゃった。学校は……うちからでも行けるよね」
「……うん。あーうん、大丈夫。大学、すごい近い、から」

「つかさ、おかえりー」
「ただいま、……それなに?」
「いっしょに観ようと思って。借りてきたんだ」
「タ、タイトルなんて読むのかな、死とか血とか難しい漢字がたくさん」
「んー、つかさと一緒に寝るために、その一?」
「い、いっしょに寝る、寝るから。わたし楽しい映画結構持ってるんだよ、今日はそっち観」
「だが断る」

「あ、やばい」
「どしたの、こなちゃん」
「うちの郵便うけ、パンクしてそうな気がする」
「あはは。もう、ここに住んじゃってもいいんじゃないかな」
「……それ、いいなぁ」

「……こなちゃん、これから、どうしたらいいのかな」
「え、ええとたしか。……あれ、そういえば私らあんなの持ってないじゃん」
「なにか、道具とかいるの?」
「ん、と。とりあえず。さ、さわってみるね……いい?」
「う……うん」

「つかさ、起きて。もう朝だよ」
「……あー、こなちゃんだぁ。おはよ……あれなんかいーにおい……?」
「朝ご飯。できてるよ」

「……あの、こなちゃん。日曜日の午後って、時間ある、かな?」
大事な話があるの。
きいてくれる? こなちゃん。






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最終更新:2009年01月25日 12:19