冬、蓼食う虫もなんとやら

哩「温泉旅行?」

姫子「今度の連休、どうですかね?」

哩「悪かない……ばってん、部のことを放っておけんし」

姫子「そいは大丈夫ですよ。部のみんなの提案ですから」

哩「部のみんなが?」

姫子「部長、最近頑張りすぎだって」

哩「……うーん」

姫子「ちょうどここに知り合いからもらったペアチケットが、ほら」

哩「外堀が埋められとる……」

姫子「期限迫ってて、このままじゃ無駄になっちゃうって……で、どうですかね?」


哩「うん、行こう。みんなの好意ば無下にはできん」


姫子「やった!」

哩「行き先は決まっとーと?」

姫子「そいはですね……長野です」

哩「長野? 随分遠かとこやね」

姫子「まぁまぁ、タダで泊まれるんですし」

哩「ん、それもそうか」

姫子「あはは……」


姫子(こいは先輩に感謝やね……)



「見て見て! 温泉のペア宿泊チケット当たっちゃった!」

京太郎「良かったじゃん。親父と行ってこれば?」

「もう、反応薄ーい」

京太郎「んなこと言われてもな……その温泉近場だし」

「せっかくこれあげようと思ったのに」

京太郎「は?」

「女の子を誘ってあれやこれやできるのよ?」

京太郎「いや、相手がいないでしょ」

「久ちゃん誘えばいいじゃない」

京太郎「それはあからさますぎてちょっと……」

「えー? 今更じゃない」

京太郎「だからさ……」


京太郎(一度振ったような相手を温泉に、しかも二人きりで誘うのはどうなのよって話だよな)


京太郎「どうして親父と行かないんだよ? 今度連休もあるだろ」

「だからそれなのよ! お父さん連休中の休み消滅したって!」

京太郎「ああ……ご愁傷様」

「とにかく! ちゃんとこのチケットを消費すること、いい?」

京太郎「人の話聞いてたのかよ!」

「もう奈良の温泉の子や神代の姫様でもいいじゃない!」

京太郎「無茶言うな!」



京太郎「結局渡されてしまった……」

京太郎「どうする? 捨てたって言ったら絶対納得しないだろうし」

京太郎「一太と男同士で温泉とかありえないし……」

京太郎「うーん……いっそまこっちゃんでも誘ってみるか?」

京太郎「でも多分、久ちゃんを誘えって言われるだけなんだよな」

京太郎「みほっちゃんは……やっぱダメだよなぁ」

京太郎「まさか本当に県外から誰か呼ぶってわけにもいかないし」

京太郎「……てか、ペアの温泉に誘った時点で勘違いされるよな」プルルル

京太郎「誰だ? ……鶴田かよ」

京太郎「はい、もしもし――」


姫子『せんぱーい、助けてくださいよぉ』


京太郎「そうか、頑張れよ。それじゃ――」

姫子『ちょ、切るのはダメですってば!』

京太郎「いや、なんかお前の頼みごと聞いてたらいいように使われそうで」

姫子『……そんなことなかとですよ?』

京太郎「おい、今の間はなんだ」



京太郎「白水を休ませたい?」

姫子『部長、インターハイが終わってから張り詰めっぱなしばい』

京太郎「ふむ……たしかにあいつは背負い込みそうな感じするよな」

姫子『でも、この前先輩たちが来よったときはわりかしリラックスしてたみたいで』

京太郎「それで俺に相談を?」

姫子『はい……先輩、どげんしたらよかと?』

京太郎「いや、丸投げかよ」

姫子『お願いします。部長、私たちが言うても大丈夫の一点張りで……』

京太郎「うーむ……」


京太郎(そういうのは多少強引でも連れ出したほうがいいんだけどな)

京太郎(休ませる、リラックスか……温泉とかか?)

京太郎(温泉……ん?)


京太郎「……いいもんあるじゃん」


姫子『はい?』

京太郎「今度の連休、長野に来る気はあるか?」

姫子『先輩のとこですか?』

京太郎『旅館のペア券があるんだ。そっちに送るから多少強引にでも誘ってやんな』

姫子『強引に?』

京太郎「お前らに足りないのはそこだろ。断りにくい状況を作るのもありだな」

姫子『……ん、やってみます』

京太郎「おう」

姫子『先輩、意外と頼りになりますね』

京太郎「だったらお礼ぐらい言っとけ。愛の告白でも許す」

姫子『はいはい、愛しとーよー』

京太郎「はいはい、俺もだよー」

姫子『むぅ……もっと気ぃ、入れてほしか』

京太郎「少なくとも、あんな適当な告白をしたお前が言えることじゃないな」



京太郎「てなわけで、今度の連休に白水たちが来るってさ」

久「へぇ、こっちが訪ねられるってなんか新鮮かも」

まこ「温泉かい……いいのぉ」

京太郎「でもまぁ、ゆっくり休みたいみたいだからちょっかいは控えたほうがいいかもな」


久「……」

まこ「……」

京太郎「なんだその、普段不真面目な奴が珍しく真面目なことを言った……みたいな目つきは」

久「……そうね、挨拶ぐらいで止めときますか」

まこ「じゃな」

京太郎「おいー」



姫子「到着です、部長」

哩「んー、ここが……」

姫子「ね? 中々悪くなかとですよね?」

哩「うん、よかところばい。早速チェックインをば――」

姫子「ここは私に任せてほら、座っててください」

哩「あ、うん」

姫子「そいぎ、行ってきまーす」


哩「ふぅ、せっかくの機会……しっかり休まんと」


京太郎「そう思ってると、かえって休まんないんじゃないか?」


哩「うひゃっ」

京太郎「……大丈夫か?」

哩「す、須賀くんっ、なんでここに!?」

京太郎「ここらへんって俺の地元だし」

哩「まさか、姫子が言ってた知り合いって……」

京太郎「うん、俺のことだと思うよ」


姫子「あ、先輩」


京太郎「よう、ちゃんと着いたみたいだな」

姫子「ひょっとして、心配で見に来てくれたんですか?」

京太郎「まあな」

哩「姫子、説明」

姫子「あ、はい」



哩「うん、とりあえず納得したばい」

京太郎「あ、あとで久ちゃんたちも顔だすってさ」

姫子「染谷もですか?」

京太郎「来ると思うぞ?」

哩「ふむ、あん時の面子が揃うわけやね」

京太郎「……てい」ビシッ

哩「いたっ! なにするとね!?」

京太郎「今麻雀のこと考えたろ」

哩「なしてわかった!?」

京太郎「いや、わかるわ」

姫子「もう、部長が麻雀のこつばっかなのはわかっとります。ばってん、そいじゃ本末転倒ですよ」

哩「そ、そうやね」


京太郎「まあ、休もうと思いすぎず、頑張って休め」

哩「そいはどうすればよかとね……」

姫子「そうですよー、なんですかそん食べるラー油みたいな微妙なアドバイス」

京太郎「まあ、ボケっと湯にでも浸かってりゃいいんじゃね?」ポン


哩「――っ」


姫子「……ふんふん、なるほど」

京太郎「なに納得してんだ」

姫子「あ、ちょっとお花摘みに行ってくるんで先に部屋行っててください」

哩「姫子!?」

姫子「先輩、部屋まで荷物、よかとですか?」

京太郎「まぁ、そんぐらいならな」

姫子「じゃあ――」


姫子「こい、お願いします」


京太郎「……カメラ?」

姫子「部長の痴態をしっかりお願いします……!」

京太郎「待て、とりあえず待て」

姫子「先輩と二人きりにしといた方が初々しいとこ見れそうでして」

京太郎「だから待てっつってんだろうが」

姫子「私がこの目で見れんこつはこの上なく悔しかですが……!」

京太郎「お、おう……」

姫子「そいじゃ……!」


京太郎「……なんだあれ」

哩「ひ、姫子ぉ」プルプル

京太郎「いや、その反応はさすがに傷つくから」



京太郎「大体な? なんか今日は俺に対して腰が引けてないか?」

哩「……」


『サンキュー白水愛してるっ』


哩(落ち着け……落ち着け私!)

哩(あいは冗談やってわかっとるけん)

哩(そう、なんも心乱すこつはなかとね……!)

哩(やけん、しっかり相手の目ば見返してなんでもなかと言えば――)


哩「……そんなことないよ?」メソラシ

京太郎「おい、せめて俺の目を見て言え」

哩「大丈夫、大丈夫やけん」

京太郎「どこがだよ……あ、部屋はここだな。鍵開けてくれ」

哩「う、うん……」ガチャ

京太郎「おお、さすがにいい部屋だな。荷物、中まで運んどくな」



京太郎「よいしょっと……しかし、これやけに重たいな」

京太郎「気になるけど、見るわけにはいかないしな」


哩「お、お茶が入りました……」


京太郎「いや、なんで俺に気を使ってんだよ」

哩「荷物運んでくれたし、なにもせんと帰すわけにはいかん」

京太郎「まったく……ああ、危なっかしいなー」

哩「大丈夫、大丈夫やけん……」プルプル

京太郎「だからそういう風には見えないんだって」

哩「熱っ」

京太郎「ほら、言ったそばから――」


京太郎「――っと、悪い。荷物蹴っちゃった……」


京太郎「……なにこれ?」

哩「そ、そいは……」アワアワ

京太郎「え、ローターってやつ?」

哩「……さぁ?」ダラダラ

京太郎「他にもリード付きの首輪とか縄にムチ? なんか口に噛ませるっぽいものも……」

哩「……」

京太郎「……」


哩「……ふぅ、まいるよ」

京太郎「ダジャレか!」



哩「……」ズーン


京太郎「まぁ、俺は気にしないよ、うん」


哩「……」ズーン


京太郎「た、蓼食う虫もなんとやらってやつ? そういうやつがいたっていいじゃないか」


哩「……」ズーン


京太郎「あーもう! いつまでもウジウジしてんじゃねーよ!」ウガー!


哩「……ぁ」ピクン


京太郎「はい?」

哩「須賀くん、今の……」

京太郎「あ、ああ……少し乱暴な物言いだったか」

哩「ちょっともう一回……」

京太郎「え……どうしたんだよ、なんか変だぞ?」

哩「んぅ……ダメ、もっと乱暴に……!」

京太郎「待て! ちょっとこれは俺には未知の領域というか……」


姫子「あー! 二人だけでなんてずるかですよ!」


哩「あ、姫子……」

京太郎「入ってくるなりなんだお前!」

姫子「んぁ……やっぱ先輩の、よかぁ」

京太郎「お前もかよ! こんな挟み撃ち予想だにしてなかった!」


哩「す、須賀くん……」

姫子「せんぱぁい」


京太郎「いや待て、お前らそれ以上近づくんじゃ――」


久「――で、なにやってるのあんた?」


京太郎「久ちゃん! 助かった……!」

久「そこらに散乱してるので、ナニしようとしてたわけ?」

京太郎「……ひょっとして誤解を解くとこからスタート?」



京太郎「つ、疲れた……」

京太郎「もう俺が温泉に浸かりてぇよ……」


哩「隣、よか?」


京太郎「ん、ああ……風呂入ってきたのか」

哩「……さっきはごめん」

京太郎「もういいよ。俺が荷物ぶちまけなきゃ、ああはならなかったんだし」

哩「……やっぱり、イケメン」ポツリ

京太郎「褒めてもなんも出ないぞ」

哩「あ、聞こえよった?」

京太郎「こんな近かったらな……そういや、初めて会った時もこうやって二人で座ってたよな」

哩「……そうやね」

京太郎「思えばあの時とだいぶ印象が変わったな」

哩「印象?」

京太郎「物静かでクールなイメージだったけど、案外隙がある……」


京太郎「ま、その方が俺としては嬉しいけどな」


哩「そ、そう……」スクッ

京太郎「部屋、戻るのか?」

哩「ちょっと、風にあたってくる……」

京太郎「ついてこうか?」

哩「いや、一人で十分」

京太郎「わかった。風邪ひくなよ」

哩「ん……」フラフラ


京太郎「……あいつ、浴衣似合うな」



哩「ふぅ……」


哩(顔が、熱か)

哩(なんやろか、こいは)


『ま、その方が俺としては嬉しいけどな』


哩(ううん、大体はわかっとる)

哩(……姫子には伝わっとーと?)

哩(須賀くんはきっとわかっとらんやろうけど)


哩「私の――」
最終更新:2015年09月16日 20:56