夏休み、遠征初日

久「……あいつ、なにやってんのかしら?」

部長「たしかに遅いね。出発までには間に合うって言ってたけど」

久「電話にも出ないし……」

部長「ちょっと心配だね」

久「……私は別に」


部長(とか言いながらすごい貧乏ゆすり……)


久「どうかしました?」

部長「どうもしないよ……あ、来たんじゃないか?」


京太郎「ちょっ、ちょっと待った!」


部長「慌てなくてもまだ電車は出ないよ」

京太郎「あ、そうですか」

部長「随分遅かったね。寝坊?」

京太郎「それと、ちょっと準備に手間取って」

久「……なにその荷物」

京太郎「なにって、遠くに行くなら色々必要になるだろ」

久「はぁ? 私は別に……」

京太郎「久ちゃんのじゃない、俺のだって」

久「あんたまさか……ついてくる気?」

京太郎「もちろん。一人で行かせるのは心配だからな」

部長「なるほど、そのためのバイトだったわけだ」

久「あの、納得してないでなんとかしてもらえます?」

部長「うーん、でも泊まり込みってわけでもないし」

京太郎「そうだそうだー」

久「あんたはちょっと黙ってなさい」

京太郎「はい」



久「で、結局ついてきたわけね」

京太郎「もう電車の中なんだから、諦めておとなしくおしゃべりでもしよーぜ」

久「……はぁ」

京太郎「ため息ついてる暇なんてないぞ。ほら、ウノもトランプもあるんだからな」

久「カードゲームね……いいわ、ボッコボコにしてあげる」

京太郎「俺も大富豪では鳴らした口だ。舐めてもらっちゃ困るな」

久「そういうことは一回でも麻雀で勝ってから言いなさい」

京太郎「麻雀とは勝手が違うってことを忘れんなよ!」



久「革命よ」

京太郎「あ、俺も革命」

久「……まあ」

京太郎「……だな」

久「二人で大富豪やるとこういうことにもなるわよね」

京太郎「ゲームの選択ミスだったか……よし、スピードをやろう」

久「オーケーよ。それなら二人用だし」

京太郎「負けねーぞ」



京太郎「快、勝!」

久「ま、まさかあんたにテーブルゲームで負けるとは……」

京太郎「元運動部の反射神経舐めんなよ」

久「……じゃあ今度はブラックジャックやるわよ」

京太郎「望むところだ!」



京太郎「……うぼぁ」

久「ま、こんなとこね」

京太郎「このゲームって思いっきり久ちゃんの土壌じゃんよー」

久「そこはお互い様よ」

京太郎「くっそー、じゃあ次はババ抜きやるぞババ抜き!」

久「それはまたつまんなさそうね」



京太郎「ところでさ」

久「なに?」


京太郎「俺たち、どこに向かってるわけ?」


久「今更それなのね……」



京太郎「奈良?」

久「そうよ」

京太郎「なんで、奈良? 鹿とたわむれにでも行くのか? それとも大仏?」

久「とりあえずあんたの奈良に対する印象はよくわかったわ」

京太郎「じゃあ他になにがあるってんだよ」

久「……桜とか?」

京太郎「とりあえず俺たちがたいして変わらないレベルだってことはわかった」


久「なんでも、インターハイであの小鍛治プロに跳満ぶち当てたプレイヤーの出身地なんだって」

京太郎「出身地……なぁ、それって」

久「言いたいことは大体わかるけど、どこかの高校に行けば誰かしら相手はいるでしょ」

京太郎「……思ったんだけどさぁ、うちの部長って結構行き当たりばったりだよな」

久「ま、でもなにもしないよりはマシね」

京太郎「それもそうだな」



久「で、ここどこよ?」

京太郎「奈良のどこか」

久「それはわかってる」

京太郎「うん」

久「……」


京太郎「……てへ、迷っちゃった」


久「迷っちゃった……じゃない!」

京太郎「いたっ! なにすんだよー」

久「あんたについて歩いてたからこうなったんでしょうが!」

京太郎「うっ……知らない土地だし、地図もないし……」

久「はぁ……目的地はそう遠くないはずだし、誰かに道を聞きましょ」

京太郎「だな……あ、早速誰か来た」


「さ、寒いぃ……」


京太郎「……」

久「……」

京太郎「今は夏だよな? なのにあんな厚着で、しかも寒いって?」

久「さ、別の人探すわよ」


「も、もうだめ……」


京太郎「……なんかフラフラしてんですけど」

久「私たちは何も見てない……いいわね?」

京太郎「いや、ダメだろ」


「クロちゃん、ごめんね……」


京太郎「――っと、走馬灯にはまだ早いだろ」

「……あれ、地面が硬くない?」

京太郎「大丈夫か?」

「誰、ですか?」

京太郎「それより自分の心配しとけって。どこか休める場所は……いや、まずは病院か?」

「あの、それだったら私の家が近いから……」

京太郎「そうか……よいしょっと」

「ひゃっ」

京太郎「それじゃ、道案内頼むわ」

「は、はい……重く、ないですか?」

京太郎「ん、平気へーき」


京太郎(この子、厚着してるからわかんなかったけど……)

京太郎(めっちゃ胸でかい)

京太郎(……うん、たまには迷子も悪くない)


久「……せいっ」

京太郎「いでっ!」

久「鼻の下、伸びてる」

京太郎「え、マジで?」

「あの、喧嘩は……」

久「大丈夫よ。それより早く行きましょうか」

京太郎「はいよー」
最終更新:2015年03月11日 03:58