代名詞の小分
代名詞の中最も著しいものは人稱代名詞、位置代名詞の二種であるが、この外に尚種々の代名詞が有る。
一、人稱代名詞 人稱代名詞は説話者(思想者)が自己を基準として自他を區別する代名詞である。其の中「我」「余」「某」「小生」、口語の「私」「僕」「手前」「乃公」などは説話者が自己を指す。これを第一人稱と云ふ。「汝」「君」「足下」「貴下」、口語の「貴方」「御前」「き樣」などは説話の對者を指す。之を第二人稱と云ふ。「彼」及び口語の「奴」などは自己、對者より以外のものを指す。之を第三人稱と云ふ。「吾々」は他人をも自己に同化した第一人稱である。「諸君」は第三者を第二人稱に同化した第二人稱である場合と全く第二人稱である場合とある。
「私たち」といふ詞は純粹の第一人稱の複數であつて對者を含めていふ詞ではない。對者を含めていふ詞は「我々」である。近頃雜誌などで「私たち」と云つて對者をも含めて云ふ人があるが其れは誤である。極古くは「我」を「あれ」とも云ひ、「汝」を「なれ」とも云ひ、又下の「れ」なしに「わ」「あ」「な」とも云つた。「汝」を「なんぢ」といふ如く、「きみ」を「きんぢ」とも言った。
二、位置代名詞
説話者(思想者)が自己を基準として其の位置の遠近に由つて事物を指示する代名詞である。
事物 事物 場所 方向 方向 人 方向 方向 人、物
コ コ コヽ コナタ コヤツ
第一近稱 此 此れ 此處 此方 こち 此奴 こつち こちら こいつ
ソ ソ ソコ ソナタ ソヤツ
第二近稱 其 其れ 其處 其方 そち 其奴 そつち そちら そいつ
ア カ カシコ カナタ アヤツ
遠稱 彼 彼れ 彼處 彼方 あち 彼奴 あつち あちら あいつ
カ ア *アスコ アナタ
*及び下方の三列は口語專用。
□「此」の一類は皆白己に近いものを指す。之を第一近稱といふ。「其」の一類は對者に近いものを指す。之を第二近稱といふ。「彼」の同類は自己にも對者にも遠いものを指す。之を遠稱といふ。「此れ」の一列は事物を非人格的に指す。「れ」は非人格としての外延性を明示する。その「れ」なしに「此』「其」「彼」といふ場合もあるがそれは外延性を輕親した場合である。そうして「此は」「此を」などとはいふが「此に」「此へ」「此より」などとは云はないから偏性である。又「の」を附けて「此の」「其の」「彼の」といふが、その場合は副體詞である。第三番目の「此處」の一列は場所を指し、次の「こなた』「こち」の二列は方向を指す。口語の「こつち」「こちら」の二列は方向を指すのであるが場合に由つては方向の意を利用して比較上に於ける二者の一方を指す。文語の「此奴」の一列は人を指す卑稱であるが、その音便なる口語の「こいつ」の一列は人の卑稱たる場合と事物を人格化していふ場合とある。
位置の代名詞と人稱代名詞の第三人稱とは指示の基準が逹ふ。自分のことを「こつち」とも「此の身」「此の私」とも云ひ、對者のことを「そつち」「其の方」と云ふ場合があることでも分る。
多くの文典に第一近稱を單に近稱とし第二近稱を中稱と名づけ、中稱は遠近の中間に位する事物を指すと説いてあるのはよくない。それては實際と適合しない。
□遠稱は遠いものを指すのであるが、其れは自他共に知つて居る事物に限るのである。自他の一方が知らない事物は遠方に在つても遠稱を用ゐない。必ず假に其の物を對者或は自己の面前へ運搬して來た適のとして第二近稱又は第一近稱で指す。
1 私は先年倫敦で或る動物を見たが其れは實に奇々怪々の姿をして居た。(あれと云はない。)
2 君は古い軸を持つて居るさうだが其れは誰の筆ですか。(あれと云はない.)
3 かれの故郷に景色善き處有りといふ。其處は温泉なども有るにや。(彼處と云はない。)
1はもと對手が知らない事物であつて對者は今説話者の談で纔に頭の中へ其の概念が出來たばかりである。其れを遠處に在りとして指示するよりは現在頭の中の出來立の概念を指す方が談が具體的である。2は自分が知らない事物だ。自分は其れに對して不精密な概念を持つて居つて其れを對手に話すのであるから、遠處の事物を指すよりは自分が今對者へ提供したばかりの概念を其のまゝ指す方が安心である。
遠稱を使ふ以上は彼我共に知つて居る事物で其の概念が元來雙方の頭に存したものでなければならない。弟が兄に向つて
兄さん、國の庭に小さい松か有ったでせう。あれはまう大分大きくなったでせうねえ。
二人とも知つて居る筈であるからあれといふのである。
時の上から云ふと、つひ今言ったことは自分の頭でも概念が新しく對者の頭の中でも現在受取つたばかりの概念であるから「其れ」或は「此れ」を用ゐるが、此れから云はうとすることは對者の頭にはまだ其の概念が無いから「此れ」といふ。唯ずつと前に云つたことは双方の既知に屬するから「彼れ」といふ。
以上の規則は口語に於て著しい。、文語は漢文讀の影響で多少其の規則を崩された。
英語や支那語にも位置の代名詞が有る。しかし策一近稱(this、這個、此)と遠稱(that、那個、彼)が有るだけで第二近稱といふものが無い。itは第三人稱であつて第二近稱てはない。
三「種々の代名詞 人稱代名詞、位置代名詞の二種は説話者(思想者)が自己を基準にして事物を指すものであるから、説話代名詞である。その他に非説話代名詞と云ひ得べきものが有る。その著しいものは「己れ」と「人」である。「己れ」は或る動作を基準起もてその主體を指し「人」(他人)はそうでないものを指す。
己れに求めずして之を人に求む。
の「己れ」は「求める」といふ動作の主體を指し「人」は他物を指す。「己れ」の外に、「自ら」「自己」「自身」「自分」なども同義に用ゐられる。「人」は普通名詞から轉じたものである。これ略の代名詞は動作代名詞と名づけても善からうと思ふ。
「己れ」は獨佛などの語では主格がなく必ず客語になるから再歸代名詞と稱せられてゐる。しかし主格がある以上必ず再歸するものではないから、動作代名詞といふ方が種々の國語に一般的である。
之の外、「右の通り」「左の如し」の「右」「左」の類、人を指して「甲」「乙」などいひ、議員を番號で數へる樣なのは一種の代名詞であちう。
歐文の關係代名詞 歐文に關係代名詞といふものがある。此れは位畳の代名詞の一種で、その代名詞を含んだ一斷句が或る名詞の究へ置かれ、其の斷句が其の代名詞のカに由つて獨立性を失つて、前に在る名詞の從屬語となり,その名詞を註解する語となるものである。
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1225783/135
最終更新:2015年07月19日 19:03