智葉「もうこんな時間か」
久「そろそろ解散かしらね」
菫「やばい、寮の門限過ぎてる……」
久「それはご愁傷様ね」
京太郎「……」
菫「でも、今日は色々と勉強になったよ。改めて礼を言わせてくれ」
久「助かったのはこっちなんだけどね」
智葉「あのグランドマスターと対局することができた。それだけでも価値ある一日だった」
久「あら、私のことは?」
智葉「もちろんそれも含めてだ」
京太郎「……」
久「それじゃ、来年のインターハイで会いましょ」
菫「私もそれまでにもっと腕を磨いておこう」
智葉「次はその悪待ち、完全に断ち切ってみせるさ」
久「ちょっと、ただでさえ強いんだから勘弁してよ」
菫「じゃあ私は射抜いてやるよ」
久「人気者はつらいわね……」
京太郎「……なんか強敵との再戦を誓ってるところ悪いけどさ、その陰で犠牲になった俺のことも忘れないでください」
久「あら、いたの?」
京太郎「いたよ、ずっといたよ。わかってただろ」
久「じゃあ、生きてたの?」
京太郎「もし死んでたとしたら殺したのはお前らだからな!」
菫「すまない、練習に付き合ってくれて本当に助かった」
京太郎「あ、こちらこそ」
智葉「ただのナンパ男ではなかった、ということだな」
京太郎「人聞き悪くね?」
智葉「だがあの声のかけ方はナンパとしか思えなかったからな」
久「……あんた、変なことしてないわよね?」
京太郎「してないよ。誠心誠意説得しただけだっての」
智葉「どうだかな」
京太郎「ちょっ」
智葉「ふふ、冗談だよ」
京太郎「二人共強かったな」
久「強豪校ってのは伊達じゃないってことね」
京太郎「それに綺麗だったし……おもちも中々」ボソッ
久「何か言った?」
京太郎「いや、ひどい目にあったなって」
久「全部あんたの自業自得じゃない」
京太郎「それは……そうだな」
久「ま、結果的に良い経験になったけど」
京太郎「なら感謝しろよー」
久「殴られたいの?」
京太郎「ちょっ、腕は下ろそうぜ」
久「グランドマスターと対局してみたらこっちの気持ちもわかるかもね」
京太郎「対局以外でひどい目にあったから……」
久「だから自業自得だっての……あー、お腹空いた」
京太郎「もう晩飯時だしな……せっかくだからなんか食べてこうぜ」
久「そうね、どうせだったらがっつり食べたいな」
京太郎「よーし、じゃあ……あそこのカツ丼なんてどうよ?」
久「カツ丼……まぁ、いいか」
京太郎「なら早速行こうぜ」
京太郎「お、以外と混んでんなー」
久「こんな時間だし、仕方ないんじゃない?」
京太郎「テーブル席は空いてなさそうだな……」
久「カウンターでもいいからとりあえず座りましょ」
「おや? 君は……」
久「げっ……」
京太郎「なんだよ、知り合い?」
久「さあ、人違いじゃない? それよりご飯よご飯」
「知らないフリしないでくれ。久だろ?」
京太郎「おい、名前で呼んでるぞ?」
久「知らないったら知らない……!」
「上埜……じゃなくて今は竹井だったな」
京太郎「おい、苗字まで知ってるぞ? やっぱ知り合いだろ」
久「あぁもう! なによ、靖子……!」
靖子「やっと返事してくれたか。まさかこんなとこで会うとはね」
久「私だって出くわすなんて思ってなかったわよ……」
京太郎「この人、どっかで見たことあるような……」
久「プロだからね」
京太郎「プロ……ああ、藤田プロ!」
靖子「そうだけど、あまり大声で呼ばないでくれ。あまり周りに騒がれても困るし」
京太郎「でも小鍛冶さんの後だしな」
靖子「なんだ、小鍛冶プロに会ってきたのか」
久「ひっどい目にあわされたけどね……」
靖子「ひどい目……まさか打ったのか?」
久「……そうだけど」
靖子「そうか……また麻雀を始める気になったのか」
久「今年のインターハイには間に合わなかったけどね」
京太郎「あの、それでお二人さんはどんな関係?」
靖子「そういえば君は、久の恋人か?」
久「勘弁して……」
京太郎「その反応、地味に傷つくから」
靖子「ふぅん、でもこいつは素直じゃないからね」
京太郎「ですよね」
靖子「まぁ、いわゆる近所のお姉さんというやつだ。私は長野出身だからね」
京太郎「なるほど」
靖子「幼馴染、ね。そういえばそんな話を聞いたことがあるような」
京太郎「え、気になる」
靖子「あれはたしか――」
久「靖子!」
靖子「っと、わかったわかった。言わないから落ち着いてくれ」
京太郎「そんなー」
久「終わりっ、この話題は終わり!」
京太郎「すっげー気になる……生殺しじゃん」
靖子「少なくとも、君は嫌われてないってことだよ」
久「だーかーらー!」
靖子「はいはいわかったわかった。お姉さんは黙ってるよ」
靖子「んー、中々おいしかったな」
久「相変わらずのカツ丼好きね」
京太郎「無類のカツ丼好きとは聞いたけど……食べ過ぎだろ」
靖子「そうかな? 大食いの人たちよりは少ないと思うけど」
京太郎「比べる対象が間違ってると思いますよ」
久「太るわよ」
靖子「ところがそうじゃないんだな」
久「ぐっ……たしかに」
靖子「ところで、これからどうするんだ? どこかホテルでもとってあるのか?」
久「日帰りよ。そんなお金ないしね」
京太郎「右に同じく」
靖子「そうか……なら、ちょっと付き合わないか?」
久「時間ないって言ってるでしょ」
靖子「そこまで時間はかからないよ。終わったら駅まで車で送る」
久「……もし乗れなかったら車で長野までお願いね」
靖子「おいおい、三時間はかかるんだぞ?」
久「もしの話でしょ。それともそんなに遅くなるわけ?」
靖子「まぁ、いいや。それじゃあついてきてくれ」
京太郎「ところで、どこに?」
靖子「それはね……」
靖子「インターハイの会場だよ」
久「……」
京太郎「へぇ」
靖子「あと少ししたら、ここで全国の頂点を競う大会が始まる」
久「……ここが」
久(ここでインターハイが……)
京太郎「……久ちゃん?」
久「大丈夫よ」
京太郎「ならいいけどさ」
久「それで、ここを見せてどうしたいわけ?」
靖子「来年、ここに立つんだろ? なら目指す場所を見といたほうがいいと思ってね」
久「そう……」
靖子「さて、私の用はここまでだ。どうする? すぐに駅に向かうか?」
久「もうちょっと、ここにいる」
靖子「そうか……じゃあ車の方で待ってるよ」
久「で、あんたもここにいたいの」
京太郎「違う。久ちゃんと一緒にいたいんだ」
久「そう」
久「……ねえ、インターハイ、出られるかな?」
京太郎「さぁな」
久「なによそれ。あんたもハンドボールの大会出たことあるんでしょ」
京太郎「俺はチームプレー主体だったからな。自分一人でどこまでできるかとかそういうのとは違ったし」
久「チームプレー……団体戦。そういえばあの女も団体戦に出てるのよね」
京太郎「あの女? ……ああ、みほっちゃんね」
久「……よし、決めた」
久「来年、団体戦でも全国狙うわ」
京太郎「団体戦? うちの麻雀部で?」
久「そう。だからまずは部員集めからね」
京太郎「そりゃまたしんどそうだな」
久「でも、手伝ってくれるんでしょ? 京太郎」
京太郎「今、名前で……」
久「なんか問題ある?」
京太郎「いや、全くない」
久「ならいいでしょ」
久(私は、性格も麻雀もひねくれてる)
久(でも、これでちょっとは素直になれたかな?)
菫「た、ただいま……」
「菫、遅かったね」
菫「寮監にこってり絞られたよ……」
「ご愁傷様。ポッキー食べる?」
菫「ああ、一本だけ」
「ん……」クンクン
菫「どうかしたのか?」
「なつかしい匂いがしたから」
菫「なんだそれ?」
「ううん、多分気のせいだから」
菫「そうか。そういえば今日、面白い連中と会ったんだ」
「それでこんなに遅くなったの?」
菫「ぐっ……た、たしかにその通りなんだが……まあせっかくだから聞いてくれ」
「うん、いいよ」
「……」
菫「とまあ、小鍛冶プロと打つ機会があったわけだ」
「そっか、元気になったんだ……京ちゃん」ボソッ
菫「相当の実力だったよ。あれで手加減されていたんだから恐ろしい……聞いてるのか?」
「うん」
菫「しっかりしてくれよ? お前は団体戦にも個人戦にも出場するんだから」
「問題ないから……」
「ねぇ、菫」
菫「なんだ?」
「夏、始まるね」
最終更新:2015年03月11日 06:58