炎は豪華で贅の限りを尽くされた館をすべてを飲み込まんと、紅く獰猛に渦巻き続けている。
その館で形あったものはどれだけ豪華に装飾された家具でも、どれだけ権威を振るい人の上に立った人も関係なく、全て元の形を奪われ灰燼へと化してゆく。
なんとかして炎をさけた者も、炎が生み出す漆黒の煙雲に飲み込まれ命を奪われてゆく。
その中でまだ形を失わず命を奪われていない人影が2つある。
一つはまるで煙炎がそこをさけているかのような場所にうずくまる少女。
もう一つは炎の中を少女に向かい走り抜けてゆく青年。
その時、炎で崩れた柱が少女にめがけて落ちてゆく。
青年が言葉にならない叫びをあげながら柱と少女の間に入る。
少女に覆いかぶさった青年は自分に落ちてくる炎を纏った柱を見て、これが悪夢だということに気づいた。
俺は飛び上がるように目を覚ます。
今自分が宿屋にいることを確認してあれが夢だということを確認し、荒れる呼吸を整える。
身体は冷や汗を大量にかき、それが寝間着に張り付いて気持ちが悪い。
「またか…」
そうつぶやきながら隣のベッドを見る。
小さな寝息とともにシーツが上下に動いてる。
どうやら起こさなかったようだ。
少し安心し、ベッドからおりて隣のベッドで眠る少女の顔を覗き込む。
さっき夢の中で見た顔とは違い、その表情は安堵に包まれている。
彼女は、あのときの夢を見るのだろうかと思う。
俺が毎晩のようにうなされる悪夢、紅蓮に燃える炎の中で俺がうずくまる彼女を助けようとする夢。
現実と違うのは、夢の最後に彼女に覆いかぶさる俺に落ちてくる炎に覆われた柱。
あれがただの「過去の夢」を「悪夢」に変えている。
現実では柱など落ちてこず、顔に火傷を負いながらも少女を助けた。
その後、俺はあの火事で自分の命以外すべてを失った彼女を引き取った。
それから数年間、二人で便利屋のようなことをしながら諸国を旅して過ごしてきた。
助かったことに彼女は俺になついてくれている。
それが俺にとっては堪え難くうれしかった。
「どうしたの?」
その言葉に俺は顔を上げた、どうやら過去のことを思い出しているうちに目を覚ました彼女に気づかなかったようだ。
「あぁ、ちょっと目が覚めてしまってね。あまりによく寝てるものだから少し見てたんだよ」
そう言うと、彼女は眠そうに目をこすりながら心配そうに俺の方を見て
「だめだよ、寝てなくちゃ?」
と言ってくれる。
「僕は大丈夫だから」
「そう?」
そう言いながら、彼女は俺に微笑みかけながらまた眠りに落ちていく。
それを見届けて、ベットの傍らにある椅子に腰掛ける。
俺にはさっきの彼女の優しさと微笑みを思い出す。
しかし、彼女は知らないあの火事の本当の事実を俺の本当の姿を。
あの日、俺が何をしたのかを。
そして、俺はその事実を彼女に伝えるべきなのかもしれない、だが一方でそれをたまらなく恐れている。
それを伝えれば、彼女は間違いなく俺にさっきの優しさと微笑みを見せなくなる。
なぜなら、彼女のすべてを奪ったのは他でもないこの俺だから。
当時、働いていたところを追われ俺は金に困ってた。
そしてあの日、俺は彼女の館に盗みに入り館の主人、つまり彼女の父親に見つかり衝動的に殺してしまった。
捕まることを恐れた俺は、逃げるために館の至る所に火を放ち逃げ出そうとした。
そして、そこで記憶はあの悪夢に行き着く。
炎のなかでうずくまる彼女を見た瞬間、彼女のすべてを奪ってしまった罪悪感なのかはわからないが、気がつけば俺は彼女に向かって駆け出していた。
迫りくる炎の中、彼女を抱え上げ顔に火傷を負いながらも彼女を助けた。
その後彼女を引き取ったのも、自己満足的な償いだったはずだった。
だけど、いつの間にか俺は彼女なくしては進めなくなっていた。
家を両親を失い、悲しみの淵にあったにもかかわらず、両親の敵であると知らないとはいえ、時には優しく、明るい微笑みを向けてくる彼女に対して、最初は安堵を浮かべていたはずの俺の思いは、いつの間にか愛情としか表しようのないものへと変化していった。
だからこそ、俺は彼女に真実を伝えなくてはならない、彼女に許してもらって初めて俺は彼女を愛する資格ができるとだと思う。
けど、それはないだろう。
彼女はきっと俺から離れてゆく、俺にとって彼女がいない日々は生きている死にも等しい。
それなら、いっそのこと彼女に殺される方が幸せなのかもしれない。
ふと、さっきの悪夢を思い出す。
もし実際に夢の最後のように柱に彼女とともに潰されていれば、きっとこんな思いを抱くことはなかったはずだ。
あれは本当に悪夢なのだろうか?
この吐き出すことのできない苦しい思いを抱くくらいなら、あの時死んだ方がよかったのかもしれない、という「切望」なのだろうか?
はれることのない思いを抱きながら、自分のベッドに横たわる。
ゆっくりと周りが闇に包まれてゆく。
そして、俺の意識は、またあの炎の中に戻っていった。
悲しい夢を見た。
愛する人が、私の目の前で愛する人を殺す夢。
そして、彼が私を見て悲しそうな表情をするところで夢は覚める。
目を開けると、彼が私を見つめている。
けど彼は何かを考えているのか、私が起きたことに気づいていないみたいだ。
「どうしたの?」
私が聞くと彼はビクッと肩を上がらせて驚いた表情をする。
その時私は自分の瞳に涙が流れていることに気づいた。
彼はそのことに気づいていないようで、私の質問に少し疲れた笑顔で答えてくれる。
「あぁ、ちょっと目が覚めてしまってね。あまりによく寝てるものだから、少し見てたんだよ」
その答えに少し恥ずかしさを感じながら、私は涙をごまかすために目をこすりながら、少し疲れて見える彼に、
「だめだよ、寝てなくちゃ?」
と、気遣う。
彼は、自分は平気だから、と答えると、私は簡単な答えを返し眠ったふりをした。
彼は、その後もベッドのそばにあった椅子に腰掛け何かを考えていたみたいだけど、しばらくしたら自分のベッドの上に横たわり動かなくなった。
私は静かに目を開けて、寝ている彼を見る。
彼の顔の右側の半分は、あのときの火事で私を助けた時に負った火傷の跡で覆われている。
あの後、私が彼に引き取られたのは二つの理由からだった。
一つは何故彼が私を引き取ってくれたのか?
そして、もう一つは彼を殺すため。
そう、彼は私からすべてを奪った。
お父様、お母様、召使いたち、私が生まれ育ち私の世界のすべてだった館。
あの日、私は見ていた書斎にあった金品を盗もうとした男がお父様に見つかり、その手で絞め殺す瞬間を。
そして、捕まることにおそれをなした男が館中に火を放ったとこを、私はすべて見ていた。
私は恐怖で叫ぶことすらできず、なぜか見つかることなく、ただ彼の所行を見ていた。
そして、気づいたときには私は炎の中にいた。
このまま死ぬのだろう、そう思った時炎の中から現れたのは、お父様を殺し、館に火を放った男だった。
そこで私の記憶は途切れている。
気がついたときには、近くの村にある診療所のベッドの上にいた。
私の傍らには、顔に包帯を巻いたあの男が付き添っていた。
私にはわからなかった。
何故お父様を殺し、館に火を放った男が何故私だけ助けたのか。
しばらく診療所で療養した私は、焼けた館から私を除く全員の遺体が見つかったこと、そしてお父様の親族も、お母様の親族も全員死去していることを聞いた。
私は、天涯孤独のみとなっていた。
そんな折だった、男が私を引き取ると言い出したのは。
罪滅ぼしだったのかもしれない、私をどこかで殺すつもりだったのかもしれない。
けど、私は男を殺すために提案に承諾した。
しかし、気がつけば私は彼を殺すことなく、何年も様々な国を巡り、いろいろなことを経験した。
気がつけば、私の中にあった彼への憎しみは愛へと変わっていった。
館以外の世界を知らなかった私に新しい世界を見せてくれる度に、何を知らなかった私が新しいことを知って喜ぶのを優しい笑みで見つめている姿を見るたびに、私の中にあったはずの彼への憎しみは薄れてしまい、彼とずっと一緒にいたいという思いがわき上がってくる。
私はこれからどうなるのだろうか?
私がすべてを知っていると彼が知ったら、彼は私をどうするのだろうか?
殺されてしまうのだろうか?
それとも、彼は私の前からいなくなってしまうのだろうか?
そう考えるたびに、私は眠れない夜を過ごす。
その時、彼が悲しむ顔が脳裏をよぎった。
それは、最近夢で見る、父を殺した彼が私を見つけ見せる表情。
あの夢の続きはどうなるのだろう、私は殺されてしまうのだろうか?
その方が今彼を想い苦しむよりはよかったのかもしれない。
鳥がなく声が聞こえる。
考えているうちに朝になってしまったみたいだ。
私は考えるのをやめて、彼を起こすために起き上がる。
こんな毎日がどこまでも続くことを願って。
宿屋から出ると空には雲一つない、その空の下を二人は進んでゆく。
交わることのない想いが交わることを、共に願いながら。
最終更新:2007年05月22日 17:19