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David Morrisonは言った「神と進化論は両立すると言うのは逆効果だ」と


宇宙生物学および惑星学の研究者であり、CSIのフェローであり、一般人の科学の理解向上への寄与によりアメリカ天文学会のカール・セーガン・メダルを受賞したこともあるDavid Morrisonが、Skeptical Inquirer magazine の2005年11-12月号に「 Only a Theory? Framing the Evolution/Creation Issue (理論にすぎない?進化論/創造論の論点再構築)」という記事を書いている。

ここで、David Morrisonは保守的な人々に進化論の話をするにあって以下を留意すべきだと論じた。
  • 進化論と共産主義は不可分どころか、まったく逆ということを知らせる
  • 神への信仰と進化論は矛盾するものではないという話をしても逆効果
  • 人類の起源についての話は避けるべき

進化論と神は両立するはずだと考えている人々もいるだろう。実際、キリスト教でもカトリックを含め両立している宗派は多い。そのことがわかれば、進化論に反対しなくなるだろう...と考えるのは間違いだという。

保守的な人々に進化論を聞かせるために

保守的な人々の家族主義的価値観に訴えかけて、科学教育が国家の競争力にとって重要であることや、変化し続けるウィルスに対抗するための研究基盤としても重要であることなどを言うことも有効だと、David Morrisonは言う。また、進化論と共産主義が不可分だと信じる人々に、それが逆だと知らせること:

Many conservative Americans support competition and believe that free-market economic conditions are essential to national success. Most of them would be shocked to know that this philosophy has traditionally been known as social or economic Darwinism. Perhaps we should note that Darwinian natural selection is in many ways nature’s equivalent to free-market competition. The other side of this argument addresses the belief that evolution leads to socialism and communism. Perhaps it is worth noting that Stalin’s support for the anti-Darwinian biologist Trofim Lysenko set back Soviet agriculture for a generation and contributed to the starvation of millions of Russians.

多くの保守的な米国人は自由競争を支持し、自由市場経済が国家の繁栄をもたらすと信じている。そのような人々のほとんどは、この哲学が伝統的には社会あるいは経済ダーウィニズムと呼ばれていることを知ると愕然とする。おそらく、ダーウィンの自然淘汰は自由市場経済と、さまざまな点で等価であることに留意すべきだ。この議論のもう一面は進化論は社会主義や共産主義につながるというもの。おそらく、スターリンが反ダーウィニズムの生物学者トロフィム・ルイセンコを支持して、ソビエトの農業を一時代前に逆戻りさせて、幾百万のロシア人を飢えさせたことを知っておくべきだろう。

米国における反進化論をここまでの勢力にしたのは、大統領選挙3連敗の民主党ウィリアム・ジェニングズ・ブライアンだったことは皮肉と言うほかない。彼は社会ダーウィニズムが米国に広がることを怖れて、反進化論運動を組織化して、公立学校での進化論教育を禁止する法律をつくっていったのだから([wikipeidaJA>http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%80%B2%E5%8C%96%E8%AB%96%E8%A3%81%E5%88%A4]])。

創造論を信じる人々に言うと逆効果になること

神は自然法則と進化を通じて人間を創造したと考える有神論的進化論(Theisic Evolution)がある。この立場では、進化論と超越的な神への信仰は完全に両立する。また、ローマカトリックは信者は信仰の裏づけを科学に求ず、科学は神の存在を否定しないという形での共存をはかっている(実際、科学は機械論であるため、超越的な神は取扱商品にはなく、神について何も言わない)。

進化論に反対するキリスト教徒の人々に、神への信仰と進化論が矛盾しないことを知らせることが、問題の解決につながると思う人もいるだろう。しかし、David Morrisonはそれは間違いだと言う:

To achieve a level playing field, we should avoid debating evolution in a religious context. Specifically, we should not speak on these issues in a church other than our own. In an unfamiliar church speaking to an audience of like-minded opponents of evolution, all the cards are stacked against us--not because there is anything antireligious about evolution, but because the audience believes there is. This situation also creates a temptation to debate religion itself, such as arguing about the “true” message of the first book of Genesis or contrasting the beliefs of Roman Catholics and fundamentalist Protestants. This is not likely to be a winning strategy for the scientist,

公平なプレーイングフィールドを実現するために、宗教的なコンテキストで進化論争をするのを避けるべきだ。具体的に言うと、この問題に対する我々のものでない教会のことを話すべきではない。進化論に反対である聴衆に対して、なじみのない教会について話せば、すべてのカードは敵側に積まれてしまう。それは進化論が反信仰的だからではなく、聴衆がそう信じているからだ。このような状況では、宗教そのものについて議論したくなってしまう。たとえば創世記第1章の"真"のメッセージについての議論や、ローマカトリックとプロテスタント根本主義の対比など。これは科学者にとって勝てる戦略ではない。

ある意味、これは進化論の話をしながら、改宗せよと言っているに等しいということなのかもしれない。信仰の裏づけを科学に求めるのをやめることは、プロテスタント根本主義とは別な宗教であるローマカトリックやプロテスタントの別の宗派に改宗することに等しい。自らが依って立つ土台を、進化論をネタに変えろと言ったところで、聞く耳を持たないのが自然かもしれない。

さらに、人類の起源というとても魅力的な話は避けるべきだと言う:

Finally, we can reframe the issue in terms that do not immediately offend a conservative religious audience. The context in which most opponents fear and reject evolution is that of human origins. The scientific story of the evolution of our human ancestors is fascinating, but it also provokes the strongest resistance. My own interests, as an astrobiologist, are in microbial evolution, which is a less threatening subject. I remember a young teacher coming up to me after a lecture and saying how amazed she was that I had talked for an hour about evolution and the history of life without mentioning primate evolution or human origins. I am not suggesting that we ignore the fascinating story of homonid evolution, but I bet that there are many people who would be more receptive to evolutionary concepts if we refrained from an in-your-face challenge to their convictions about human origins or the nature of the human soul.

最後に、我々は保守的な信仰を持つ聴衆を怒らせない言葉で、この問題は再構成できる。反進化論者たちがもっとも恐れ、拒絶するコンテキストは人類の起源だ。人間の祖先の進化の科学的な物語はとても魅力的ではある。しかし、これは同時に強い反発を引き起こす。宇宙生物学者としての私の興味は微生物の進化であり、これは聴衆を恐れさせることがない話題だ。私の講演が終わってとき、ひとりの若い先生がやってきて、私が一時間にわたって進化論と生命の歴史について話しながら、霊長類の進化と人類の起源についてまったく触れなかったことに、驚いたと言った。私は人類の進化という魅力的な話を無視しろとは言わない。しかし、人類の起源や人間の魂の性質について彼らの信念に挑戦することを差し控えるなら、もっと多くの人々が進化論の概念を受け入れるだろうことは間違いない。

猿と人間を厳しく峻別する宗教を信仰する人々の思いはとても想像できない。しかも、根拠は執筆者すら特定しがたい古文書である聖書だけ。あまりにも遠すぎる。

しかし、これが米国の現実である。そして、彼らを改宗させることが簡単でないことだけは確かだろう。