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複数デザイナー理論(Multiple Designers Theory)は、Richard B. Hoppeが、インテリジェントデザイン理論サイトAccess Research NetworkやInternationl Society for Complexity, Information and Designで議論し、2004年に進化論ブログPanda's Thumbに投稿したものである。もちろんこれは、理論なき理論たるインテリジェントデザインに対して、"インテリジェントデザイン理論家たちが絶対に受け入れることができない"理論でありながら、インテリジェントデザイン理論というほかない理論を提示するという、インテリジェントデザインに対する嫌がらせである。

インテリジェントデザイン理論の構成上、インテリジェントデザイナーを単数に限定する方法はない。何故なら、Dembskiが提示しているものは唯ひとつ、「自然法則の必然でも確率過程でも説明できなくて、意味のある情報はデザインである」というものだけ(The Explanatory Filter by Dembski, )。そのデザインを創った存在を規定する方法と提示していないからだ。もちろん、Dembski自身は完全にして唯一の超越的存在としても神を想定しているが。

そして、デザイナーが複数存在した場合、デザイナーたちは不完全な存在にしかなりえない。それはインテリジェントデザイン理論家たちは最も望まない仮説だ。ある意味、フライングスパゲッティモンスターと同程度に嫌うかもしれないものだ。



Richard B. Hoppe: Introduction to Multiple Designers Theory

複数デザイナー理論入門


序文

ここ十数年、生物学現象はデザインのように見えるので、それらの生物学現象にはインテリジェントデザイナーがいるはずだという、Payley主義者のデザイン論(Argument from Design)の再来が見られる。最近十年間にわたる( Discovery Institute に率いられた) Wedge戦略 に基づくインテリジェントデザイン運動の執拗な焦点は生物進化の代替理論を教えるように州議会や州教育委員会および学区教育委員会を説得することだった。 Discovery Institute はモンタナ州Darbyの学区教育委員会からオハイオ州教育委員会さらには米国議会にまで、メッセージを運ぶ使者を送った。

残念ながら、教えるべき進化論に対する科学的代替理論は存在しない。Phillip JohnsonやWilliam Dembskiや Michael Behe,やStephen Meyerやその同僚たちによる公表文献に代表される主流のインテリジェントデザイン理論は、それがないことが明らかである。"何かがこれをデザインしたはずだ"という剥き出しの主張以上に主流のDembskiやBeheやJohnsonやMeyerのインテリジェントデザイン"理論"の合理的な広範な記述を見たことがない。また、"これはデザインされた"という剥き出しの主張以上に生物学現象についてのインテリジェントデザインの"説明"を見たことがない。データによって検証可能なインテリジェントデザインの仮説はなく、従って系統的あるいは首尾一貫したインテリジェントデザイン研究プログラムもない。

主流のインテリジェントデザインが自らを科学的に無であることを証明している。Dembskiには説明フィルタと複雑で指定された情報や指定された複雑さがあり、Beheには還元不可能な複雑さがあるが、これらの概念を使った実際の研究プログラムは主流のインテリジェントデザイン運動からは出てこない。従って、その経験的・理論的な仮眠から目覚めさせ、中学校で教えられる現代の進化論の代替理論を求める教育委員会および州議会に適切な教材を供給するために、インテリジェントデザインの概念において革命的な変化が必要である。複数デザイナー理論はまさに革命的な変化である。

複数デザイン理論小史

数年前、私は複数デザイナー理論の初期バージョンを主流のインテリジェントデザインサイトである国際複雑情報デザイン学会(International Society for Complexity, Information, and Design)のWebフォーラムであるISCIDの ブレインストーム で発表した。ISCIDのURLは、ISCIDの代表であり、主流インテリジェントデザインの主導者であるWilliam A. Dembskiが所有している(最近DembskiはSouthern Baptist Theological Seminaryの学部にポストを得た)。少し初期の複数デザイナー理論について、主流インテリジェントデザインのサイトである Access Research Network でも言及した。

ISCID で複数のデザイナーを識別する方法論の実証についての注意を発表し、読者から挙げられた多くの問題について回答した。最近、数人から、より多くの人々のために複数デザイナー理論の初期のプレゼンテーションを行った投稿を見直して読みやすくするように奨められた。この投稿と次の投稿はその結果である。

この複数デザイナー理論の入門記事は3つの部分からなる。この序文と"複数デザイナー理論入門"をこの投稿で、"デザイナー識別方法の実証"を次の投稿で公表する。"複数デザイナー理論入門"では、複数デザイナー理論の中核部分およびこれと合致すると考えられる生物学的証拠の幾つかを記述する。さらに複数デザイナー理論を応用する研究の方向性についても記述する。"デザイナー識別方法"についての投稿では、複数デザイナーの創造物を識別する機械論的方法の発展と実証についての初期の成果を記述し、これに関するいくらかの試験的なデータを報告する。

なぜ複数デザイナー理論なのか?

単一デザイナーを想定するJonathan WellsやWilliam A. DembskiやMichael Beheなどの著名人や彼らのDiscovery Instituteの同僚たちのインテリジェントデザイン推論の拡張が、複数デザイナー理論である。"複数デザイナー理論入門"で私が後述するのは、任意の支持されない仮定である。一時的に正しいと仮定して、系統的に検証可能性と理論的適用を探求することが、科学的思考における古くからのそして非常に有効な実現方法である。主流の単一デザイナーのインテリジェントデザイン運動の指導者たちがほんとうに科学するつもりなら何をすべきかを複数デザイナー理論は例証する。彼らは、成果の大きい研究プログラムを作れるか彼らの推論を探求してもよかった。それを彼らは未だしておらず、彼らが今後実施する見通しもほとんどない。 2002年にDembskiは次のように論じた

Why should ID supporters allow the Darwinian establishment to indoctrinate students at the high school level, only to divert some of the brightest to becoming supporters of a mechanistic account of evolution, when by presenting ID at the high school level some of these same students would go on to careers trying to develop ID as a positive research program? If ID is going to succeed as a research program, it will need workers, and these are best recruited at a young age. The Darwinists undestand (sic) this. So do the ID proponents. There is a sociological dimension to science and to the prospering of scientific theories, and this cannot be ignored if ID is going to become a thriving research program. (bolding and italics added)

ダーウィン学派が高校レベルの最優秀な生徒たちの一部が進化の機械論的説明の支援者となるようにしているのを黙ってみていなければならないのか。高校レベルでインテリジェントデザインを提示すれば、その同じ生徒たちの一部は、肯定的研究プログラムとしてのインテリジェントデザインを発展させる仕事につくかもしれないのに。インテリジェントデザインが研究プログラムとして成功するには、研究者が必要であり、そのためには若い人材の獲得が最善である。ダーウィニストはこれをわかっている。そしてインテリジェントデザイン支持もわかっている。科学と科学理論の隆盛には社会的な面があり、インテリジェントデザインが隆盛な研究プログラムとなるにはこれを無視できない。(強調追加)

インテリジェントデザイン研究プログラムがないことをDembskiは明確にわかっており、これを軌道に乗せるには高校生の獲得が必要だというのが彼の見方だ。これは、これまでインテリジェントデザイン批判者が書いてきたどんなものよりも、主流インテリジェントデザインを徹底批判している。Dembskiの記述から引き出せることは、(情報理論のIsaac Newtonであり、高名で、この世代の最も優れた科学哲学者のひとりであるDembski自身を含む)主流インテリジェントデザインの上級メンバーは、彼らの理論それ自体を検証する科学的研究プログラムを立案し実行する能力がないということだ。少なくともNewtonはプリズムをどう操作するかを知っていたのだが。

複数デザイナー理論を教える

既に述べたように、中学校で進化論の代替理論が教えるようにという執拗な努力がインテリジェントデザイン運動の一部にある。最近のカンザス州教育委員会選挙候補Katht Martinはカンザスの雑誌Salinaで、進化論の代替理論が教えられるべきだという発言を報じられた。Martinは選出されたので、複数デザイナー理論は明らかに彼女にとっての選択肢のひとつだ。ミズーリ州では州議会が進化論の代替理論を教えるべきだと促した。Phillip E. Johnsonが、代替理論を教えることこそがオハイオ州の科学教育を強化することになると発言したことが報じられた。私はオハイオ州に住んでいるので、そのためなら何でもしよう。

不幸なことに、代替理論として何を教えるべきか問われたとき、主流インテリジェントデザイン提唱者からは進化論に対する不満を除けば、まったくの沈黙しかなかった。オハイオではインテリジェントデザイン提唱者であるJonathan WellsとStephen Meyerは、オハイオの学校でインテリジェントデザインを教えろという州教育委員会への提案を不意に撤回した。Discovery InstituteのCenter for Science and Cultureのフェローであり、インテリジェントデザイン提唱者であるPaul Nelsonが、Dartmouth Universityで学生たちに、 インテリジェントデザイン理論は学校で教えるべきものをまったく持っていないと説明した ことで、それは明らかになった。

“It [ID] isn’t a fully-fledged theory --- there isn’t yet enough there to actually teach,” Nelson said.

「インテリジェントデザインはまだ羽根の生えそろっていない理論であり、実際に教えるべきものはまだ十分ではない」とNelsonは言った。

この欠落は今や解決される。複数デザイナー理論は("なんたらはデザインではない"というむき出しの主張以上に何もない)主流インテリジェントデザイン理論よりもはるかに発展している。複数デザイナー理論は(何一つない)主流インテリジェントデザイン理論よりも本質的に多くの詳細な理論的な構造を提供する。主流インテリジェントデザイン運動と違って、複数デザイナー理論には、中心的な主張のひとつである、複数のデザイナーの創造物を系統的に識別することが可能("デザイナー識別方法の実証"参照)を確認する実データがある。さらに、複数デザイナー理論は教育的に重要な強みである、高校生でも手が届くような興味深い研究の方向性を提供する。

複数デザイナー理論はの無視できない利点は、これが明らかに憲法修正第1条国教樹立禁止条項に低所しないことである。これは単一インテリジェントデザイナーを想定しないので、キリスト教根本主義の創造論の偽装であると解釈されることがない。複数デザイナー理論はは従って、公立学校での進化論に対する理想的な代替理論である。私はPanda's Thumbの読者が、進化論の代替理論を教えたいという州議会議員や学区教育委員や教育者に対して、このPanda's Thumbへの投稿を提供することを奨める(もちろん、著作権表示および適切な属性つきで)。


I.プロローグ

このトピックを見ていて私の思考を刺激したのは、つつましやかな文法用法だった。Henry Morrisの"Scientific Creationism"からDembskiの"No Free Lunch"までインテリジェントデザインの本を読んでみて、私が気がついたことはほとんど例外なく、インテリジェントなデザインを行ったと仮定される存在を単数形で書かれていたことである。"インテリジェントデザイナー (an intelligent designer)"あるい"インテリエージェント (an intelligent agent)" あるいは"インテリジェントエージェンシー (an intelligent agency)"とどう呼ぼうが、ほとんどの場合に単数形で書かれている。新聞からの引用のうち、ほんのひとつかふたつの例で複数形が見られた。たとえば、指導的なインテリジェントデザイン理論家(Phillip Johnson とWilliam A. Dembski)による"複数の異星人(space aliens)"がデザイナー(designers)かもしれないというコメントである。面白いことに、Pittsburg Post-Gazette (Feb 8, 2001)の記事で、Michael Beheは"異星人(space alien)と言っている。しかしながら、新聞で引用された発言は理論的な言説として真剣に取り扱うわけにはいかなだろう。より技術的で公式なインテリジェントデザインの著作では習慣的に、"designers"ではなく"designer", "agents"ではなく"agents"そして、"agencies"ではなく"agency"と書かれている。時には、この一般原則に反する例外もある。たとえば、"No Free Lunch"において、Dembskiは"Embodied and Unembodied Designers (肉体を持つデザイナーと持たないデザイナー)"という複数形を使ったセクションタイトルをつけている。しかし、そのセクションの最初の文で、これを単数形にもどしている:

Even if we grant the possibility of an unembodied designer, … (p. 347).

単数形のインテリジェントデザイナーは主流インテリジェントデザイン支持者にとっては強固な既定値である。

このコンテキストで人々が習慣的に単数形を使う理由を詮索するつもりはない。しかし、もしデザインが地球上の生物の構造と特性における多様性の原因であるなら、デザインしたのは"それ(IT)"ではなく、"それら(THEY)"であって、デザイナーは単一ではないというのは、(おそらくは無意識に)支持されない仮定であることは明らかだろう。

複数デザイナー理論の中心的メッセージは、単一のインテリジェントにデザインするエージェントという保証のない仮定が必然的なものではなく、インテリジェントデザインの理論と研究に人為的かつ恣意的な限界を置く不条理な制約だということである。従って、進化論の真の代替理論を考えて、議論して、提供するために、幾人かの同僚の助言と相談の上で、私は複数デザイナー理論(MDT)の入門的概要を書いた。

私はこれを複数デザイナー理論の完全な言説だと言うつもりはない。まだ完成はしていないからである。これらの初期的備考は、観察されたデータをうまく説明できる可能性と、インテリジェントデザイン思想の異種なる考え方を構築する可能性と、インテリジェントデザインにおける潜在的に有益な研究計画をつくる見込みを持つ理論の概要を紹介するものである。これは信仰あるいは完成した理論としてではなく、議論のための仮説および理論の精緻化のための基盤として提案するものである。


II. 複数デザイナー理論の簡単な概観

その名前が意味するように、複数デザイナー理論の中心的見解は、地球上の生物の特徴と構造についてインテリジェントデザインが関与しているなら、単一のデザイナーではなく複数のデザイナーが関与しているというものである。以下で述べるように、インテリジェントデザイン推論を支持すると解釈される証拠は、ほぼすべてが普遍的に、単一のデザイナーではなく複数のデザイナーを含意している。

単一のデザイナーという普遍的なインテリジェントデザインの仮定はおそらく人為的な言葉である。もしあるものが、人間によって作られた人工品であれ、生物学的構造であれ、(DembskiがNo Free Lunchで提起した公式の基盤に沿って)それがデザインされたものだと見えれば、インテリジェントデザインの論は進み、デザイナー(a designer)がいたはずだということになる。

デザイナー(designer)が単数形で使われていることで、単一のデザイナーが存在するという強い示唆が伴っている。この言葉遣いが、インテリジェントデザイン理論家を惑わせる。私は、デザイナーが単一であるという仮定を注意深く検討したり、明示的に言及したインテリジェントデザイン文献を見たことがない。しかし、この仮定は浸透しており、それが主流インテリジェントデザインの考え方を駄目にしている。

複数デザイナー理論は主流インテリデザイン理論と同一の哲学的および数学的そして経験的基礎に基づいている。科学的原理から単一デザイナーのインテリジェントデザインを支持する主張はすべて、なおのこと複数デザイナー理論を支持する。実際、主流のインテリジェントデザインは(概念的に不毛であるが)複数デザイナー理論の、デザイナーが単一であるという特殊例な部分集合である。従って、複数デザイナー理論は自動的に、現在インテリジェントデザインに対して引用された科学的証拠をすべて継承する。

複数デザイナー理論は生物の多様性についての理論であって、生命の起源や、非生物学的な物質宇宙の起源や自然発生についての理論ではない。生物学的物質は複数デザイナーが働くための媒体である。複数デザイナー理論は生物媒体の起源については考慮しない。

複数デザイナー理論は宇宙の年齢が(少なくともビッグバンから)おおよそ135億年であることや、地球の年齢が約45億歳であることを示す科学的証拠について論じない。複数デザイナー理論は潜在的にフレームワークを提供可能だが、これらは物理学者や宇宙論研究者の仕事である。複数の宇宙を考える現在の宇宙論と複数デザイナー理論が完全に無矛盾であることを付記することにしよう。


III. 複数デザイナーについて仮定された特性

複数デザイナー理論における複数のデザイナーはDembskiが"No Free Lunch"や"Intelligent Design Coming Clean"などの著作で書いた"インテリジェントエージェンシー"の推測に共通にある特性のひとつを持つ。その特性は下記の最初にある。追加の特性はデザイナーが複数であるという仮説に基づく。

A. 複数のデザイナーは肉体を持たない。 それ物質界あるいは生物世界のものではなく、Dembskiがインテリジェントエージェンシーが物質界に影響を与えるのと同じ方法で、生物世界に影響を及ぼす。Dembskiは"Intelligent Design Coming Clean"において、電磁波は波長が無限大の極限でエネルギーがゼロとなるので、肉体を持たないインテリジェントエージェントは原理的に、波長無限大のゼロエネルギーの信号を通じて情報(デザイン)を生物に対して伝送できると示唆した。そのような推論は私の知人の物理学者をいらだたせた。というのは、(極限での)純粋数学的な抽象化を用いて、肉体を持たないエージェントが、ゼロエネルギーの(従って伝送容量がゼロ)信号を、(波長が無限大なので) 焦点を合わさない電磁波放射を使って、物理的事象に作用する因果率効率を論じるているからだ。しかし、複数デザイナー理論の技術的詳細ができれば、その後作ることになるだろう。Dembskiが"Intelligent Design Coming Clean"において保証しているので、我々は実際にことが起きるまで、そのように起きるのかを理解する必要はない。Dembskiによれば、実際、それがどのように起きるか必要ない:

So too, we don't "understand" how a designer imparts information into the world, but we "know" that a designer imparts information.

従って、我々はデザイナーが情報を我々の世界にいかにして与えるか"理解"していない。しかし、我々はデザイナーが情報を与えたことを"知っている"。


これは、Dembskiが科学における"機械論的"説明と呼ぶものを拒絶することと合致している。この機械論的説明とは、現象がその結果として起こる物理変数を記述することで、現象の因果関係を説明を与える説明方法である。この拒絶によって、我々は説明のための手荷物なしに済ませることができる。

B. 複数のデザイナーは互いに異なる。 デザイナーの同一性を仮定することは複数デザイナー理論を、特殊例である単一の肉体を持たないデザイナーのインテリジェントデザインに帰着させるが、これは証拠が支持しない。複数のデザイナーはいくつかの潜在的に検知できる点において互いに異なる。成果が期待できる科学研究計画を補強できるので、これらの違いはとても重要である。私は以下で研究計画を論じ、パイロット研究の例を次のポスト" Validating Designer Discrimination Methods "で提示する。

C. 複数のデザイナーは完全なデザイナーではない。 これは複数のデザイナーが互いに異なることから導かれる。定義上、完全なデザイナーたちは互いに同一であって、彼らのデザインを識別できない。従って、複数デザイナー理論では、"デザインのよさ"空間における最高点たる理想的に最適化したデザインを作れないという意味で、複数のデザイナーは不完全であるとする。さらに、彼らが互いにまさに不完全性において異なっており、これらの違いは複数デザイナー理論研究にくさびをいれる割れ目を提供する。複数デザイナー理論によって補強された研究計画の重要な部分はデザインの違いが異なるデザイナーの識別規準となるだろう点である。複数のデザイナーは彼らの作品に" 指紋"を残しているはずで、それは人間の指紋のように、適切な方法論的"レンズ"と分析ツールがあれば、識別できるかもしれないデザイナー間の差異の背後に複数のデザイナーが残した象徴的指紋と仮説する。

D. 複数デザイナーの数は有限かつ上限がある。 この前提は他のものよりも経験的証拠によって支持することは難しい。しかし、複数デザイナー理論研究が、デザインされた現象のリストあるいは宇宙的奇妙なデザイン店になったり、単一デザイナー理論にならないために、論理的に必要なことである。科学的理論は類似性クラスへ異なる現象を分類し、個別例ではなく、それの所属するクラスに対して一般的な法則を適用することで、クラスの実例の挙動を説明する。デザイナーの数が無限であれば、各クラスはたったひとつのメンバーしか持てない。その場合、複数のメンバーを持つクラスがないので、一般的法則は作れない。論理的には無限個のデザイナーがいてもよいが、しかしそれだとデザインについての科学的研究は不可能になる。従って、これは科学的に必要な推定である。同様に、デザインするエージェンシーが1個であれば、現象を分類するクラスは存在せず、1個のクラスに帰着するので、これもまた科学的一般化できない。従って、複数デザイナー理論は、インテリジェントエージェントの数は有限かつ上限があると仮定する。







最終更新:2009年08月23日 08:32