時枝誠記「国語教育における古典教育の意義」

時枝誠記『国語教育の方法』有精堂 1963 pp.165-174

第十章 国語教育における古典教育の意義


 古典は、主として高等学校の教育内容に属するものであるが、その現代語訳、あるいは抄訳を通してなされる古典教育は、小・中学校にもあるので、ここでは、国語教育全体を通しての問題として、取上げて見ようと思ふ。
 先づ、古典教育の意義、目標については、高等学校指導要領「古典甲」の目標に、
(1)文化の享受や創造に資するために、古典の意義を理解させて、古典に親しむ態度を養う。
(2)古典としての古文や漢文について、概観的な理解を得させ、読解し鑑賞する能力を養い、思考力・批判力を伸ばし、心情を豊かにする。
とあり、(1)の古典の意義については、「指導要領解説」には、
古典の学習は、文化の享受の一つとして、大きな意義をもつものであり、また、文化を創造する基礎を養うのに役立だつものである(五五買)。
とあり、また、(2)については、古典教育は、究極において、「心情を豊かにする」ものであることがうたはれてゐる。
 以上のやうな古典観、古典教育観が打出されるに至るまでには、相当の紆余曲折が認められるのである。戦前の皇国精神の昂揚のためにする古典教育観は、終戦を境にして大きく動揺した。そのことは、例へぱ、終戦直後、即ち昭和二十一年二月十一日の紀元節に際して、南原元東京大学総長が、学生に向って行った講演の中に、端的に示されてゐる。
日本はわが国固有の伝統と精神を賭けて戦ったところのこの戦争に於て、その精神自体が壊滅した今、何を以て祖国の復興を企て得るであろうか。それはもはや過去の歴史に於て求め得ないとすれば、将来に於て創り出さねばならぬ(南原繁『祖国を興すもの』)。
右の一節は、ここに説明するまでもなく、古典的精神との断絶によってのみ、日本が新しく生きる道を開拓することが出来ることを云ったもので、敗戦の直後、このやうな感を抱いたものは、恐らく、ひとり南原氏のみに止まらず。当時の多くの識者においても、また、占領軍当局においても、同様であったであらうと想像されるのである。日本の敗戦が、わが国固有の伝統と精神とを賭けたところに、もたらされたものと考へることが、事実に対する正当の判断でないことは、少しく古典に親んだものには、直に考へられることであって、戦時中、多くの古典が、抹殺の憂目にあったことを見ても、このことを容易に知ることが出来るのである。ある限られた古典が、戦争遂行のために利用されたことは、天皇制と同様であり、戦争遂行の根本理念は、あるいはもっと別のところに、例へぱ、明治以後、日本が追随したヨーロッパ的な帝国主義思想の如きものにあったと考へる方が、至当ではなからうか。ともあれ、古典が敗戦の責任を負ひ、古典を教育することは、次代の国民を反動的思想に追ひ戻すものと考へられたことは、当然であったかも知れないのである。
 戦後の滔々たる革新的風潮の中で、戦時中の古典謳歌が、たわいなく潰え去ったことは、何も局外者の不見識な議論の責に帰することは出来ない。戦時中の古典教育論が、如何に根底の無い根無し草であったかといふことは、戦時中に聞いた、ある古典教育者の打ち明け話に、華やかな古典謳歌の時代ですら、若い青年を古典に引付けることは、至難なことであると語った言葉によって想像がつくのである。それを想へば、今にして古典教育の意義を検討し、その基礎を確実にすることは、極めて大切なことであることが分るのである。
 以上のやうな古典抹殺論に対して、古典研究者の側から打出された考へは、古典の中に現代的意義を探索し、あるいは現代に通ずるあるものを持つと考へられる古典を選り出して、古典に対する汚名をすすがうとする試みである。源氏物語の中に、近代小説の精神に通ずるやうな個所を求めたり、戦時中には、故意に伏せられてゐた防人の歌の戦争忌避の一面を、特に取出したりするやうなのがそれである。古典といへども、充分今日の感覚や生活態度の支へになり得るものであることを、実証することが、古典教育者、古典学者の任務のやうに考へられた。しかし、このやうな古典に対する態度は、古典を今日において利用しようとした戦前の態度と、少しも異なってゐないのである。古典学者は、観客の求めに応じて、何でも取出して見せる手品師と同じである。さて、このやうにして、古代人も我々と同じやうに考へ、感じてゐたことを知ったとして、それが果してどんな意味を持つのであらうか。
 一体、古典において、現代的感覚や現代的認識に近いものを求め得て、それに親近感を持つことが出来たとして、それがどんな意味を持つのであらうか。この問題を考へるに当って、’忘れてならないことは、およそ過去を振返ることの意義、更に根本的には。読書の意義とはどんなことであるか、即ち書物を胱むといふことは、何のためにするのであるかといふことを考へて置くことである。過去の事実の中に、現代的なものを見出すことが、新しい解釈であるとする考へが、戦後には、種々な分野で行はれたもののやうである。庶民的なものが、重要な意義を持って来ると、庶民生活の歴史を研究することが、歴史学の本領であるかのやうな考へが支配的になり、歴史を決定するものが、全然別のものであっても、それを無視してしまふといふ態度がとられがちである。過去のものを、現代的に解釈し直すことが、古典の受取り方であるとするならば、何も苦労して、これを古典の中に求める必要はないので、現代の作品の中に求める方が、有効でもあるし、手近かな方法でもあるのである。現代的意義を求め、現代的解釈を求める古典研究や古典教育は、煎じつめれば、古典抹殺論、古典不要論になってしまふのである。
 古典教育の必要論は、もう一つ別の理由からも、提出されるやうになった。戦後においては、現実的な実用主義の立場から、社会生活における言語の実用的な機能が重視され、戦前においては、軽く扱はれてゐた音声言語や、非文学的言語の教育が強調されるやうになった。これは、ある意味で、国語教育が、国文学研究の絆を脱却し、国語教育の本領を見出すやうになったことであるともいひうるのである。このやうにして、国語教育は、国語生活の全面に関心を持ち、日常の挨拶から、電話のかけ方や討論の仕方までを含めて、これを教育内容とすることになった。国
語教育が、文学だけの教育でなく、それをも含めて、国語全般の教育である以上、このやうに視野を拡大したことは、当然の方向であると同時に、国語教育の一大進歩であると云ってよいことである。ところが、このやうな国語教育の新しい傾向が、一部の人々から、言語の形式面技術面の教育を偏重するものであり、内容面思想面の教育を軽視するものであるといふ非難を受けるやうになった。高等学校指導要領の三十五年度の改訂に際して、科目として、「現代国語」と「古典」とを対立させたことに対する批判がそれであった。そのやうな言語の内容的思想的な部面を担当するものが、文学教育であり、古典教育であって、それは、国語教育において、人間形成に関するものとして重視すべきであると主張されたのである。
 言語の内容面を分担する文学教育あるいは古典教育の究極の目的が何であるかを考へて見るのに、それは、第八章「国語教育と人間形成」にも述べたやうに、教材の持ってゐる内容を、生徒に植付けて、生徒にある感化を与へようとする、焼付主義、感化主義とでもいふべき考へ方の上に立ってゐるのである。
 以上のやうな古典教育観に対して、私がここで提案したいことは、古典を以て、民族の姿と見る古典観であり、古典教育を以て、民族が自分自身の姿を見る方法を教へることであるとする古典教育観である。古典が、何等かの意味での規範性を持つといふことは、古典の重要な概念であらうけれども、古典教育の真の意味を確立するためには、先づこの古典観から脱却する必要があるのではないかと思ふ。私は、「古典」の意味を、次のやうに考へたい。古典とは、
過去の長い年月に亘って、多くの人人に尊重され、愛好されて来た文献
であると規定したい。この概念規定から何が結論されて来るか。多くの人に尊重され、愛好されて来たのであるから、何か人間性の根本に訴へるものがあるに違ひないのであるが、それが必ずしも今日の人々の興味と関心の対象となるとは限らない。しかし、それにも拘はらず、嘗て多くの人々の興味と関心の対象となったといふ理由で、これを古典と呼ぶことが出来るのである。そのやうな意味の古典が、何故に今日において、教育の内容とならなければならないかの理由は、それが、現在及び将来に対して、規範としての意味を持つためではない。さうではなくして、古典は、今日の自己が、いかにして形成されたかを明かにするに必要なものとして教育されねばならないのである。古典は、善くも悪しくも、それが民族の精神的形成を物語るものとして、教育される必要がある。自叙伝が、今日のその人を、明かにする上に重要であるやうに、古典は、民族の今日を明かにするに必要な自叙伝である。自叙伝には、栄誉と懺悔とが盛込まれてあるやうに、古典は、ある場合には、民族の栄光を物語ると同時に、ある場合には、民族の懺悔の告白ででもある。古典を読むことは、民族が、自己の過去を知り、また反省するといふ意味において重要なのである。以上のやうな古典を読む態度は、古典によって自己を感化しようとする感化主義の立場ではなくして、古典を胱むことによって、自己を批判し、自己の正しい位置を知らうとする態度である。古今集は、今日では必ずしも高く評価されてゐるわけではない。しかしそれが、嘗ては多くの人々に敬愛されたといふ意味で、それは、やはり我々の古典の一つである。そこに民族の精神形成の跡を見ることが出来るからである。このやうな態度をとるためには、我々は、すべての読書の場合と同様に、読書対象に対して、寛容であり、謙虚であり、虚心それに対して耳を傾ける心のゆとりを必要とする。自分が受入れられるものだけ、自分の感覚に合致するものだけしか受入れることが出来ないとすれば、もはや読書といふことは、無意味になってしまふ。古典教育の意義の一つは、そのやうな態度を養ふところに、あるといふことが出来る。
 古典について、現代的意義といふことが、やかましく云はれる理由の一つは、今日の人々が、現代といふものに、過大の評価をすることから来るのではないかと思ふ。嘗ては、古代だけが理想の世界であって、現代は堕落した時代と考へられてゐたが、今日ではその逆に、すべてを現代を基準にして判断しようとする。現代に合致しないものは、無価値なものと考へたがる。しかし、もし古典の中に、今日では忘れ去られてしまったやうな物の感じ方、考へ方といふものを、見出すことが出来たとすれば、それは新しい世界の発見である。このやうな世界が発見され、それを現代に蘇らせるところに、文芸復興といふことが可能になって来るのである。このやうな過去の再生といふことを可能にするためには、古典の中に、現代につながるものだけを求める態度では不可能なのであって、むしろ、現代にないものを求めるといふ、虚心の態度において、始めて可能にされるのである。
 以上においで、古典は、民族の将来を規定する規範として教育されるべきものではなく、民族の現在における精神形成の跡を明かにするための、重要な手がかりになるものとして、意義があることを述べて来た。従って、それは、栄誉と懺悔との一切を含めて、国民の前に提供されなければならない。戦後は、古典を一般から遠ざけて、ただ学者の研究にまかせて置けぱ事足りるとする風潮が横行した。それは、古典が、現代に意義を持つことが少いとする功利的立場が、強く働いてゐたものであることは、既に述ぺだ通りである。
 古典教育を確立するためには、先づ第一に、古典をどの範囲にとるべきかの問題がある。それには、既に述べたやうに、現代的基準によらず、過去において、最も敬愛の対象となったものが、何であったかが研究される必要がある。これには、従来の創作者を中心とした文学史の外に、読者を中心とした文学史が成立する必要がある。例へば、源氏物語が、如何なる時代に、どのやうにして一般に普及し、またどのやうにそれが受取られて来たかといふことが明かにされる必要がある。それは、結局、日本人の精神史の一面を明かにすることに他ならない。
 次に、古典の導入方法の問題がある。古典は、それが、原本の形で与へられる前に、種々な形で導入されることが必要である。例へば、現代語訳により、あるいは大意抄訳本の形により、あるいは原文を現代語の表記に改めることにより、これに接近さす方法が考へられる。この方法は、小・中・高の全段階を通して、体系的に考へられて然るべきである。
 最後に、「古典」科目と対立する「現代国語」との対比において、古典教育の特質を考へてみたい。現代語の場合は、読まれるべき対象は、無限にあり、無限に制作されるべきものであるから、教育の目標は、それら教材外の読物を、生徒が独力で読むことが出来るやうな、基本的な読書能力、表現技能を身につけさせて置くことが要求される。教室における教材は、そのやうな技能を養ふ手段として与へられるに過ぎない。生徒は、そのやうにして習得した能力によって、必要により、興味によって、どのやうなものでも読み、かつ表現することが可能になる。古典教育の場合は、必ずしも、古典を独力で読みこなすことが出来る能力や、また表現の技能を身につけることが要求されてゐるわけではない。ここでは、読まるべき教材は、予め精選されて、生徒に与へられるのである。そこに、「古典」と「現代国語」の教育目標に、大きな相違が認められるのである。
 自国の古典と外国の古典(儒教古典や仏教古典を含めて)との相違についても、これを明かにして置く必要がある。外国古典といっても、それが日本人の主観を通して、日本人の血肉となってゐる限り、日本人の精神生活を構成する重要な要素となってゐるのであるから、これを、自国古典と区別する理由は認められない。外来語が国語に同化したものを、本来の国語と同等に扱ふのと同じである。