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茨城のり子は、(10代)の後半を太平洋戦争の最中に過ごしました。

勝つためには身も心も捧げなければならないという

軍国)主義の中、太平洋戦争開戦時は(15)歳

終戦時は(19)歳でした。

 

わたしが一番きれいだったとき

 

一 わたしが一番きれいだったとき

       反復法

   街々はがらがら崩れていって

 

   とんでもないところから

 

   青空なんかが見えたりした

 

二 わたしが一番きれいだったとき

       反復法

    まわりの人達が沢山死んだ

 

   工場で 海で 名もない島で

 

   わたしはおしゃれのきっかけを落としてしまった

 

三 わたしが一番きれいだったとき

       反復法

    だれもやさしい贈物を捧げてはくれなかった

         

    男たちは挙手の礼しか知らなくて

 

   きれいな眼差しだけを残し皆発っていった

   愛国心により死を覚悟した澄んだ目、 国の為と純粋に戦地へ旅たつ姿

四  わたしが一番きれいだったとき

       反復法

    わたしの頭はからっぽで

対句[         戦争のために学ぶことや考えることをしてこなかった

    わたしの心はかたくなで

         軍国主義の思想

    手足ばかりが栗色に光った

            健康的な色だが、心や頭が未発達

 

---------------------------------- 戦後 ---------------------------------------------------

 

五  わたしが一番きれいだったとき

          反復法

    わたしの国は戦争で負けた

    

    そんな馬鹿なことってあるものか

    心があらわになったところ

    ブラウスの腕をまくり卑屈な町をのし歩いた

                       私たちは裏切られた気持ちで占領下をのし歩く

六  わたしが一番きれいだったとき

       反復法

    ラジオからはジャズが溢れた                       

            アメリカから発生               

   禁煙を破ったときのようにくらくらしながら  『戦後の日本の変わりよう→開放感に浸るわたし』  

                              

    わたしは異国の甘い音楽をむさぼった   

 

七  わたしが一番きれいだったとき

       反復法 

    わたしはとてもふしあわせ

                                                                               『戦争一色に染められた青春の日々

    わたしはとてもとんちんかん

 

    わたしはめっぽうさびしかった

 

----------------------------------- 回想終了 -----------------------------------------

 

八  だから決めた できれば長生きすることを

 

    年とってから凄く美しい絵を描いた             『倒置法:だから年をとってから凄く美しい絵を描いた』

                              『     フランスのルオー爺さんのように長生きするように決めた』

    フランスのルオー爺さんのように

 

     ←読者への語りかけ、自分自身に言い聞かせる

    

最終更新:2009年03月03日 10:44