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ID理論の科学哲学担当Meyerは"有神論"の復活を語る


インテリジェントデザインの科学哲学担当のDr. Stephen C. Meyerは「 The Return of the God Hypothesis 」という1999年の記事で、自然主義(機械論たる自然科学)や理神論あるいは汎神論よりも、有神論がビッグバンをよく説明できると言う。

自然主義・汎神論・理神論・有神論とビッグバン

有神論(Theism)の立場をとるMeyerは、これに対抗する理神論(Deism)や汎神論(Pantheism)そして自然主義(Naturalism)の説明力のなさを指摘する。

まずMeyerは自然主義を叩く:

First, theism, with its notion of a transcendent Creator, provides a more causally adequate explanation of the Big Bang singularity than a fully naturalistic explanation can offer. Since naturalism assumes that, in Carl Sagan s formulation, the Cosmos is all that is, or ever was or ever will be (1980: 4), naturalism denies the existence of any entity with the causal powers capable of explaining the origin of the universe as a whole. Since the Big Bang, in conjunction with general relativity, implies a singular beginning for matter, space, time, and energy (Hawking & Penrose 1970), it follows that any entity capable of explaining this singularity must transcend these four dimensions or domains. In so far as God, as conceived by Judeo-Christian theists, possesses precisely such transcendent causal powers, theism provides a better explanation than naturalism for the singularity affirmed by Big Bang cosmology.

まず、超越的創造者という考えを持つ有神論は、完全に自然主義な説明よりも、因果律的に適切にビッグバンの特異性を説明できる。Carl Saganの公式化[1980]において、自然主義は宇宙はそれだけがすべてであり、過去もそうであり、未来もそうであると仮定する。そして、自然主義は宇宙の起源を説明できる因果の力を持つ存在を否定する。一般相対論とともにビッグバンは、物質・空間・時間・エネルギーの特異的始まりを意味し [Hawking & Penrose 1970]、従ってこの特異性を説明できるものは、これら4つの次元と領域を超越しなければならない。ユダヤ教とキリスト教の有神論者が主張する神は超越的因果の力を正確に持つので、有神論は自然主義よりもビッグバン宇宙論の特異性をよく説明できる。

ネタが古いすぎ。四半世紀前のCarl Sagan: Cosmos(Amazon)を持ち出して、ビッグバンについての普通の自然科学の立場の例にされても。1980年代にはビッグバンの外側に理論が及び始めていたはずだが(それはそれで、ファインチューニング議論が続くわけだが)。

それはさておき、有神論は自然科学より説明力があって当然。かの有名な"God of the gaps"という議論方法があるくらいだ。「科学に説明できないことは神様のせいなのさ」ということで、絶対に説明力は、科学よりも高い。

で、「説明できる」と言うわりには、Meyerはそれがどのような説明か提示しない。

続いて、Meyerは汎神論を攻撃する:

Theism also provides a better explanation for the origin of the universe than does pantheism, for much the same reason. Though a pantheistic worldview affirms the existence of an impersonal god, the god of pantheistic religions and philosophy exists within, and is co-extensive with, the physical universe. God as conceived by pantheists cannot act to bring the physical universe into being from nothing (physical), since such a god does not exist independently of the physical universe. If initially the physical universe did not exist, the pantheistic god would not exist either. If it did not exist, it could not be invoked to explain the origin of the universe from (physical) nothing.

有神論は宇宙の起源に対して、ほぼ同じ理由で、汎神論よりもよく説明できる。汎神論の世界観は人格のない神の存在を主張するが、汎神論信仰や汎神論哲学の神は物理的宇宙の中に存在し、物理的宇宙とともに存在する。汎神論者が考える神は、無から物理的宇宙の存在を創り出せない。何故なら汎神論の神は宇宙から独立して存在し得ないからである。もし、初めに物理的宇宙が存在しなければ、汎神論的神も存在し得ない。神が存在していないなら、無からの宇宙の誕生の説明には使えない。

宇宙とともに存在する汎神論の神は、宇宙を創造できないから、ビッグバンを説明できないと言う。宇宙に遍く存在する神は宇宙を創造できないというのは論理的には正しいようだ。

そしてMeyerはキリスト教の神を求める:

Of course, the evidence for the Big Bang alone may not provide support for the other attributes of God. While the Big Bang seems best explained by a transcendent cause, it may not, by itself, imply an intelligent or rational cause. Yet this alone does not diminish the epistemic support that the Big Bang theory provides for aspects of theistic belief, namely, theism's affirmation of a finite universe and a specifically transcendent Creator. Other types of scientific evidence may provide support for other attributes of a theistic God, or even other aspects of Biblical teaching.

もちろんビッグバンの証拠だけでは神のその他の属性を支持しないかもしれない。ビッグバンは超越的原因によって最もよく説明されるが、それ自体はインテリジェントあるいは合理的な原因を意味しないかもしれない。それでも、これだけでは、ビッグバン理論が有神論の信仰の見地、特に、有限の宇宙と明確に超越的な創造者という有神論の断言を与えるという知識の支持を減殺するものではない。別の科学的証拠が有神論的神の他の属性や、さらには聖書が教える見地に支持を与えるかもしれない。


有神論的神という一般論ではなく、あくまでもキリスト教の神を求めるMeyerの姿勢が明らかになっている。Meyerは自然主義と理神論と汎神論を退けて有神論が勝てばよいと考えているわけではないのだ。あくまでも神はキリスト教の神ではなければならないようだ。

そして、Meyerは理神論の説明力が有神論に対して劣ると言う:

Admittedly, theism, naturalism, and pantheism are not the only world-views that can be offered as metaphysical explanations for the three classes of evidences. Deism, like theism, for example, can explain the cosmological singularity and the anthropic fine-tuning. Like theism, deism conceives of God as both a transcendent and intelligent Creator. Nevertheless, deism denies that God has continued to participate in His Creation, either as a sustaining presence or an actor within Creation after the origin of the universe. Thus, deism would have difficulty accounting for any evidence of discrete acts of design or creation during the history of the cosmos (that is, after the Big Bang). Yet precisely such evidence now exists in the biological realm.

3つの種類の証拠についての形而上学的説明として提案可能な世界観はもちろん、有神論・自然主義・汎神論だけではない。たとえば、理神論は有神論と同じく、宇宙論的特異性と人間原理的なファインチューニングを説明できる。有神論と同じく理神論は、神を超越的かつインテリジェントな創造者と考える。しかしながら、理神論は神が宇宙の誕生の後に存在し続けたり、創造に役割を演じたりするなど、その創造に関与し続けることを否定する。従って、理神論は、ビッグバン後の宇宙の歴史において、明確にデザインをしたり創造したりしたといういかなる証拠も説明できないという難点がある。そして、そのような証拠はいまや生物学の領域に存在する。

Meyerは理神論よりも有神論が優れた説明力がある理由を、理神論が、"宇宙誕生後に神がデザインをした"という証拠が見つかると、それを説明できないからだという。もちろん、それは正しい。理神論は「宇宙創造後に神は宇宙に関与しない」という考え方だからだ。

"今のところは科学で説明できない"ことについて

  • 「有神論=神は創造後の宇宙に関与する」という立場と、それは神の存在の証拠と考える。
  • 「理神論=神は創造後の宇宙に関与しない」という立場だと、人間が未知である、神が創造した自然法則があると考える。

という"基本方針"の決定的違いがある。有神論から見れば、理神論は説明力が不足した考え方に見える。理神論から見れば、有神論は知的怠惰である。

Meyerは自分が"有神論"の立場にいると宣言しているだけのこと。


Kumicit的に理神論と有神論の違いを表現すると

Meyerの理神論と有神論の説明をわかりやすく語るために、無理矢理、数値シミュレーションの例で語ってみよう。

数値シミュレーションをやるときに、期待通りの結果を得たければ

  • 理神論的シミュレーション
    • それらしいパラメータで実行する
    • 結果が期待通りでなかったら、乱数の種を変えて再挑戦
    • 結果が期待通りでなかったら、パラメータを変えて再挑戦
    • そのうち、期待通りの結果が出る。
    • そのときのパラメータが、正しいパラメータだったのさ....

  • 有神論的シミュレーション
    • それらしいパラメータで実行する
    • 計算途中で変になってきたら、デバッガをアタッチ&ブレーク
    • デバッガで変数の値を、期待通りの値に書き換えて、計算続行
    • また、変になってきたら、ブレーク&変数書き換え
    • やったね。期待通りの結果だ!!

Meyer の言う有神論(Theism)は、進化論対創造論の構図では進歩的創造論に位置する"神様による介入"があったという考え方、。これを、数値シミュレーションの世界で言えば、「計算の途中で、デバッガアタッチして変数の値を書き換える」というのが最も適切な表現だ。
これは、よく言えば"Guided Simulation"(導かれたシミュレーション)で、普通に言えば"いんちき"である。

" いんちき"をしないで、期待通りの結果を得たければ、パラメータサーベイ(パラメータを少しずつ変えて再挑戦を繰り返す)をすることになる。悪く言えば" 行き当たりばったり"。"行き当たりばったり"が嫌いなインテリジェントデザイン支持者は有神論="Guided"を選ぶ。

でもって、変数の値が突然違う値になったところを捕捉できれば、"デバッガすなわち外からの書き換え"が行われたことがわかる。すなわち、有神論の立場で、神様の介入の検出できたことになる。

というのが、"わかりやすい"表現だろうか?

もっとも、アナロジーは所詮アナロジーに過ぎず、実際の話とは乖離するもの。インテリジェントデザインがアナロジーで理論を語るのと同じく、このアナロジーもまた正しくないかもしれない。