□不熟辭は、單獨では一詞を成す力がなくそうして完辭助辭以外の原辭(即ち他の不熟辭)と結合した上で始めて一詞となる原辭であつて、決して完辭や助辭とは結合しない。「松《シヨウ》」「海《カイ》」「春《シユン》」「正《セィ》」「不《フ》」「未」「被」「既」などの類がそうだ。これらは不熟辭どうし結合して「松柏」「海洋」「春秋」「正否」「不孝』「未決」などと云ふ樣になれば一詞となるが自己だけでは一詞にならない。「松《シヨウ》を立つ」「海《カイ》を渡る」などとは云へない。
不熟辭の中で「松《シヨウ》」「柏《ハク》」「春」「秋」「往」「來」などの樣に實質的意義を表すものを實質不熟辭と云ひ、「不」「未」「可」「非」などの樣に形式的意義を表すものを形式不熟辭といふ。
日本語に用ゐてゐる漢字音は皆不熟辭として用ゐられる。されば漢字を一字用ゐた場合は音で讀まずに訓で讀む場合が多い。それは音で讀むと不熟辭となつて完辭とならない場合の多いことを意味する。二字併用された場合は音で讀んでも連辭の完辭になるから、音で讀む場合が多いのである。
漢字音の中には完辭化した用法の有るものも澤山有る。「仁」「義」「忠」「孝」「諭』「説」「法」「文」「甲」「乙」「一」「二」の類は完辭としても不熟辭としても用ゐられる。例へば「仁は」「義を」などの『仁』「義」は完辭で「仁人」「義士」などの「仁」「義」は不熟辭である。
漢字音の中には接頭辭化した場合の有るものもある。「不心得」『無考へ」「旧取締役」「新年寄』の「不」「無」「舊」「新」などは接頭辭化したもので、「ヴォルト計」「メートル法」「小賣商』「濱名湖」の「計』「法」「商」「湖』などは接尾辭化したものである。
完辭が不熟辭化して用ゐられるものもある。「市《イチ》立」「技手《テ》」『夕《ユフ》刊」「出立《タツ》」の「いち」「て』「ゆふ』「たつ」の類がそうだ。
最終更新:2015年07月19日 21:57