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KSDP3に向かう中で、1と2について思うことがあるので
書いておきます。まぁみんなはわかっているんだと思うんで
いちいち書くことないかもしれませんがね。

ずっとですね、「KSDP2」ってどうだったの?
って疑問に思ってたわけですね。
これは多分みなさんもそうかと思います。
実際そういう話をちらっとしたりしますよね。

少ないけれどよかった点については確認したし、
反省会もかなり真面目にやったから細かい点で言えば
色んな反省が出てたし、お客さんの感想も
頂きましたし、聞きましたし、そういう意味で言えば
どんなもんだったかというのは大体察しが付くわけです。

当然それはわかっているのですが、
それでも消化しきれていないものが
残っているような気がしてなりませんでした。
何だろうと。

結論から言ってしまえば、KSDP1に勝てなかったと。
誤解を招くのでちゃんと以後を読んで下さいね。

何で勝てなかったか。
これはこういう事かなと思います。

KSDP1、1回目という新鮮さ・刺激 >
KSDP1から2へかけての伸び

当然と言えば当然かもしれません。

KSDP2練習期間中の所感で、ジャン鶴?が
「1回目みたいな特殊コマンドはもう使えないってことです」
と言ってました。まったくそうだなぁと思います。
とても的を得ています。

ではなぜ、それでも消化しきれていなかったかというと、
「1から2にかけての伸び」と「KSDP1の新鮮さ・刺激」
という点を比べられなかったからなのかなと。

単純に
KSDP1 > KSDP2
みたいな図になってしまって、
「じゃあKSDP2ってなんだったんだ」
って思ってしまっていたことです。

「KSDP1の新鮮さ・刺激」が100だったら
「1から2にかけての伸び」は10ぐらいかもしれません。
でも、やっぱり「10は伸びたんだよ」っていうのが
今頃やっと自分の中で整理できてきました。

今年を頑張っても積めるのは10かもしれません。
でもそれが、30、50って積んでいく中で
見えてくるものはきっとまた別のものだろうし、
見事100になったときはKSDP1の100とはまったく違う喜びを、
みんなもお客さんも全員で共有できるんじゃないかと。

そんな風に思いました。

よく考えずに「マンネリな日常生活」って決め付けて
しまいがちですが、そういう日常の中にも
気をつけていれば色んな新鮮な発見があるように、
毎回の練習の中で色んな発見をしていきたいですね。
そういう意識でいれば、マンネリなんてのは
あり得ないんじゃなかろうか。
もちろんそういう意識を持ち続けなきゃいけないですよね。
その意識の持続を可能にする要素は、
日々のそういう小さな発見にちょっと心が揺れる(感動する)っていう
点なのかなって思ったりします。
ちょっとでいい。
僕は変な方に増幅して揺れすぎるからよくなくてね。
ちょっとでいい。
みんなはまた人それぞれ面白くって魅力的な
感性を持っていると思います。KSDって似たもの同志的な
くくりをされますが、それはまぁある側面においてであって、
やっぱり中身は全然違うしとても面白いですね。

別に誰かにマンネリなんじゃねーのって言われたり
自分の中でマンネリな気分になっているわけでもないですが、
ただ、これからやっていく中で、そういう気持ち・意識って
大事かもしれませんねっていうのを、
はっきり自分の中に持って置く事が必要かなって。

なんとなしに、またただやみくもにやっていたら、
大事なものが何か見失っちゃうかもねって
ちょっと不安に思ったりはしたし、KSDP2についての
もやもやが僕の中ではやはり不安に感じるところでも
あったので考えてみました。あぁ大分すっきりした。
やっぱり書かないと整理できませんね。
あれ、整理できてます?大丈夫これ。

こんなことは
なんとなく気付いてる人もいるだろし、
とっくに気付いている人もいるでしょう。

だからKSDばっかりになっちゃわないで、色んな発見を求めて
色んな人と出会って、色んなところへ行って、色んなものを食べて、
色んなものにチャレンジしたいですね。

みんな考えることはバラバラですけど、
そういう風にこれからの日々とか、練習を、大事にしていきたいですね。

(花)

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最終更新:2009年02月16日 01:29