此の讀本は、いろ/\の階級の、なるべく多くの人々に讀んで貰ふ目的で、通俗を旨として書いた。從つて專門の學者や文人に見て頂けるやうな書物でないことは、論を待たない。それにしても、今迄私はかう云ふ種類の述作をしたことがないので、順序の立て方、章節の分け方等に妥當を欲くものがあるかも知れないが、さう云ふ點は、不馴れのためとして御諒恕を願ひたい。
私は、自分の長年の經驗から割り出し、文章を作るのに最も必要な、さうして現代の口語文に最も缺けてゐる根本の事項のみを主にして、此の讀本を書いた。その他の細かい點、修辭上の技巧等については、學校でも教へるであらうし、類書も多いことであるから、此處には説かない。云はゞ此の書は、「われ/\日本人が日本語の文章を書く心得」を記したのである。
尚、最初に企圖した事柄は洩れなく述べた積りであるが、たゞ慾を云へば、枚數に制限されて引用文を節約したのが殘念である。文章道に大切なのは理窟よりも實際であるから、一々例證を舉げて説明することが出來たならば、讀者諸君の同感を得る上に、餘程助けになつたに違ひない。依つて、他日機會があつたらば、今度は引用文を主にした、此の讀本の補遺となるべきものを編述したいと思つてゐる。
昭和九年九月
最終更新:2016年01月03日 19:50