有坂秀世「国語にあらはれる一種の母音交替について」


序論
 ここに述べようとする研究の對象としては、従来全然別物として扱はれて来た二つの問題がある。
1 アメ(雨)に對してアマガサ(雨傘)があり、キ(木)に対してコカゲ(樹蔭)があるやうに、或名詞的語根は、他の語根の前について、それと共にーつの熟語を作る場合、その末尾の母音を變化する。
2. カル(枯)に対してカラス(枯)があり、オク(起)に対してオコス(起)があり、ツク(盡)に対してツクス(盡)があるやうに、動詞に或接尾辭がついて更に新しい動詞(又は形容詞)を作る場合、もとの動詞の末尾の音は、或はア列音或はオ列音或はウ列音としてあらはれる。
 この中第一の問題がこれまで扱はれて来たのは、主として發生論的の立場からであつた。たとへばアメ(雨)アマガサ(雨傘)の類については、もともとamaの形が原形であつて、其の形は熟語の中にのみ保存され、語の末尾に於ては終のaがeに弱まつた結果ameの形が生じたものと説明された。或はまたameの形が原形であつて、amagasaの場合にはameのeがga-のaに同化された結果amaに轉じたのであると説明された。併しいづれにしても、國語が記録されて今日に残つてゐるものの中、最古の資料に於ても、この音韻變化は既に完全に固定して居り、同一の語根が或場合にはア列音で終り、或場合はエ列音で終ること今日の状態と大體同様である。それ故この種の音韻變化かもし起つたとすれば、いづれ記録以前のことに相違なく、それが推古天皇時代を去る何百年の昔に起つたか何千年の昔に起つたかは、今日知る由がないのである。
 しかしながら、この種の母音交替に関する問題は、單にその交替の原型を發生させた記録以前の音韻變化にのみ存するのではない。問題の音韻變化の一度経過して後、その遺物として残された母音交替の法則は、更に熟語構成上の一法則として文法上の意義を有するに至り、記録以後に於てもanalogyの力によつて言語變化の世界に活動する。それ故、たとひアメ(雨)がアマから變じたもので、古形アマはただ熟語の中にのみ保存されたものであるといふ説が當つてゐるとしても、アマガツパ(雨合羽)といふ語が記録以前から國語に存したものとは思はれない。いづれこの形はアマグモ(雨雲)とかアマガヘル(雨蛙)とか、比較的古い時代から存した熟語に於てアメ(雨)がアマといふ形であらはれてゐるのに倣つて生じたものであらう。さてそのアマグモやアマガヘルとても、a→eの音韻變化の起つた時代に既に存した熟語であるかどうかは、誰も断言は出来まい。又コヱ(聲)ヨネ(米)の語は奈良時代の文献にも既に見えるけれども、コワヅクリ(聲作) コワナシ(聲鳴) ヨナグラ(米蔵) ヨナムシ(米蟲)といふやうなコワ、ヨナの形は平安時代初期に始めてあらはれるものである。これらは實際には奈良時代以前から存した形かも知れないけれど、又或はアメ(雨)に對するアマやカゼ(風)に對するカザに倣つて、コヱ、ヨネから新にコワ、ヨナといふ形が生れたのかも知れない。それ故、たとひa→e説が原理であるとしても、音韻變化a→eによつて生じたものは、母音交替e-aの原型となつた幾對かの形に過ぎない。その原型が記録以後の言語にどの程度まで保存されてゐるかは疑問である。
 以上は母音交替a-eがanalogyの力で次第にその原型以外のものにまで勢力を拡張することについて述べたのであるが、なほ一面には之に反抗すべき他の勢力がある。即ちマツ(松)に対してマツバラ(松原)マツカゲ(松蔭)等があり、ヤマ(山)に対してはヤマガワ(山川)ヤマヂ(山路)等があるやうに、同一の語根がすべての場合に同一の形であらはれる例は甚だ多い。従つて、たとへばアメ(雨)といふ語根のあとに他の語根がついて新しい熟語が出来る場合には、ここに二つの類推的勢力が相争ふこととなる。
1 アメ(雨)に対してアマグモ(雨雲)アマガヘル(雨蛙)等があるやうに、アマ何々といふ熟語を作るべきか。
2. マツ(松)に対してマツバラ(松原)マツガケ(松蔭)等があるやうに、アメ(雨)に対してアメ何々といふ熟語を作るべきか。
 この兩勢力は、他のさまざまの類推的勢力の影響を受けつつ互に競争し、その結果優勢な方の形が採用されることとなる。
 以上は新に熟語が出来る場合の話であるが、既にアメなりアマなりの形を以て一つの熟語が出来上つた後、その熟語はいつまでもその形で残るものかといふと必ずしもさうとは限らない。われわれは、霊異記や和名抄にタノゴヒとしてあらはれてゐる語を、今テヌグヒ(手拭)と言つてゐる。又雨模様や雨冠の如きは、アメモヤウ、アメカンムリといふ人もあれば、アマモヤウ、アマカンムリといふ人もある。即ち前に舉げた二つの勢力は、既に出来上つた熟語の上にもはたらきかけて相争ひ、既に存在する形を變化してまでもその語を自分の勢力範圖に引き込まうとするのである。
 これらanalogyの世界に働く諸勢力の種類や強さや相互関係は甚だ複雑なもので、興味ある研究問題である。但しこの問題は、さきに述べた發生論的の問題とは切り離して、別箇の研究對象と見なさなければならない。
 さて再び發生論的の問題に立ち戻つて考へると、a→eなりe→aなり、兎に角母音交替e-aを生ぜしめた音韻變化がどういふ性質のものであつたかを研究するためには、なるべく上に述べたやうな類推的變化を蒙る以前の形について研究しなければならない。しかるに問題の音韻變化の起つたのは文書以前のことであるから、最古の國語資料にあらはれた状態とても、既に幾多の類推的變化を経て来た結果である。併し最古の資料にあらはれた状態は、後世のものに比べればなほ本来の形を比較的よく保存してゐるに違ひない。そこで、もし發生論的の問題に立ち入らうとするならば、是非とも国語の今日に知られてゐる最古の状態として、推古天皇時代、奈良時代の言語にあらはれた状態を統計的に調査する必要がある。
 これから述べようとするのは、これら母音交替の發生問題それ自身ではない。發生問題を論ずるに當つて大切な出發點となるべき推古天皇時代、奈良時代の言語についての研究である。その時代は便宜上平安奠都以前に限る。資料として用ゐたものは、
  推古天皇時代遺文(假名源流考所収)
  上宮聖徳法王帝説
  古事記
  日本書紀
  萬葉集(巻十四の東歌及び巻二十の防人歌を除く)
  佛足石歌
  歌経標式
  宣命(續日本紀所収)
の八種である。この中萬葉集は単に万と略記し、漢字を以て巻を示し、算用数字を以て丁を示すことがある。又宣命は単に詔と記し、歴朝詔詞解によつて番号を附記することがある。風土記類及び萬葉集の東歌、防人歌を除いたのは、母音交替を論ずるに當つて諸地方の言語を混じて説くならば、問題を複雑にし、混亂させるおそれがあるからである。

第一篇 動詞
 まづ前述の資料の中にあらはれる動詞の實例を残らず集め、その中から、オフ(負)に対してオホス(負)があり、マス(増)に対してマサル(増)があり、オモフ(思)に対してオモホシ(思)があるやうに、或動詞の単純な形と、それに或接尾辭のついて出来た用言との対立の存するものを残らず抜き出した。但しここにいふ接尾辭の中には、山田[孝雄】博士が複語尾として居られる四種(継続作用をあらはすフ、間接作用をあらはすユ、ラユ、ル、及びシム、敬意をあらはすス)を含まない。又単純な動詞については少くともその活用語尾、派生的用言については少くともその接尾辭の直前にある音節以下が萬葉假名であらはれてゐない場合には、研究の目的上役に立たないから採らない。同じ語形の實例が甚だ多い場合には、その中でなるべく古く且確實なものを代表として出した。


     第一章 接尾辞「す」
 これは四段活用のものと下二段活用のものとがあるけれど、この問題とは直接関係がないから、今は区別せず一様に列舉しておく。
      A、四段活用の動詞につくもの
  (1) オフ(負) 参波受波(記、仲哀) 於破罰破(紀、神功) 参波牟登(記、雄略) 於婆武登(紀、雄略) 於比母知且(万十八21オ) 於比曾箭(万二十34ウ) 於比且(万五40ウ、万二十51ウ) 等里於比且(万二十19オ) 於布(建膿、万十五15オ、万二十51ウ) 於返流(万五24ウ) 於敞流(万十八23オ、万二十51オ) 於弊流(万十七44ウ、万二十15オ)
   オホス(負) 於保世母天(万十八17オ) 登利於保世(万二十50ウ) 於保世給布(四十五詔)
(2) キク、聞) 岐加受(記、仁徳) 害閑(万一7オ) 害岐(連用、万五26ウ) 侵害能可奈之母(万十八19オ) 根根底(紀、微服) 侵害且家牟可母(万十五21ウ) 侵々都々遠良武(万五23ウ) 岐久夜(疑問、記、仁徳) 侵久(ぞノ結、佛足石歌)伎久(達眼、万二十51オ) 伎久其等ぶ(万十八19オ)   十六詔) 支凱洛(万十五10ウ) 支畝房(万十八19オ)               (記、應神)
 キカス(聞) 妓可勢牟(万十八13オ)

(3) クルフ(狂) 久流比ぷ久流必(万四53ウ)
企久奈倍ホ(万五18オ) 伎久産児ホ(万二十49オ) 問い(三
肢加志且、岐許志且(敬意、記、呻代) 岐許延期迦抒母
クルホス(狂) 本岐玖滝本斯(記、仲哀) 保根玖滝保之(紀、神功)
(4) タラフ(足) タラハス(足)
心太良比ホ(万十八21オ) 許己呂太良比(万十八33オ) 韓国ぷ由枝多良波之氏(敬意、万十九41ウ)天地丹思足椅(万十一一石オ) 天地二念足橋(万十三16オ

(5)チル(散) 知良順阿利許曾(万五18ウ) 知良牟奈(万十七11オ) 知利(連用、万十七29ウ) 知利順義受(万五14ウ)  知利許順奈(万十五27オ) 知里能底荷比(万十五27オ) 奈知利曾(万五19オ) 知里都々(万二十47オ) 知利奴倍斯  (万五6オ) 知流(終止、万五15ウ) 知流奈(禁止、万二十46オ) 知流信久奈里奴(万五19ウ) 知留置旨(政経標式)  佐伎且知留美由(万五18オ) 佐伎知貌曾能(万十八7ウ) 仁保比知鐙止毛(万十八28オ) 知良久波伊豆久(万五15  ウ) 知良布(万十五27ウ)
 チラス(散) 知良之底牟可母(万十八8オ) 知良順奈(万五19ウ) 奈根知良順良武(万十七24ウ) 知良順(連盟、万  十九22オ)
(6) ツク(潰) ツカス(潰)
美豆久屍(十三詔) 美都久屍(万十八21オ)可波能和多理瀬安夫美都加須毛(万十七49ウ)
 (7) テル(照) 且理伊産斯(記、仁徳) 伊夜氏里ホ(万十八12ウ) 且里氏(万二十33オ) 且利多里(万十五21オ) 底理   ぶ家理(万十七50ウ) 比傅流美夜(記、雄略) 瓦流産綴糸(万二十62ウ) 且鐙膿抒母(万十五26ウ) 安産泥良須加   未(敬意、万十八33ウ)
  テラス(照) 天地乎且良順日月(万二十56オ) 天良佐比安流気騰(万十八35ウ)
 (8) トブ(飛) 等河節気梨(紀、仁徳) 阿産登夫登理(記、允恭) 阿摩等夫夜等利ぷ母賀母夜(万五25ウ)
  トバス(飛) 安我古登婆之都(万五40オ)
 (9) ナビク(扉) 銀河企於己陀智(紀、顕宗) 秋風ぷ奈批久可波備能ホ敬具左(万二十14オ) 行扉闘牛(万十三7ウ)  ナビカス(扉) 奈婢可之(万十五27ウ)
 (10) ナヤム(悩) 奈夜美枝且(万十五25ウ) 之多奈夜嵐順応(敬意、万十八20ウ)
  ナヤマス(悟) 君乎奈夜嵐勢(万十九18オ)
 (11) ニホフ(匂) 尼保波尼(万九11オ) ぶ保比(連用、万十七9ウ) 糸貫比始(万十43ウ) 糸保比兵(万十21オ) 糸實   比ホ肘奈(万十26ウ) 丹穂日(名詞、万八16オ) 二實比天由香名(万六15ウ) ぷ保比多流(万十九22オ) ぶ保比奴   倍久毛(万八35オ) ぶ保有(終止、万十七48ウ) 仁保布良牟(万十七24ウ) 仁保布榛原(万一25オ) ぶ保敞類(万一   14オ)
  ニホハス(匂) 仁實播散産思乎(万一27ウ) 衣ぶ保波之(万十九12ウ) ぶ保波頭(連借、万十五21ウ) ぶ保波勢(命   令、万一25オ) ぶ保婆勢留(歌經櫃式)
 (12) ユラク(捲) 由良久母(記、顕宗) 喩羅倶募兵(紀、顕宗) 由良久多嵐能乎(万二十58オ)
  ユラカス(捲) 取由良迦志而(記、神代)
以上12例の中、スの直前にア列音をあらはすもの10、オ列音をあらはすもの2である。

    B、下二段活用の動詞につくもの

(1) アク(明) 安気婆安気奴等母(万十五19ウ) 安気牟(万十八7示) 安佐気(万十七18示) 安気久倍婆(万十五Hウ)  安気且(万十五31オ) 阿試作啓梨(紀、微服) 安久流安之多(万十五36ウ)
 アカス(明) 息豆校阿可志(万五38示) 乎里安加之(万十八13ウ) 欲安可之母(万十五30示) 安可思都流宇乎(万十  五18オ) 阿可思通良久茂(万四12ウ)
(2) アク(開) 登校毛阿気奈久爾(万十七18ウ) 等位安気奈(万二十10ウ) 開阿気律跡(万四31オ)
 アカス(開) 阿加斯且行宮倍(記、允苦
(3) アル(荒) 斯賀阿倍婆(記、清寧) 多知迦阿倍那牟(記、仁徳) 阿倍奈牟(万二31ウ) 安濃宗家里(万二十61オ)  安綴糸家留可毛(万三25オ) 安濃奴等母(万二十61ウ)
 アラス(荒) 安良之也之且牟(万二十54オ)
(4) イヅ(出) 伊且奴香文(万十五17ウ) 許藷泥米(万十七20示) 参母比博(連用、記、庶御) 和多利涅(名詞、紀、仁徳) 伊博多知且(記、仁徳) 伊弟氏由介那(紀、崇御) 伊且多流(万十五7ウ) 伊博那牟(記、御代) 奈利提志比  等(万五7オ) 阿突堤逗那(紀、武烈) 己菖豆流(万十二19ウ)
 イダス(出) 伊多之(万十五4ウ) 波奈知伊太志(佛足石歌) 比岐々利伊隠須(終止、歌胚標式) 織部里大須(連服、万十五36オ)
(5) カル(枯) 其栗毛可倍受(万十八28ウ) 旨母我倍(名詞、歌經標式) 之保美可倍由苦(万十八32ウ)
 カラス(枯) 奉賀良斯(記、應神) 委餓羅僻(記、庶御) 登運賃良斯(記、匯御) 於根且可良之美(万十八28示)
(6) キタム(罰) 支多米賜心在皿(六十二詔)
キタマス(罰) 宇智岐多産須母(紀、皇極)

 (7) クル(暮) 千之盧母倶例尼(紀、斉明) 許能久疆(万十八9ウ、10オ、万十九15ウ、20オ、22オ) 許乃久鐙(万二十13オ) 日能久鐙由無婆(万十七7ウ) 日乃久流留底豆(万四12オ)
  クラス(暮) 久良佐武(万五15オ) 阿素既久良佐奈(万五16オ) 今日者久良佐綱(万十九11オ) 歎加比久良志(万五38オ) 比具良之(盛名、万十五5ウ) 慕久良志都(オ五38ウ)
 (8) ヌ(宴) 伊久美波祀受(記、雄略) 佐泥牟登波(記、景行) 宇伎禰(名詞、万十五6オ) 左尼始而(万十27オ) 余理泥豆登富鐙(記、允恭) 祀都流(記、景行) 奉祀斯(記、御代) 比等里奴流欲(万十五19ウ) 佐奴澄婆(万十五12オ) 伊射禰余登(万五39ウ) 伊能禰良要奴毛(万十五23オ) 伊波那佐牟遠(敬意、記、御代)
  ナス(宸) 夜周伊斯奈佐農(万五8オ)
 (9) ヌル(濡) 奴例豆(万五21ウ) 奴澄豆(万十五24ウ、29オ、万二十14ウ) 奴謄宗家里(万十七49オ) 奴例奴(完了、万五20ウ) 奴鐙奴(万十五19オ、28ウ) 奴祓濃(万十五19オ) 濃鐙奴(万十九12ウ) 奴鐙奴等母(万十五18オ、28ウ)  ヌラス(濡) 奈伎奴良之(万二十37オ)
 (10) ヌル(滑) 多気婆奴鐙多香撰者長寸妹之髪(万二16ウ) 吾髪結乃潰而奴鐙計鐙(万二15ウ)
  ヌラス(滑) 吾黒髪乎引奴良恵(万十一23オ)
 (11) ハス(走) 阿廳波勢豆加比、阿底波世豆迦比(記、神代)
  ワシス(走) 斯多備袁和志勢(記、允恭) 斯侈端島和之勢(紀、允恭)
 (12) ハユ(生) 干者波由流(万一茲ウ)
  ハヤス(生) 鳥屋野始(名詞、紀、皇極) 多気乃波也之(名詞、万五16オ)
以上12例の中、スの直前にア列音をあらはすもの11、イ列音をあらはすもの1である。

     C、四段下二段両様に活用する動詞につくもの

(1) アフ(合、逢) (四段) 多陀示阿波頭(否定、万五11オ) 安波射良米也母(万十五33オ) 安岐自等(万十五14ウ)  阿波牟登(記、御武) 伊装阿波那(紀、御功) 阿比能久良能久(記、應神)安比且許能之乎(万十五21オ) 安寒倍枝  (万十五32オ) 阿寒夜袁登責(記、腹中) 安有余志勿京子(万五10ウ) 阿有産且ぶ(俳足石歌) 阿閉抑毛(紀、允恭)  安敞利枝等(万十五21ウ)阿波志斯(敬意、記、庖御)
 アフ(合) (下二段) 袁由岐阿閉(記、雄略) 安倍且流(万二十52ウ) 安倍奴枝(万十七43オ)安倍貝(万十九21オ)  安倍奴久(万十七42ウ) 安倍母奴久我禰(万十八24オ)
 アハス(合、逢) 波ホ安波世受(万十九36ウ) 安波勢也里(万十九11ウ)
(2) カフ(交) (四段) 鴨之羽我比(万一26ウ) 能奈迦比(万五8オ)
 カフ(交) (下二段) 佐斯迦閉(万五9ウ) 指可倍氏(万三59ウ) 左之可倍氏(万十五11ウ) 佐之加倍底(万十七32  オ)
 カハス(交) 等位毛可波佐受(万十七44オ) 有利可伸之(万五9オ) 有利可波之(万十八33ウ) 欲仇可波之(万十七48オ) 見毛可波之都倍久(万八34オ) 欲批可波頭(終止、万十七37ウ)
(3) タル(垂) (四段) 斯和何佐多利斯(万五9ウ) 京美大多利(万二十37オ)
 タル(垂) (下二段) 加岐多読(記、應神) 夢頭痛陀黎(紀、武烈) 武須頭陀例(紀、級位) 多黎播根多撒氏(紀、武烈)
 クラス(垂) 於名帚字訓多薗斯(記、序)
(4) トヨム(響) (四段) 始陀騰余潮(紀、武烈) 水底豆三(万七18ウ) 可禰母等呉美努(歌緩徐式) 登呉牛(終止、記、御代) 登余事(終止、記、允恭) 等箆牛(終止、紀、安康) 等飴武(終止、紀、叙位)
 トヨム(響) (下二段) 奈俊之等供米婆(万十七37オ) 枝余技等余米波(万十八9ウ) 等余米(連用、万十五22カ)
   鳴等余米(連用、万十九18オ) 呼等余米(連用、万十九18ウ) 伎奈吉等余半沢(万十五38オ) 末鳴登余半沢(万十七   11オ) 伎奈吉登余牟沢(万十八19ウ) 喧等余牟鐙抒(万十九15ウ) 伎奈吉等供米余(万十八13オ)
  トヨモス(響) 騰詮謀作儒、騰除謀佐儒(紀、皇極) 保吉等除毛之(万十九43オ) 伎奈伎等余母須(終止、万十五38ウ) 騰余謀須(ぞノ結、紀、皇極)
以上4例の中、スの直前にア列音をあらはすもの3、オ列音をあらはすもの1である。


     D、上二段活用の動詞につくもの

 (1) オク(起) 銀河企於己陀智(紀、顕宗)
  オコス(起) 布里於許之(万十七22ウ) 布理於許之(万十九14ウ、万二十33ウ)
 (2) オフ(生) 參斐(連用、記、雄略) 据斐陀且流(記、仁徳、雄略) 於非多知左加延(万十八27ウ) 半具良有能(万四   54ウ) 於布流(万八30オ、万二十47ウ) 封r(万二19ウ、26ウ、32ウ、万三41オ、万四36オ、43ウ、59ウ)七彩(万六13ウ)
  オホス(生) 於保佐牟(万二十12ウ) 末松於保之(万十八29オ) 宇恵且於保旨且(歌経標式) 於保世流(万二十46オ) 閣 オル(下) 安母理座而(万二34オ) 安母里嵐之(万十九39オ) 阿毛理之(万二十50オ)
  オロス(下) 伎里於昌之(万十五7ウ)
 (4) スグ(過)知利須義受(万五14ウ) 須疑自(万二十50オ)於毛比須疑米夜(万十七40オ) 須疑(連用、記、仁徳) 須疑且(記、景行) 須疑都追(万十九22ウ)fr彫(万五26ウ) 須具等毛(万十七12オ) 知利加須具良牟(万十五38オ)   知利須具流寵姫(万二十59オ) 過良久惜(万六20オ)
  スグス(過) 於毛比須具佐受(万十七41オ) 周具斯野利都謄(万五9オ) 須具之夜里都澄(万十七27オ) 須具之且   牟登香(万二十15オ)
 (5) ツク(去) 都奇米也母(万二十49オ) 志我都矩屡産泥ホ(紀、雄略)
  ツクス(査) 都久之毛可禰都(万十八20オ) 佐波米都久之且(万二十51オ) 己々侶都倶旨且(歌経摂氏) 伊都久須佐波美(万十八32ウ)
 (6) フ(干) 之保能波夜悲波(万十八6オ) 飛那久爾(万五6オ) 漢之遠目命、僕干也比云霞(紀、御代上) 之呆非(名詞、万十五6ウ) 之保悲(名詞、万十七7オ) 之保非奈波(万十五28ウ) 市駝高文、乾此云賦(紀、景行)
  ホス(干) 保須倍久(万十五29オ)
フ(干)の活用については、安田喜代門氏著「國語法概説」の凡例及び}9頁所引橋本先生御説参照。
 (7) ホロブ(亡) 保呂夫止曾伊布(佛足石歌)
  ホロボス(亡) 也佐保呂煩散牟(万十五30ウ)
以上7例の中、スの直前にウ列音をあらはすもの2、オ音をあらはすもの5である。

     E、上一段活用の動詞につくもの
 (1) キル(着) 佐禰抒(万三31オ) 佐牟(万十五20オ) 披露那布(記、雄略) 暫氏(紀、仁徳) 佐奴疆抒母(万十五9ウ) 佐留身奈美(万五38ウ) 佐余等(万十五5オ) 宗流(万十五20オ) 郵券流(記、景行)
  キス(着) 祝詞播(記、雄略) 岐勢産斯袁(記、景行) 披勢率之塙(紀、景行) 佐世啓示(万五38ウ) 伎牡且思(万十五12オ)
 (2) ミル(見) 佃婆(万五19オ) 美受且夜(万五21ウ) 伺牟必登(万五19オ) 美之米受安利家流(万二十59オ) 美ぶ久留比登(佛足石歌) 美貸本斯(記、仁徳) 大醜、此云鋏奈溺個勾(紀、御武) 阿比溺死流慕能(紀、應神) 美都都   夜(万五15オ) 美斯(記、庖御) 美郵牟(佛足石歌) 美等母(万十八7オ) 美良武(万五21ウ) 珠等曾吾見流(万十   九23ウ) 牟那美流登岐(記、御代) 美貌ぶ(万五20ウ) 美流産堤(万五17ウ) 美留期止毛阿留可(佛足石歌) 美鐙
                                                    lsラタシ ヨシモ
   婆(記、座神) 見謄跡(万一19オ) 美澄登母(万十七38オ) 呉岐比等呉倶美(命令、歌経標式) 見渠思好裳(万六29オ) 倭我禰紺碧(敬意、紀、徽蜃) 貴之賜牟登(万一22オ) 美由(記、應神)
  ミス(見) 禰世武等(万十八6ウ) 美勢牟我多米ぶ(万十九30ウ) 美世摩斯母乃乎(万五6オ) 禰西底婆(万十七25ウ) 美勢追都(万十七31オ)

以上の2例は、いづれもスの直前はイ列音をあらはしてゐる。

      F、統括

以上の結果を統括すると、動詞にスのつく場合スの直前にあらはれる音は、

	A四段活用	B下二段活用	C四段下二段活用	D上二段活用	E上一段活用
ア列		10			11			3
イ列					1										2
ウ列												2
オ列		2						1				2			


     第二章 接尾辭「る」

 これにも四段活用のものと下二段活用のものとあるが、母音交替の問題とは関係が無いから、今は区別せずに一様に列舉しておく。

      A 四段活用の動詞につくもの
(1) カシコム(畏) 宇多岐加斯古美(記、雄略) 逆毛不知退毛不知ぶ恐美坐久止宣(十目詔) 詞之胡彊且(紀、推古)
 カシコマル(畏) 夜目畏恐皿所念波(十三詔) 受賜利恐皿(同) 受賜里恐E(十四詔) 女官恐皿侍乎(二十五詔)
  畏E諒備(四十六詔)
(2) クク(潜) 伯努鳥之草興言(万十13ウ) 水際多知久言(万十七11オ) 漏出、訓漏云久枝(記、御代) 自二我手長1
 一疋
 淑美登睨久久緊(万十七27ウ)
ククル(暦) 旅客、此云匹玖利能回廊(紀、景行)
八十一隣之宮(万十三7ウ) 枕従久久流浪(万円15ウ)
(3) サク(晩) 左加牟(万二十14ウ) 左古(連用、万十七36ウ) 佐古乃盛(万十七9オ) 秀起、此云左岐陀豆屋(紀、神代) 佐企豆(万五16ウ) 佐古多流(万五15オ) 佐古都追(万十七17ウ) 佐技奴(万十七30オ) 佐久(終止、万五17ウ)  佐久居久(万五16ウ) 阿和佐久時(記、御代) 佐倶底豆(歌経標式) 佐久其等久(万二十46オ) 左該騰摸(紀、学徳)  左家(命令、万二十46オ) 佐家留期等(万五14ウ)
 サカル(盛) 等技能佐迦利(万五9オ) 順阿之間、此云美胆摩沙可利ぶ(紀、御代占 微能佐加圧毘登(記、雄略)  左加里ホ散家留(万五19オ) 伊底佐加利奈圧(万五15オ)
(4) シク(頻) 伊夜千重之技ぶ(万十九27ウ) 多知之技呉世久(万十八20オ) 重径種子、此云屋根宿根(紀、御代占

  安米波有里之久(終止、万二十45オ) 伊夜恵久恵久ホ(万十七34ウ) 白雪有里之久山(方十九46オ) 伊夜之宗(命  令、万二十63ウ)
        シキルシラナミ
 シキル(頻) 四寸流恵良名美(万六16ウ)
(5) タブ(賜) 受賜{婆成E事毛(二十六詔)宣{E念E慾三十六詔)守心的賜乎(三十六詔)多婢且(万二十48オ)敢{心
E一四念(三十六詔) 河内庭香賜ヽ香賜此云削抱夫(紀ヽ雄略) 勤多扶倍思(万二17ウ) 朝廷助仕奉皿多事乎(二十六詔) 前幅中心夫依且(同) 奈気伎乃多婆久(万二十37オ)
   尺ハル(賜) 多婆利奴(万十八37オ)
  (6) ツツシム(謹) 渥美祓い仕奉皿(四十一詔)
   ツツシマル(渥) 許己知天謹皿浄心乎以天奉特止(四十五詔) 謹E瓶奉特徴(同)
  (7) ハグクム(胴裏) 弱兵久美母知瓦(万十五4オ)
   ハグクモル(胴裏) 弱兵久毛流(建値、万十五4オ)
  (8) マス(堆) 嵐左米也母(万十五36オ) 伊夜嵐之ホ(万十七34ウ) 嵐斯提斯長波由(万五8オ) 伊夜之伎龍頭毛(万十八37オ) 佐伎波嵐頭等母(万二十46ウ) 伊夜盆預金刳(二十五詔) 日異嵐世婆(万十七26オ) マサル(増) 嵐佐里且(万十五18ウ) 末佐里氏(万十九29ウ) 安我古非嵐左流(万十五38ウ) 於毛比之嵐左流(万十八21ウ) 末佐鐙抒(万十九20ウ) 嵐佐祓留(万五8ウ)
  (9) ムスブ(結) 牟須婆奈(万二十60オ) 牟須批(連用、万十八24ウ) 夢須寵陀黎(紀、武烈) 武須蒲陀例(紀、綴膿)    牟須婢且(歌経標式) 牟須批思(万十五29ウ) 牟須批之(万二十13ウ) 牟須敞流(万二十19ウ) ムスボル(結) 於母比牟須保祓(万十八30ウ)
 以上9例の中、ルの直前にア列音をあらはすもの5、オ列音をあらはすもの2、イ列音ウ列音をあらはすもの各1である。

      B、下二段活用の動詞につくもの
  (1) アク(明) 脱出、第一章B参照。
   アカル(明) 安可流橘(万十九43オ) 阿伽例置場等喋(紀、憲一)
  (2) アグ(上) 等利安宜(万十八35ウ) 都美安気(万二十36ウ) 許登安気(名詞、万十八33ウ) 刳斯布岐阿宜且(記、仁徳) 冠位阿気湯治賜E宜(二十八詔)
 アガル(上) 登批安我里(万十七9ウ) 比英里安我里(万十九48ウ) 一往騰宮、此云阿斯既苔徒鋏餓賠能洲楯(紀、御武) 安我流比婆里(万二十42ウ) 比婆里安我流波流弊(万二十43オ)
(3) アツ(常) 賦肥ぶ波阿且受(記、庖御)
 アタル(常) 和語幣能阿多理(記、仁徳) 和語弊能阿多利(紀、仁徳) 都賦質伊幣能阿多理(記、腹中) 伊敞乃安  多里(万十五8ウ) 伊毛我安多里(万十五17ウ) 伎美我安多里(万十八15オ)
(4) カサヌ(重) 御代可佐禰(万十八20オ) 月可佐禰(万十八30ウ)
 カサナル(重) 可左奈鎧波(万十八32ウ)
(5) シヅ(垂) 取垂、訓垂云志殿(記、御代) 木綿取之泥而(万六39オ) 木綿取四手百(万九30ウ)
 シダル(垂) 具垂柳(万十13オ) 四垂柳(万十14オ、16ウ) 旨陀利夜那疑(歌經標式) 四垂尾(万十一43オ)
  吉備笠垂、垂此云之砺諧(紀、孝徳)
(6) タム(溜) 公知斜影(万十三3ウ)
 タマル(溜) 美豆多摩流(枕詞、記、庖御) 溺豆多摩蘆(同、紀、庶御)
(7) トム(止) 布禰等米且(万十五13オ)
 トマル(止) 登賦良奴其等久(万十九13ウ) 登賦里(泊、名詞、万二16オ、万三14ウ) 登萬里(同、万二23ウ) 等高里  (同、万九16ウ) 登賦利(同、万十五9ウ) 能許能等賦里(万十五21オ) 美津能登賦里(万十五30オ) 可良等賦里  (万十五20ウ)
(8) ハス(走) 脱出、第一章B参照。
 ハシル、ワシル(走) 出波之利(万五38ウ) 安良鐙多婆之里(万二十11ウ) 八信井(万七8オ) 多知婆志利勢武(万  五32オ) 和斯里底(名詞、紀、雄略) 佐英斯留(終止、万五21ウ) 伊波英之流多伎(万十五10ウ) 安由波之流奈都能左加利(万十七45オ)
(9) マグ(曲) マガル(曲)
直宜伊保(万五30オ)吠直叙理(万十九22オ)
 (10) ヲフ(終) 多努之岐乎倍米(万五14ウ) 和我呉波乎閉牟、己乃呉波乎閉牟(佛足石歌)  ヲハル(終) 乎波良婆(万二十19オ) 許登乎波里(万十八31オ)
以上10例の中、ルの直前にア列音をあらはすもの9、イ列音をあらはすもの1である。

   C、四段下二段両様に活用する動詞につくもの
(1) ウク(浮) (四段) 宇校禰(万十五6オ、13オ、15ウ、17オ) 宇根橋(万十七9ウ) 宇校且(万二十25ウ) 宇校庭之  乎鐙八(万十七8オ) 宇岐志阿夫良(記、雄略) 宇家里(万十五13オ)
 ウク(浮) (下二段) 船乎宇気須恵(万二十34オ、38オ) 宇気須恵庭(万十七36オ)
 ウカル(浮) 得干蚊賂去(万十一27オ)
(2) カク(懸) (四段) 伊哀甫流樗根底(紀、雄略) 布毛太志可久物(万十六31オ) 名可加須(万十七39ウ)
 カク(懸) (下二段) 須受可気奴(否定、万十八27オ) 樗該武預(紀、雄略) 度多度貢加気(記、允恭) 比疆登理加  気且(記、雄略) 可気都鐙婆(万二十54ウ) 可気都都(万二十43ウ) 何該志(紀、雄略) 靭懸流(万七4ウ)
 カカル(懸) 可加良受毛可賀利毛(万五40オ) 順糾明之憑談、此云歌牟裁可梨(紀、御代上) 可可利提(万五8オ)閣 サク(放) (四段) 見毛左可受校濃(万三52ウ)

サクルヒトメ
(3)サク(放) (下二段) 登吉佐気受之庭(万十七17オ) 誰心力我語比佐気牟(五十一詔) 語左気見左久流人眼(万十九  Hウ) 刀比佐気斯良受(万五5ウ) 等根舎気帚(紀、允恭) 奥従酒宴(万七40ウ) 武冊左屡棲(紀、級曖)
 サカル(放) 表者奈佐我利(万五39ウ) 伊弊社可利伊摩須(万五5ウ) 登保久左可里且(万十五24オ) 奥疎糾、訓疎云奢加留(記、神代) 阿磨佐箇胆(枕詞、紀、御代下) 之奈射加流(枕詞、万十七26オ)
(4) ソフ(添) (四段) 伊蘇比支流迦母(記、應神) 僣簸訴比野銀飯(紀、顕宗) 蘇比且(歌経福沢)
 ソフ(添) (下二段) 等里蘇倍(万十七46オ) 夜里蘇倍(万十八17ウ) 多波左美蘇倍且(万二十50ウ)
 ソホル(添) 添山、此云曾褒里能耶産(紀、御代下)
(5) タマフ(賜) (四段) 照哉多産波奴(万五30オ) 御見多産波牟曾(万十九32オ) 米具美多血波奈(万十七15ウ)
  眸佐宜多産波禰(万五26オ) 見渡多産比(万五31ウ) 那志勢多産比曾(記、御代) 意可志多産比且(万五13ウ) 中  多血比奴(万十九39ウ) 伊波比多産比斯(万五13ウ) 斯豆迷多底本等(万五13ウ) 和泉鐙多血布奈(万十五37ウ)  貴之多産本良之(万十八23オ) 末位太末不言(万十八29オ) 斗比多産閉(こそノ結、記、仁徳) 産宇之多産敞鐙(万  十八20ウ)
 タマフ(賜) (下二段) 黒記自記乃御酒乎赤丹乃保仁多末倍忠良伎(三十八詔) 黒記自記乃御酒食倍忠良伎(四十六詔) タマハル(賜) 多産波m(四十五詔)
(6) ヤスム(休) (四段)ヤスム(休) (下二段)
休息安心事無(五十一語)
夜周米受(万五5オ) 夜須米受(万十七22ウ)
ヤスマル(休) 休息安皿矛(五十一詔) 息安皿皿事(同)
心こ
μヤスメム
安目
六(万十二&オ)
(7) ヨス(寄) (四段) 妹震慄嗣糸慄嗣慄利櫨禰(紀、神代下) 安布余志勿奈子(万五10ウ) 慰ハ佐斯泰志龍ぶ寵ぷ (五詔) ヨス(寄) (下二段) 伊蘇糸織世(万二十60ウ) 織世伎且於家蔵(万十五14オ) 織批織勢且(万十五16オ)  呉須流奈美(万十五19オ) 呉須蔵騰(万二十38ウ)
ヨソル(寄) 與曾理無通之君(万四18オ、但し元暦校本萬葉集には與を於に作る。)
ヨソルトゾイフ
余所留跡序云(万十三23ウ)
 (8) ワク(分) (四段) 伊可ぶ可和可武(万五16オ) 和根且之努波無(万十八19オ) 和久許等母奈久(万十七40ウ)   思和久事毛無心(三十五詔)
  ワク(分) (下二段) 於之和気(万十七40ウ) 都由和気奈加牟(万二十11オ) 牟奈和気由可牟(万二十15ウ) 磐排別之子、排別此云妖時和句(紀、御武)
  ワカル(分) 由枝波和可澄受(万十七36ウ) 安比加和可澄牟(万二十63オ) 都寵和可澄(連用、万二十19ウ) 和可澄須流(万十五26オ) 和可澄乎乎之美(万二十19オ) 和可澄枝宗家利(万十五6オ) 和可澄且波(万十五5ウ) 和加澄南(万五29オ) 和可澄之時(万十七20ウ) 和可留良武(万五28ウ)
以上8例の中、ルの直前にア列音をあらはすもの6、オ列音をあらはすもの2である。

     D、上二段活用の動詞につくもの
 (1) オツ(落) 参知受(記、神代) 於知米也母(万十九30ウ) 參知布良婆閉(記、雄略) 參知ぶ岐登(記、允恭)
  オトル(劣) 和睦ぶ於止澄留比止(佛足石歌)
 (2) スグ(過) 脱出、第一章D参照。
  スグル(過) 斬髪呉知子乎過橘之末技乎須具里(万十三24ウ)
 (3) ワブ(祐) 奈和備和我勢故(万十七39オ) 痛勿和備曾(万十二30ウ) 和備曾四二結類(万四38ご 和備居時(万口34オ) 和備且(記、神代) 思和備乍(万四39オ) 和備西物尾(万四53ウ) 於毛比和夫良牟(万十E31オ)
  ワブル(佗) 於毛比和夫睦且(万十五35ウ)
以上3例の中、ルの直前にウ列音をあらはすもの2、オ列音をあらはすもの1である。

   E、下二段上二段(?)両様に活用する動詞につくもの
 コム(龍) (下二段) 苑府語昧ぶ(紀、御代上、昧は丹鶴本味に作る。ダ波奈其米ぶ(万十七39オ)
  コム(龍) (上二段) 都寵碁叙ホ(記、神代)
  コモル(龍) 府保証茂利(紀、匯神) 浦辺矩陛仰慕梨(紀、武烈) 安左宜理其問理(万十五20オ) 欲其母理ホ(万十九   15ウ) 刺許母理坐也(記、御代) 己母利豆寵(万十九10ウ) 延命聯碁屡(枕詞、紀、武烈) 阿袁加岐夜血碁母鐙流   (記、景行) 虚茂遡勢利都卒(紀、舒明)
 奈良時代中期以前の萬葉假名では、キ、ギ、ヒ、ビ、ミの假名が各々二類に分用せられ(大正六年十一月刊『帝國文學』所収橋本先生の論文「國語假名遣研究史上の一發見」参照)、動詞の活用語尾に於ては、四段活用の連用形及び上一段活用の将然形連用形と上二段活用の将然形連用形とでその假名の類を異にしてゐる。即ちミの假名には、
  (甲) 美禰浦眉寐再民
  (乙) 微未味尾
の二類があつて、四段活用の連用形及び上一段活用の将然形連用形には甲類の假名が用ゐられ、上二段活用の連用形 (将然形は用例が無い)には乙類の假名が用ゐられる。さて都廠昇叙の叙(丹妨本日本書紀の花暦語床の床も)は乙類に屑する假名であるから、このコミは四段活用や上一段活用ではない。多分上二段活用の連用形を名詞的に用ゐたものであらう。

      F、活用未詳の動詞につくもの
コユ(臥) 宇知許伊有志提(万五28オ) 許伊布之(万十七23オ) 己伊有之(万十七26オ) 扉許伊臥(万十九28オ) 許夜斯努鐙(万五5ウ) 許夜勢留(紀、推古、ニケ所)
  コヤル(臥) 都久由美能許夜流許夜理母(記、允恭)
 以上がその用例の全部である。コユ(臥)は従来(詞八衢、言海、大日本國語辭典等)一般に上二段活用の動詞と認められてゐるけれども、これは疑はしい。實例としては、ただ奈良時代のものに、コイフスと續く連用の形と、敬意のスのついた形とがあるのみである。然るに、連用形にイ列音をあらはすのは上二段ばかりではない。四段や上一段もやはりさうである。一膝八衝にこの語を上二段と認めた理由は、ただ「萬葉五にうちか恥ふしてなど猶あり外に川引 ご倒かご倒れなど活きたる事みえざれどもかくはたらく詞の例なり。」といふに過ぎない。「かくはたらく詞の例なり。」とは、ヤ行上二段の動詞はあるがヤ行四段の動詞は一つも例がないといふ意味であらうか。併し後世その例が無くても、上代の言語にヤ行四段の動詞が無かつたとは断じ難いであらう。殊にア列音から敬意のスに接するが如きは上二段活用には全く例の無いことで、四段活用には一般に行はれてゐることである。併し、コヤバ、コヤズ、コヤム、コエバ、コエドモなどといふ形も見えないので、直ちに四段活用とも決し難い。それ故今はしばらく活用未詳の語としておく。

      G、總括
 以上の結果を統括すると、動詞に接尾辭ルのつく場合、ルの直前に立つ音は、
四段活用		下二段活用	四段下二段活用	上二段活月	下二段上二段(?)活用	活用未詳
ア列		5			9			6										1
イ列		1			1
ウ列		1									2
オ列		2						2			1			1
	9			10			8			3			1				1
この結果を前のスの場合と比較するならば、大鐙同様の傾向が見てとられる。
即ち
 (1) 四段活用及び四段下二段活用の動詞は、ア列音をあらはすことが最も多いけれど、その他いろいろな音をあらはすことがある。
 (2) 下二段活用の動詞はア列音をあらはすのが普通で、ただハス(走)に限つてイ列音をあらはす。
 (3) 上二段活用の動詞はウ列オ列の音をあらはす。
この中特に往窓すべきは、上下二段活用の間に見られる対立である。

     第三章 その他の動詞的接尾賠
 動詞の後について更に新しい動詞を作る接尾辭としては、上のスとルがそのおもなもので、他はその使用繩圖が極めて狭い。その中、単純な動詞とそれに接尾辭のついて出来た新しい動詞と、共に確實な用例のあるものは、次の5對だけである。その中にあらはれる接尾辭の種類は、ク、ツ、ナフ、ブ、パフの5種である。
  (1) ナブ(扉) (下二段) 須々吉於之奈倍(万十七48オ)
   ナビク(扉) 脱出、第一章A参照。
  (2) ウク(穿) (下二段) 宇民具都(万五7オ)
   ウカツ(穿) 穿邑、此云于介知能務羅(紀、神武)
  (3) ウス(失) (下二段) 曾能泥播宇世俗(紀、顕宗)
   ウシナフ(失) 宇思奈波受(万十五34オ)
  (4) ウク(浮) (四段下二段) 脱出、第二章C参照。
   ウカブ(浮) 于可倍許曾、于可倍己曾(万五19ウ) 有可倍之(万五18オ)
  (5) フル(屑) (四段) 許存許曾波夜須久波陀布膿(記、允恭) 去鱒去曾祁主匹伴徘布例(紀、允恭)
   フル(燭) (下二段) 伎美我手敷膿受(万十七25ウ)
ぶり4

  フラバフ(燭) 参知育良婆閉(記、雄略)
 この外、カク(垣)とカクム(圖)なども互に関係のある言葉かも知れないが、明かでない。以上6例について、接尾辭の直前に立つ音の種類を見ると、
	下二段活用 四段下二段活用
ア列			1			2
イ列			2
計			3			2


     第四章 形容詞
 これにはク活用のものとシク活用のものとあるが、母音交替の問題には関係が無いから、今はしばらく区別せずに列挙しておく。
      A、四段活用の動詞から出たもの
  (1) アス(浚) 阿佐受衰勢(記、仲哀) 阿佐葛場斉(紀、神功)
   アサシ(浚) 阿佐士怒波良(記、景行) 阿佐遅波良(記、顕宗) 阿佐拡販楯(紀、顕宗)
  (2) イトフ(厭) 伊等波紋(万十五35オ) 伊登波禰登(万十七9オ) 伊止比須都閉志(佛足石歌) 伊等布登校(万十八6ウ) 伊等波延(万五10オ)
   イトホシ(苦) 此貳孵祭勿義加久言賤念召波愧智等保彗猷飾以一十七詔)
 イトホシは、歴朝詔詞解の説(第二詔の憚)のやうに、本来は自らそのことに苦む意であつたらうが、人の苦んでゐるのを見ることは自分として心苦しいことであるから、さういふ鮎から気の毒なといふ意味を生じ、轉じては、かはいいといふ意味にもなつたものと思はれる。上の第二十七詔の例も、同一原義から出たものではあるが、これは自ら道徳的責任を感じ、人の心に対して恐れ思ふ慈で、續紀第三詔や枕草子、宇治拾遺物語等にもこれと似た用例がある。動詞のイトフもこれと同根の語で、その原義はやはり苦むことであり、それから嫌悪の義に移つたものと思はれる。
  (3) オモフ(思) 奈美週之母波婆(万五21オ)阿比融母波受阿良牟(記、仁徳) 於母婆自(歌經標式) 於母波牟(万十七25ウ) 於毛波之米都追(万十五32ウ) 於笛竹(連用、紀、仁徳) 忿毛比(名詞、万十七9オ)融母比豆雍(記、允恭)    奈於毛比曾(万十五33ウ) 倣母比嬉(記、應神) 於毛比且(万十五13オ) 慈母比都都(万五28オ) 阿波武等母比之(万五17オ) 阿例母布(終止、万五19ウ) 於母布得(万五16ウ) 於毛布良米也母(万十五18ウ) 無佐登母布奈(万六23ウ) 阿賀母布伊毛(記、允恭) 慈母布(ぞノ結、記、應神) 伊可ぶ於毛倍可(万十五17オ) 和須佐且於毛信也(万十五7ウ) 於母倍婆(万十七23ウ) 慈母閉抒(記、景行) 慈母閉騰母(万五10オ) 於毛敞佐婆(万十五Hウ)    於毛保之貫頂奈(万十五32オ) 於母保喩瀧何母(紀、斉明)
   オモホシ(思) 於母保之伎(万十七23ウ) 於母保之吉(万十七26ウ、万十八34オ)
  (4) タノム(頼) 多能禰介茂(紀、舒明) 於毛比多能無ホ(万五39ウ)
   タノモシ(頼) 多能母志美恵隠隠(五十一詔)

 平安時代文學に多くあらはれる下二段の活用は、奈良時代の文献では、萬葉集の東歌にただ一個所見える外、確實な萬葉假名書きの例が無い。
  (5) イキドホル(憤) 伊伎騰保流(遠眼、万十九11ウ)
   イキドホロシ(憤) 異祝酒倍昌之茂(紀、神功)
  (6) ヱマフ(笑) 疾餌(名詞、万四48ウ) 恵庭比(同、万五9ウ) 恵末比(同、万十八29ウ) 恵庭比都追(万十七45ウ)   ヱマハシ(笑) 恵庭波之伎香母(万十八18オ)
 以上6例の中、形容詞の語根(ク、シ、キ、ケ又はシク、シ、シキ、シケを除いた形を假にかう名付ける。)がア列音に終るもの2、オ列音に終るもの4である。

      B、下二段活用の動詞から出たもの
  (1) アク(明) 脱出、第一章B参照。
   アカシ(明) 日月波安可之等伊倍騰(万五30オ) 安我己許呂安可志能宇良(万十五12ウ) 安加古許己昌(万二十51オ)
(2) アル(荒) 脱出、第一章B参照。
   アラシ(荒) 安良伎(万十五24言 安良志乎(荒夫、万十七23ウ) 荒魂、此云阿遡禰多摩(紀、神功) 安良多倍(万十五8ウ)
  (3) ナツク(懐) 奈都無牟得(万五17ウ) 奈都無奈(万十九19オ)
   ナツカシ(懐) 奈都可之久(万十七31ウ) 奈都可思(万十七12オ) 名津蚊具迫(万十六8ウ) 伊野那都可子岐(万五18ウ) 野乎奈都可之美(万八15オ) 奈都可之美勢余(万十七44ウ)
 名付西奈良乃京(万六43ウ) ともあるから、四段にも働いたものと思はれるけれど、こんな文字の使ひ方では確證とはし難い。
  (4) フク(深) 左欲有無奴刀ホ(万十九14オ) 左欲有無且(万十五12ウ) 左欲有無奈武可(万二十14ウ) 欲曾布無ぶ家流(万十五19ウ) 欲波布無紋良之(万十七19ウ)
   フカシ(深) 布可久(万二十57ウ) 多忽乎布可美等(万十七41オ) 於伎乎布可米天(万十八26ウ)
  (5) メヅ(愛) 波那具波辭佐匿羅能梅涅許等梅涅歴波鄭匿波梅涅儒和我梅豆留古羅(紀、允恭) 米但且(万十五27ウ)   メダシ(愛) 米太志可利鶏利(佛足石歌)
 以上の5例に於て、形容詞の語根はすべてア列音に終つてゐる。

      C、上二段活用の動詞から出たもの
  (1) クユ(悔) 倶伊播阿証垣蔀(紀、天智) 久伊且(万十八11オ)
   クヤシ(悔) 久夜之久(万十五6オ) 久夜斯可母(万五6オ) 伊庶技久夜斯岐(記、應神)
  (2) コフ(懸)古非婆(万十九30オ) 古非奴日(万十五21オ) 孤悲射良牟(万十七7オ) 姑悲武謀(紀、声明) 己母理古非(連用、万十七29オ) 古飛(名詞、万五15オ) 奈孤悲曾余(万十七46ウ) 那古斐岐許志(記、聯代) 孤悲而(万一27オ) 敏飛都祁遠良武(万五21ウ) 古非宗家沢可母(万十五20ウ) 孤悲家蔵許曾婆(万十七31オ) 敏数等伊寒波    (万十八16オ) 寵知古家良牟ぶ(万十五18オ) 故布流比(万十七39ウ) 懸沢其騰(万二14オ) 故有沢ぶ(万十五28ウ)    懸列鴨(万十三9ウ) 懸蔵許曾(万目37ウ) 古寒蔵婆(万十五38ウ) 古有給脱毛(万十九26オ) 懸良苦(万四45ウ)   コホシ(懸) 敏保斯苦阿利尿武(万五25オ) 古保志根(連盟、万五17オ) 姑高之柏例証偏(紀、声明) 宇良割木斯耶牟(記、清寧)
   コヒシ(懸) 古非之久(万十七15ウ) 古非之久安沢倍之(万二十37オ) 古非之久志安良婆(万十九30オ) 敏非之久能(万二十53ウ) 古非之可利家留(万二十49ウ) 古非思吉(連借、万十五14ウ) 孤悲思吉(同、万十七35オ) 古非之吉    (同、万十八31ウ) 故非之俊(同、万二十45オ) 伊版刻悲之俊ぶ(万十五16オ) 古非之宮腰夜母(万十八31ウ) 孤悲患家武可母(万十七38ウ) 孤悲之家口(万十七20ウ、32オ) 孤悲之家久(万十七42ウ) 故非之美(万十五29オ) 宇良胡非之美等(万十七37オ) 宇良故非之和賀勢能俊美(万十七44ウ) 穴粉火四(歌経標式)
 コホシ(懸)及びコヒシ(懸)の實例は、以上でその全部を査してゐる。コホシは記紀及び萬葉巻五(天不二年)にあらはれ、コヒシは萬葉巻十五実不八年)巻十七(天平十八年、二十年)巻十八(天早啓實元年)巻十九(天平啓賢二年)巻二十(天平啓賢七年、八年)及び歌經標式にあらはれて平安時代に接続する。それ故、大體に於てコホシは古くコヒシは新しい形と考へられる。コホシがコヒシに轉じたのは、名詞コヒ(懸)が頻繁に用ゐられるため、それから直接派生した語のやうに感ぜられるに至つたからではないかと思はれる。

(3) サブ(淋) 裏佐備晩(万二25ウ)
 流情(万一30ウ)
サブシ(淋) 佐夫斯久(万五6オ)
万十八15ウ) 佐府下(万九32オ)
浦佐備而(万一17ウ) 宇良佐備氏一(万十九28オ) 左備乍賂居(万四28オ)
亦訃
左夫之苦(万十七23オ、万十八26オ) 左夫恩母(万一17オ) 佐夫之毛(万三17オ、左夫恩恵(万四12ウ) 佐夫之岐事(五十一詔) 佐夫之家牟可聞(万四55オ) 佐夫
    之家牟可母(万十七38ウ) 佐夫志計米夜母(万五25ウ) 佐夫之佐(万十五32オ、註には一云左必之佐とある。)
 奈良時代以前のものにサビシといふ形の見えてゐるのはただこの註だけであるが、この註は或は書寫本による相違を註したものかも知れず、従つて奈良時代當時のものであるかどうかは確かでない。
  (4) フル(古) 振有公(万十一22ウ) 奈良能美夜古波布理奴膿登(万十七12ウ)
   フルシ(古) 本流之登(万十七12ウ) 寒流伎(万十八16オ) 伊哀甫流何根底(紀、雄略)
  (5) ヨロコブ(喜) 悦偏(十二詔)獣偏(二十五詔ヽ四十二詔)怪備喜皿都在間仁(四十二詔)天下共頂受高利獣    心理可在(十三詔)異奇久麗白伎形E奈見喜流(四十六詔)
   ヨロコボシ(喜) 呉呂許保皿皿(四十六詔)
 ヨロコブ(喜)の実例は、以上でその全部を査してゐる。この語は日本書紀の傍訓では「悦」蜘ご≒孝袷) のように四段に活かせた所もあり、又「所皐長」(石沢サ御代上)「賀二騰極使上」(豹{町皇極ヽニケ所)のやぅに上二段に活かせた所もあるが、四段活用の方は確実な萬葉假名書きの例が見常らない。抑々奈良中期以前の萬葉假名では、どの假名が二類に分用されてゐた。即ち
  (甲) 毘河底鼻聾枇婢
  (乙) 備眉媚麿
而して四段活用の連用形には常に甲類の假名が用ゐられ、上二段活用の将然形連用形には常に乙類の假名が用ゐられる。ヨロコビ(喜)のビには常に他の字が充てられてゐるから、この語は、上二段に活用したものと思はれる。なほ續日本後記巻十の宣命には、明かに「脱脂己夜此乎喜悦牟」(嘉は一本喜に作る。)とあるから、この語が古く上二段に活用したことはいよいよ殯貿である。上に引用した第十三詔の文は、歴朝詔詞解では翫の上に令の宇が脱ちたものとし、之を「ヨロコバシムルシ」と読んでゐるが、それでは「天の下共に頂き受け賜はり」からの続々が穏かでない。これは原形のまま「ヨロコブルシ」と壇むべきものであらう。又第四十六詔の「見喜流」も、歴朝詔詞解では「ミヨロコベル」と蹟んでゐるけれど、やはり「ミヨロコブル」の方が穏かに聞える。ヨロコブ(喜)がもし上二段活用であつたとすれば、萬葉巻十53オの「蛎姉之待歎秋夜乎寵瞼無枕呉吾者」も「コホロギノマチヨロコブルアキノヨヲ」云々と読むのであらう(寛永本の舊訓及び近世諸宗の説では「マチヨロコベル」となつてゐる。)
  (6) ワブ(佗) 脱出、第二章D参照。
ワビシ(信) 叡和謝恩(万十二20ウ)
ワビシミセムト
和備染責跡(万目38オ)
 以上6例の中、形容詞の語根がア列音に終るもの1、イ列音に終るもの1、ウ列音に終るもの2、オ列音に終るもの2である。但しコフ(懸)に對する形容詞には新古兩形ある中、古形の方によつて計算した。

      D、統括
 以上の結果を統括すると、動詞から派生した形容詞の末尾の音は、
A四段活用	B下二段活用	C上二段活用
ア列		2			5			1
イ列								1
ウ列								2
オ列		4						2
計		6			5			6

之を接尾辭スやルの場合と比べて見ると、四段活用にいろいろな豊があらはれること、下二段活用にア列音が多数を占め、上二段活用にウ列音オ列音が多数を占めてゐる點に於て、大股その傾向を同じくしてゐる。

     第五章 動詞的語根にあらはれる母音交替
 以上、動詞に接尾辭を加へて新しい用言を作る場合、その接尾辭の直前にあらはれる音の性質について考察したが、その結果を統括すれば次のやうになる。
  (1) 四段活用の動詞、又は四段下二段両様に活く動詞の場合には、いろいろな音があらはれる。
  (2) 下二段活用の動詞の場合には、主としてア列音があらはれる。
  (3) 上二段活用の動詞の場合には、主としてウ列音オ列音があらはれる。
  (4) 下二段上二段(?)両様に活く動詞の場合はたゞ一例のみで、これはオ列音があらはれる。
  (5) 上一段活用の動詞の場合は、ただ二例のみで、いづれもイ列音をあらはしてゐる。
 この中(4)(5)はごく少数の實例があるに過ぎず、最もわれわれの興味を惹くのは(1)(2)(3)である。この三つの中、下二段と上二段とはア列對ウ列オ列といふ著しい對立をなして居り、四段(及び四段下二段両様に活くもの)はこの双方に跨つてゐる。思ふに、四段活用は今日に於ても又奈良時代に於ても最も勢力のある活用の種類であるが、これまで勢力を擴張するまでには、随分雑多なものをその勢力範囲に取り込んで来たに違ひない。即ち外来語、新しい派生語等が四段に活用させられた外、本来他の活用に屬してゐた動詞までが四段活用に同化された場合も少くなかつたであらう。四段活用の動詞が接尾辭の直前にいろいろな音をあらはすのは、或はそのためではないかと考へられる。但しもとより各活用の起原及び發達の経路が明かにされない中は、何とも断言することは出来ない。
 ここに注意すべきは、下二段活用と上二段活用との對立である。一段二段活用の中にこの二種の区別されるのは、その将然形及び連用形の語尾にあらはれる音の性質による。即ち下二段活用はここにエ列音をあらはし、上二段活用はここにイ列音をあらはす。それ故にこれまで考察した事実は畢竟
 下二段  エ列ーア列 アケ(明)−アカス(明)
 上二段  イ列ーウ列 ツキ(盡)−ツクス(盡)
      イ列ーオ列 オキ(起)−オコス(起)
といふ三種の母音交替である。即ち単純な動詞の場合には上方の音をあらはし、それに接尾辭のつく場合には下方の音をあらはす。
 しかるに、名詞的語根にもちやうど之に相當する母音交替があらはれる。例へば
 エ列−ア列
  サケ(酒)−サカヅキ(酒杯)
  テ(手)−タムカヒ(手向)
 イ列−ウ列
  ツキ(月)−ツクヨ(月夜)
  ニ(瓊) −ヌボコ (瓊矛)
 イ列−オ列
  ヲチ(彼方)−ヲトツヒ(一昨日)
  キ (樹) ーコノマ(樹間)
 即ち單獨の場合には常に上方の音をあらはすけれど、後に他のものがつくと下方の音に轉ずることがある。以下この種の母音交替の實例を、前述の資料全體にわたつて観察して見る。


第二篇 名詞
 藤岡先生のお使ひになる術語によつて、熟語の各構成要素を項と呼ぶ。又熟語の初にあらはれるか中にあらはれるか終にあらはれるかによつて、暇に初項中項末項の三つを区別する。今前述の八種の資料の中から、熟語の初項又は中項としてあらはれる時その他の場合と違つた形をとる(即ち末尾の母音を變ずる)ことのある語根を残らず抜き出し、且その實例を列挙した。但し単純語でも熟語でも、同じ單語の實例があまり多い場合には、その中でなるべく古く且確實なものだけを代表として出した。
   第一草 エ列とア列
(1) ウケ、ケ(食) 保食神、此云宇気母知能加微(紀、御代上) 豊宇気毘貴神(記、御代) 登由宇気神(記、御代)  等由気乃宮(四十二詔)
  於保美気(万二十25ウ) 等己蒲居加斯支移比佃乃蒲己等(天爵國曼陀羅) 大宜都比貴神(記、御代)
 ウカ(食) 宇迦之御魂神(記、御代) 倉招魂、此云宇介能美抱岩(紀、御代上) 最招魂女、招端女此云于伽能迷  (紀、御武)
(2) サケ(酒) 左気(万五19ウ) 宇岩佐階、宇岩佐開(枕詞、紀、崇御)
 サカ(酒) 佐加美豆久良斯(記、雄略) 佐可佃豆伎伊瓶須(万十八11ウ) 左加美都伎(万十八30ウ) 掌酒、此云佐介  侭苔(紀、崇御) 佐加豆岐(万五18オ)
(3) カゲ(影) 可気(万十八10オ、11ウ、万二十62ウ、歌経標式) 加気(万二十52オ) 何気(歌経標式) 於毛可宜(万十九 30オ)
 カゲ(影) 加賀美(鏡、記、允恭) 可我美(同、万十五12ウ) 可我見(亀鑑、万二十51オ) 血尿可壮美(万十五36オ)㈲ スゲ(菅) 頂気(万十八30ウ) 比登母登頂宜(記、仁徳) 頂宜波良(記、仁徳)
(4) スガ(菅) 須賀多多美(記、御武) 阿多良須賀波良(記、仁徳) 頂我乃根(万二十47ウ) 夜嵐頂壮乃禰(万二十55ウ)㈲ カゼ(風) 加是(記、神武、万十七42オ) 可是(万五6ウ、万十五11ウ、19オ、21オ、万十七48オ、政経標式) 於伎都  加是(万十五10オ) 加牟加是能(枕詞、記、御武) 強牟強迫能(同、紀、御武) 村武村苑能(同、紀、排撃 何牟  何是能(同、歌経標式) 安枝可是(万十五18ウ、20オ、万二十47オ) 安古加是(万二十47オ) 阿岐可是(歌経標式)  美奈刀可世(万十七48オ) 加是奈美(万二十63オ)
(5)カザ(風) 風木津別之忍男神、訓風云加邪(記、御代)
(6) テ(手) 且(記、仁徳、万五39ウ) 堤(紀、微服) 底(紀、皇祖、万十七37ウ) 加微能美温(記、雄略) 美温豆可良  (万五13ウ) 多血傅(記、御代) 多産提(万五9ウ) 血多産嬉(記、御代) 血多血提(万五9ウ) 背拝、此云志理  幣提示布倶(紀、御代上) 弥古禰、佐基泥(紀、皇祖) 基佐泥(紀、皇極、佐基泥の誤か) 許昌母温(万十五6オ、29オ) 許呂毛温(万十五28ウ、38オ) 己呂母泥(万十七23オ) 許呂毛泥(万十八23ウ) 提夫利(万五26オ)
 タ(手) 多古牟良(記、雄略) 陀倶符羅(紀、雄略) 瓢掌、此云陀脱盧箇須(紀、御代万) 振興此云都実者能多  個個屠利辭魔屡(紀、御武) 天手挟、手挟此云多衝餌離(紀、御武) 多牟強脱毛勢儒(紀、御武) 多誤跡(紀、崇  御) 陛豆矩梨(紀、皇極) 手徊、此云多頭根(紀、御代占 多行使(万五39ウ) 多土伎(万十33オ) 多頭吉(万十  二16オ) 多母等(万五9オ) 多ぶ伎利物知提(万五9ウ) 多都可豆恵(万五10オ) 多孤燈乃美亘騰(万五12ウ)  多乎利加射志温(万五17オ) 多婆左側(万十六30オ) 多治可良(万十七24ウ)−多血久良(万十七32オ) 多頂気温  (万十八20ウ) 手端古巣、此云多那須衛能余之肢羅脱(紀、御代上) 手掌慄亮、此云唯孤則皐謀耶足足偏(紀、順宗)
(7) タテ(楯) 貞陀且呂迦母(記、庖御) 貞陀且(枕詞、記、仁徳) 鳥陀氏一(同、紀、仁徳)
 タタ(楯) 多多那米且(枕詞、記、御武) 唯唯奈梅且(同、紀、御武) 狭城府列陵、盾列此云多多那美(紀、仲哀)閣 カネ(金) 思金神、訓金云加尼(記、御代) 久我願(万十八20ウ)
(8) カナ(金) 金山毘古神、訓金云迦那(記、御代) 加那斗加宜(記、允恭) 詞那杜加擬(紀、安康) 加那須岐(記、雄  略) 箇銀座多、阿梅筒銀座多(紀、仁徳)
(9) フネ(舟) 赴尼(紀、仁徳) 美育禰(万十五18ウ) 於朋狽赴尼(紀、仁徳) 貞夫願(記、仁徳) 安産乎夫願(万二十  25ウ) 須儒赴泥(紀、仁徳) 於保夫禰(万十五9オ) 欲育綱(万十五11ウ) 毛母本願(万十五26ウ) 阿龍夫願(万十  七37ウ) 安産能都里夫願(万十八8オ) 伊豆手夫禰(万二十19ウ)
 フナ(舟) 育那阿産理(枕詞、記、允恭) 育奈能里(万十五6オ) 布奈且(舟出、万十五13オ) 育奈批等(万十五16オ)  敷奈太那(万十七20オ) 育奈騒保有(万二十49ウ) 船世、此云浮那能倍(紀、御代下) 船舶ぶ、反云育奈能閉刳  (万五31ウ)
(10) ムネ(胸) 牟泥(記、御代) 武禰(万五40オ) 牟願(万十五36ウ)
ムナ(胸) 牟那美貌(記、御代) 高胸、此云多歌武媚笑歌(紀、御代下) 牟奈和気由可牟(万二十15ウ)
(11) ウヘ(上) 上津綿上体見神、訓上云字閉(記、神代) 伊苑岐韻字倍(紀、仁徳) 基能陪(紀、欽明) 伊波能杯(紀、皇極) 比射乃倍(万五11ウ) 佐加豆岐能倍ホ(万五18オ) 野脱胎閉(万五24ウ) 曾能倍由母(万十八34オ)
 ウハ(上) 上國、此云羽播豆矩傭(紀、御代下)
(12) メ(目) 妹慮慄嗣ぶ(紀、鈴代下) 梅爾志禰曳泥座(紀、御功) 根溺我梅(紀、斉明) 斗米(利目、記、神武) 比  等米(一目、万十七25ウ) 産佐米永(佛足石歌)
 マ(目) 伊由岐鹿毛良比(記、御武) 易喩暫摩毛荒欧(紀、御武) 鹿奈迦比(万五8予)
(13) アメ(天) 阿米(記、御代) 阿米能志多(万五25ウ) 阿米能迦具夜鹿(記、景行) 阿俗説信服多(記、仁徳) 阿米  拓知(万五14オ) 安米比度(天人、万十八17オ。この歌には、誤字があるらしく、従来いろいろの説が提出されてゐるので、その中に含まれた語句をとつて碩誼とすることは出来ないが、琴歌譜の天人扶理の中に阿米比止とあるのを思ひ合せれば、天人をアフヒトといつたことはまづ確實と思はれる。)阿米久ホ詰斯波荒皮比里ぶ波個己等(元興寺露盤銘)
 アマ(天) 高天眼、眉高下天云阿鹿(記、御武) 阿鹿波勢豆加比(記、御代) 阿鹿登夫(記、允恭) 阿摩等夫夜(万  五25ウ) 阿鹿久毛(万五7ウ) 阿魔窟(万五7ウ) 阿鹿買気利(万五31ウ) 安底豆流月(万十五17オ) 安鹿泥良須  可未(万十八33ウ) 安鹿曾曾理(万十七40ウ) 安鹿久大利(万十八20オ) 阿鹿由倶拓紀(歌經標式) 阿鹿陀牟(枕詞、記、允恭)、阿府住設麿(枕詞、紀、神代下) 安産拓美豆(万十八32ウ) 天吉菖、此云阿摩能呉佐回読(紀、神代占  天探女、此云阿鹿能左愚謎(紀、御代下) 天磐座、此云阿鹿能以最短荒(紀、御代下) 阿率能都蘇詞服(紀、提言      lx ソラ
  阿鹿能見虚(万五31ウ) 安鹿能之良久毛(万十五7ウ) 安鹿能我波(万十五18ウ) 安脱胎波良(万十五19ウ) 安息  能日徽(万十八18ウ) 安産胎刀(万二十50オ)
(14) アメ(雨) 阿米(記、允恭) 阿俗(祀、安康) 安米(万十五26ウ、万十七45ウ、万十八32ウ、33オ、33ウ、万二十45オ)  阿佐阿米(記、御代) 波流佐米(万十七27オ、万十八38オ)
 アマ(雨) 安産其毛理(万十五38ウ)

(15) ウレ(末) 宇膿(万二22ウ、万八50オ、万十5ウ、万十六28オ) 樹奴鐙(万十三2オ) 許奴鐙(万十七21オ、36ウ、万  十八28オ、37ウ)
 ウラ(末) 低能宇良婆(記、雄略) 浅茅何前葉(万十44オ)
(16) マレ(稀) 寵鐙ぶ母(佛足石歌)
浦若見(万四59オ、万十一25オ) 浦若三(万七8オ)
   マラ(稀) 底良比止(佛足石歌)

     第二章 イ列とウ列
  (1) ツキ(月) 都奇(天眼ノ月、万十七35オ) 右記(年月ノ月、記、景行) 都記(月経、記、景行) 武部紀(正月、万五14    ウ) 佐都奇(五月、万十七38ウ) 美都奇(三箇月、万二十25オ)
   ツク(月) 右久欲(万十八10オ、37オ、万二十47ウ、57オ)
  (2) ツキ(槻) 都記賀延(記、雄略) 伊菟岐銀字倍(紀、仁徳) 波比都奇(汚名、万十七49ウ、序には延槻汚とある。)
   ツク(槻) 都久由美(記、允恭) 菟匪喩個(紀、御功)
奈良時代中期以前の萬葉假名では、キの假名が二類に分用されてゐる。即ち、
  (甲) 支岐伎妓吉菜根企暫嗜嗜祗耶
  (乙) 己記幾機奇綺騎寄貴契峰基気脱
ツキ(槻)のキの假名としては、記及び萬葉に於て常に乙類の假名が用ゐられてゐるに拘らず、上に引用した仁祐紀の例にのみ甲類の假名が用ゐられてゐるのは違例である。或はここのイツキを五十槻又は斎槻の義とする従来の解釋が誤つてゐるのかも知れないが、今はしばらく前説に従つてここに出した。
  (3) イホチ(五百箇) 加奈須岐母伊本知母賀母(記、御功) 安波枕多底伊保知毛我母(万十八23ウ)
   イホツ(五百箇) 水良玉五百都集(万十26オ) 思良多底能伊保都都度比(万十八24ウ) 天ぶ波母五百都綱波布(万十九44ウ) 五百都都奈波布(万十九45オ) 朝掲示伊保都登里多底(万十七45オ) 五百津之美須底流之珠(記、御代)  
(4) サチ(獲) 佐知(記、御代) 己之佐知佐知(記、御代) 山佐知、山佐知見古(記、神代) 海佐知(記、御代)海幸、幸此云左知(紀、御代下) 海佐知見古(記、御代)
 サツ(獲)
(5) ニ(瓊)
佐都雄(万三18ウ) 薩雄(万十39ウ、40オ) 佐都由美(万五9ウ) 佐豆人(万十5オ)
美須寵読過(記、御代) 五百箇御統之瓊(紀、御代上) 天津日高日子番能過温語命(記、神代)
  ホノニ‘一 キノト
彦火復復杵尊(紀、御代下)
アマツヒコ  ∂天津彦 心
 ヌ(瓊) 天之瓊矛、墳玉也、北口奴(紀、御代上) 奴郎登(記、御代) 追追乎此云奴僊等母母由羅ぶ(紀、御代占
(6) ミ(身) 徹(記、雄略、万五19オ、佛足石歌) 未(万十五35ウ、万十八16オ、万十九30オ、万二十60オ) 佐味郎志ぶ  (記、景行) 佐徹郎跡垣(紀、崇神)
 ム(身) 質(紀、御功) 實、正身(紀、景行) 田身嶺、田身此云大務(紀、斉明) 多武山霧(万九12オ) 身毛津君  (紀、景行) 牟宜都君(記、景行)
(7) カミ(神) 迦徹(記、御代) 須久輝美迦徹(記、仲良) 久ぶ都美可未(万十七15ウ) 於伎都美可未(万十八23ウ)
  岐神、此云布郎斗能加徹(紀、御代上) 保食御、此云宇気母知能加徹(紀、御代上) 倭文神、此云斯目梨俄未(紀、御代下) 須責加未(万十七34オ)
 カム(神) 加牟加是能(枕詞、記、御代) 加牟菩岐(記、仲哀) 順神明之感涙、此云歌牟剱可梨(紀、神代占 御祝  収、此云加武保佐担保佐松柏(紀、鈴代上) 可武奈何良(万五13ウ) 可牟加良夜(万十七34オ) 等保追可牟於夜  (万十八22オ) 可武佐備伊魔須(万五13ウ)
(8) クリ(粟) 久利(万五8オ) 美都興趣能(枕詞、記、庖御) 溺苑愚利能(同、紀、庖御)
 クル(粟) 和加久流須婆良(記、雄略) 具守有粟子(守有苦、万八53ウ)

 第三章 イ列とオ列
(1)キ(木) 紀(紀、仁徳) 佐斯夫能紀(記、仁徳) 波理能紀(記、雄略) 于躍愚破能紀(杞、仁徳) 都我能奇(万十七42オ) 曾米紀質斯流(記、御代) 伊知佐加紀(記、御代) 布由紀(記、圧御) 加良質志多紀(記、圧抑) 披、此云    磨紀(紀、御代占 蔓根、此云哀曾紀(記、皇極) 釧購紀(紀、孝徳) 伊波紀(万五7オ) 久佐奇(万二十14ウ) この外、ヤナギ、ヤギ(楊)、モロキ舟(同船)等のキも或は木かも知れない。但しツバキ(椿)のキは、假名の用法から見ると木ではないらしい。
   コ(木) 許久波(記、仁徳) 虐多智(紀、舒明) 許太加久氏(万十九26オ) 許能寵(記、御代) 許能波(記、御武) 許信託(記、雄略) 許収蔵(万五16オ) 許能久蔵(万十八9ウ)
景行紀にはただ3ケ所木をケといつた例がある。
  御木川上、木此云開  側聞能佐島歴志 側機能佐島歴志
併しこれはごく少数の場合に過ぎない。之に對して、木をキといつた例は25ある。
  (2) ヲチ(彼方) 安気且乎知欲利(万十五31オ) 島智箇多(紀、御功) 島智可抱(紀、皇極) 乎知可多(万十三22オ)    越方人(万十26ウ) 越乞(万六12ウ、万七11オ、万十二15オ) 乎知許知ぷ(万十七23ウ、万十九11ウ、万二十25ウ) 乎    知己知ホ(万二十37オ)
   ヲト(彼方) 袁登都波多傅(記、清寧) 乎登都日(万十七13ウ) 乎等都日(万十七46ウ)
ヲテモコノモ(彼方此方)のヲテモはヲチ(彼方)オモ(面)の約であらう。ちやうどヒオキをヘキ(日置)といひ、ユキオヒをユケヒ(靭負)といひ、吹員(フキオヒ)を人名フケヒに充てるものと同様である。
  (3) ヒ(火) 毛由流肥(記、景行) 乗組、此云多批(紀、御代上) 等毛之備(万十五11オ) 登毛之備(万十八10オ) 讐務始(紀、仁徳)
   ホ(火) 本那迦(記、景行) 煙火、此云褒倍(紀、御代上) 火蘭降、此云褒信須素理(紀、御代下) 元火残敵、此云褒那之阿餓利(紀、御代下)
奈良時代中期以前の萬葉假名では、ヒの假名が二類に分用されてゐた。即ち、
  (甲) 比毘徘讐劈避卑必實嫡
  (乙) 非斐悲彼被肥秘飛
ヒ(火)は古事記では乙類の假名であらはされて居り、その濁音は萬葉集では乙類のビ(第一篇第四章C参照)であらはされて居る。又記や萬葉の字訓假名としては、火は常に乙類のヒ又はビに充てられてゐる。それ故、御代紀上のタビや仁祐紀のヒムシ(火蟲)に批や曹など甲類の假名を用ゐるのは明かに違例で、或は従来の語原説が誤つてゐるのかも(手火)知れないが、しばらく前説に従つてここに出しておく。(ヒムシのヒはヒヒル(蛾)のヒと闘怖があるかも知れない。

     第四章 その他
 これまで建べたのは、(1)エ列とア列 (2)イ列とウ列 (3)イ列とオ列といふ三種の母音交替であつたが、これと賠同じ修作の下に、なほこれらとは違つた母音交替のあらはれることが無いでもない。
  (1) セ(背) 新撰字鏡に儒世久豆、降脊世久豆、脊世奈加、和名抄に脊世奈加、脊梁世都賀俗世美禰などと見える。奈良時代のものには、確實な萬葉假名書きの例が無いけれど、高葵祭に背の字を殷々セ(兄、夫)(記、御代「愛我那勢命」記、仁徳「阿気勢能岐美」など萬葉假名書きの例は渾山ある。)に充ててゐる事實から考へるとこの形の存したことは明かである。
   ソ(背) 曾毘良(記、御代) 曾牟企且(万五5ウ) 曾我比ぶ(万十七40ウ、45ウ、万十九25ウ、万二十53古
 この語原はエ列とオ列との交替を示してゐる。而してソ(背)は熟語の初項としてのみ用ゐられ、決して語の末尾に用ゐられる例の無いこと、カザ(風) コ (木)と同様である。
  (2) イシ(石) 伊斯(万五13ウ) 伊志(万五24オ、佛足石歌) 伊之(万二十14オ) 於費異之(紀、神武) 意斐志(記、御武) 伊斯都都(記、御武) 異志都都(紀、御武) 以嗣箇播(紀、御代下) 伊辭務涯(紀、崇御) .イサ(石) 異佐誤    (紀、御功)
イサゴ (砂)がもし石子の義ならば、ここにはイ列とア列との交替が見られるわけである。併しまた一方では地名のイソノカミに石上(記、紀、萬葉)の宇を充てることが行はれ、この語根にイソといふ形の存したことを思はせる。但し石上は武烈紀には伊須能箇別、琴歌譜には伊須乃可美と見えるから、古くはイスノカミともいつたものであろう。
  (3) ウミ(海) 宇美(記、神武) 安流美(万十五4ウ) 美豆宇蒲(万十七37ウ) 宇美漫(万十八8オ)
   ウナ(海) 干鰯誤謬梨(紀、声明) 宇奈波良(万五25オ) 阿乎宇奈波良(万二十63オ) 宇奈可美(万五13ウ)
 これはイ列とア列の母音、又同時にマ行とナ行の子音の交替である。マ行音とナ行音とは、ミホとニホ(鳩)ミナとニナ(蜷)、ミラとニラ(韮)、ミノとニノ(蓑)が通ふやうに、相移りやすい音であるから、この場合ウミとウナとの交替することは別に怪むに足りない。併しこれらについてはまた違つた解釋も出来る、即ち海潮をウシホといふ。
于之哀(紀、斉明) 海潮郷中略此海潮至放云得堕、御亀三年改宇海潮(出雲風土記)
 そのシホが潮(記、清寧「斯本勢」万一20オ「四實」万十五6ウ「之保」など)の意であることは勿論であるから、従つてモのウは多分海といふ意であらう。ウナハラ(海原)やウナカミ(海上)のウナは、このウに助詞のナ(ノと同意義のもの)がついたものと考へられる。もしさうとすれば、ウミとウナとはもともと語原が違ふのである。
 以上のやうに、特殊の母音交替の例も無いことはないが、それは極めて少数であり、而もその中間と間は交替そのものが疑はしい。(1)は(2)や(3)に比べれば確實であるが、孤立してゐる。それ故やはり(1)エ列とア列 (2)イ列とウ列 (3)イ列とオ列の三種を母音交替の主要な法則と認めて、今少し之について考察したいと思ふ。


     第五章 母音交替のあらはれる傑作
 (1)エ列ーア列 (2)イ列−ウ列 (3)イ列−オ列、この三種の母音交替が名詞的語根にあらはれてゐるのであるが、然らばどういふ場合にエ列イ列の形があらはれ、どういふ場合にア列ウ列オ列の形があらはれるかといふと、一般に後者は熟語の初項中項のみにあらはれる形であり、前者はその他の場合にもあらはれ得る形であるといふことの外、何も確實にいふことは出来ない。これは、一つには記録以前にも既に多くの類推的變化を蒙つた結果母音交替發生當時の原形を失つてゐたためであり、一つには類推的變化そのものが未だすべての場合に渡つて徹底的に行はれるに至つてゐなかつたためであらう。
 上に掲げた實例は、前記八種の資料の中にあらはれたものの全部ではないが、省略したのはただ同じ語の實例示深山重複する場合だけであつて、語の種類としてはこれで全部を盗してゐる。これについて見ると、エ列とア列との交替する語根に於て、ア列の方の形は次にア列音に始る語根が着いて熟語を作る場合に特に多いといふやうな事貢も、別段認められたいやうである。但しカゼナミ(風波)アメツチ(天地)アメクニオシハラキヒじーハノミコト(天国排開斎庭蓉)のやうに二つの項が並立関係にある熟語の初項としてあらはれる場合、常にエ列の方の形をあらはすことは、今日と同様である。

第三篇 母音交替が名詞的語根にあらはれる場合と動詞的語根にあらはれる場合との関係

第一章 母音交替のあらはれる條件
 (1)エ列−ア列 (2)イ列ーウ列 (3)イ列−オ列、この三種の母音交替は名詞的語根にも動詞的語根にも等しくあらはれるものであるが、交替のあらはれる條件を見ると、名詞的語根の場合と動詞的語根の場合とに共通な點がある。即ち名詞的語根の場合には、
  (a) その語根が單語の末尾にあらはれる場合には、エ列又はイ列に終る形が用ゐられる。例へば、
      サケ(酒)  ツキ(月)  キ(木)
  (b) ア列ウ列オ列に終る形は、必ずその後に他の語根がついてーつの熟語を成す時にのみ用ゐられる。例へば
      サカヅキ(酒杯) ツクヨ(月夜)  コダチ(木立)
動詞的語根の場合には、
  (a) その語根が(連用形として)單語の末尾にあらはれる場合には、エ列又はイ列に終る形が用ゐられる。例へば、
      アケ(明)  ツキ(盡) オキ(起)
  (b) ア列ウ列オ列に終る形は、必ずその後に接尾辭がついてーつの派生語を作る時にのみ用ゐられる。例へば、
      アカス(明)  ツクス(盡) オコス(起)
 勿論この交替に與る名詞的語根に於て、エ列イ列の音に終る形も時には熟語の初項中項として用ゐられることがある。又動詞の連用形(将然形は勿論のこと)は必ずしも單獨にあらはれるものではなく、アケテ(明)アケニケリ(明)のやうに助詞、助動詞に接する場合もある。併しそれぞれの形の用法について特徴を求めれば、則ち
  (a) エ列イ列に終る形はそれが單語の末尾に立つ場合にも用ゐられ得るものであり、
  (b) ア列ウ列オ列に終る形は、そのあとに何か他の要素がついて一語を作る場合にのみ用ゐられるものである。
といふことが出来よう。この中aの形は、語根の終の母音が語の末尾に露出する場合にも用ゐられ得るものであるから之を露出形と名付け、bの形は語根の終の母音が何か他の要素に被はれてゐる場合にのみ用ゐられるらのであるから、之を被覆形と名付ける。
 以上観察した所によると、動詞的語根の被覆形は、それが動詞的又は形容詞的接尾辭に接する場合に用ゐられ、名詞的語根の被覆形は、それが熟語の初項又は中項としてあらはれる場合に用ゐられるものであるが、動詞的語根と名詞的語根との区別は必ずしも明瞭なものではない。この兩種の語根の用法は、往々交錯する。即ち動詞的語根の被覆形も時には熟語の初項、中項として用ゐられることがあり、名詞的語根の被覆形も時には動詞的又は形容詞的接尾辭に接して用言を作ることがある。以下その実例について一々観察して見たい。以下引用する実例の後には、新撰字鏡や和名抄のやうな後世のものを附記した場合もあるが、それはただ奈良時代のものに存する実例と相對照するために引用したに過ぎない。

第二章 動詞的語根の被覆形が熟語の初項中項としてあらはれる例
   A、下二段活用
(1)アク(明)脱出、第一稿第一章B参照。
   アカ(明)安香等吉(万十五13オ) 安可等位(万十五16オ) 安可等吉(万十五20オ) 阿加登吉(万十七18オ) 安加登    吉(万十八17ウ) 阿可等岐(歌經標式) 明星阿加保之(和名抄)
  (2) スツ(捨) 須底后(万十九26ウ) 久多志須都良牟(万五38ウ) 伊止比須都閉志、波奈謄須都倍志(佛足石歌)
   スタ(捨) 檜可以焉瑞宮之材、披可以焉順見蒼生奥津棄戸前臥之具中略棄戸此云須多杯(紀、神代上)
奥津棄戸前臥之具については、古来いろいろな解郡があるけれど、之を大別すれば次の三つ位になるかと思ふ。
  a、棺の意に解するもの(釋日本紀所引私記、谷川士清、本居宜長、黒川眞頼、高橋健自等諸氏)
  b、住居の意に解するもの(河村秀根、飯田武郷諸氏)
  c、奥津棄戸とは、死を忌む思想から、死人があればー家舉つてその家を棄て去り、他處に移住することであるといふ説(藤岡作太郎平出錘次郎兩氏共著日本風俗史)
 この中b説を唱へる人は、上に檜を宮殿の材に用ゐることを建べたのに對してここでは披を民家の材に用ゐる意味であるといひ、棄戸を栖之上又は簑之上の意に解してゐる。併し助詞のツをタと言つた例としては、ただ萬葉集巻二に奴等を八多熊等と書いた例がある位のものであるが、それとても解郡上に異説があり、確責な臆捷とはいふことが出来ない。その上日本書紀の用字法からいふと、もし栖之上や簑之上の義ならばもつとその意味にふさはしい文字を使ひさうなものである。それ故、b説は前後の續きからいへば至極極常な解郡であるけれど、言語や文字の上から見ればいくらか無理がある。次にc説は、前後の續きから見てここにふさはしくない。a説は古いけれども一番事實に近いのではないかと思はれる。奥津棄戸の奥津は、奥津城の奥津と同じく人間世界とは隔絶した奥まつた所を意味し、棄戸は文字通りの意味で、奥津棄戸は結局墳墓をさしていふものではあるまいか。もしさうとすれば、奥津棄戸前臥之具は、私記以來の説のやうに棺のことと考へられる。わが國の原史時代に於ける木棺の使用は、既に多くの貢物の發掘によつて考古學上確認されてゐるのであるから、この方面から見てもa説に矛盾は無いと思ふ。
  (3) アル(生) 阿渋坐半肩撒融栄二詔) 阿終生之(記、鈴武) 阿渋坐(記、仲哀) 阿渋座師(万一16ウ) 安渋面欧    (万一24オ、哉は武の誤か) 阿渋鼎坐(万六42ウ) 安渋面之乍(万六44ウ)
   アラ(生) 荒入神(万六36ウ)
    現入神(紀、景行) 現入之神(紀、雄略) 日本紀云、現人神、和名安良比止加美(和名抄)
  (4) カレ(枯) 脱出、第一篇第T草B参照。
   カラ(枯) 加良貨志多紀(記、應神) 加良怒(舟名「枯野」記、仁徳) 詞良怒(同、紀、陽鈴)
   使二青山愛E枯(枯カラヤマ紀、鈴代上、丹岫本では枯の下に山の字がある。)青山侭フ枯(枯カラヤマ紀、御代上) 使三枯山    愛鳥二青山一(枯カラ紀、皇極) 戴角類二枯樹末・(枯樹カラキ紀、雄略) 枯加良木(新撰字鏡)
この中古事記の加良貨志多紀は記嬉によつて解釋したのであるが、果して當つてゐるかどうかは疑はしい。(守部はこの加良を幹と解してゐる。)記紀に見える舟の名「枯野」は、紀の註にも見える通り本東征疾の義であらうから、枯野の二字は充字に相違無いけれども、これによつて奈良時代にも既に枯の字をカラと消むことのあつたことが分る。
  (5) ツル(違) 都渋毛奈久(万十九19ウ) 部首無物乎(万十51オ) 部渋毛奈吉(万三54ウ)
   ツラ(違) 小船部良奈米(万十九20オ)
  (6) ムル(群) 串渋伊那婆(記、御代) 字知串渋底(万十七37オ) 伊牟渋氏乎渋婆(万十九47オ)
   ムラ(群) 串良登理(記、御代) 茸雲、此云茂羅玖毛(紀、景行) 村山(万一7ウ) 武良前野(万一13ウ)
但しこのムラはまた語の終にも用ゐられる。ムラ(村)も群の意に違ひない。
  穿邑、此云于介知能務羅(紀、鈴武) 湯津石村(記、勝代) 伊幣串良(記、履中) 伊俗務遅(紀、崇神) 梅村(万三28  ウ) 杉村(万三46ウ) 安逞串良(万十七36オ)
又一村芽子(万八40ウ)のやうな例もある。
 以上の語例は、すべてその語根の被覆形がア列音に終るもので、エ列とア列との規則正しい交替を示してゐる。

      B、四段下二段両様に活くもの
  )1) ムク(向)(四段) 武岐底(紀、欽明) 伊豆知武位提可(万五28ウ) 穂牟位(万十七17ウ) 曾牟企且(万五5ウ)
   ムク(向)(下二段) 牟気乃底糸底ぶ(万十八21オ) 武気多比良宜且(万五13ウ) 倍牟気許我牟等(万二十34オ) 吾    等ホ可位無気(命令、万十九21ウ) 許等牟気(万二十50ウ) 多武気(名詞、万十五31ウ) 多牟気能可味(万十七44オ)    他牟気倶佐(歌經標式)
   ムカ(向) 武奇左護桃(紀、緻腰) 牟迦夫周(万五7ウ) 試射都鳥(紀、皇極) 牟加都乎(万二十33オ)
  (2) タツ(立)(四段) 多多婆(紀、斉明) 都紀多多那牟余(記、景行) 伊理多多受阿理(記、清寧) 伊尼多多武(万    十七27ウ) だご陛智(紀、顕宗) 多知和多理(記、御武) 多知且(記、景行) 都紀多知遇那理(記、景行) 宇加波    多知家里(万十七49オ) 加萬目立多都(万一7ウ) 多都等母(万十五4ウ) 奇理ぶ多都倍久(万十五4ウ) 伊泥多    都良武可(万二十15ウ) 都夫多都時(記、神代) 都奇多都底泥ぶ(万十七33ウ) 奈美多底波(万十八6オ) 多且流    (記、庶御) 立、訓云多多志(記、御代)
   タツ(立)(下二段) 有位多且受(万五30オ) 波多波理陀且(記、允恭).虚等太后(妃、仁徳) 多且底都良世(記、御    武) 宇須ぶ多且且(記、仲哀) 欲娩多天理加婆(万二十15ウ) 名乎多都倍志母(万十九14ウ) 多苑屡(迪穀、紀、
    仁徳) 之米多底(命令、万十八22オ)
   タタ(縦) 多多佐ぷ毛(万十八36ウ)
タタサのサは寧ろ接尾辭と見るべきもので、従つてタタサは熟語とはいひ難いけれど、母音交替の條件を考へる上からいへば、熟語と同様に扱つて差支へ無い。後のヨコサ(横)ナゴヤ(和)も同様である。
 以上の二例は、いづれもその被覆形にア列音をあらはしてゐる。

C、上二段活用
(1) ヨク(避) 呉奇道(万七21オ) 呉久流日(万十五23オ) 呉久列抒(万九11ウ)
ヨコ(撰) 余許佐良布(記、應神) 胆、此云呉許奈磨盧(紀、神武) 呉己佐(万十八36ウ)
          n n n               ナギ ナ ム トキモ          ミ ナギ シ ヤマ          ココp
  (2) ナグ(和) 情奈疑牟等(万十九19ウ) 名本名六待毛(万九28オ) 見奈疑之山(万十九18オ) 情奈具夜登芳久52ウ)    奈具流日(万十七48ウ) 安蘇比奈具嶮止(万十八30ウ)

   ナゴ(和) 蒸被奈胡也我下(万円19オ)

奈良時代中期以前の萬葉假名では、ギの假名が二類に使ひわけられてゐる。即ち

  (甲) 藤波伎儀蟻祗
  (乙) 疑擬義宜

 而して四段活用の連用形には、この中甲類の假名が用ゐられ、上二段活用の将然形、連用形には乙類の假名が用ゐられる。従つてナグ(和)の将然形、連用形には常に乙類の假名が用ゐられてゐるけれど、ただアサナギ(朝和) ユフナギ(夕和)といふ名詞に限つて常に甲類の假名が用ゐられてゐる。これは或は語原を異にするものかも知れず、或はまたナグ(和)が四段に活用することもあつたのかも知れない。

  (3) オツ(落) 脱出、第一篇第二章D参照。

   オト(弟) 融登多那婆多(記、御代) 乙登多奈婆多(紀、御代下) 於等他那馬他(歌経標式)
    弟於止宇度 季父於止乎知 梯婦於斗呉女(和名抄)

なほ肥前風土記には志努波催能意登比責能古(松前郡摺振峯の條)といふ人名がある。

 以上3例は、その被覆形がオ列音に終るもので、イ列音に終る露出形と相對して、イ列とオ列との規則正しい母音交替を示してゐる。

第三章 名目的語根が動詞的又は形容詞的接尾聊に接する例
    A、エ列とア列
(1) タケ(嶽) 許能多気仁(万五25オ) 久士布流多気(記、御代)
多可知保乃多気(万二十50オ)『亀s ヨシノ ノ ・・5 カネノタケ
三吉野之御金高(万十三20オ)
ユ ヅキガ タケ
由槻我高(万七5オ)ヨシノ ノ タケ
吉野之高(万十三20ウ)
貨車漏賀多気(記、雄略) 鳴武催能陀該(紀、雄略)
弓月高(万七5オ、神m本高を嵩に作る。) 弓月我高(万十5オ)
 タカシ(高) 多可久(万十五13ウ) 多可之(万十七42ウ) 多可吉(万十七40ウ) 伊夜多可ホ(万二十34オ) 多可多可  ぶ(万十八26ウ) 夜瓶陀加美(記、允恭) 家禄多逆斯程(記、御代) 多迦比逆流(枕詞、記、景行) 多迦由久夜  (記、仁徳) 多迦紀(高城、記、御武) 高胸、此云多歌武賜娑歌(紀、御代下) 多可美久良(万十八22ウ)
 コダカル(小高) 古陀加流伊知能都加佐(記、雄略)
(2) ネ(音) 禰能尾志奈可由(万五38オ)安乎禰之奈久母(万二十43ウ) 可里我禰(万十五20オ)多頭我禰(万二十34オ) ナス(唱) 重唱、訓唱云那志(記、神代) 那須夜伊多斗(記、御代) 佐那周伊多斗(万五9ウ) 府企傲須(連盟、紀、
  徽盟)
ナル(鳴) 於比曾箭乃曾呉等奈流瓶逞(万二十34ウ) 奈流門(万十五15オ)

    B、イ列とウ列
(1) チ(鈎) 擬装鈎、此云于植該試(紀、御代下) 蹟膀之鈎、此云須須能美試(紀、御代下)
 ツル(鈎) 都里須流布禰(万十七20オ) 安寵能都里船(万十五8ウ) 伊舷里都利家運(万二十25ウ) 阿由都流等(万  五20ウ) 阿由可都流良武(万五21ウ) 和可由都流伊毛(万五21オ) 奈都良須等(万五23ウ)

    C、イ列とオ列
(1) アヰ(藍) 久服金鳥(万五9オ、21ウ、万十五27ウ、万十七27オ、29ウ、48ウ、万十八27オ、28汗)  紅藍、紺色立成云紅藍久膿乃阿井、呉藍(和名抄)
アヲシ(青) 阿逮岐(記、御代) 阿逮夜魔(記、御代) 桐阿鳥比等久佐(紀、御代上) 阿逮也疑(万五15オ) 良(万二十63オ)
阿袁加岐夜寵碁母膿流(記、景行) 順見行火此云宇都志阿乎夜奈義(万五15ウ) 安乎奈美(万二十Hウ) 阿紆回余波
クレナヰ(紅)が呉藍の意であることは、和名抄の訓註によつて明かである。なほ播磨風土記椙保郡阿几山o條にも、品太天皇之世紅草生二於此山一故読二阿鳥山‘と見える。

      附記
 シロ(白)に対してシラタマ (白玉)シラクモ(白雲)シラナミ(白浪)等のあることは、一見サケ(酒)に対してサカヅキ(酒杯)サカビト(酒人)等があるのと同じ関係のやうに見えるけれども、穴は全く別物である。何故なら、シロ(白)は形容詞の語幹であるから、常然被覆形のあらはるべき所である。サケ(酒)のやうな露出形のあらはるべき所ではない。畢竟シロもシラも共に被覆形である。この関係は寧ろクロ(黒)に対してクラ(闇)がかおるのとよく似てゐる


第四篇 奈良時代に於ける特殊の假名遣との関係
 ここで一往、前記の母音交替と、奈良時代の萬葉假名に存する特殊の假名遣との闘係について述べる必要がある。但し紙面の都合上ごく概略にとどめておかなければならない。
 奈良時代中期以前の萬葉假名では
(1)キギヒビミ
(2)ヌ
(3)ケゲヘベメ
(4)コゴソゾトドヨロ
の假名が各々二類に分用され、 或語には必ず甲類の假名を用ゐ、或語には必ず乙類の假名を用ゐるといふ風に、いちいち定まつてゐた。同じ類に屬する假名は互に通用するけれども、類を異にする假名は相通用することが無い。(詳しくは石坂龍麿の「仮字遣奥山路」及び橋本先生の「国語假名遣研究史上の一發見」参照。)但しこの中ヌに關してはいろいろむづかしい問題があつて、相當に長い説明を要するから、今はしばらく省略することにした。その他の假名の使ひ分けの状態を、一音節一字の宇音假名について示せば次の通りである。ここに掲げた萬葉假名は、法王帝説、記、紀、萬葉集、佛足石歌及び天平寶字四年以前の宣命にあらはれた字體の全部である。但し萬葉集の中では、東歌防人歌が除外してある。

(甲)支岐伎吉棄企根暫嗜嗜祗耶妓
(乙)貴笑婦紀幾基奇饌獄匠己綺騎寄忌

(甲)藝岐伎儀蟻祗
(乙)疑擬義宜

(甲)比卑毘跡避讐劈必實嫡
(乙)斐肥彼被秘悲飛非

(甲)毘呉痛鼻個批婢
(乙)備眉媚麿

(甲)美禰禰碍寵眉民
(乙)徴味末尾(渠ハ所用未詳)

(甲)部計稽鶏家啓價契鶏渓結蓋買
(乙)凱頷慨慨慨該階或凱喧既(介ハ所用未詳)

(甲)矛下覚夏雅
(乙)義宜階訃碍擬

(甲)幣弊平蔽碑絹陛敞反返遍逼
(乙)閉倍賠杯佩俳背郭

(甲)辨梨謎使別
(乙)倍毎

(甲)頁眸謎綿馬面
(乙)米毎栴埴(瑠ノ混カ)娃味晩(迷ハ所用未詳)

(甲)古故高胡姑固庫顧孤結枯
(乙)許己且去居虚皐捷芭渠興

(甲)胡呉膜五悟吾後虜
(乙)碁其語駄御期

(甲)蘇宗素訴組
(乙)曾贋附増則所詩賦曾噌

(甲)俗
(乙)肢鋤序茄

(甲)刀斗土杜度渡妬観徒塗都圖
(乙)止等登那騰諌藤台苔澄得

(甲)度奴怒渡
(乙)抒騰諌耐藤特

(甲)用庸遥容欲
(乙)余呉像蝕響預

(甲)漏路盧楼露婁魯
(乙)呂里侶聞廬慮稜勒
これらの使ひ分けは、(ごく少数の例外はあるが)、字音假名にも字訓假名にも、一音節假名にも二音節假名にも、又借字、戯書の類にも、すべて萬葉假名の全體に通じてひろく行はれてゐるものである。これは必ず當時の實際の音韻上の区別に相當するものであつたらうと思はれる。何故なら
  (1) 上の表中にあらはれた数種乃至二十数種の假名が、筆者を異にし性質を異にするさまざまの書物や文書や碑銘にあらはれる場合、常にいくつかの類に使ひ分けられて、類を同じくするもののみ相混用され類を異にするものは相混用されないといふやうな事實は、もしそれらが實際に音韻上区別されてゐなかつたならば、到底起り得ないことである。勿論綴字の上では、音韻状態の如何に拘らず同じ語はなるべくいつも同じ形で書く傾向が生じ易く、従つて單に文字が使ひわけられてゐるといふのみでは、必ずしもその間に音韻上の区別があつたといふ誕にはならない。けれど萬葉假名の場合には、同じ語は常に同じ類に鵠する假名を用ゐてあらはれるといふだけであつて、必ずしも常に同一の文字であらはされるとは限らないのである。例へば「人」の語は比止(法王常設)比登(記、神武)比那(紀、神代)比苔(紀、神武)比等(紀、應神)何苔(紀、仁徳)何等(紀、允恭)比騰(紀、皇極)比得(万五17ウ)必登(万五19オ)などいろいろの形で書かれてゐるけれども、いかなる場合にもその第一字には甲類のヒのみを用ゐて乙類のものを用ゐず、第二字には乙類のトのみを用ゐて甲類のものを用ゐない。もし甲類のヒと乙類のヒ、甲類のトと乙類のトの間に音頭上の区別が無かつたとすれば、當時の人々はこれ程複雑な使ひ分けの法則をいちいち記憶してゐなければならなかつた筈である。討しさういふ規約は、文字によつて意志を相手に通ずる上には何ら必要の無いことであり、従つて存在したとは思はれない。又もし存在した所で、當時のあらゆる人々がその法則をこれ程正確に記憶し、且運用し得たとは思はれない。どう考へてもこれらの使ひ分けは當時の實際の音韻上の区別に相客するものであつたと考へるより外は無い。
(2) これらの假名の分用は、大和地方の言語を以て書かれた文献にはあらはれてゐるけれども、萬葉集の東歌、防人歌や常陸風土記の歌などにあらはれず、違つた類に濁する假名が盛に混用されてゐる。もしこれらの使ひ分けが、音韻上の区別に相常するものでなく、單に文字の上の問題であるならば、方言がちがふからとて文字の使ひ方を受へる必要は無い。例へば大和地方の言語を寫したものでは、斜のミには乙類の假名を用ゐ、上、混のミには甲類の假名を用ゐて常に両者を区別してゐるのであるが、萬葉巻二十の防人歌では阿須波乃可美、可志魔能可美、阿米都知乃可美、夜之昌之加美、以都例乃可美、のやうに神のミに甲類の假名を用ゐてゐる。神と上、髪と語によつて文字を使ひおける目的が、その意味を区別するためであつたとすれば、大和言葉を書くときに必要な区別は東国方言を書く時にもやはり必要なわけである。何故東国方言を書く時に限つて両者を混同するのであらうか。この場合方言によつて文字の使ひ方を異にするのは、どうしても音韻状態の方言的特徴をあらはすためと考へるより外は無い。従つて大和方言に基いた一般の文書、碑銘に於て両者が語によつて使ひわけられてゐるのは、やはりその間に音韻上の区別があつたためと考へられる。
 さて以上に説明した假名の分用は、之を韻鏡に照すと、大體に於て假名に用ゐられた漢字の原音の区別に一致するものであることが分る。即ち類を異にする假名は、その原音に於ても轉又は等位を異にするのが普通である。而して字母や四聲の別は、假名の分用とは何らの関係が無いから、この分用は恐らくは子音やアクセントに關する問題ではなく、主として母音の差異をあらはすものであらうと思はれる。
 まづキギヒビミの假名に存する甲乙二類の使ひわけを、動詞の活用語尾について考へると、甲類の假名の用ゐられるのは、
  (1) 四段活用の連用形
  (2) 上一段活用の各活用形
  (3) カ行髪格活用の連用形
であり、乙類の假名の用ゐられるのは、
  (1) 上二段活用の賂然形、連用形
である。假名として用ゐられた漢字の原音の上から考へると、甲類の原名に用ゐられてゐるのは主として止攝四等開口及び第十七轉四等の字であり、乙類の假名に用ゐられてゐるのは、主として止攝三等開口及び止攝合口の字である(もつとも、少しの例外はある。さて上に述べた母音交替に與るキギヒビミは、いづれも乙類の假名であらはされて居り、甲類は決して之に與らない。一體キギヒビミの乙類は之を用ゐる語の敷が比較的少いのにも拘らず、前記の母音交替に與るキギヒビミが、名詞と動詞との別なくすべて乙類の假名であらはされてゐるのは注意すべきことで、到底偶然の一致とは思はれない。
 次にケゲヘベメの假名に存する甲乙二類の使ひ分けを、動詞の活用語尾について考へると、甲類の假名の用ゐられるのは、

(1)四段活用の命令形
(2)四段活用、上一段活用、カ行變格活用に於て、所謂完了のりのつく形(例へば咲ケリ、騷ゲリ、賜ヘリ、並べり、摘メリ、着リ、來リのケゲヘベメ)
(3)   上一段活用に於て、敬意をあらはすスのつく形(着ス、見スのケ、メ)
であり、乙類の假名の用ゐられるのは、
  (1) 四段活用の已然形
  (2) 下二段活用の將然形、連用形
である。假名として用ゐられた漢字の原音を考へると、甲類の假名に用ゐられてゐるのは主として蟹攝四等、止攝四等、山攝四等、仮攝二等などの字であり、乙類の假名に用ゐられてゐるのは主として蟹攝一二等、止攝三等などの字である(もつとも、少しの例外はある)。さて、上に述べた母音交替に與るケゲヘメ(べには偶々實例が無い)は、いづれも乙類の假名であらはされて居り、甲類は決して之に與らない。
 なほ萬葉の東歌防人歌では、中央の言語のエ列音に対應する所に、屡々ア列音があらはれてゐる。
  (カ) 久ぷ乃登保可娑(國の遠けば、万十目9オ、上總)
    寵左可思余加婆(目前し良けば、万十四13オ、上野)
    等抱可騰母(連けども、万十四21ウ)
    之印可久ぶ(繁けくに、万十四24オ)
    安夜抱可等(危けど、万十四31オ)
    於可鐙婆可奈之(置ければ悲し、万十四33オ)
  敞牟加流布禰(舶向ける舟、万二十24オ、上總)
  阿加都松永迦理(垢着きにけり、万二十31ウ、下總)  伊伎都久之可婆(息衝かしけば、万二十40ウ、武蔵)  奈奈弁加流(七重着る、万二十42オ)
(サ) ぶ努保佐渡可母(布干せるかも、万十四3ウ、常陸)  奈ぷ己曾呉佐膿(汝にこそ寄せれ、万十四22ウ)
(タ) 多多理之母己昌(立てりし如、万二十28ウ、下野)(ハ) 伊波浪毛能可良(言へるものから、万十四27オ)
  伊鼓吹等(家人、万二十28ウ、下野)
  和我伊波呂糸(我が家ろに、万二十36オ、下野)  伊波奈流和磯波(家なる我は、万二十39ウ、武蔵)  伊波昌ぶ波(家ろには、万二十40オ、武蔽)
  伊波奈流伊毛(家なる妹、万二十41オ、武蔵)
  伊波乃伊毛昌(家の妹ろ、万二十41ウ)
  都久志波夜利且(筑紫へやりて、万二十41ウ)
(ヤ) 四比乃故夜提(椎の小枝、万十目24ウ)
  (ラ) 由伎可母衣良留(雪かも降れる、万々四3ウ、常陸)
    安乎楊木能波良路可波刀(青柳の張れる河門、万十四31ウ)
戸籍の確實な巻二十の防人歌だけによつても、上總、下總、武蔽、上野、下野にわたつて廣く行はれてゐた方言的特徴であるが、これらの力、ハは中央の言語に於ける甲類のケ、へに対應する位設にしかあらはれず、乙類のケ、へに対応する位置には決してあらはれることが無い。それ故前述の母音交替(乙類のケ、ゲ、へ、メとア列音)とは全く無間係であらうと思はれる。
 次にコゴソゾトドヨロの假名に存する甲乙二類の使ひ分けについて考へると、甲類の假名としては第二轉一四等、第十二轉一三等、第二十五轉一等、第二十六轉四等、第三十七轉一等の字が用ゐられ、乙類の假名としては第八轉三四等、第十一轉二三四等、第十三轉一等、第四十二轉一三等の字が用ゐられ、両者の間に極めて截然たる区別がある。現代支那諸方音について考へると、甲類の假名に用ゐられた漢字の音は主として明瞭な後舌母音を含み、乙類の假名に用ゐられた漢字の音は主として中舌的又は前舌的(殊にUmlaut的)の母音を含んでゐる。なほその他の著しい事實としては、
  (1) 甲類のオ列音はウ列音と屡々通ふけれども、乙類のオ列音には殆どその例が無い。
  (2) 乙類のオ列音は、ウ列音又は甲類のオ列音と同一語根(動詞語根に於てはその活用語尾をしばらく除いて考へる。)内に並存することが極めて稀である。それ故、例へばウコ (愚) クソ(糞) 判別(据) ツト(芭)    月日フ(集) フトシ(太) クロシ(黒) ぺ哨(室) のやうにウ列音とオ列音とから成る語根に於ては、そのオ列音は(假名に甲乙両類の使ひ分けのある行では)殆ど常に甲類のものである。
これらによると、ウ列音及び甲類のコゴソゾトドヨロが完全な後舌母音を含むものであつたのに対し、乙類のコゴソゾトドヨロが租中舌的の母音を含むものであつたことは想像するに難くない。さて前記の母音交替に與るオ列音は、假名に分用のある場合にはいづれも乙類の假名であらはされてゐるものであるが、ただ「むし衾なごやが下」(第三篇第二章C)のナゴヤのゴだけは甲類の胡であらはされてゐる。それ故前に仮に三種として挙げておいた母音交替の法則は、詳しくは、
  (1) エ列(乙)ーア列
  (2) イ列(乙)ーウ列
  (3) イ列(乙)ーオ列(甲)
  (4) イ列(乙)ーオ列(乙)
の四種になるのかと思はれる。

     結語
 以上観察し来つた三種乃至四種の母音交替は、名副助詞形容詞にわたつて廣くあらはれてゐるもので、その點に於てはインドゲルマン語のAblautにも比すべきものである。その發生原因については未だ明かでないが、恐らくはもとの同一の母音が、語の中程にあるか或は末尾にあるかによつて、その發達を異にした結果であらうと思はれる。勿論動詞的語根の露出形は、アケパ(明)アケヌ(明)のやうに助詞助動詞をつけて用ゐられることもあるが、それはこの母音交替を發生させた音頭髪化が既に完結してから後に生じた形とも考へられるから、別に問題にはならない。又名詞的語根の露出形が時として熟語の初項中項にもあらはれるといふ事實は、序論に注べたやうな種々の類推的構成及び變化の結果として説明される。但し以上の推定の當否は、奈良時代に於ける國語の音韻組織を完全に復原し、且琉球語との比較研究を試みた上でなければ、確實に決定することが出来ない。