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オクラホマ州の反進化論州法 1923年


米国最初の反進化論州法は、進化論教育そのものは禁じておらず、進化論に言及した教科書の調達・採択のみを禁止するものだった。そして、2年後には廃止された。

州法に署名したJohn Walton州知事は進歩的民主党員だった[ E.J.Lawon ]。

成立 1923年
提案者 J.L. Montgomery
規定 州の教科書無償化で、進化論に言及した教科書の調達・採択の禁止
廃止 1925年


オクラホマ州の反進化論州法


[ Larry O'Dell: ANTI-EVOLUTION MOVEMENT on Oklahoma History Society]

オクラホマ州は1923年に反進化論州法を成立させた、米国最初の州となった。オクラホマ州法成立前に、サウスカロライナ州(1921年)とケンタッキー州(1922年)が同様の決議の成立に失敗している。オクラホマ州の進化論争は、第1~8学年の教科書無償化の大衆運動の必然的帰結として始まった。教科書無償化はFarmer-Labor Reconstruction LeagueとOklahoma Farmers' Unionから強く支持された。

1923年に、John Walton州知事は「provided, further, that no copyright shall be purchased, nor textbook adopted that teaches the 'materialistic conception of history' (i.e.) the Darwin theory of creation vs. the bible account of creation. (ダーウィンの創造の理論 対 聖書の創造の説明のような唯物論的歴史観を教える教科書の購入・採択を禁じる)」という修正条項を含む教科書無償化州法案(HB197)に署名した。この州法案と、提案者であるAnadarko選出のJ.L. Montgomery州下院議員の名を取ってMontgomery Amenmntと呼ばれる修正条項は、オクラホマ州下院を87-2で通過した。州上院は州下院ほどの支持はなかったが、HB197はMontgomery Amendmentを29-7で成立させた。有名なテネシー州のScopes Monkey Trialの2年前の、1923年3月26日に州知事が署名し、米国で最初の、罰則規定を持つ進化論教育制限州法を成立させた。テネシー州・フロリダ州・テキサス州・ミシシッピ州・アーカンソー州がすぐにこれに続いて、反進化論州法を成立させ、37州が様々な反進化論州法を審議した。

1920年代を通して、オクラホマ州を握った強力な原理主義運動は、反進化論のみならず、"Blue Laws"(厳格な清教徒的法律)や煙草やダンスや禁酒をも対象とした。Montgomery Amendmentは第1~8学年での進化論の議論を禁じていなかったが、多くの宗教団体や原理主義団体は進化論教育に抵抗した。これらの団体は、理科と歴史の授業の多くがある中学校での進化論教育の厳しい制限を要求した。

1925年に、州議会がWalton州知事を弾劾し、州上院が教科書無償化州法を廃止し、州政府は教科書代を負担できなくなった。州法案を最初から支持していたFarmers' Unionは、次の州議会選挙で住民投票を行うよう請願書を出した。州法の廃止により、授業で実際に進化論が教えられるようになるのではないかと恐れた多くの人々は、進化論修正条項を支持した。この請願書の提出と、住民投票の実施の間にScope Trialがあり、オクラホマ州政府のQuestion 137は187,369 - 120,210で州民によって拒否され、教科書無償化州法は廃止された。


反進化論の強力な叫びは1920年代を通して続いた。1927年1月にHammon選出の州下院議員W.R. Trentは、オクラホマ州公立学校資金の援助を全部あるいは一部受けている大学・教員養成学校・公立学校での進化論教育を禁じ、違反者を処罰する州法案HB81を提案した。Okmulgeeの地質学者であるDavid Logn州下院議員は、州の大学の地質学科に影響が及ぶ可能性がある雨、州法案に反対し、州議会はこの州法案を審議対象から除外した。この州法案の失敗は、その年に多くの州で起きた反進化論州法案の廃案と同様の出来事だった。この闘争で、全米で著名な原理主義神学者の講演がオクラホマで多く行われた。これらにはForth othのFirst Baptist ChurchのJ. Frank Norris師、ミネソタ州を本拠地とするWorld's Christia Fundmntalist Associationの協会長であるDr, William Bell Rileyや、ニューヨークのCalvary Baptist ChurchのDr. John Roach Stratonがいた。

反進化論運動は1930年代に衰退する。同様の州法案は1928年と1929年に否決された。他の要因も影響した。メソジスト派と長老派教会は理科教育に反対しないと明言した。著名な政治的指導者で、John Scopesを起訴した原理主義者のスポークスマンであるWilliam Jennings Bryanが死亡した。地質学者たちは全体として、進化論教育の禁止に反対した。原理主義者たちは戦線を拡大した。


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最終更新:2012年06月03日 13:17