五十音圖はもと梵語學の影響の下に作られた國語の音韻表であるが、その組織がよく國語の音韻、語法の性質を反映してゐたがために、近世になつてから、國語の現象、特に用言の活用研究に利用されるやうになつた。動詞、形容詞の分類も、全くその活用と五十音圖との關係から出て居り、特に動詞の活用の種類は、全く五十音圖の行と段とに配當されて、何行何段と呼ばれるやうになつて居る。そこで五十音圖の性質を明かにして置くことは、活用研究の眞意を理解する上からも大切なことであらうと思ふのである。
近世以來、五十音圖が國語の活用現象をよく説明するところから、五十音圖は國語學上、動かすことの出來ない鐵則のやうに考へられ、近世末期に至つては、五十音圖を神秘化する思想まで生まれるに至つたが、元來、五十音圖は國語の音韻、語法現象の觀察から歸納されたもので、これを絶對視すべきものではないのである。かつ、五十音圖は、國語の音韻が或る程度崩壞した時代に成立したもので、その成立の年代は、凡そ平安時代前期と推定されてゐるのである。しかし、この音圖が假名で書かれるやうになつてから、既に消滅したア行ヤ行のエの區別は、この五十音の中に現はれて來なくなつた。そのやうな次第であるから、もしこのやうな音韻表が、奈良時代或はそれ以前に作られたとしたならば、その組織はよほど變つたものであつたらうと想像されるのである。更に中世、近世に至つては、國語の音韻は五十音圖成立時代よりも更に減少したのであるから、今日このやうな音韻表を作るとするならば、それはまた五十音圖とは相違したものが出來るであらうと云ふことは想像に難くない。このやうに、五十音圖は、相對的價値において見られねばならないのである。ただ近世國語學の扱つた國語資料と五士背圖成立の年代とが、それほど隔つてゐなかつたことが、五十音圖の利用を有利に、また效果的にしたのである。もし上代國語を、その嚴密な音韻體系において整理しようとするならば、時代を異にして成立した五十音圖の利用は恐らく困難であつたらうと想像されるのである。同樣の理由を以て、後代の國語を、その音韻に即して整理する場合には、當然後代國語の音韻體系に基づいた音韻表によつて整理し、組織しなければならないのであるが、近世國語學者の活用研究は、活用をその音韻によらず、專ら文字によって組織したために、五十音圖の利用は效果的であつたのである。活用について、ハ行四段活用などと云はれてゐるのは、その音韻に即して云はれてゐるのではなく、ハ行音の文字に即して云はれることで、音韻に即して云ふならば、當然ワ行何段と云はれなければならないのである。
國語を純然たる表音主義によつて記載しようとする場合には、まづ現代國語の音韻體系に基づく音韻表が作られることが何よりも大切なことである。國語の活用現象もそれによつて組織されることになるのである。
「現代かなづかい」は、その根本方針として、國語の表音主義を採用してゐるのであるが、同時に、音韻とは關係のない文字の使用を規定してゐるので、「現代かなづかい」による國語表記の基礎となる音韻表は、音韻體系と文字體系との兩者をにらみ合はせてこれを制定しなければならない。舊來の五士音圖を保存し、その上に立つて「現代かなづかい」による國語の文法體系を説明しようとするのは甚しい矛盾であり、また國語を混亂させる原因となるものである。
今試みに現代語の音韻文字表を作製して見ると別表のやうになる。
表の解説
一 表に於いて、片假名は音韻を表はし、平假名は、その音韻に相當する文字を示したものである。從つて、右の表は、根本に於いて國語の音韻表であるといふことが出來る。從來の五十音圖は、音韻表でもあり、また假名表でもあつて、その區別が明かでなかつた。
二 〔ア〕〔ワ〕〔ヤ〕三行の音は、これを母韻と認めて、表の先頭に掲げることとした。この三行は、〔イ〕段に於いては、すべて〔イ〕音に統合され、〔ウ〕段に於いては、〔ア〕〔ワ〕行は〔ウ〕音に統合され、〔エ〕段に於いては、すべて〔エ〕音に統合され、〔オ〕段に於いては、〔ア〕〔ワ〕行は〔オ〕音に統合されてゐる。
三 右のやうに整理することによつて、〔ア〕行と〔ワ〕行との相違は、單に〔ア〕段に於いて、相違があるのみとなつた。
四 〔ア〕〔ワ〕〔ヤ〕三行の音は母韻であるから、〔カ〕行以下の音は、すべて拗言である
ことも許されるのである。例へば、〔カ〕は、〔キャ〕或は〔クヮ〕として認められるのである。
五 音韻に相當する假名は、歴史的假名づかひの場合を上段に、現代かなづかいの場合を下段に置いて示した。
表について見れば明かなやうに、歴史的かなづかひに於いては、ワ音に對して「わ」「は」二文字が當てられ、イ音に對して「い」「ゐ」「ひ」三文字が當てられてゐる。この複雜性を除く「現代かなづかい」の方針に從へば、ワ音に對しては專ら「わ」字を用ゐ、助詞のワ音に對してのみ「は」を用ゐることとし、イ音に對しては、「い」を用ゐて「ゐ」「ひ」を用ゐない。ウ音に對しては「う」、エ音に對しては、「え」を用ゐ、助詞のエ音に對してだけ「へ」を用ゐることとし、オ音に對しては「お」を用ゐ、助詞のオ音に對してだけ「を」を用ゐることとしてゐる。音韻と文字との關係をどのやうにするかといふことは、假名づかひ問題の論の分かれるところであるが、表音主義を徹底させる立場をとるかぎり、助詞の〔ワ〕〔オ〕〔エ〕の音に對して、「は」「を」「へ」を用ゐるといふ規定は矛盾である。もし、歴史的假名づかひの訂正によつて新假名づかひを制定する方針をとるならば、この表に於ける音韻と文字との關係を訂正して行けばよろしい。例へば、イ音はすべて「い」と書き、動詞の語尾の「ひ」だけを保存するといふことになれば、イ音に對しては、「い」「ひ」の文字が殘ることとなる。現代かなづかいに即して云ふならば、ハ行四段活用はワ行四段活用となり、次のやうに活用する。
思う ーわ ーい ーう ーえ
問題は意志の表現「思はう」(現代かなづかいは、「思おう」と書く)の處理である。この處理には二の方法が考へられる(動詞活用形の項參照)。一は、表記そのものに即して「思お」を活用形とすることである。さうすれば、この動詞の語尾は、オ段にも活用するので、ワ行五段活用の動詞であるといふことになる。この方法は、「書いて」といふ助詞接續から、「書い」を一の活用形と認める方法と一致するのである。ところが、このやうな處理方法には、一の難點がある。「おもおう」といふ記載は、「おもお」と「う」の結合ではなく、「う」は長音の記號であるから、或は「おもおー」と記載してもよい譯である。さうなると、「おー」を「お」と「ー」とに分析して、「おもお」を一の活用形とすることが困難になるのである。表音的記載法は、どこまでも音聲現象の記載であるから、その記載が常に必しも文法的事實をそこに反映してゐるとは限らない。あたかも、美的鑑賞の立場から、或ひは生活に便利であるといふ立場から仕立てられた衣服が、人間の五體の生理的状況を反映してゐないのと同じである。かくて、動詞と意志表現との結合した「おもおう」といふ語句から、記載のままに活用形を抽出することは困難なのである。
次に第二の方法は、「書いて」の「書い」を一個の別の活用形と立てずに、連用形の音便とする方法である。この場合には、記載法は問題にならない。文法的事實を、言語の音聲現象の奥にひそむ法則の體系と考へて、助詞「て」の一般的接續關係を求めるならば、それは連用形に接續するものであることが分かる。して見れば、「書いて」の「書い」も連用形でなければならない。「書く」の連用形「書き」が「書い」となるのは音便現象としてさうなるに過ぎないのである。このことは、單に觀念的にさう云はれるばかりでなく、歴史的事實からもそのやうに云はれるのである。動詞につく意志の表現は、「見よう」「受けよう」のやうに動詞の未然形に附くものであることは、他の動詞の場合からも、また歴史的にも、證明することが出來るといふことになれば、「おもおう」といふ表現は、動詞「思う」の未然形「思わ」に「よう」に相當する意志の助動詞「x」が附いたものと見ることが出來るのである。この「x」は、歴史的に溯れば、「う」或は「む」であるから、このやうな助動詞と「思う」との結合が、音便的になり、それを「おもおう」と記載するのであると説明しなければならない。ただこの場合注意しなければならないことは、「おもおう」の「う」は長音記號であつて助動詞ではないが、歴史的假名づかひにおける助動詞「う」の類推から、これをも助動詞と誤認する錯覺に陷ることである。嚴密に云ふならば、口語四段活用に接續する意志を表はす助動詞は、それがどのやうな語であるかは抽出することが出來ないのであつて、ただ歴史的に從來これを「う」として取扱つて來たに過ぎない。この「う」と現代かなづかいの長音符號「う」を混同してはならないのである。そこで現代かなづかいに基づく動詞の接續には次の注意書を加へる必要がある。
四段活用の未然形に意志を表わす助動詞が附いた場合はこれを次のように記す。
書か−意志の助動詞……書こう
買わ−意志の助動詞……買おう
(この三行は「現代かなづかい」による)
最終更新:2020年01月28日 00:54