冬、聖なる夜の修羅場

京太郎「久ちゃん、今日は何の日かわかるか?」

久「天皇誕生日?」

京太郎「そう、多分将来的には平成の日とかになるんだろうな」

久「どうかしらね? だって昭和の日が残ったのはゴールデンウィークの都合だと思うし」

京太郎「たしかに。それだったら代替わりするたびに祝日が増えてくもんな」

久「その内、一年中休みになったりね」

京太郎「それは魅力的だな」

久「はいはい。で、何が言いたいわけ?」

京太郎「ああ、つまりだな……」


京太郎「一年に一度しかない、しかも将来的には祝日ではなくなるかもしれないこの日を大切にしよう!」


京太郎「って思うんだよ」

久「なるほど、いい考えね」

京太郎「だろ?」

久「感動的だわ」

京太郎「そうだよな、だったら――」

久「でも無意味ね……はいこれ、次は英語ね」

京太郎「せっかくの休日が勉強で潰されていくっ!」



京太郎「あ~う~」

久「三時……ちょっと休憩にする?」


「はいはーい、差し入れ持ってきたわよー」


久「ありがとうございます」

「勉強見てもらってるんだし、これぐらいはね。あ、それともお邪魔だった?」

久「大丈夫ですよ。二人きりになりたかったら、そういうところに行きますから」

「きゃっ、大胆!」

京太郎「……うっさいよ」

「あら、生きてた」

京太郎「死んでてたまるか」

「しっかり頑張りなさいね。あ、しっぽりの方がいい?」

京太郎「知るか! 早くもの置いて出てってください……」

「それじゃあ後は若い二人でね」パタン


久「なんか相変わらずね」

京太郎「もうちょっと落ち着いててもいいと思うんだけどな……」

久「楽しそうでいいんじゃない? 両親そろってるしね」

京太郎「あー、またコメントしづらいこと言うなぁ」

久「冗談よ」

京太郎「しかしな……」


京太郎(よくよく考えりゃ、久ちゃんも照ちゃんも境遇が似てんな)

京太郎(両親が別れてて、母親の方について行って)

京太郎(いや、界さんたちはまだ離婚してはいなかったか)


久「なに?」

京太郎「世の無常さに思いを馳せてた」

久「そっちより現実の無情さに目を向けたほうがいいんじゃない?」ピラッ

京太郎「うっ」

久「もうちょっと偏差値ほしいわね」

京太郎「これでも上がったほうだと思うんだけど」

久「判定もいいとこDでしょ?」

京太郎「あんまり模試受けてないからわかんないけどな」

久「というわけで、休憩終わったらテストいってみますか」

京太郎「言うと思ったよ!」

久「ボーダーは合計で八割ね」

京太郎「高すぎね?」

久「大丈夫よ、小テストみたいなものだし」

京太郎「いやぁ、きついっす」

久「はいはい、とりあえず地理歴史からね」



京太郎「お、終わった……」

久「もうこんな時間……小テストでも全部やると時間かかるわね」

京太郎「ブッ倒れてもいい?」

久「私は帰るからご自由に」

京太郎「ん、なら送ってく」

久「ありがと」



久「ここまででいいわ」

京太郎「部屋まで送らなくてもいいのか?」

久「送るって言ったって二階だしね。それに、部屋に上げちゃいそうだし」

京太郎「散らかってる?」

久「今日は私一人なの」

京太郎「あ、はい」

久「じゃ、気をつけて帰ってね」

京太郎「ああ、またな」

久「……京太郎」

京太郎「ん?」

久「明日さ……やっぱいいや」

京太郎「いや、気になるんだけど」

久「いいから帰る!」ドン

京太郎「うおっ」

久「それじゃ、また明日」

京太郎「あ、ああ……」


京太郎(ん? 明日って言ったか?)

京太郎(……まあいいや、特に予定ないし)



京太郎「ふぁ……おはよ」

「あら、珍しく早起き」

京太郎「早起きったって、もう八時だろ」

「最近、休みの日は昼前まで寝てることもあるでしょ」

京太郎「……それもそうか」

「ご飯食べる?」

京太郎「うん」



京太郎「ごちそーさま」

「今日は?」

京太郎「予定なし」

「寂しいわねぇ」

京太郎「受験勉強で忙しいし?」

「休みの日はあまりしてないでしょ。今日土曜日だけど?」

京太郎「うっ」

「たまには家でっていうのもいいんじゃない?」

京太郎「そうだな……まあ、なんか手伝うよ」

「あ、じゃあご飯前にケーキ買ってきてくれない?」

京太郎「楽勝だね」


――ピンポーン


「あら、こんな時間に……はいはーい」タタタ


京太郎「なんだろ、宅配かな?」

京太郎「こんな早くからご苦労様だな」

京太郎「まぁ、顔でも洗うか」


「京太郎、お客さんよー」


京太郎「へ?」



「やあ、久しぶり」

京太郎「界さん?」

界「いきなりで悪いんだけど、ちょっと一緒に来て欲しいんだよ」

京太郎「もしかして、一大事ですか?」

界「ああ、そうなんだ……」

京太郎「わかりました、いま用意してきます」

界「すまない、俺が不甲斐ないばかりに……」


京太郎(一大事……もしかして咲になにかあったのか?)



京太郎「で、この車どこ向かってるんですかね?」

界「長野駅だね」

京太郎「一大事ってのは」

界「あいつが、帰ってくるんだ」

京太郎「……まさか、しばらく会ってない別居中の妻が帰ってくるから緊張してるなんてことないですよね?」

界「いや、緊張はしてないんだ……ただ、余裕がなくて照の相手ができるか不安で」

京太郎「それ同じことだから! てか照ちゃんも来るのか……」

界「娘のことは任せたよ」ポン

京太郎「おい父親」


京太郎「はぁ……それで咲は? そもそもならあいつを連れてこれば良かったんじゃ」

界「あいつは部活に顔を出すって」

京太郎「えぇ? 家族が来るのにですか?」

界「元々は明日の予定だったんだ。急に早まってね」


京太郎(そういやまこっちゃんの店でなんかやるって言ってたな)

京太郎(どうも受験勉強してるからって遠慮されてる節があるよな、最近)

京太郎(……寂しいぜ)ホロッ


京太郎「そういうことなら、付き合いますよ」

界「頼んだ。今日この一日で冬休みがどうなるか決まるんだ」

京太郎「つまり、冬休み中はこっちにいるってことですね」

界「ああ……」


京太郎(なんかすっごい重大なことを任された気がするけど、照ちゃんに付き合えばいいだけだよな?)

京太郎(にしても、こっちにいるってことはあれだよな、久ちゃんとも顔合わせる機会があるかもってことか)

京太郎(そして、勉強のために俺は頻繁に会っていると)

京太郎(……やばい、やな予感がしてきた)


界「どうした、まるで浮気がバレそうな男みたいな反応して」

京太郎「そんな馬鹿な」

界「限りなく黒に近いグレーってところか」

京太郎「そんな馬鹿な」

界「ま、自由があるうちに楽しんでおくのもありかもな」

京太郎「……そうかもですね」


京太郎(てかこの人、まさか浮気が原因で別居してるんじゃないだろうな)



界「ひ、久しぶり……元気してたか?」カチンコチン


照「……」


照(お父さん、すごい緊張してる)

照(夏に私と会ったときはそうでもなかったのに)

照(そういえば、咲いないんだね)

照(一日早まったからしょうがないかな)


京太郎「お、いた」

照「えっ」

京太郎「界さん走ってくんだもんな。やっと追いついた」

照「……」

京太郎「照ちゃん?」

照「……こっち」グイッ

京太郎「うおっ」



照「……」ツカツカ

京太郎「ちょっ、どこまで行くんだよ」

照「……」パッ

京太郎「到着か? あんまり人いないとこに来たけど――」


照「京ちゃんっ」ギュッ


照「京ちゃん京ちゃん京ちゃん……!」ギュウウ

京太郎「ね、熱烈だな」

照「会いたかった、ずっと」

京太郎「時々電話してなかったっけ。にしては今日来るって聞いてなかったけど」

照「会いたかった、ずっと」

京太郎「メールだって結構頻繁に……」

照「会いたかった、ずっと」

京太郎「……はい」



照「……ふぅ、いっぱいくっついた」

京太郎「あんま人いなくて良かったよ」

照「私の作戦勝ち」

京太郎「だからこんなとこまで引っ張ってきたのか」

照「お父さんたちに見られるの、ちょっと恥ずかしかったし」

京太郎「そういえば、黙ってきたけど良かったのか?」

照「あ、そうだ」ピッ


照「もしもし……お母さん」

照「うん、京ちゃんと一緒」

照「わかってる、明日は家にいるから」

照「わかった、それじゃ――」ピッ


京太郎「で、なんだって?」

照「お父さんと話すから今日は好きにしていいって」

京太郎「奇遇だな、俺もしばらく暇なんだよ」

照「しばらく?」

京太郎「今日は家でイブの予定でさ、ケーキ買ってくるように頼まれてるんだ」

照「ケーキ……!」

京太郎「やっぱりそこに食いついたか」

照「いつ、いつ買いに行くの!?」ユサツサ

京太郎「わ、わかった、後で一緒に買いに行こうぜ」

照「善は急げ」グイグイ

京太郎「後でって言ってるだろうがっ」



京太郎「午前中なのに人多いなぁ」

照「お店も開いたばかりなのにね」

京太郎「大体は家族連れにカップル……」


京太郎(街中にカップルが多い理由はあれだろうか)

京太郎(性……じゃなくて、聖夜に向けての下準備ってところか)


照「……えいっ」ギュウウ

京太郎「はは、照ちゃん握力ないなぁ。どうしたよ」

照「あの女の人のこと、じっと見てた」

京太郎「ん? ああ、あの人じゃなくて、あの二人だな」

照「男の人の方も?」

京太郎「もうこんな時期だしな。カップル、目立つよな」

照「私たちも傍から見たらカップルだよ?」

京太郎「……たしかに」

照「じゃあ、こうして……」ギュッ


照「腕組んでたら、もっとそれっぽく見えるかな?」

京太郎「これ、実は歩きにくいんだけどな」

照「久しぶりの雪道で転びそう。だから京ちゃんにつかまってる」

京太郎「そういうことならしかたないな」

照「うん、しかたないね」


ゆみ「須賀」


ゆみ「……と宮永照、か?」

京太郎「加治木、こんな朝から奇遇だな」

照「初めまして……じゃないね」

ゆみ「ああ、そのようだ」

京太郎「知り合いだったのか」

照「一緒にポッキーを食べた仲」

ゆみ「同じチームを応援した仲だよ」

京太郎「はぁ、インハイでそんなことが……」

ゆみ「何を言っているんだ?」

照「京ちゃんの試合、一緒に観てた」

京太郎「俺の試合……まさか中学の時のか?」

ゆみ「あの時は名前もなにも知らなかったが」


ゆみ(そうか、あの時のガッツポーズは彼女に向けたものだったか)

ゆみ(少し恥ずかしい勘違いをしてしまったな)


ゆみ「幼馴染か……お似合いじゃないか」

照「当然」

京太郎「お似合いの幼馴染ってなんなんだろうな」

照「きっとお墓まで一緒っていう意味だと思う」

京太郎「そ、そりゃヘビーだな」

照「……そういえば、この人も京ちゃんの試合見に来てたんだよね」

京太郎「そうだけど」

照「違う学校の人だったんだよね?」

京太郎「そうだな」

照「……私の見てないところで声かけたんだ」ジトッ

京太郎「なんでそうなるかな」

照「……」プイッ


京太郎(ヘソ曲げちゃったよ……腕はホールドされっぱなしだけど)

京太郎(だが、手がないわけじゃない)ゴソゴソ


京太郎「おっと、ポケットの中にポッキーの箱が」

照「――っ」ピクッ

京太郎「照ちゃんと食べようと思ってたけど、今はそんな気分じゃなさそうだしな……」

照「くっ……」プルプル

京太郎「そうだ、加治木。一緒に――」

照「た、食べたい……京ちゃんと一緒に」

ゆみ「……なにをやっているんだ、君たちは」



ゆみ「実のところ、声をかけたのは私なんだ」

照「むっ」

京太郎「そうだっけ?」

ゆみ「あまりに必死にプレーしているから、気になったんだ」

照「ダメ」グイッ

ゆみ「いや、君から引っペがそうとしているわけじゃない……ただ、青春というものが羨ましかったんだ」

京太郎「お前も麻雀にのめり込んでたろ」

ゆみ「やってみたんだよ、誰かを見習って」

京太郎「そうか、ならその誰かさんに今度飯でも奢ってやったらいいんじゃないか?」

ゆみ「よく言う……ところで、試合に誘ってきたのはそっちだったな、たしか」

照「京ちゃん、やっぱり……」ジトッ

京太郎「えーっと、そうだったっけ?」



ゆみ「じゃあ、私はそろそろ」

京太郎「誰かと待ち合わせか?」

ゆみ「ちょっとモモたちと」

京太郎「お前ら仲いいなぁ」

ゆみ「そっちほどじゃないさ」

照「京ちゃんどうしよう、夫婦に見えるって」テレテレ

ゆみ「いや、そこまでは言ってない」

京太郎「ま、まあ……また今度な」

ゆみ「ああ」



照「結局、加治木……さんとはなにかあったの?」

京太郎「またストレートに聞いてくるな」

照「気になる」

京太郎「色っぽい話はなんにも。ただ……恩人だな」

照「恩人?」

京太郎「色々落ち込んでるときに、連れ出してくれたんだよ」

照「……そうなんだ」


照(落ち込んでる時って、きっと……)


京太郎「なんで照ちゃんが落ち込んでるんだよ」ポン

照「だって……」

京太郎「……色々あったけどさ、今は一緒に居られるだろ」

照「うん、そうだね」


『おーほっほっほ! これだけプレゼントを買えば今夜は安泰ですわ!』

『うわ、これ全部今夜中に?』

『当然ですわ』

『うちの人数と比べて多すぎないかな?』

『何を言いますの! 大は小を兼ねる、ですわ!』

『たしかに少ないよりはマシだけどさ……とりあえず、車に置いてくるね』


照「なんだろ、あの人たち」

京太郎「さぁ、なんだろうな……とりあえずここを離れようぜ、疾く疾く」


透華「おや、そこにいるのは……」


京太郎「げっ」

照「?」

透華「やっぱり!」

京太郎「ひ、人違いじゃないかなー?」

透華「いいからこちらを向きなさいっ」グイッ


京太郎「……どーも」

透華「私を馬鹿にしていますの?」

京太郎「そんな、滅相も」

透華「まったく……最近はろくに顔を出さないし」

京太郎「これでも受験生だからな?」

透華「うちに来るならその必要もありませんわ」

京太郎「そうは言うけどよ……」


照「ねぇ、この人は?」


透華「あなたは……まさか、宮永照?」

照「どうも、初めまして」ペコッ

透華「こちらこそ、龍門渕透華ですわ」

照「いつも京ちゃんがお世話になってます」

透華「……どういう関係なんですの?」

京太郎「どういうも、おさなな――」

照「恋人です」

透華「はぁっ!? どういうことですの……!」ギリギリ

京太郎「ちょっ、締まってる締まってる!」



透華「とにかく、これは我が屋敷の使用人ですわ。認めません」

京太郎「これ呼ばわりとか」

照「そっちが認めなくても事実は変わらない」

京太郎「だから、そもそもそれがおかしいだろ……」

透華「生憎と所有権はこちらにありますわ」

京太郎「人権どこいった」

照「そんなの関係ない」

透華「つまり、腕ずくで奪っていくと?」

照「そうとってもらっても構わない」

透華「その度胸だけは認めてあげますわ」

京太郎「……」


京太郎(二人共人の話を聞かない上に、なんだか雲行きが怪しい……)

京太郎(……ここはあれしかないか)


京太郎「――あんなところにスーパーのどっちの限定フィギュアが!!」


透華「――!?」バッ


透華「どこ、どこにありますのっ!」キョロキョロ


京太郎「よし、行くか」

照「スーパーのどっち?」

京太郎「でまかせだ。今のうちに離脱しようぜ」

照「うん」ギュッ


透華「どこにそんなものが……あら?」


一「透華ー? 荷物置いてきたよ」

透華「ムッキー! してやられましたわ!」ダンダン

一「うわぁ」



京太郎「ふぅ、追って来る気配はないな」

照「使用人って?」

京太郎「あいつの家でバイトしてるから、その流れで言ってるんだろ」

照「そのまま就職?」

京太郎「どうだろうな……照ちゃんはプロになるんだっけ」

照「うん」


京太郎(そういやプロの弟子の見習いなんだっけ、俺)


京太郎「俺はなにも決めてないよ。こんな時期なのにな」

照「たしかにみんな慌ただしくしてるね」

京太郎「一応は受験勉強もしてるんだけどな」

照「意外だね。旅にでも出るんじゃないかなって思ってた」

京太郎「それいいなぁ」

照「ついて行ってもいい?」

京太郎「照ちゃんはプロになるんだろ」

照「そうだった……」


美穂子「えっと、材料はこれで足りるかしら?」


京太郎「お、みほっちゃん」

照「福路美穂子」

京太郎「知ってるのか」

照「京ちゃんこそ……しかも呼び方」ボソッ

京太郎「ちょっと声かけてくるか」

照「あ、待って」


京太郎「よっ、買い物帰り?」

美穂子「あ、京太郎さん」

照「……」ムスッ

美穂子「それと……宮永、照さん?」

照「……どうも」

京太郎「二人は知り合いなのか?」

照「インターミドルとインターハイで何度か」

京太郎「そっか、そういうつながりだったか」

美穂子「あの、お二人は――」

照「妻です」

美穂子「はぁ、妻ですか……えっ、妻!?」

京太郎「おい、さっきよりグレードアップしてないか?」

照「キスもした」

美穂子「き、キスも……」

照「その先も……」ポッ

美穂子「そ、そんな……」

京太郎「あー、照ちゃんちょっとこっち来ようか」グイッ

照「あうっ」


京太郎「いくらなんでもホラ吹きすぎだ」

照「ダメ、あの女は危険」

京太郎「危険? みほっちゃんに限ってそんな」

照「その呼び方。ちゃん付けなんてほとんどしないよね」

京太郎「だから危険ってなんだよ」

照「だって胸も大きいし……」

京太郎「……あのさ、まさか照ちゃんが言う危険って」

照「あの女はとにかくダメ。ダメったらダメ」

京太郎「そ、そこまで言うか……」


美穂子「……」シュン

京太郎「みほっちゃん、さっきのは照ちゃんの冗談だからさ」

美穂子「本当、ですか?」

京太郎「俺が嘘言ったことあるか?」

美穂子「……いっつも冗談言ってからかってきますよね?」

京太郎「あれー?」

照「京ちゃん、行こ」クイクイ

京太郎「そんな急かすなよ」

美穂子「急いでます?」

京太郎「いや、そういうわけじゃない。用事ったってケーキのお使いぐらいだしな」

照「そういうわけで私たちは忙しい」

京太郎「また説得力に欠けることを……」

美穂子「ケーキ……もし良ければ、私が作りますけど――」


照「ケーキ、作れるの?」ガシッ


美穂子「は、はい……一応は」

照「……」クンクン

美穂子「きゃっ、な、なんですか?」

照「たしかにそれっぽい匂いがする」

京太郎「犬かよ」

照「利きシャンプーもできる」

京太郎「いや、知ってるけどさ」

照「とにかく、さっきのは訂正する。お菓子を作れる人間に悪い人はいない、きっと」

京太郎「照ちゃんも判断基準が大概あれだよな……」


京太郎「みほっちゃん、頼んでもいい?」

美穂子「はい、任せてください」



京太郎「ケーキ、ありがとな」

美穂子「いいんです。材料費は出してもらいましたし」

京太郎「にしたって普通に買うよりは安上がりだけど」

美穂子「私にもメリットはありますから」

京太郎「そうか? なら立派なギブアンドテイクだな」

美穂子「はい、おいしく食べてくださいね」


照「……」



照「やっぱりあの女は危険」

京太郎「意見が一周回って戻ってきたな」

照「でもケーキには感謝しないと」ホクホク

京太郎「あれだけつまみ食いしたんだからもう十分じゃないか?」

照「あれはまた別腹」

京太郎「別腹の別腹とは恐れ入るな……」


京太郎「……うち、来るんだろ?」

照「うん、ケーキ食べたいし」

京太郎「それだけか?」

照「……カピちゃんたちにも会いたいな」

京太郎「おう」


久「あれ、ちょうど帰ってきたとこ――」


久「……なんでその女がいるわけ?」

照「……それはこっちのセリフ」


京太郎(……アカン)


照「用事がないならどこか行って。私たちは京ちゃんの家に行くから」

久「奇遇ね。私も行き先が一緒なの」

照「はっきり言うと邪魔」

久「また奇遇ね。同意見よ」

照「……」

久「……」


京太郎「ま、まぁ……とりあえず家に向かわないか?」

照「京ちゃん、この女は邪魔だよね?」

京太郎「いや、別に」

久「だって」

照「むっ……鍵かけて閉め出すからいい」

久「合鍵持ってるんだけどね」チャラ

照「……ズルい、私も持ってないのに……!」

久「ま、ここ数年で色々あったしね、色々」

照「きょ、京ちゃん……」プルプル

京太郎「あー、もういいから行くぞ」



京太郎「……」

照「……」

久「……」


「まさかこんなことになるとはねぇ」

「浮気がバレた男、みたいなことになってるじゃないか」

「修羅場ね、修羅場」

「クリスマスイブにやらかすとはたいしたもんだ」


京太郎(……外野、うるせぇ!)


久「あなたは久しぶりなんじゃない? この家」

照「そうでもない。九月に一回来たし」

久「私は最近、けっこう入り浸ってるんだけどね」

照「勉強の邪魔になってる」

久「教えてるの私だから。一緒の大学行く予定だし」

照「……京ちゃん、本当?」

京太郎「一緒に勉強してるのは本当だ」

照「大学は?」

京太郎「受けるけど、行くかどうかは未定だな」

照「わかった……つまり、いやいや勉強させられてるってことだよね」


京太郎(あながち外れてない!)


久「根拠は?」

照「京ちゃん、学校の勉強嫌いだから」

久「……それはそうね」

照「だから、あなたが無理強いしてる」

久「ふぅん……でも、本当に嫌なら絶対やらないと思うんだけど?」

照「ぐっ、たしかに……」


京太郎(やっぱ口じゃ久ちゃんには敵わないよな)

京太郎(不毛だし、終わらせるか)


京太郎「いい加減なんか食べようぜ。ケーキもせっかくみほっちゃんが作ってくれたし」

久「え、これ美穂子が?」

照「なかなかの腕前だった」

久「……京太郎、デレデレしてたでしょ」

照「うん、あの女は危険」

久「そこには賛成ね」

京太郎「また妙なとこで結託したなぁ」



京太郎「ごちそうさま」

照「ごちそうさまでした」

久「ごちそうさまでした」


京太郎「俺は片付け手伝うから、適当にくつろいでてくれ」


照(って)

久(言われたけど)


照「……」

久「……」


照(絶対無理……)

久(無理よね、これ)


「キュッ?」


照「カピちゃん」

久「カピじゃない」

照「むっ」

久「あら?」


「キュッ」トコトコ

照「ふふ、前に会った時よりちょっと毛が伸びたかな?」

「キュ~」スリスリ

久「……普通に懐いてるのね」

照「前は、よく来てたから」

久「でしょうね」


久「ほら、ここ撫でられるのが好きなのよね」ナデナデ

「キュッキュッ」

照「……知ってるんだ」

久「一日世話してたこともあるしね」

照「……私も撫でる」



「京太郎、あれ見て」

京太郎「ん?」


久「この子の毛、ごわごわしてないから触り心地がいいのよね」

照「もふもふしてる」

「キュー」


京太郎「……なんだ、仲良くできるんじゃん」

「喧嘩するほど仲がいい、仲良きことは美しきかな」

京太郎「つまり?」

「喧嘩は美しい! なんちゃって」

京太郎「色んな注釈とか例外をすっ飛ばした結論だな、それ」

「カピに感謝しときなさいよ?」

京太郎「わかってるよ」



「キュ……」ウトウト


京太郎「もう遅くなってきたな……二人共、帰るなら送ってくぞ」

照「ううん、泊まってく」

久「へぇ、なんの荷物も持ってなかったみたいだけど?」

照「あ、そういえばお母さんに預けっぱなしだった」

京太郎「ならしかたないな」

照「家に荷物を取りに行けば……!」

久「いや、ここはおとなしく帰りなさいよ」

京太郎「そうしたほうがいいな」

照「……わかった」ムスッ



久「雪、降ってきたわね」

照「朝には積もってそう」

久「うちは関係ないけどね」

照「……ありがとう」

久「なによ、いきなり気持ち悪いんだけど」

照「こっちもあなたにお礼を言うなんて吐きそう」


照「でも、京ちゃんを支えてたのはあなただと思うから」

照「あなたがずっと妬ましかった。けど、あなたがいなければきっと京ちゃんは私に声をかけてくれなかったから」

照「だから、そのお礼」


久「……そういう見方もあるのね」

照「もう二度と言わない」

久「そう……じゃあ私も」


久「あいつが私についてきてくれたのは、多分あなたのおかげ」

久「太陽だの女神だのってうざったいけど、あなたがいなかったらきっと入学式の時、声かけてこなかっただろうから」

久「だから、ありがとね」


照「……気持ち悪い」

久「でしょ? もう二度とやらないから」

照「そうして」

久「私たち、敵同士だしね。不倶戴天ってやつ」

照「お礼は言ったけど、それとこれとは別だから」

久「わかってるわよ」

照「ならいい」


京太郎(なんて会話が聞こえてくるんだけど)

京太郎(多少仲良くなってるように見える、なんて言ったらぶん殴られるかな)

京太郎(……ま、ああいう関係もありなのかもな)



京太郎「じゃあ、またな照ちゃん」

照「うん、京ちゃんも」

久「ほら、さっさと家に入りなさいよ」

照「そんなの私の勝手」

久「寒いんだけど」

照「知らない」

久「京太郎も同じよ?」

照「京ちゃん、うち寄ってく?」

京太郎「いや、久ちゃん待たせてさすがにそれはな」

久「というわけで、ここからは二人きりね」

照「むっ……あ、そうだ」


照「京ちゃん、クリスマスプレゼント」グイッ

照「――んっ……それじゃあね」


京太郎「……」

久「……」

京太郎「ま、まあ……大胆なプレゼントだったな」

久「やってくれたわね……」ギリッ

京太郎「……さ、帰ろうぜ」

久「今からホテル行く?」

京太郎「いやいやいやいや」
最終更新:2017年01月31日 16:50