夏、衣の麻雀講座

衣「きょうたろー! 早くー!」

京太郎「はいはい、子供は元気だなー」

衣「子供じゃなくて衣!」


ハギヨシ「京太郎くんは衣様と随分打ち解けたようですね」

透華「ええ、まるで兄弟ができたかのような……あんな衣は久しぶりに見ますわ」

ハギヨシ「彼を招き入れて正解でしたね」

透華「それもあなたの判断ですわ。感謝しなければいけませんね」

ハギヨシ「それは私よりも彼に言ったほうがいいでしょう」

透華「ええ……」

ハギヨシ「お嬢様、なにを心配されているのですか?」

透華「いえ、なんでもありませんわ」

ハギヨシ「……出過ぎたことを、申し訳ありません」


透華(いくら衣が懐いても、彼はいずれここを去る……)

透華(その時、衣がどうするのか……)


透華「月が満ちるまで、後三日」



京太郎(ここ数日、麻雀を教えてもらって気づいたことがいくつかある)

京太郎(まず――)


衣「京太郎、それ捨てたら次同じの来るよ?」

京太郎「――え? あ、本当だ」


京太郎(どっかの姉妹と同じように、まるでどこになんの牌があるのかわかっているような物言い)

京太郎(どうりで似たような感じがするわけだ)

京太郎(次に――)


衣「だから、次に引いたら揃うから後は――できた」

京太郎「まったくわかんねー」

衣「しょうがないやつだな、きょうたろーは」


京太郎(打ち方がなんというか……感覚的だ)

京太郎(多分これは生まれ持った才能ってやつだろう。学んだところで身につくかどうか)

京太郎(そして最後に――)


衣「ふんふふーん」

京太郎「……なぁ、なんで膝の上に乗ってんだよ」

衣「だって後ろからじゃ見えないし」

京太郎「まぁ、いいけどさ」


京太郎(膝の上に乗っけると、ものすごく収まりが良い)

京太郎(妹とか娘がいたらこんな感じなんだろうか?)

京太郎(なんにしても、悪くはない)


衣「京太郎、聞いてるのか?」

京太郎「え、あ、もちろん」

衣「じゃあ教えた通りやってみて、海底ツモ」

京太郎「ごめんなさい無理です」



衣「まったく、京太郎ときたら!」

透華「また彼がなにかやらかしたのですか?」

衣「いくら衣が言葉を尽くしてもまったく上達しない。これでは衣の相手など夢のまた夢だ!」

透華「困ったものですわね」クスクス

衣「笑い事じゃないぞ。衣は真剣にやっているというのに!」

透華「ふふ、人に麻雀を教えるのは楽しい?」

衣「わからない……自分で打っているだけのときとはまるで趣が違う」


衣「――でも、あの時間、衣はたしかに笑っていた」


透華「そうですか……彼が来て良かった。本当にそう思いますわ」

衣「うん! 夜が明けるのが待ち遠しいな……」



京太郎「ふぃー、執事の仕事も結構ハードだな」

京太郎「戦闘力はともかく、体が資本ってのは本当だな」

京太郎「お、メール来てる。久ちゃんからかな」


『待ち合わせは7時に駅前で。遅れないように』


京太郎「……そんな念押さなくても忘れないっての」


衣「きょうたろー! 早く早くー!」

京太郎「あ、悪い。今日はちょっと用事あるんだ」

衣「……え?」

京太郎「同じ部活の仲間と晩御飯食べに行くんだよ。前から約束してたからさ」

衣「……なか、ま」

京太郎「まぁ、たまには龍門渕さんと水入らずで過ごしてくれよ。じゃあ、また明日」



衣「……そう、だった」

衣「衣は京太郎だけでも、京太郎は衣だけじゃない……」

衣「京太郎が来るのも明日が最後」

衣「衣はまた置いてかれるのか?」

衣「……いやだ」


衣「深い水底に引きずり込んででも、離さない……!」ゴッ



透華「衣? 須賀京太郎はもう帰ったのですか?」

衣「うん、でもこれが最後の離別だ」


衣「明日、月が昇れば……ふふっ」


透華「ーーっ」ゾク


衣「家族が増える……透華も嬉しいよね?」
最終更新:2015年03月11日 02:52