ネリー・ヴィルサラーゼ――空も飛べるはず

ネリー「うーん、なんかちょっと物足りないよね」

ハオ「なにが?」

明華「梱包材ですか? それならいくつかありますけど」

ハオ「それはあなたの暇つぶし道具でしょう」

明華「じゃあお寿司食べに行きます? イクラとか数の子とか飛っ子とか」

ハオ「魚卵ばかり……自分が食べに行きたいだけですね」

ネリー「あ、それいいかも」

ハオ「え、魚卵が?」

明華「おやぁ?」

ネリー「別にお寿司じゃなくてもいいけど。お腹すいちゃったかも」

ハオ「それなら油條でも食べに行く?」

ネリー「中華? か、辛いのはやだよ?」

明華「なら間をとって海ぶどうでも」

ハオ「それはどことどこの間をとったんですか」


智葉「ああ、ここにいたのか」


明華「智葉さん、終わったんですか?」

智葉「これで晴れて卒業だ」

メグ「マサカ、この国でハイスクールを出ることになるトハ……」シミジミ

ハオ「恭喜。あなたたちと共にあったこの一年、とても貴重な経験になりました」

智葉「それはお互い様だよ。一筋気なお前の気性、結構気に入っていたんだ」

ネリー「ねぇねぇ、せっかくだしお祝いにご飯食べに行こうよ」グゥ

智葉「そうだな。本音がどこにあるにせよ、もういい時間だ」

明華「お寿司ですね」

ハオ「まぁ、この際なにを食べるかはともかくとして」

メグ「ラーメンデスネ」

智葉「お前は相変わらずだな……」

ネリー「うん、それでいいよ。メグのおごりなら」

明華「珍しいですねぇ。いつもならいくつか文句を言ってるところなのに」

メグ「それより、私の奢りトハ一体……」

智葉「なら行くか。メグ、オススメの店はあるか?」

メグ「オススメ……この前見つけた辛味噌のラーメンが一押しデスネ」

ハオ「辛味噌……興味がありますね」

ネリー「ダメ! それは絶対ダメっ!」



ネリー「うぅ、食べるんじゃなかった……」ヒリヒリ

ハオ「たった一口だけなのに……」

智葉「そもそもなんで一口食べたいなんて言い出したんだ」

ネリー「……だって、みんなあんな美味しそうに食べてるから」

メグ「フフフ、チャーハンに逃げようともラーメンの魅力からは逃れられマセン!」

明華「ところで、味が一種類だけというのは珍しかったりしません?」

メグ「イエイエ、こだわる店はトコトンこだわるものデス」

明華「はぁ、それが日本の職人というものですか」

智葉「そういう気概は好きだな。……後でうちの連中にも教えてやろう」

ハオ「しかし、これだけの味なら監督も誘っておけばよかったですね」

明華「監督も忙しそうですからねぇ」

ネリー「サトハー、お水ー」

智葉「ほら。監督はどうなるかな」

メグ「契約更新の時期デスネ」

ネリー「そっか、この国では年度末だもんね」


智葉「さて……そろそろ出るか」

メグ「そしてシメのラーメンといきマスカ」

明華「ラーメンの後にもう一杯ラーメンですか?」

ハオ「さすがにもう一杯は入りませんね」

メグ「心配いりマセン! ハーフサイズもありマス」

智葉「そもそもラーメンの締めにラーメンというのがおかしい」

ネリー「ネリーは別にいいよ? ラーメン食べられなかったし」

メグ「ガッテン承知の助! 今度はアッサリ系を攻めマショウ!」


明華「おやぁ? なにやらもう一件の流れになってますねぇ」

ハオ「どうします?」

智葉「夜は夜でどんちゃん騒ぎだ。それまでは付き合うよ」

明華「わかりました。じゃあ私も」

智葉「別にお前たちまで無理に付き合う必要は――」

ハオ「今日の主役は智葉とメガン、そうですよね?」

智葉「……すまないな、無粋なことを言った」



ネリー「うぅ、食べ過ぎたぁ……」

ハオ「ハーフにしておけばいいのに」

ネリー「だって、メグがお代出してくれるって言うから……」

智葉「メグ、あまりネリーを甘やかすな」

メグ「思いマシタ……ラーメンを広めるための出費……むしろ本望だと!」

明華「なら私の分もお願いしますね♪」

ハオ「明華、ふざけすぎですね」

明華「ほんのフレンチジョークですよ」



智葉「さすがにそろそろ帰らないとな」

明華「まだまだ明るいですよ?」

智葉「よくよく考えたら、着付けやらなにやらで時間がかかりそうだからな」

メグ「オオ、さすがはお嬢」

智葉「その呼び方はやめろ」


ハオ「ではこれで解散ですね」

明華「智葉さんたちは広い世界に飛び立ちますか」

メグ「久しぶりデスネ……心が滾りマス」

智葉「とは言っても私はひとまず大学だがな」

明華「錆びつかせないでくださいね?」

智葉「インターカレッジがある。そうそう退屈はしないさ」

ネリー「さよならは言わないよ。だって今度は世界で卓を囲むんだから」

ハオ「ネリー……」

ネリー「……うぷっ」


ハオ(苦しいなら黙っていればいいのに……)



京太郎「でさ、今度そっちに行くからなんかうまい店紹介してくれよ」

智葉『卒業旅行か?』

京太郎「にしてはちょっと長くなると思うけどな」

智葉『結局大学には行かないのか』

京太郎「ま、最後まで迷ってたけどな」

智葉『……竹井のことは辛かったな』

京太郎「久ちゃんに聞いたのか?」

智葉『ちょっと前にな』

京太郎「そうか……なら気を使う相手が違うだろ」

智葉『向こうには散々気を使ったさ』

京太郎「俺は気楽なもんさ。今だってこうやってプラプラしてるしな」

智葉『ウソを言うな。今だってケジメをつけるために回っているんだろう?』

京太郎「ついでな、ついで」

智葉「せいぜい刺されないようにな」

京太郎「うっ……」


京太郎(そんなことはない、と信じたい……)


智葉『まぁいいさ。そうだな……ラーメンでも食べに行くか?』

京太郎「いい店知ってるのか?」

智葉『ああ、でも最近は一緒に行く相手がいなくてな』

京太郎「わかったよ。じゃあ付き合う」

智葉『付き合うのはこっちだ』

京太郎「はは、たしかな」

智葉『じゃあ、東京に着いたら教えてくれ』

京太郎「迎えに行くよ」

智葉『余計な火種を持ち込むな。うちの連中が騒ぐ』

京太郎「あ、はい」

智葉『それと、ネリーのことも忘れるなよ』

京太郎「……わかってるよ」

智葉『余計なことを言ったか』

京太郎「いや、たしかにその通りだ」

智葉『そうか。じゃあ、またな』

京太郎「ああ」プツッ


京太郎「ま、こんなもの用意してみたんだけどな」

京太郎「さて、あの守銭奴のお気に召すかな?」



明華「今日はいい天気ですねぇ」

ハオ「あなたの日傘も大活躍、といったところですか」

ネリー「暑……まだ四月だよね?」

ハオ「春は気温の浮き沈みが激しいそうだけど」

ネリー「昨日は寒かったのに……へくちっ」

明華「暖かいのにくしゃみ?」

ハオ「風邪?」

ネリー「どうだろ……へくちっ」

明華「一緒にお昼でもって思ってたんですけど」

ハオ「寝てたほうがいいね」

ネリー「うん……そうしようかな」


アレク「なんだ、風邪?」


ネリー「監督」

アレク「や、体調管理は自己責任だよ?」

ネリー「わかってるってば」ムスッ

明華「ところで、今年はどうですか?」

アレク「結構粒ぞろいだと思うよ。ま、サトハクラスとなると中々いないんだけどね」

ハオ「楽しみですね」

アレク「他の国からも有望そうなの引っ張ってきたからね。あんたらも頑張んなよ」

ネリー「ま、ネリーにはかなわな……へくちっ」

アレク「っと、これ以上体調悪くされても困るね」

ハオ「歩ける?」

ネリー「うん……」フラフラ


明華(これは具合悪そうですねぇ)

明華(さてさて、元気を出してもらうには……)



京太郎「風邪?」

明華『ほら、大好きな相手の顔見れば元気出ません? 恋は特効薬って』

京太郎「なにそれ、経験則?」

明華『さて、どうでしょうか?』

京太郎「ミステリアスだな」

明華『謎多き女ということで』

京太郎「ま、ちょうどよかったな。今東京だからさ」

明華『おやぁ? もしやこちらの大学に?』

京太郎「いいや、ラーメン食べに」

明華『メグちゃんがいたら嬉々として一緒に行ったんですかね』

京太郎「だろうな」


京太郎「まあ、じゃあこれから顔出すよ」

明華『はい、そうしてあげてください』

京太郎「一応プレゼントもあるしな」

明華『愛の告白も添えて?』

京太郎「からかうな」

明華『ふふ、人にエロいんですなんて言わせたのは誰でしたっけ?』

京太郎「わ、若気の至りだから……」

明華『そういえば、ハンドボールをやってたとか』

京太郎「ん? 話したっけ?」

明華『いえ、前に智葉さんから少し。そこから麻雀に転向というのは珍しくありません?』

京太郎「怪我の後遺症ってやつだ。ま、よくある話だろ」

明華『残念ですねぇ、実は結構好きなんですけど』

京太郎「え、俺のこと?」

明華『さあ、どうでしょうか?』

京太郎「わかってるよ。ハンドボールが、だろ?」

明華『それはもちろん。でも、あなたが怪我をしなければどうだったでしょうか?』

京太郎「さぁね。怪我をしなくてもハンド続けてたかどうかはわからないしな」

明華『もしもの話というやつですね』

京太郎「そういうことだ。気にしたってしかたない」


京太郎(そう、気にしたってな)


京太郎「そろそろいいか?」

明華『もしかして誰かをお待たせとか?』

京太郎「ガイトと一緒にラーメン食べてたからな」

明華『まあ、まさかそんな関係だったとは……!』

京太郎「どんな関係だ」

明華『一緒にラーメンを食べる仲……よくよく考えたら、あまりロマンチックじゃありませんねぇ』

京太郎「そういうことだ」

明華『では……待ってますね、ネリーちゃんが』

京太郎「はいよ」プツッ


京太郎「というわけだ」

智葉「お前の声だけで全部把握できたと思うな」

京太郎「ちょっとお前の母校の方に行ってくるって話だ」

智葉「そうか……明華からか?」

京太郎「ネリーが風邪ひいたんだと。お前も来るか?」

智葉「いや、邪魔はしないさ」

京太郎「なんだ、お見通しかよ」

智葉「さて、な……なんにしても、ケジメをつけてくるのはわかっているつもりだ」

京太郎「せいぜい玉砕しないように祈っててくれ」



ネリー「だるいや……風邪なんて久しぶりかも」

ハオ「何か買ってこようか?」

ネリー「甘いもの。クレープとか食べたら良くなるかも」

ハオ「汗をかくと良くなるらしいし、辛いものとか」

ネリー「人でなしっ!」

ハオ「冗談だから」

ネリー「ホントに? ホントのホントのホントに?」

ハオ「警戒しすぎだと思うよ?」

ネリー「もう、慰謝料請求していい?」

ハオ「そうだね、クレープ一つなら」

ネリー「妥当だね」

ハオ「じゃあ、安静にね」


ネリー「……他人に甘えるなんてなぁ」

ネリー「ううん、他人っていうには長く一緒にいすぎたかな」

ネリー「ライバル、チームメイト、仲間……」

ネリー「……こっちに来て手に入ったものって、お金だけじゃないのかも」

ネリー「それに……」トクン


『冗談だ。年上には甘えとけ』


ネリー「絶対、ネリーのものにしてやるんだから」


――コンコン


ネリー(ハオ? それにしては早いし……ミョンファか監督?)


ネリー「いいよ、入って」


京太郎「――そんじゃ、おかまいなく」ガチャ


ネリー「……なんで?」

京太郎「ん? お見舞いだけど」

ネリー「そうじゃなくって!」

京太郎「ああ、どうやって入ったかだったら、入口のとこでハオと鉢合わせてな」

ネリー「そうでもなくて――へくちっ」

京太郎「あー、おとなしくしとけって」



京太郎「――そんなわけで、たまたまタイミングが良かったってのもあるんだけどな」

ネリー「ミョンファが……」

京太郎「あいつもお前のこと心配してたんだろ」

ネリー「みんな、将来は敵同士なのにね」

京太郎「とか言ってるけど、満更でもないだろ」

ネリー「知らない」プイッ


ネリー「そもそも、サトハと一緒にお昼食べてたってなにさ」

京太郎「こっち来たからおすすめの店を紹介してもらったんだ」

ネリー「ネリーには連絡してくれなかったのに!」

京太郎「んー、それにはいくつか理由があるけど……そもそもお前の連絡先知らないし」

ネリー「あっ、たしかに」

京太郎「それと、一番後回しにしようって思ってたからな。色々ケジメ案件があってだな」

ネリー「ケジメ?」

京太郎「そうしないとほら……」グイッ

ネリー「んんっ――」


京太郎「――こういうことも、心おきなくできないだろ」

ネリー「風邪、うつっちゃうよ?」

京太郎「散々待たせた慰謝料だ。引き取ってやるよ」

ネリー「ダメ、全然足りない……もっと、甘えさせてよ」

京太郎「望むところだ」ギシッ


ネリー「キョウタロウ……」シュル

京太郎「ネリー……」


――ドサッ


京太郎「ん?」

ネリー「……どうしたの?」

京太郎「今、ドアの方から――」


ハオ「あ、あなたたちは……」カァァ

明華「あぁ、いいところだったのに……」


ネリー「は、ハオにミョンファ!?」

ハオ「ん、んんっ……そういうことをするのなら、せめてドアを閉めたほうが」

明華「ささ、私たちにかまわずヤっちゃってください」

京太郎「無茶言うな!」



京太郎「なんか、すっごい疲れた……」

ネリー「ネリーも……」

京太郎「あのフランス人っぽくない名前のフランス人め……!」

ネリー「はぁ……もうなんだかそういう気分じゃなくなっちゃった」

京太郎「でも、かえってよかったかもな。体に負担かけても良くないし」

ネリー「する気満々だったくせに」

京太郎「そりゃあ、今まで色々と我慢してきたし」


京太郎「だけど、順序は守らないとな」ゴソゴソ


京太郎「ほら、生涯賃金の半分どころか、給料の三ヶ月分にも全然届かないけどな」

ネリー「これ……髪飾り?」

京太郎「後ろで纏めてるだろ。そこに着ければいい感じかと思ってさ」

ネリー「……」

京太郎「ネリー、好きだ。お前が行くなら、故郷にだって世界の果てにだってついて行ってやるよ」

ネリー「キョウタロウ……」コツン


ネリー「順序守るとか言ってたのに、キスの方が先なんだ」

京太郎「え、ダメ出し?」

ネリー「でも、許してあげる。だって、この髪飾りもキョウタロウも、もうネリーのものだもん」

京太郎「そうか……ならちゃんと言葉にしてもらわないとな」

ネリー「え?」

京太郎「俺は言ったのに、お前は言わないとか不公平だからな」

ネリー「で、でも、キョウタロウはネリーのことが好きで、ネリーのものだから……」

京太郎「こんな関係なのに気持ちは一方通行かー、悲しいなー」

ネリー「~~っ」


ネリー「――す、すき……」ボソッ


京太郎「ん? 時期外れの蚊でも出たか?」

ネリー「好きっ! ネリーもキョウタロウのことが好き!」

京太郎「よく言えたな、えらいぞ」ナデナデ

ネリー「うぅ~」カァァ

京太郎「なにか言いたそうだな」

ネリー「慰謝料、絶対払ってもらうんだから」

京太郎「また手でもつなぐか?」

ネリー「それよりも……ギュってしてほしいな」

京太郎「お安い御用だ」ギュッ


ネリー「……ねえ、キョウタロウ?」

京太郎「なんだ?」

ネリー「これからもずっと一緒にいてね」

京太郎「ああ」

ネリー「そうしたら、きっと自由に――」




『エンディング――空も飛べるはず』
最終更新:2018年01月01日 11:50