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勧誘について、ちょっと最近感じる事があるので、
皆さんにお伝えします。


最近ですね、
「君たちはテロの側につくのか
こちら側(民主主義)につくのか(byブッシュ)」みたいな、
「KSDにつくのかつかないのか」みたいな感じの勧誘をしそう(してそう)な
雰囲気を感じます。

KSDやるやつはシロ。KSDやらないやつはクロ。
やらないやつは相手にしません。みたいな。

よろしくありません。

もちろん我々は我々の団体がいいと思っているから真剣に誘うわけで、
その気持ちに対してとやかく言うつもりはありません。

ただし、俺達が勧誘する人はKSDやろうがやるまいが
俺達にとって大事な人です。
もちろん勧誘しない人が大事じゃないとかそういう意味でもないです。

少なくとも、勧誘する人は間違いなく大事な友人なわけです。
大事な友人だから一緒にやりたいんだよね。

でも、その友人も俺達の事を友人として認めてくれていても、
大好きだとしても、
「KSDやりたいかどうか、KSDやるかどうか」というのは

「別問題」

なわけです。人それぞれ、やってみたいことがあるわけですし、
色々事情があるわけです。

久しぶりに会ったのに毎回のようにKSDに誘われる。
大事な友人だけど断らなくちゃいけない。
はぐらかさなきゃいけない。大事な人だから。はっきりは言えない。

そんな事があったらどうでしょうか。
その人にとってはとても辛い事です。
俺達にその自覚がなくても、
無意識的にKSDやってるやってないで線引きしてないでしょうか。


大事な人だから、好きな人だから一緒にやりたいのはよくわかりますし、
勧誘するのも止めませんが、
相手がそういう気持ちでいるかもしれないという事だけは、
忘れずに頭の片隅に入れておいて下さい。

ちょっと、気になります。


先輩にも後輩にも同期にすら、
KSDはそういう雰囲気のある団体だ、
間違いなくそう思われていると、思っています。

勧誘は当然していきますが、
同時に「入りたい」と思ってもらえる団体にできるように
みんなで作り上げていきましょう。

それは
  • 演奏が素晴らしかったり、
  • その団体の人が素敵だったり、
そういう事なのかなと思います。


相手の気持ちも察する事なく、
「やろうよやろうよ」というこちらの気持ちの一方的な押しつけをする、
さらにやらなきゃその人に対して態度が変わる可能性すらある、
そんな人達がたくさんいる、そういう団体にはしたくないよね。

我々は、素敵な人間でいたいじゃない。KSDだし。ね。


少し、考えてもらえますか。
とても大事な事だと思います。

そういう雰囲気をたまに感じていて、
特に最近なんかはちょくちょく、頻繁に感じる事があり、
胸が痛みます。違うよね。違うと思うよ俺は。

棚に上げて言ってますが、
自分自身、散々そういう事をしてきたからわかります。


やっぱりね、やりたい人はちょっと誘えば向こうから来ると思うんだ。
綺麗事かもしんないけど。


魅力のある、素敵な人達によって構成される素敵な団体を目指しましょう。

もちろんね、団体としての密度が少しずつ高くなってきているからこそ、
まとまってきているからこそ、ある種のパワーみたいなのが
発生してそのパワー自体も強くなってきていると思うんです。
それ自体は悪いことじゃない。


だけど、ね。

俺は素敵な人になりたい。
意識してなれるもんかはわからないけど。


みんなも素敵な人になりたくないですか?
(これこそ二者択一の強要ですが(笑))


以上、花上でした




せきねです。

コメントの仕方が良くわからなかったので、直接書き込みます。

花上さんのご意見、もっともだと思います。
自分はついついネタ的に、「やろうよやろうよ」って
いつもしつこく誘ってしまいます。

それで嫌な気持ちにさせていたらすごく申し訳ないです。
自分の印象が団体の印象になってしまうかもしれないし。
気をつけたいと思います。

ただ、KSDってこっちから誘わない限り、自分から「やりたい」って
言いにくい団体なんじゃないかと思います。
学生時代からの流れもあるし、みんな感じてると思うけど。

そこらへんをもうちょっと、オープンな雰囲気にできるといいですね。
受け入れ体制というか、なんというか。

勧誘も含め、団体として存続させていくのって
色々難しいですね…。


以上です。
(まとまってなくてすみません)


花上です

ただ、KSDってこっちから誘わない限り、自分から「やりたい」って
言いにくい団体なんじゃないかと思います。

そこらへんをもうちょっと、オープンな雰囲気にできるといいですね。
その通り!と思います。

人を寄せつけない、
ものすごく偏った勢いのある団体だからかなぁと思います。
勢いがあるのはいいし、「偏り」みたいなのって見方によっては
とっても魅力的なものだと思うんだけど、
逆にヒいてしまう部分もあるんじゃないかな。
見る分にはいいけど、あそこに突っ込めるかなぁみたいな。

言いにくいというのもそうだと思います。

が、個人的には
「あの勢いの中へ突っ込みずらい」ために
「やりたい!」っていう決心に至らないのではないかと思います。
言いにくいというよりかは、
「やりたい!」って思い切れない何かがあると。


ズバリ、

「偏った雰囲気に拒否反応」

を起こすんだと思います。


指摘の通りまったく「オープンな雰囲気」という点から
かけ離れているんので、少し立ち止まって、
団体のあり方とか、自分たちの立ち居振る舞い、というのを
考えないといけないなぁと思うようになりました。
今の勢いだけでいくのはとても危険です。

何より周りの反応みたいなのに対して全然注意されていない
ように思います。

とても閉鎖的な団体なんですね。それは間違いない。
そういうつもりがなくても、そういう風になっているっていうことを
きちんと意識しなきゃいけない。


オープンな雰囲気というのはどういうものなんでしょうか。
いやほら、別にこっちとしてはウェルカムなつもりじゃないすか。
つもり。

誰にでもやろうよって言えばそれで「オープン」という
条件を満たせるような気もしないんだよな。


やっぱりね、僕たち個々人がオープンな人じゃないんですよ。

相手の短所ばかりを見て攻撃するような人が多すぎる。
まったく、受け付けなかったりするんですね。
人間として俺たちはとても未熟。とてもね。


オープンというのは、
相手の短所ばっかり見たり、
自分の長所と相手の短所を比べて批判してみたり、
そういうことはしない。

短所は見えてしまうから、気づいてしまうこと自体は
避けられませんが、
そこにフォーカスせずに、
その人のいいところに気づこうと努力し、
その人を思いやり、
その人を心から大事と思い、その人に接する。

それを
誰にでも、そういう気持ちでいること

これがオープンだと思います。
KSDの身内にはできても、
それ以外の人に対してできてないわけで。
自分たちに都合のいい人とばかり付き合っている。


昨日牧師さんが言ってました。

汝隣人を愛せよ

と。

これがオープン。

これができない限り、KSDはオープンな団体にはなれません。
そんな団体まぁないけどさ。

でも宮川君の団体なんか、比較的オープンだと思いますね。
だから人いっぱいいますよね。
集まるんだよ。オープンなところには。


オープンであることの弊害ももちろんあるとは思います。


でも、オープンであるべきなのかな、とも思います。


だから、素敵な人になりたい。

だから、皆さんもどうですか?

と、書いてみました。


ちょっと家族でお出かけするので、
不足している部分があればまた書きます。
あわてて書いちゃって。

以上 花上でした

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最終更新:2009年03月21日 13:40