日本文法がどのやうなものであり、また日本文法研究がどのやうな目的と任務を持つものであるかを明かにするには、まづ、日本文法を研究する學問である日本文法論或は日本文法學の成立の由來を明かにすることが便宜であり、また必要なことである。
今日見るやうな日本文法の研究は、江戸時代末期に、オラング語の文法書が舶載され、それに倣つて國語の文法を組織しようとしたことに端を發し、明治時代になつては、主として英文法書の影響を受けて、多くの日本文法書が作られ、また日本文法の研究が促されるやうになつた。
當時輸入された外國の文法書は、學問的な文法研究書といふよりは、外國語の學習の手引きとしての教課文法書であつたため、國語の文法書も専らそのやうな見地で編まれたものであつた。即ち、文法書は、國語の、特に文語の讀解と表現とに役立つものといふことが、主要な任務とされた。また日本文法の紅織の立て方、説明の方法も、專ら外國の文法書のそれに倣つたことも止むを得ないことであつた。
日本文法の全面的な組織と體系化は、右に述べたやうに、外國の文法書の影響によるものではあつたが、それに類した研究や、その部分的研究に屬するものは、從來の國語研究に全然無かつた譯ではなかつたので、江戸時代の國語學者の研究にも捨てがたいものがあり、見るべきものがあることが顧みられるやうになつて、ここに日本、西洋の研究を取入れた折衷文法書も現れるやうになつて來た。更に進んで、ヨーロッパの言語學の理論に立脚し、日本語の文法を根本的に研究しようといふことになり、從來の實用主義を離れて、全く純科學的精神に立脚し、日本文法を言語學或は國語學の一環として研究するやうになつたのが、近代の日本文法學の大體の状況であるといふことが出來るのである。しかしながら、日本でも西洋でも同じことであるが、文法研究の淵源に溯つて見ると、文法研究は、古典の讀解、表現の技法のために存在したものであつて、單に學問のための學問として存在したものではなかつた。云はば、人間の言語的實踐に羯應するものとして存在したのであつた。何となれば、古典の言語は、現代に於いては意味不通のものとなつて、先づ言語的に解明して行くことが必要とされたからである。文法學が必要とされるのは、理解の揚合だけではない。古典言語によつて表現することが、唯一の表現方法であつた時代に於いては、文法學はまた表現の重要な武器でもあつたのである。このことは、今日外國語學習に於ける外國語文法學の關係と全く同じであると云ふことが出來る。近代になつて、言語研究の課題が、古典言語から、現代語へと移つて來た。現代口語の文法が研究されるやうになつたのは、我が國では明治三十年代のことである。ところで、外國人は別として、我々は、現代語については、その文法的知識なくしても、一往の理解と表現に事缺くことはないと考へてゐる。確かにそれは事實である。もし口語文法の研究と教授が、文語文法のそれの意味なき傳承に過ぎないものではないと考へるならば、そしてまた、それが單なる學問のための學問以上の意義があると考へるならば、それにどのやうな意義が附與されるであらうか。今、これを教育の立場に於いて考へて見よう。昭和六年中學校令施行規則及び教授要目が改正され、中學校の低學年に口語文法が課せられるやうになつた時、橋本進吉博士は次のやうに述べて居られる。
現代に於ては、口語文が一般に行はれて文語文は甚だ稀にしか用ひられません。まして中學校に入つて始めて文法を學ぶものは、口語文にかなり親んで居りますが、文語文には甚だ踈いのであります。既知から未知に入り、易から難に及ぶのが、教育の根本原理であるとすれば、かやうな實情の下にあつて、文語の文法から始めるのは順序を顛倒したものであつて、既に習熟してゐる口語について文法を説き、然る後、文語の文法に及ぶのが最も自然な道筋であると考へます。(一)
博士は、口語文法の教授を以て、文語文法に入る階梯準備として考へられた。博士はまた同時に、口語法の教授に、ただ文語法への階梯としての意義だけでなく、更に別個の、獨立した意義のあることを述べて居られる。
廣く國語教育の立場から見れば、文法の知識は、我が國語の構造を明かにし、國語の特質を知らしめ、又、文法の上にあらはれた國民の思考法を自覺せしめるに必要である事は既に述べた通りである。(二)
口語法の教授は、言語の表現、理解のためといふ實用的見地を離れて、國語の構造、更に國民の思考法に對する自覺を喚起させるところにあることを主張されたもので、これは昭和六年の教授要目にある「文法ノ教授ニ於テハ國語ノ特色ヲ理解セシムルト共ニ國語愛護ノ精神ヲ養ハンコトニ留意スヘシ」といふことと揆を一にするものである。橋本博士は、更にその考を進めて、
國語教育といふ立場だけからでなく、一般に教育といふ立場からして、國文法の學修といふ事を考へて見る時、ここにまた別種の意義が見出されるのではなからうかと思ふ。組織的教育に於て課せられる種々の學科は、それぞれの領域に於ける特殊の知識を與へる外に、種々のものの見方考方取扱方を教へるものである。(中略)精神や文化を研究する專門の學としては文科的の諸學があるが、これ等は普通教育に於ては十分に學的體系をなした知識としては授けられないやうであり、(中略)唯國文法のみは、かやうな所まで行きうるのではなからうかとおもはれる。(三)
文法科の任務を、ただ國語についての認識を高めるばかりでなく、文化現象を觀察する唯一の學科として考へるやうになり、その後の國定文法教科書は、右の線に沿つて、生徒自ら國語の法則を發見し、これを組織する研究的、開發的な方法によつて行はれるやうな組織に改められた。
普通教育に於ける文法科は、以上述べたやうに、文化現象としての國語の法則を觀察する認識學科となつたのであるが、その理由は、口語文が國語教育の主要な内容となつて來たためである。口語文が重要視された結果、口語法が文語法教授にとつて代はることになつたが、同時に、從來、文語法教授の主要な任務であつた古典講讀のための文法教授といふ實用的意味も當然改められ、以上のやうな新しい意味を口語法教授に附與することとなつたのである。それも文法科の一の行き方ではあらうが、中等學校の諸科目が、大學、專門學校に於ける學科別の縮圖である必要はなく、またあつてはならないことを思へば、文法科を認識學科として見る現今の取扱ひ方には大きな問題があると見なければならない。
文法學は、確かに人間の精神や文化を研究する學問の一つではあるが、中等學校に於ける文法科の目的は、必しも小國語學者、小文法學者を養成することではない筈である。中等學校に於ける文法科の任務を正當に理解するには、もう一度これを國語科の中に引戻して、國語教育全體の立場から、文法科を考へて來る必要があるのである。普通教育としての國語科の任務は、何と云つても、國民の國語生活である、讀むこと、書くこと、聞くこと、話すことの訓練、學習にあることはまちがひないところであらう。この四の國語生活の形態は、人間一生の生活を通じて、片時も離れることの出來ないもので、これを圓滑に實踐することが出來るやうにすることは、國語教育に課せられた根本的使命である。これらの實踐を有效にし、適切にするためには、國語に對する或る程度の自覺と認識が必要であつて、國語要説とか文法學は、その意味に於いて中等學校の教科目として意味があるのであつて、それ自身獨立した學問としてあることが必要なのではない。
口語法の教授に、實用的見地が否定されるやうになつたのは、文語法の組織がそのまま口語法に踏襲されたことが重要な原因をなしてゐると見ることが出來る。動詞・形容詞の活用形と、その接續する語との關係のやうな事實は、古語の場合には非常に重要な事柄であらうが、現代語の場合には、殆ど問題にならない自明の事柄である。從つてそこから、口語法を實用的意味に於いて課することが否定されるやうになつたのも、當然であると云へるのであるが、そのことから、直に口語法を精神觀察のための認識學科として位置付けることには大きな飛躍がある。本來から云へば、口語文教授に即應して口語法が學科目として取上げられた時、先づ考へられなければならなかつたことは、現代語生活に文法教授のやうなものが必要であるかどうか、もし必要であるとしても、そこに取上げられる問題、または文法書の組織といふものは如何にあらねばならないかといふことが仔細に考究されねばならなかつた筈なのである。ところが、そのやうなことは殆ど問題にされることなく、文語文法の方法と組織とがそのまま口語法に踏襲されたが爲に、口語法教授が文語法教授の持つてゐる實用的意味を持ち續けることが出來なくなり、文法教授の任務に大轉換を行ふことを餘儀なくされたのである。その根底には、文語文法教授の内容と組織とは、凡そ文法學の絶對的な規範であるといふ考へが存してゐたと見ることが出來るのではなからうか。文語文法の組織は、文語文のために必要な組織であり、口語のためには、またそれとは別個の文法組織と問題とが當然考へられなくてはならない筈なのである。文語文の理解と表現には文語法の知識が必要であるが、現代語生活に於いては、もはや文語法の組織をそのまま教授するやうなことは必要ないのであつて、現代語生活をよりよくするためには、それを助ける何等か別の形に於ける文法學の教授といふことが必要とされるのである。これは今後の口語法研究の重要な課題である。
學校教育に於いて、文法學科を研究的に、開發的に行ひ、生徒自ら言語の法則を發見するやうに導く教授法が不遖當であると考へられることには、以上のほかに猶次のやうな理由が考へられる。その一は、言語現象は自然現象と異なり、極めて複雜な人間の精神現象であるから、中學校の低學年に於いてこれを課することは、生徒の智能の發達段階から見て不適當であるばかりでなく、これを無造作に行ふことは、言語に對する誤つた觀念を植ゑつけてしまふといふ危險が生ずることである。その二は、言語に對する認識は、言語の自覺的な實踐の上にはじめて築きあげられるものであることは、文學の學問的認識が、文學的體驗をまつてはじめて可能であるのとひとしい。文學的體驗なくして文學論を云々することが危險であるやうに、言語的經驗を自覺的にすることなくして、言語の法則を問題にすることは本末を顳倒したことになる。
以上のやうな理由によつて、學校教育に於ける文法科は、生徒の言語的經驗を自覺的にし、確實にするといふ實用的見地に於いて課せられるといふことが望ましいので、このやうな實踐的經驗をまつて、はじめて國語に對する認識も、自覺も高められることとなるのである。このことは、一見、文法科の教育的意義を無視して、舊來の暗記的學科に逆轉させるやうに受取られるかも知れないのであるが、學校教育に於ける文法科は、それ自身獨立した一學科としての意義があるのでなく、國語科の一翼を荷ふものとしてのみ存在價値があることを理解するならば、當然のことであると云はなければならないのである。
私は余り文法學の教育的な面ばかりを述べ過ぎたやうであるが、純粹の學術的な文法學の任務についても同じやうなことが云へるのである。一個の科學としての文法學についても、究極に於いてそれは實用的意義を失ふものではないのである。實用的意義を考へることによつて、學問自體が歪められることは、嚴に戒めなければならないことであるが、一方文法學の實用的意義を考へることによつて、文法學の正しい發逹を促す面のあることも忘れてならないことである。
文法學とその實用的意義との交渉は、單に文法學の理論が、言語的實踐に效果があるといふ、學理とその應用との關係に於いて交渉があるばかりでなく、實はもつと深いところで交渉してゐると見なければならない。それは、一言語は本來人間生活の手段として成立するものであり、常にある目的意識を持ち、それを逹成するに必要な技術によつて表現されるものである。從つて、このやうな言語の投影である文法學は、堂然實踐的體系として組織されなければならない筈である。また饌的體系を彗た文法黌してはじめ直の科掘學的文法學と云ひ得るのである。
私は本書に於いて、以上述べたやうな文法學の體系を組織することを企圖したのであるが、現實はその半にも到達することが出來ない結果に終つたやうである。それらの點については、今後の研究にまつこととした。
(一) 『新文典別記初年級用』の新文典編纂の趣意及び方針の項
(二) 『國語學と國語教育』(岩波講座 國語教育、橋本博士著作集 第一巻)
(三) 同上書
最終更新:2020年01月27日 11:02