アットウィキロゴ
 翌朝になると、熱はすっかり下がっていた。
身体のけだるさもなくなっている。これなら今日は大丈夫だろう…とか、そうやって
油断しているとまた昨日みたいに急に具合が悪くなったりするかも知れない。

「おはようございます」

 こなたお姉ちゃんと叔父さんはもう起きていた。
台所でお姉ちゃんが朝食の支度をしている。

「おはよう、ゆーちゃん」
「具合はどう?」
「もう大丈夫…だと思う」

 あんなに急に悪くなることなんて最近はなかったから私も驚いていた。
ちょっとだるいかなっていうくらいのことはたまにあったけれど。

「無理はしちゃいかんぞ。何をするにも健康第一だからな」

 叔父さんのその一言でなぜかお姉ちゃんの動きが止まった。
…ええっと、なんでそんな真剣な顔をしてるんだろう。

「ゆーちゃん、今日は傘持ってった方がいいよ」
「え?いい天気だけど…」
「お父さんがまともなこと言ってる。これは荒れる予感がするね」
「…いつもはまともじゃないみたいだなー」

 学校に着いてから、そのままこなたお姉ちゃんについていく。
男さんに昨日のお礼を言いたかったからだ。あ、先輩って呼んだ方がいいのかな。

「ゆーちゃん、ちょっと待っててね」
「うん」

 教室前の廊下で登校する人達を窓から眺めながら二人を待つことにする。
少し経ってこなたお姉ちゃんだけが教室から出てきた。

「ごめんゆーちゃん、まだ男は来てないね。そろそろ来ると思うけど」
「あ、そうなんだ…」
「そんなにがっかりしないの。休みってわけじゃないんだし」
「が…がっかりはしてないけど」

 予鈴まであと二~三分になったところで、ひとり歩いてくる姿が目に入った。
間違いない、男さんだ。ああでも…先輩って呼ぶべきかな、やっぱり。

「おと…先輩!」
「おはよ~、男」
「おはよう。君は…ゆたかちゃんか。おはよう」 
「お、おはようございます」

 いざ本人を目の前にすると頭が真っ白になる。
ありがとうって言うだけなのに、たった一言が出せなくなってしまっている。

「ゆーちゃん?」
「えっと、何か用事があったのか?」
「…は、はいっ」

 男さんにとってはきっと別にいいよなんて思われてるし、言われるだろうけど。
私はやっぱり、改めてお礼を言っておきたいから。

「き、昨日はありがとうございました」

 言いながら思い切り頭を下げる。
感謝の気持ちはもちろんあるけど、それ以上に何故かこの人に面と向かうのが
恥ずかしかったから。

「あ…ああ。いや、昨日もうお礼は言ってもらったから」
「そ、そうですよね」
「でも、うん…それでもありがとう」

 もしかして迷惑だったかな…とも思ったけど、男さんは笑顔でそう返してくれた。

「いやー、男は優しいなー。私にもその優しさをちょっと分けてほしいよ」
「それじゃまるで俺がいつもは優しくないみたいだな」
「いやいや、別に男が冷たいっていうんじゃなくて、ゆーちゃんに対しては普段以上に
優しいという意味だよ」
「そ…そうか?」
「自覚がないだけだよ。ね、ゆーちゃん」
「わ、私にはちょっとわからないなー」

 こなたお姉ちゃんの言葉に二人して戸惑っていると、予鈴が鳴り始めた。
い、いけない。まだ教室に行ってなかったんだ。

「ご、ごめんなさい。行きますね」
「お…おう。気をつけてな」
「無理しちゃダメだよ~」
「うん」

 上級生の行き交う流れに逆らって自分の教室に急ぐ。
――焦る気持ちの中に、さっきの彼の笑顔がふわりと浮かんで消えた。

 始業二分前に教室の自分の席に到着。
彼に会えたのとお礼を言えた嬉しさで時間のことをすっかり忘れていた。

「珍しいね、ゆたか。時間ぎりぎりなんて」

 みなみちゃんがやってくる。
確かに珍しい…のかな。いつもお姉ちゃん達と一緒の時間に登校してるし。

「まだ具合悪い?」
「ううん、そうじゃないの。ちょっと三年生のクラスに行ってたから」
「三年生?」
「昨日、具合が悪くなった時に保健室に運んでくれた先輩がいてね」
「ああ…そのお礼を言いに行ったんだね」
「うん」

 なんでだろう。
お礼を言いに行った。たったそれだけのことなのに、こんなにも暖かい気持ちなのか。 

「なるほど」
「?」
「ゆたかが教室に入って来た時から機嫌がよさそうだと思ったけど」
「そ、そう?」
「…男の先輩?」
「う…うん」
「なるほどね」

 …何がなるほどなの?

「気になるんだけど…」
「いや、独り言だから気にしないで」


 結局、みなみちゃんは何も教えてくれなかった。
気になって後からまた聞いてみたけど、微笑むだけでやっぱり何も教えてはくれなかった。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2008年07月01日 01:47