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シミュレーション・アーギュメント 順列都市 インテリジェントデザイン


シミュレーション・アーギュメントの提唱者Nick Bostrom(Oxford UniversityのFuture of Humanity Institute所長)のThe Simulation Argument: Are You Living In a Computer Simulation?には、シミュレーション・アーギュメントを扱ったフィクションとして、PK Dickの作品群などとともに、以下のようなものがリストアップされている。


PK Dickの作品は今亡きサンリオ文庫版でけっこう読んでいるのだが、たまたま上記リストにあるものは、どれも読んだことなかった。なので、とりあえず、グレッグ・イーガン「順列都市」を読んでみた。

この「順列都市」には仮想世界オートヴァースの中の惑星で進化する知的生命というネタが登場する。この知的生命はそもそも進化するようにデザインされて配置された種から進化したものである。そして、オートヴァースの中の惑星も物理法則も計算機リソースを節約すべく、マクロは太陽系1個で打ち止め、ミクロは原子で打ち止めであり、オートヴァースで進化した知的生命はいずれはそれに気づくかもしれないという展開になっている。それは、まさに「インテリジェントデザイン」である(同時にシミュレーション・アーギュメントでもある)。

もちろん、インテリジェントデザインの父たる60歳代のPhillip Johnsonや50歳代のDr. Michael Beheには思いもつかないものだろう。Phillip Johnsonにとってインテリジェントデザインは偽装された創造論であり、進化論をやっつけるための手段であり、公立学校の理科の授業に進入するための方便である。おそらくPhillip Johnsonにとってインテリジェントエージェントたるインテリジェントデザイナーはキリスト教の超越的な神である。Dr. Michael Beheはデザイナーがキリスト教の超越的神だと信じていると明言している。

しかし、若い世代にとっては違うかもしれない。インテリジェントデザイン理論家Dr. William Dembskiと仲間たちのブログ Uncommon Descent の住人たちの中には再三「ID is not anti-evolution」と書き込む者たちがいる( これ とか これ とか)。本来、インテリジェントデザインは創造論の代替物であって、科学の版図内にあっては反進化論として存在するにもかかわらず。

彼らは、もしかすると、順列都市のオートヴァースのような世界観を前提にしてるのかもしれない。由緒正しく反唯物論を主張しているなら、そんなことはないだろう。しかし、反唯物論を主張していないなら、行き着く果ては福音主義キリスト教ではなく、シミュレーション・アーギュメントになるかもしれない。

シミュレーション・アーギュメントにおいて、ここがシミュレーションであることを"間接的に"証明する手段として、「発展した文明がシミュレーションを作るか?」あるいは「シミュレーションを作れるまで、文明は滅びない」という論が展開される。とともに、「目の前にポップアップ」(順列都市にも目の前にウィンドウ出現があるけど)のような「ありえないことが起きたら、ここはシミュレーション」という"直接的な証明"も原理的にはありうるとされている。

そのような、"直接的な証明"のひとつとして、「生物進化を適当にすっとばして、それらしく見える程度に完成品を置いて、ごまかしている」という論をつくってもよいだろう。「順列都市」はそこまで手抜きではないが、シミュレーション・アーギュメントとしては別に間違った論の立て方ではない。そして、それこそがインテリジェントデザインでもある。



このようなことは誰でも思いつくようで、rec.arts.sf.writtenにAncestor simulations and Intelligent Design Optionsというスレッドが立っていたりする:

Gerry Quinn -- Thu, 26 Apr 2007 13:37:19 +0100

It just occurred to me: a lot of people here seem to take seriously the notion that we are living in an 'ancestor simulation' of some sort.

If so, the evolution of the simulation would certainly have been manipulated to create ancestors of the correct form. If humans were required, intelligent dinosaurs or a world with no animal life would not do.

Therefore, anyone who believes we live in an ancestor simulation is logically compelled to believe in Intelligent Design, rather than evolution by natural selection.

And anyone who believes the former is probable must logically believe that the latter is probable too.

我々が祖先シミュレーションのようなものの中で生きていると、本気で考えている人々がここには多そうだ。
もしそうなら、進化のシミュレーションは正しい形態の祖先を創れるように操作されているはず。人間の出現が必要なら、インテリジェント恐竜とか動物のいない世界ができないようにするだろう。

ということは、祖先シミュレーションの中で生きていると思う人は、論理的に、自然選択による進化よりもインテリジェントデザインを信じるべきじゃないか。
そして、祖先シミュレーションがありうると思うなら、インテリジェントデザインもありうると思わないといけないだろう。


David Johnston -- Thu, 26 Apr 2007 16:35:35 GMT

wrote:
...
Therefore, anyone who believes we live in an ancestor simulation is logically compelled to believe in Intelligent Design,

No. The heart of Intelligent Design is the claim that life could not originate without an intelligence to design it. Assuming that one actually believes we live in a simulation designed by living beings to replicate their development just means that life originated earlier and somewhere else. And of course such a belief is, you might say, "virtually" nonexistent anyway.

違うよ。インテリジェントデザインの中心的な主張は、生命をデザインするインテリジェンスなしに生命が発生しえないというもの。生物が自らの発展過程を複製しようとしてデザインしたシミュレーション世界に我々が生きていると本当に信じていると仮定すると、それは生命がさらに過去のどこかに起因することを意味するね。もちろん、そのような信仰は、君も言うと思うけど、とにもかくにも実質的に存在しない。


nuny@bid.nes -- 26 Apr 2007 15:12:18 -0700
...
And anyone who believes the former is probable must logically believe that the latter is probable too.

There's no a priori reason the sim has to follow anything resembling whatever passes for evolution in the "real world".

"真の世界"の進化経路と似たような経路をたどらないといけないという、アプリオリな理由はないよ。


Wim Lewis --Thu, 26 Apr 2007 20:21:11 +0000 (UTC)
...

Well, the other possibility that leaps to mind is that the simulation was started with certain things already in place. That corresponds to Young-Earth Creationism rather than Intelligent-Design Creationism.

シミュレーションが、既にものが揃った状態でスタートしたって可能性を思いついた。これはインテリジェントデザイン創造論よりも、"若い地球の創造論"に近いね。
ここで注意すべきは、David Johnstonの指摘である「生命をデザインするインテリジェンスなしに生命が発生しえない」というインテリジェントデザインの主張によって、インテリジェントデザインとシミュレーション・アーギュメントを識別できるというもの。

これはもちろん成り立たない。生命をデザインするインテリジェンスなしに生命が発生しえない」という主張を、観測事実および実験によって検証することができたとしても、それは我々が生きているシミュレーション世界の中でのこと。"真の世界"(あるいは基底的現実)にその結論が適用できるかどうかは、まったく不明だから。というか、検証不可能だから。

この点について、「順列都市」のオートヴァースの知的生命が太陽系誕生について答えを出せないだろうというネタがマッチする。
「かれらのあいだでもっとも優勢な理論では、オートヴァースの化学と物理学に関する正確な知識が用いられ、そこには原始雲の構成物質の詳細な分析も含まれています。それが最新の成果です。その特定の原始雲がどのようにして存在するにいたったかは、まだ仮説が立てられていないし、元素の起源と同位体存在比説明がつけられていない。しかし、そんな説明は存在しようがないのです。それに先立つ知覚可能な歴史がないのだから。オートヴァースにはそんなものは用意されていません。ビッグバンは起きておらず、一般相対性理論はあてはまらず、時空間は均一で、宇宙は拡張していない。元素は恒星内部で形成されるのではない--核力も核融合も存在しないから。恒星は重力のみで燃え--そもそも、ランバートの太陽が唯一の恒星です。
というわけで、ランバート人の宇宙論学者たちは、大きな壁にぶつかりかけています--かれら自身は誤りをおかしていないにもかかわらず。...」[順列都市(下)p.146]







最終更新:2010年04月13日 23:14