時枝誠記「標準語教育と方言生活」

時枝誠記『改稿/国語教育の方法』有精堂 1963

第六章 教育内容の分析と教育の方法
 一 言語形態の分類─「話す」「聞く」「書く」「読む」─
 二 言語生活の実態
○三 標準語教育と方言生活
 四 経験主義の教育と基礎学力の問題
 五 話し方と聞き方
 六 読み方
  読み手(読者)の立場
  言語教育と文学教育
   附、鑑賞の問題
 七 作文(綴り方)
 八 文法


 今日、国語教育といへば、それは、標準語教育を意味してゐる。封建時代においては、極く少数の支配者、知識人を除いて、大部分の人の活動範囲は、狭い藩の領地内に限られ、日本が全体として、一体的な活動をするといふことはなかった。明治以後、中央集権制の政治の下では、政治経済文化は、すべて日本全体が一単位となって営まれることになった。そこで、それを媒介する言語は、日本全国に適用するものであることが、必要条件となり、またそのやうな言語を確立することが急務とされた。標準語制定の必要であることが叫ばれるやうになった所以である。標準語制定の必要が、強調されたのは、幕藩体制撤去の直後においては、全国共通で、標準とすべき言語が、まだ確立されず、それは人為によって制定すべきものと考へられてゐたからである。しかし、実際は、東京が政治文化の発源地となったために、勢ひ東京の言語が、その媒介の役目を果し、標準語として認められるやうになった。標準語は、以上述べて来たやうに、近代の国家生活、社会生活の要請に基づいて問題になって来たもので、従って国語教育は、右のやうな要請に応ずるものとして性格づけられるやうになった。しかし教育対象としての児童生徒は、その家庭生活あるいはその地域社会の生活においては、生得の方言によって生活して来たものであるから、学校教育においては、生得の言語体系とは異なった言語の学習が要求されることとなり、ここに方言対標準語の関係を、どのやうに見、また調整すべきかといふことが問題になって来た。一の考へ方は、標準語教育を完成するためには、先づ方言を矯正し、あるいは方言を除去することによってのみ可能であるとするのである。これは、標準語教育を主にした考へ方である。第二の考へ方は、方言は生得の言語であって、標準語が形式的なものであるのに対して、もっと生活に根ざし、生命力の溢れたものであるから、十分これを尊重しなければならないとするのである。これは方言を主にした考へ方である。この二つの考へ方の間には、相容れない矛盾したものを含んでゐるやうに見えるのである。
 ここで暫く方言研究の起こって来た事情を尋ねてみようと思ふ。東条操氏は、明治以後の我が国の方言研究の歴史を、明治二十年頃、より同三十五年頃に及ぶ第一期と、昭和以後今日に及ぶ第二期に分けて居られる(『方言と方言学』第二篇「方言研究史」)。第一期の方言研究は、明治三十五年四月に設置された国語調査委員会の調査方針第四項に、「方言ヲ調査シ標準語ヲ選定スルコト」とあるやうに、標準語のための方言研究といふことが、一つの重要な目標となってゐた。第二期の方言研究は、ヨーロッパにおける方言研究の影響と、柳田国男氏等の民俗学的立場からする方言研究とによって開花した。元来、ヨーロッパにおける方言研究の勃興には、古典主義に対立するローマン主義の思潮が大きく作用してゐる。グリム兄弟のドイツ語史の研究や、ゲルマン民族の説話伝説の採集の仕事は、正にその所産である。それは、民衆的なもの生活的なもの郷土的なもの自然的なものの尊重で、明治以後の国語学における口語研究の重視と歩調を一にするものである。それは、文字言語や文学的言語が人為的技巧的であるのに対して、言語の偽らない姿を捉へることが出来るとした。以上は、方言を一つの学問的対象とする研究調査であって、今日の方言調査とか、方言研究といふものは、皆この流れの上に立ってゐるといふことが出来る。これとは別に、明治以来、方言問題といふものが発生してゐる。明治以後の日本は、封建的政治体制を廃して、強力な統一国家を建設したドイツの中央集権的国家主義の影響を受けて、すべてに亘って中央集権的体制を整へることを急いだ。ここに標準語制定、標準語教育の問題が起こって来た。生活上から、標準語が優位に取上げられ、方言生活者の劣等感、言語生活上の不利などから、時には悲惨な結果を招くことすらあった。これが即ち方言問題である。前者が学問的観察的立場における問題であるのに対して、後者は、実践的主体的立場における問題であって、本来、全く別個の問題なのである。近代言語学が、方言や音声言語を優先的に取上げたのは、それは研究上の価値から来たことであって。近代生活において、標準語を尊重し、その教育を重視するのは、標準語に対する実践上の価値の評価に基づくのである。国語教育においては、方言標準語の問題ばかりでなく、すべてに亘って、言語の生活上における機能の点から、その優劣先後を区別しなければならないはずであるのに、その点が瞹味にされてゐたのは、国語教育に理論を供給する立場にある言語学国語学が、言語の実践上の価値といふものを判定する理論を持合はせてゐなかったためである。このやうにして、近代言語学が、音声言語の研究の優位を主張しても、教育上の立場としては、文字言語の読解指導に重点が置かれるのは、それが社会生活の構成に、また文化の伝承に重要な役割を果してゐるといふ、実践上の価値判断に基づくためである。この辺のところにも、国語教育に対する近代言語学の理論の無力が感ぜられるのである。それもそのはずであって、近代言語学並びに明治以来の国語学の主題は、言語の歴史的変遷あるいはその系譜を明かにすることであって、社会生活における言語の機能を明かにすることではなかったからである。
 以上のやうな、実践的立場において見るならば、標準語対方言の問題は、一方を除くことによって他方が成立するといふやうな二者択一的なものでなく、両者相平行して、それぞれ別個の機能において生活に奉仕するものであることが分るのである。例へば、鉄道従業員が、駅でアナウンスするやうな場合に、標準語が要求されるのは、それがその地方人ばかりでなく、広く一般の乗客を相手にするからである。その同じ人が、家庭において家族と団欒する時は、全く別で、そこには方言が重要な機能を果すことになる。このやうに、標準語教育は、児童生徒に二重言語生活を要求することを前提とするのである。その際、方言生活に対して、国語教育が特にこれを問題にしないのは、家庭あるいは社会生活が、自然教育の形で、それを分担することが期待されるからである。
 標準語教育が、二重言語生活を前提とすると考へるならば、それは、標準語に対して落差の大きい方言圈に生活するものにとっては、非常な負担になることが考へられる。しかし、それは、ただ方言対標準語の問題において見られるだけでなく、我々の言語生活は、そのどれをとって見ても、多かれ少なかれ、二重言語生活でないものはないのである。家庭における家族同志の間の会話と、改まった席上での未知の人との応対の言語とは、決して同じものとはいふことが出来ない。生活圏の拡大にっれて。我々は二重三重の異なった言語生活を要求されるのである。それを適当に使ひわけるといふことは、社会生活を円滑に遂行する所以で、国語教育のねらひも正にそこにあるといってよいであらう。
 標準語と方言とを、適当に使ひわけるといふ標準語教育の理念は、方言を矯正して標準語に直して行くといふ教育理念に比して、児童生徒の学習意識を、一層明かるいものにするであらう。これは単なる気休めにいはれることではない。それは、国語の他に、英語も話せる、ドイツ語も分るといふやうな優越感にも似た気持ちを起こさせるに違ひない。更に、言語教育においては、二国語の学習は、一国語の学習よりも負担が倍加するといふやうなものではなく、むしろそれによって、言語感覚や言語神経が高められ、学習を一層効果的にするものであることが考へられるのである。