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 ――それは始まりの日。
今ではもう思い出になってしまった、始まりの日。





 さっきから視界がゆらゆらする。
あと一時間で授業も終わりなのに、教室に戻れそうもない。

「う…」

 無意識に壁に寄りかかる。もう立っているのも辛くて目を閉じた。
最近は身体の調子がいいと思っていたけど、悪くなる時って急にこうなるんだなあ…と
壁の冷たい感触を感じながら考えていた。

「お、おい。大丈夫か?」

 男の人に声をかけられる。
誰かな…クラスメイトじゃなさそう。知らない人だと思う。
うっすらと目を開けてその人の顔を見てみる――やっぱり知らない人だった。
たぶん上級生かも知れない。

「熱があるじゃないか…ちょっと待ってな」
「…はい」

 ひょい、と身体を抱え上げられる。
力持ちだなあ…というわけじゃなくて私が軽いだけかも。

「先生、急患!…っておい」

 ドアを勢いよく開ける。
でも、保健室に先生はいないみたいだった。渋い顔をしながら彼は私を
ベッドに寝かせる。

「まだ苦しい?」
「少し…」
「熱があるからなあ。こんな時に先生がいないなんて」

 そう言いながら私の額に手を当てる。
その手が、少しひんやりして気持ちよかった。

「家に電話しようか。この分だと6時間目は無理だろ?」
「あ…そう、ですね」
「番号は?」

 電話番号…なんだったっけ。
ええと…これは自分の家の番号でお姉ちゃんの家の番号じゃないし。
困った。頭がぼーっとしててよく思い出せない。

「う~…」
「…熱出てるから頭が回らないか。名前とクラスだけでも教えてくれたら
担任の先生に言って電話してもらうけど」
「すみません…」
「いいって」
「1年D組の…小早川ゆたか…です」
「小早川ゆたかちゃんか。わかった。少し待っててくれな」
「はい…」

 布団を肩までかけてくれてから、彼は保健室を大急ぎで出て行った。
――優しい人だなあ。

「……」

 しばらく目を閉じて横になっていると、廊下からばたばたと何人分かの
足音が聞こえてきた。

「ゆーちゃんっ!生きてる!?」
「こらっ、病人がいるんだから大声出すな!」

 こなたお姉ちゃんの声に続いて、さっきの先輩?の声が聞こえてきた。
ゆっくり目を開けると二人の姿が目に飛び込んでくる。

「あ…お姉ちゃん…」
「ゆーちゃん、だいじょうぶ?」
「たぶん…」
「熱出してるから大丈夫とは言えないだろ。迎えはどうする?」
「お父さんに頼んだから心配ないよ。男も心配性だなあ」
「うっさい」

 男さん…っていうんだ。

「もうしばらくしたら来ると思うから、それまで寝ててくれよ」
「はい」
「こなた、ゆたかちゃんを頼む。ちょいと外見てくるわ」
「はいはーい。男も年下の子には弱いね」
「…そういうわけじゃない。具合悪そうにしてる人を置いておけなかったんだ」
「そういうことにしといてあげるよ」

 このままいるとお姉ちゃんにからかわれ続けそうなので、男さんは
保健室を逃げるように出て行く。

「あの…」
「ん?」

 自分でもわかるくらい小さい声だったけど、その呼びかけは彼に届いてくれた。

「ごめんなさい。迷惑かけちゃって」
「気にするなって」
「じゃ…その、ありがとうございました」

 きっと『ごめんなさい』よりはそっちの言葉を望んでいたのか。
男さんは少し微笑みながら、

「…どういたしまして」

 そう返してくれたのだった。






 それは始まりの日。
私とその人が出会った、始まりの日。

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最終更新:2008年07月01日 01:45