水沼辰夫『文選・植字の技術』はしがき

 この書は、さきに『文選と値字』と題して印刷学会出版部から出版されたものを、新しく書き改め、さらに相当多くの分量を書き加えたものである。
 『文選と植字』は、一九五〇年、筆者の身辺すこぶるあわただしかった中に書き上げ、かつ自分で組み版したもので、書きたりない点もあったのであるが、さいわいに好評を得て、すでに数版をかさねた。しかし、初版を発行してから十年を経て、今日これを見れば、不十分なところや書き足りないところが少なくない。
 活版印刷の作業は、製版と印刷との二つに大きく分かれている。その製版作業を区別して、一つを文選と言い、他の一つを植字と言う。また、すでに印刷し、あるいは紙型を取りおわった組み版を分解して整理する作業を解版と言うのである。
 この書は、文選と植字、および解版の技術を、できるだけわかりやすく説明して、新しくこの職につく人たちの手引きとなるよう、ことに植字の技術については、各種の組み版のひな形を示して組みかたを説明してあるから、作業者にとって必携の書であることはもちろん、印刷・出版に関心をもたれる人たちにも参考となることを期している。
 活版印刷の作業は、全般的にこれを見れば、徐々に改善され、進歩しつつあると言うことができる。しかし、その基礎となる文選と植字の技術には、あまり進歩のあとが見えないのはまことに遺憾である。これは経営者が、作業を機械化する方面にはかなり力を入れるけれども、手しごとである文選と植字の技術や、その設備の改善をはかることをなおざりにしているからではなかろうか。
 近来、いちじるしい科学技術の発達にともない、それらの研究や報告、その他医学・化学・数学などの出版物に、横組みで和欧文まじりのものがおびただしく増加した。これらの作業は優秀な植字技術を必要とするし、従来、欧文植字作業者の作業範囲であったのであるが、近ごろは和文作業者もこれを手がけるようになった。この書はそれらの人たちの要望にこたえることがでぎると思う。また、はもの(端物)の組みかたについても、もっと多くの種類にわたって説明してほしいという声を聞いたので、それらの希望にも添ったつもりである。
 なお、本文の中で、組み版の大きさや紙の寸法などを、尺寸で示したり(器具の場合)、メートルを用いたり(紙の場合)、ときにはインチで表わしたり(活字の場合)してあるが、それらをメートル法に換算して一定しても、現状にピッタリしない場合があるので、煩雑をいとわず併記したところもある。そのほうが読者にわかりやすいと思ったからである。
 また、活字の大きさについては、昭和三十七年日本工業規格が制定されて、従来の号数呼称でなく、ポイント呼称の一本だてとなった。しかし、中小印刷工場の大部分では、なお十数年の間、号数・ポイント二本だての活字が用いられることと思われるので、ここでは現実に即して、あえて従来どおりの説明を加えた。
 また、和欧文まじりの横組みを説明したところは、とうてい縦組みで書き表わすことができないので、好ましくない形ではあるが、横組みにした。
 この書の中に引用した詩歌文章は、組み版を説明する便宜を旨として選んだもので、なんら他意あるものではない。しかし、身近かに材料を求めたので、おのずから好むところに片よった感じがないでもない。
 なお、この書の編集形式や語句については、印刷学会出版部の藤田初巳氏の示教に、差し絵についてば同僚加藤次郎氏の協力に、負うところが多い。記して感謝の意を表わす。
  一九六三年
                著者

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最終更新:2017年01月16日 00:30