2022年 総評

悪魔と夜と異世界と(11/25)《WendyBell》

2021年のクソゲーオブザイヤーinエロゲー板(KOTYe)に終止符を打ったのは、“力なき熱意の悲劇性”であった。
ワーストワンの玉座に就いたのは、『Cuteness is justice』
やりこみSLGの魅力を伝える壮大な三部作の序章として制作されながら、理想とは裏腹に、CG・テキスト・システム・難易度調整のすべてにおいて、開発者の実力不足を浮き彫りにした。
しかし、先を期待したくなる高邁な志を示したのも、また確かである。
悲劇と希望が交錯するクソゲーは、虚無に飲まれゆく暗黒大陸に差し込んだ一条の光であった。
その瞬きを各々の心に宿し、名もなき修羅たちは次なる絶望の淵で舞い踊る。

近年のKOTYeにおいて、新年度の本格始動は遅い。
それは修羅たちの余裕か、あるいは迷いの現れか。
2022年の初選評が届いたのは、歴代最遅記録となる5月末であった。

先駆けを務めたのは、新ブランドLunaPrismのWデビュー作のひとつ、『官能小説家』
デビュー作を2作品同日発売という景気の良さに反し、あらゆる要素が粗末である。
宣伝文句では「官能小説に憧れた若妻と官能小説家のNTR官能体験」を謳っているが、開幕早々がっついてくるヒロインと、妻に執着を見せない夫のせいで、寝取りものとしての盛り上がりを欠く。
CGは差分が少なく、エア挿入や射精前白濁といった定番の副作用を発生させつつ、メインテーマたる疑似レ○プで相手の反応が薄いという致命的な問題を引き起こしている。
システムは無料のノベルゲームエンジン丸出しで、貧相かつ不安定。
バックログは字が薄すぎて読みにくく、コンフィグは簡素すぎて音声の音量調節すらできない。
そんな虚無虚無不倫を救ったのは、主人公の名前が枠を超えて入力可能な懐かしい不具合である。
これにより、伝説のオノマトペ「ずっぷ!」が時を越えて召喚され、再びメッセージウィンドウを彩った。
疑似レ○プに失敗したものの疑似ずっぷを成功させた本作を皮切りに、後続の参戦が急増。
以降1ヶ月間の総エントリー数は5本に達した。
かつてと同じ怪音は、またも見事にスターターピストルの役目を果たしたのである。

二番手は、Hendingの『リンパに ATATA! ~メス牡蠣ミルクどぴゅらっしゅ♥~』
わからせを称しておいて、きっちりわからせる前の小手調べで即快楽堕ちは看過できない。
幕間においても、「雑な罵倒を受けた主人公が、ヒロインたちのショート動画を荒らして反撃」といった茶番劇を見せられる。
さらに、ウリのひとつに掲げたLive2Dをその動画シーンで浪費しており、本番シーンへの適用はなく、動くのはフェライッカイダケ。
選評者に「抜くより溜まる」と言わせ、TikT○kに対する風評被害までもが懸念される事態を招いた。

続いて、ババアもので未開を切り拓いてきたアパタイトにより、競合も需要もなさそうな秘境のブルーオーシャンが新たに発見されてしまう。
それこそが『イキ過ぎ異文化交流 ~清楚人妻NTR堕ちっ!~』である。
パケ絵には未だ謎多き部族のようなヒロインが鎮座しており、発売前から好奇の視線を集めていた。
門外漢を寄せ付けないパケ絵バイバイ仕様、「わかる貴方へ贈る意欲作、素人お断り」との触書からは親切心が伝わってくる。
しかし、わかった上で選ぶ玄人がいたとしても、刺さるかは疑問である。
パケ絵に描かれた「完全体」ヒロインはオチ扱いで、タイトル画面とアイキャッチを除けばエピローグにしか現れない。
さらに、完全体に至る進化の過程は、脈絡のない電光石火の連続キャラ変である。
最初に本番をおねだりされるや否や襲う側になり、清楚人妻からビッチギャル、さらにオラオラヤンキーへと変化。
そして最後は、ギャルとヤンキーと謎の民族の要素を煮詰めて発狂熟成させた完全体となる。
奇声と罵倒にギャハハ笑いを織り交ぜた台詞回し、伸び放題の体毛や蝿がまとわりつく体臭といった表現は確かに胸糞悪いが、それをNTRシーンにぶち込んで「胸糞NTRでござい」は通るまい。
異文化交流を称しながら文化的描写にも乏しく、類まれな出オチとして名を馳せたのであった。

四番手には、LunaPrismのWデビュー作の片割れ『羞恥隷嬢学園』が遅参した。
前述の『官能小説家』とは、いわば双子であり、似通った問題点が多い。
ヤマもオチもない短すぎるシナリオ、名前による本文への侵食、全裸CGに対して地の文で部分着衣と言い張る裸の王様作戦など、お粗末さはきっちりと共有済み。
それでいて、苛立ちのツボを突く小技をちりばめて差別化されている。
複数ヒロインの調教ものにもかかわらず、ヒロイン同士の交流や同時調教のシーンは無し。
ならば同じヒロインを選び続ければ攻略は容易かと思いきや、「最終日に告白されるイベントだけは、本命ではなく別のヒロインと済ませなければならない」という意味不明な罠が待ち受ける。
SAVEとLOADのアイコンを入れ替える猪口才なサプライズも徒花を添え、デビュー作を2本同日発売する挑戦は共倒れに至った。
このままW最終作とならぬよう祈るばかりである。

そして五番手は、CG削減だけを目的としたクローズドサークルなのはいつものevoLLながら、下水管からスライムが湧き出るような射精音だけは斬新だった『南国プリズン ~漂流した無人島が子作りしないと出られない島だった件~』が務め、上半期を締めくくった。

しばしの休息を経て、8月にはCitrusの『保健室のセンセーと小悪魔な会長』が参戦。
前作と共通ルートを重複させた分割商法により、前作の購入者には割高感を、未購入者には前作用の伏線が謎のまま残るモヤモヤを与えるとともに、後半戦の火蓋を切った。

夏の主役として君臨したのは、エセNTRの悪魔ことアトリエさくら。
かねてより、ほぼ月イチという常識外れの発売ペースとマンネリ回避に固執するあまり、原点たるNTRの何たるかを見失っているのではないかと危惧されていたメーカーである。
自らに課した縛りが臨界点を超えたか、あるいは別メーカーからエントリー済みの自称NTR作品2本に対抗してか、ここに来て4作品を連続投入する夏季大攻勢に打って出た。
それらが共通して抱える根本的な問題は、人間関係の描写の薄さと登場人物の奇異な言動により、寝取られ感を味わうだけの感情移入が困難なことである。

最初の刺客『寝取られ姉妹、美亜と悠美 ~繰り返される恋人強奪』にも、その傾向は顕著に見られた。
導入部のあらすじは「姉妹ヒロインの姉に浮気されて女性不信になった主人公は、そのあと再会した妹の献身によって立ち直りつつある」なのだが、作中の描写は「冒頭から浮気現場の回想が始まってあっさり終わり、3クリック後にはもう妹とヤッている」という超速進行である。
ヒロインにしても、妹は今カノでありながら影が薄く、姉は身勝手さばかりが際立つ。
いずれにも好感を抱く要素がないため、主人公への共感も生じない。
にもかかわらず、クライマックスでは「意に沿わぬ結婚式に臨む花嫁を土壇場で奪い返す」かのようなノリで、取ってつけたようなメロドラマが展開される。
未練を押し殺した姉に背中を押され、現場に乗り込む主人公。
泣いてその胸に飛び込む妹、あてが外れつつも潔く身を引く竿役。
あるいは名シーンたりえたかもしれない。
実際の現場が結婚式場ではなく、「竿役と妹が合体中のホテルの一室」である事実に目をつぶれるならば。
追い打ちで、去り際の竿役が主人公にも「(俺とシたくなったら)いつでも来ていいからね」と、突然の爆弾を落としていく。
最後にプレイヤーの感情をかき乱すことには成功したが、NTRに求められるそれとは種類が違うのであった。

初撃の3日後には『今夜もあいつに抱かれる彼女 快楽に溺れていく愛する彼女・美織里』が着弾。
男主人公視点でNTR場面にアクセスさせる手段として「夢を通じての強制遠隔透視」という悲惨な異能が乱用され、Hシーンは超時空ダイジェストで垂れ流される。
そもそもNTRと浮気を混同しており、重度の浮気性でしかないヒロインが、主人公・元カレ・セフレの間を巡り巡る様は「NTRウロボロス」と名付けられた。

続く第三弾『愛する恋人を大嫌いな旧友に寝取られた件 ~上司で恋人の強気な彼女』は、突拍子もない言動で暴威を振るうヒロインが狂戦士と評された。
出だしで竿役に「チ○コ舐めて」と言われるとその場でしゃぶり、その後すぐに心までマジカルチ○ポの虜になる刹那の早堕ちを披露する。
その後は、竿役と共に主人公を追い込む側に転向。
それでも結婚は主人公としたいとぬかしながらも、浮気三昧の日々は堪能し続け、しまいには両方と結婚したいと悟りを開いて涅槃に至る。
一方で竿役は、「世間からバッシングされるレベルの浮気クズ」という的確なヒロイン評で共感を集めたのみならず、名字のルビが漢字そのままという笑いどころまで作り出してしまい、典型的な憎まれ役だけが好印象を残す皮肉な結果を招いた。

さらに、『寝取られの教壇 ~教え子に奪われた愛する恋人』が発売2日後に即エントリー。
ヒロインの悪印象は薄れているが、その理由は「主人公の方が奇怪だから」である。
NTR妄想で焦りを募らせては脊髄反射で奇行に走るその姿は、ときに理解不能を超えて恐怖すら振りまく。
竿役の恋人が通っている学校に電話して交際状況を直に聞き出したり、勃たなくなったムスコを校庭で露出してしごき出したりと、とても勤続12年目の教師がすることとは思えない。
せめて「自らを犠牲にしてヒロインの名誉を守った」と介錯、もとい解釈するのが武士の情けといえようか。

NTRクライシスが一時収束したときには、もう秋祭りの季節を迎えていた。
その開幕イベントにて、North Boxの『オトカノ ~おとうとの彼女が文系で強め!?~』が異物混入事件を引き起こす。
前年にも『エルフのお嫁さん』で異世界設定と現代要素を潰し合わせておいて、性懲りもなく同じ轍を踏んだのである。
本作は実姉と彼女との精神入れ替わりによってエロの差分を増やした抜きゲーであり、CGは概ね美麗。
しかし、それだけでは払拭しきれない不快感が、多彩なシミ汚れのようにこびりついている。
まず主人公のモノローグがキツく、古いパロネタや「(エエ)←こんな顔」といった安い表現に出くわすたびに失意の鼻息が漏れる。
片や実姉は、「弟が好きすぎる一方で復讐心も抱いている」という両極端な感情が消化しきれておらず、自分が元凶であることは棚に上げての恨み節で好感度を下げており、復讐心は不要な設定と断ぜられた。
また、入れ替わりの真相にはどんでん返しが仕込まれているが、伏線の張り方が露骨かつ執拗で、オチが見え見えを通り越して神経に障る。
前作同様のHシーンにそぐわないBGMは、タイトル画面にまで流用される悪性進化を遂げ、最後の砦であるCGにしても、ぎょっとするほど低質なラフレベルのものが混じっているため、絵だけは良いとも言い切れない。
前作の失敗を踏襲しつつ新たな欠点を追加した仕上がりは、正当退化作品との評にふさわしいものであった。

波乱の幕開けとなった祭りをさらに震撼させたのが、しるきーずこねくとの『ホームメイドスイートピー』である。
疑似家族ものでありながら人間関係が薄っぺらく、軋轢も葛藤もたいして描かれない。
なりゆきで集った他人同士が一瞬で家族ごっこに順応し、そのまま恋人から肉体関係へとトントン拍子に進展していく。
各々が抱える昏い過去は、絆パワーでふわっと乗り越えてお仕舞いである。
さらに、筋書きへの肉付けが泥縄かつ非常識で、具体的な手段や実現性を考慮しない行き当たりばったりな行動に、それでも必ず結果がついてくるパターンの繰り返しで話が進む。
発端からして、
「ある日、大学4年生の主人公が独り立ちをふと思い立って生まれ故郷に帰るも、何の準備もあてもないため住むところも見つからず、道すがら捨て幼女を拾い、一緒に彷徨っているうちにシェアハウスに辿り着き、そのまま2人とも入居する」
といった具合である。
幼女のくだりには「警察に任せる」という常識的な選択肢も用意されているが、そちらを選ぶと謎の声に失望され、超常の力によって物語の開始時点へと強制ループさせられる。
その後も、ただ一直線に話の筋をなぞる香車のごとき登場人物たち、帳尻合わせでその場限りの設定を持ち出すライブ感、ノーヒントで的確すぎる行動をとって「そんな気がしました」で片付けるご都合主義が目白押し。
「親に捨てられた哀しみで将棋の捨て駒が苦手になる」やら「家出のレベルが上がりすぎて、親と実家に関する記憶が薄れて曖昧になっている」やら、話の前フリの時点でこじつけの粋を出ていない。
ほかにも、「稼ぎ頭とされる社員が長時間残業してまでやっていることが自社清掃だったり、商店街の祭りを成功させた功績で即昇進できたりする、実体不明の謎企業」やら、「妹への遺言を、自分が死んだあとで妹が出会い慕うことになる人物にあらかじめ託しておいた兄」やら、雑を極めたエピソードは数知れず。
「原因不明の不妊で治療を受けていた処女が、フラッシュバックで意識を喪失して病院に搬送され、そこで不妊の原因はトラウマだと即判明」する展開に至っては、未亡人前提のシナリオから未亡人設定を削除した弊害ではないかと推察されている。
総じて、良くて説明不足、悪くて支離滅裂。
過去の例でいえば「何が起ころうとチーズを買いに行く」と同じ原理である。
最短距離で物語を紡ぐために常識と因果律が捻じ曲げられ、不自然で満たされた混迷の箱庭が再臨し、またも修羅の国を揺るがしたのであった。

この動きに不動のスタイルで対抗すべく、Lump of Sugarの『ゆまほろめ 時を停めた館で明日を探す迷子たち』が襲来した。
気が付いたら「時を停めた館」に閉じ込められていた主人公が、同じ境遇のヒロインたちと脱出を目指す話である。
しかし、全体のおよそ7割を占める探索パートの内容が、ボリュームに反して極度に薄い。
なんの成果も得られない探索とギスギスする小休止、そのふたつを永々と繰り返すだけなのだから当然である。
その気になればいくらでも文章量を水増ししうる反則技であり、これにより本作は「君と廊下を歩むADV」に成り果てた。
この無間地獄を耐え続けた先に待つのは連続Hシーンの勃発であり、シーン数がノルマに達するまで、探索は完全に棚上げされてしまう。
そのままの勢いでエンディングに至ってもなお、トゥルー以外のルートでは核心に迫るような進展はない。
いずれも、ヒロインたちの悩みを主人公が熱い一喝で吹き飛ばし、それで解決したことにする根性論エンドである。
トゥルーエンドでは大風呂敷を畳み切った感を醸し出せているが、途中での匂わせがかなり露骨なため、オチは概ね予想の範疇であろう。
全体像を4行で表現するなら
「変な館に迷い込んで出られない。
 意中のヒロインと一緒に探索しよう。
 ずっぷ!ずっぷ!ずっぷ!
 ああ…出られそう」
といったところか。
この内容で発売の4か月も前にマスターアップが宣言されていたため、もう少し時間をかけるべきだったのではとツッコまれたのであった。

年の瀬が差し迫る頃には、拙速を尊ぶ常連Calciteの『気になるあの娘はえろちゅーばー!』が重役出勤してきた。
いつもの強引な展開は衰え知らずであり、ヒロインたちは顔出ししていない有名配信者だと主人公が勘付く流れからして、あまりに無理矢理すぎる。
教室でクラスメイトと会話中に、
「声がかれている+歌い手が昨日収録だと言っていた→同一人物?」
次は、出し抜けに友人を紹介される話になってすぐに会い、
「最近忙しいらしい+ただの学生が忙しい訳がない→多忙な有名配信者?」
その帰りに近所に住む人妻に遭遇し、開口一番配信の話を振って、
「配信について詳しい+アニメは操作できないから好きじゃない→ゲーム実況者?」
という有様である。
このように主人公は屁理屈と妄想のハイブリッド思考の使い手で、視野も見識も狭いが、作中世界がそれ以上に狭いためすべて正鵠を射てしまう。
Hシーンへの導入にしても、口止め料代わりに体を触らせるといった安直で情緒に欠ける展開しかない。
同メーカー作品のご多分に漏れず、本作も「服がそれっぽいだけの低級コスプレAV」の域は出られなかった。

同時期には、怒涛の夏季攻勢で住人たちを驚愕させてなお飽き足らぬアトリエさくらにより、冬季攻勢までもが展開されていた。

まずは『裏切りの寝取らせ ~心まで堕とされてしまった最愛妻・愛依奈』が、発売の翌日に即参戦。
ようやくながら、「寝取らせプレイを無理強いされた者が、次第に堕ちていく様子」を描くことには成功している。
しかし何を思ったか、その対象はヒロインではなく竿役であった。
妻への説得が描かれるのは最初の1回のみであり、以降は竿役と差し向かいでの口説きとその反応に尺を割く。
挙げ句は3Pにまで持ち込むため、主人公は寝取らせ名目で竿役も狙う両刀使いではないかとの疑念すら抱かれた。

続いて現れたのは『ギャル妻・アンリの寝取らせプレイ 他の男の物を咥え、楽しそうに報告をする俺の妻』
寝取らせものとしての体裁と登場人物の言動は概ね破綻していないが、ただ単に浅く少ない。
3人いる竿役には立ち絵さえ用意されず、低価格相応の分量から3分割されたシナリオはもちろん、Hシーンの尺まで短い。
また、竿役の1人はプレイを散々堪能してから事後説教をかまし、良いこと言ってます感溢れるBGMと相まって萎えを加速させてくる。
本作によってアトリエさくらは、奇策に溺れるばかりでなく、地力の不足までも証明してみせた。
同年内6本のエントリーは、かのsealやアーベルを上回るワールドレコードであり、その功績はエセNTRヘキサグラムとして史に刻まれたのである。

明けて1月の予備期間には、発売後まもなく福袋に封じられていた年末の魔物『悪魔と夜と異世界と』が解き放たれた。
WendyBellの初参戦タイトルとなった本作は、万事がダサい。
つまりは、外見と内面の両方が格好悪く古臭く陳腐である。
CGもBGMもシステムも時代遅れで、10年以上眠っていた没素材をリユースしたかのような野暮ったさ。
令和を感じさせない絵柄・縦横比が4:3・貧相なアクション絵・CG数にカットイン用の絵をカウントして粉飾といった素養を取り揃え、キスシーンに至っては「グロ画像」「強欲な壺」とまで言われている。
システムも単なる化石に留まらず、立ち絵が動く演出中はメッセージウィンドウが消える腐れ仕様を搭載。
今まさに読んでいる文章を突然かつ頻繁に消され、逃れようのないストレスが積み上がっていく。
シナリオは、表現やストーリー以前に文章作法がなっておらず、あらすじの時点で日本語が怪しい。
表現力も拙く、込み入った状況で主語を省いて状況を不明にする一方で、わかりきった主語の執拗な多重表記・直近の状況説明や心理描写の無駄なリピート・二重表現を織り交ぜ、感感俺俺を凌駕した。
ストーリーは、王道と反王道の両テンプレに付いた手垢を「混ぜるな危険」して作られており、二昔前の伝奇ラノベに逆張りなろうテイストを加えて多重劣化コピーしたような出来である。
「物語の主人公になんて、なりたくない。」という主人公の愚痴から始まり、俺は一般人だ、現実は漫画やアニメのようにはいかないなどと連呼しながら、しかし底の浅いご都合主義ばかりが繰り広げられていく。
バリエーションにも乏しく、例えば戦闘の勝ち方は、神話に出てくるような武器を借りて圧倒するか、誰かが折よく助けに来るかの二択。
両刃の直剣で居合斬りをして最速の一撃と語るなど、知識による裏付けも感じられない。
また、メインヒロインの悪魔娘はシナリオの万能潤滑剤であり、前述した武器の貸与をはじめ、人間の半魔化・半魔の人間化・怪我の治療・魔力回復・他者変身・記憶の部分消去・戦闘被害の修復・テレポート・時間跳躍を自在に駆使し、序破急らしきものを偽造する。
そうしてテンプレやご都合主義に甘える一方で、それらを安易に皮肉り茶化してマウントをとる、その忘恩パラサイト根性こそが本作の真骨頂といえよう。
「まるでご都合主義の物語」だの「安っぽいラブコメ展開は嫌い」だのと、まさにそのような展開の真っ最中に逐一ボヤき、プレイヤーのシラケた心に追い冷水を浴びせては、呆れや苛立ちを芽吹かせるのである。
総活として、典型的なエピソードをダイジェストで紹介しよう。
“敵に人質を取られて竜との戦いを強要され、絶体絶命の主人公。
「…………中二病アニメだったら、ここで覚醒イベントだろう。
 しかしこれは物語じゃない、現実だ。
 俺に出来ることは……
 悪魔に力を借りることだけ。
 ……正直、他力本願な自分が嫌になるよな。
 見てるんだろ?敵を殺せる武器をよこせ。」
テレパシーで応答した悪魔娘が、竜殺しの剣『アスカロン』を転送。
主人公はあっさりと竜を両断する。
「ううううっ……竜からのダメージと魔剣の反動で……身体が、動かない……」
しかし人質は、最初から悪魔娘の擬態でした(コミカルBGM)
敵を煽る悪魔娘「ねーねー、どんな気持ち~♪」
主人公は騙した償いとして治療を要求して即時回復、そして次の戦いへ――”
本作のプレイ感の一端が伝わったなら幸い、あるいは不幸である。

これにて2022年の概要を紹介し終えたところで、次点および大賞を発表する。

次点は、
『ゆまほろめ 時を停めた館で明日を探す迷子たち』
『ホームメイドスイートピー』
そして栄えなき大賞は、
『悪魔と夜と異世界と』
とする。

本年の傾向としては、ジャンルの画一化とシナリオのさらなる低質化が挙げられる。
RPGやSLGが姿を消してノベルゲームのみとなり、必然的に争点はシナリオの優劣となった。
しかし、そのシナリオどもがとにかくつまらない。
欠点がひたすら地味で、マイナス方向にすら映えないのである。
熱は入らず興は乗らず、ゆえに気にしたくもない粗が存在感を増し、降り積もる退屈と失望が心をしおれさせてゆく。
手抜きというより、出せる全力の衰えを感じさせる、そんな作品が数多く押し寄せた一年であった。
昨年のように、情熱の光が闇の濃さを引き立てるような注目作も現れず、闇同士による「萎えの深みと広がり」比べを制した作品が大賞候補に名を連ねた。

大規模水増しの産物『ゆまほろめ』は、フルプライス相応の文章量に反比例した中身の薄さにおいて、本年随一といってよい。
それでも下位2作の前塵を拝することになったのは、掘り下げても「同じことの繰り返し」以上の反応が返ってこず、手応えの不足が否めなかったからである。
その点『ホームメイドスイートピー』のストーリーは千差万別であり、強弱と緩急をつけた七色の不可解を間断なく脳に流し込み、プレイヤーとの主導権争いを制した。
「物語を騙る何か」と揶揄されたシナリオ一点集中の出来萎えは、大賞の座を競うに足るものといえよう。
しかし、そこに立ち塞がったのが『悪魔と夜と異世界と』であった。
拙劣すぎる日本語とストーリーに限らず、読みにくいどころか読ませないを実現したウィンドウの強制消去、さらにCGやシステムから音楽に至るまで、ボリュームはあるのに手放しで褒められるところがひとつもない。
そしてダメ押しが、「自己否定」という重篤な永続デバフである。
実力不足ならばなおさら、たとえ虚勢であっても自信を表明し、魂を心臓ごと引きずり出して投下するくらいの覚悟で臨むべきであった。
かつて「KOTYe史上最低の文章力」と評された『LAMUNATION!』ですら、「誰が何と言おうとこれが面白いんだ」という主張は貫き通し、少なからぬ好評価も獲得している。
対して『悪魔と夜と異世界と』は、「こんなの面白くないですよね」と言わんばかりの逃げ口上を連発した。
確かに三流未満ではあるが、「つまらないものですが」と添えて本当につまらないものを差し出すのは、謙遜でも卑屈ですらもなく嫌がらせでしかない。
ましてや、売り物の中にしつこく織り込むなど、品質を毀損するだけの愚行である。
その結果、どこに出しても恥ずかしく、どこに触れても萎えさせられる呪物が生み出された。
そして、心技体知徳を欠く負の総合力により、住人たちに畏怖の念をも抱かせるに至ったのである。
以上の理由をもって、『悪魔と夜と異世界と』を2022年一番の強者にして怯者と認め、大賞受賞作として新たな碑に名を刻む。

「クソゲーとは何か?」
我々が長らく向き合ってきた問いであるが、実はその答えの一端はすでに、KOTYeにおける議論の前提として掲げられている。
それが、
「自分がクソゲーだと思ったらクソゲーです。しかし他の人もそう思うかは別です」
との文言である。
実際に本年も、相対的に見て完成度が高いといえる作品についても、どうしても不満が拭いきれないとして選評が届いた。
きゃべつそふとの『ジュエリー・ハーツ・アカデミア -We will wing wonder world-』は、しょぼすぎるバトル演出と本筋からの恋愛&エロ要素除外が、そしてSAGA PLANETSの『AMBITIOUS MISSION』は、ある登場人物の超人設定が世界観をぶち壊しかねないほど突出していることが、それぞれ主な問題点として指摘されている。
これらに対し、全面同意はできかねるとする声はあれど、主張そのものを間違いとする者はいなかった。
正誤ではなく価値観の違いと捉えているからである。
人は誰しも、各々の価値観で世界を切り抜いては積み重ね、巣のごとく己のセカイを形作っている。
人である限り全知には至れぬ以上、そこにはどうしても偏りが生じてしまう。
その違いの当不当で争い、異論を潰して心地よい同論だけでセカイを飾り立てようとするよりは、異論を通じて視野や考え方の幅を広げ、セカイを豊かにする道を選びたい。
ゆえに、選評としての体裁が整っており、虚偽や事実誤認が確認されず、一定の理解が示されたなら、エントリーは粛々と受け入れられるのである。
そして、多面的な評価と多様な価値観を許容しうるこの環境が、理性と寛容によって支え続けられてきたことに、改めて謝意と敬意を表する。

余談になるが、2022年の総評審議の最中に、据置版クソゲーオブザイヤー(KOTY)の活動休止が告知された。
「大賞なし」と結論づけた節目の総評は、クソゲーがなくなるのは本当に良いことなのかと疑義を呈して終わっている。
述べられている通り、クソゲーの消失は往々にして望ましくないのではなかろうか。
良ゲーとクソゲーは表裏をなす存在であり、クソゲーすなわち失敗作が生まれるのは、ゲーム開発に創造性や多様性が保たれ、自由な表現や果敢な挑戦が許されている証でもある。
裏を返せば、画一的な価値観に支配された無味乾燥な安寧が訪れたときにも、クソゲーはなくなるのである。
あるいは、良ゲーはもちろんクソゲーすら出せなくなって業界ごと消滅ともなれば、およそ最悪の事態といえよう。
そういった意味では、クソゲーの存在はむしろ好ましい。
全身全霊で間違えきった入魂のクソゲーならば、ときに良ゲーを上回る笑いや驚き、感動さえも味わえる。
煮ても焼いても食えない毒イモの如きクソゲーならば、知恵を絞り、手間暇をかけ、触感くらいは楽しめるものに昇華してくれようではないか。
こうしたKOTYeの営みも、万物の例に漏れず、いつかは終わる。
その時を悔いなく迎えられるよう、今は目の前の「クソゲー」と真摯に向き合うのみである。

最後に、支配の悪魔に立ち向かわんとするデビルハンターの言葉を借りて、KOTYe2022を締めくくるとしよう。

「アンタの作る最高に超良いセカイにゃあクソゲーはあるかい?」
最終更新:2023年07月29日 17:11