「男、わだじに……
……キス、してくれたじゃない!!」
「………」
その沈黙がどれくらいだったのかわからない。
短かったのかもしれないし、長かったような気もする。
俺は自分の声でその沈黙を破った。
「……ごめん、かがみ。あの時の俺は……その、まだ迷ってたんだ……でも今はもう……かがみには申し訳ないけど……」
「……あんたさえ」
それは、
「あんたさえいなければ……」
俺に向けられた言葉ではなかった。
「みゆきッ!あんたさえいなければ良かったのにッ!」
さっきまでの嗚咽交じりの声が、沈黙のうちに元に戻っていた。
さっきまで震えた声を発していたのと同じ口から出ているとは思えない怒声。
高良さんに掴みかかりかねない迫力。
「何なの?あんた……一度男のことフッたくせに。いまさら……中途半端な気持ちならやめなさいよね!男も迷惑するだけよッ!」
高良さんに歩み寄る。
「待て!かがみ――」
俺が二人の間に割って入ろうと身体の重心を目に移した、その時。
「かがみさん――」
静かな声だった。
しかし有無を言わさぬプレッシャーを込めた声。
……あの日、ドーナツ屋で聞いたあの声が、
俺の代わりに、かがみの動きを止めた。
「――少し頭を冷やしましょうよ、かがみさん」
高良さんから、表情が消えていた。
冷たい目だけが妙な迫力を持っていた。
「いきなりそんな大声を上げるなんて……五月蝿いですよ?かがみさん」
「……ッ!?」
絶句するかがみ。
まさか高良さんがそんなことを言うなんて、
そんな反応が返ってくるなんて……
予想もしていなかった、というような顔をした。
そして、俺も多分そんな顔をしてたと思う。
まるで時間が止まったようだった。
いや、時間が止められたようだった。
高良さんの一言で。
世界《ザ・ワールド》ッ!!
ナイフもロードローラーも飛んでは来なかったけれど……
「かがみさん……」
時間は動き出す。
高良さんの言葉で。
「………ッ!?な、何よ!?」
我に返ったかがみが一瞬遅れて言葉を返す。
「怒鳴らないでください。五月蝿いですから」
……大事なことなので二度言いました。
「う、うるさくて悪かったわね!」
「かがみさん。では、あなたは男さんのことが本当に好きなんですか?」
「あ、当たり前じゃない!一度はフッたくせに、あとから都合よく男に告り直したあんたとは違――」
「じゃあ、男さんに従ってください」
「……!?」
「男さんの決断を尊重してください」
「………ッ!あ、あんた、自分が選ばれたからっていい気になってんじゃないわよッ!」
「いいえ、いい気になんかなってませんよ。それに私は従いましたよ?例え、男さんが私を選ばなかったとしても、私は男さんに従いました。だって大好きな男さんの言うことですもの。だから私は……」
そこで彼女は、うふふ、と少し笑った。
「そう、例え男さんが私のことを選んでくださらなかったとしても……男さんに従いましたよ?
あなたのように、
男さんの決断を否定するようなことはしませんでした。
男さんの邪魔になるようなことはしませんでした。
男さんを困らせるようなことはしませんでした。
男さんを煩わせるようなことはしませんでした。
男さんを不快にさせるようなことはしませんでした。」
「……う、うる……さ……い……」
かがみは声を絞り出すのがやっとだった。
「だからあなたも、
従ってください。
否定しないでください。
邪魔しないで下さい。
困らせないで下さい。
煩わせないで下さい。
不快にさせないで下さい。そして……
……それができないなら消えてください」
ひどく無機質な感じで、彼女は続けた。
「そうですよ。消えてください。消えてください。消えてください。消えてください。消えてください。消えてください。消えてください。消えてください。消えてください。消えてください。消えてください。消えてください。消えてください。消えてください。消えてください」
冷たく、機械的に言い放つ高良さん。
同じ顔のはずなのに、俺の知ってる女神とは別の顔に見えた。
あの時以上に……
あのドーナツ屋での出来事の時以上に……
「もう……いいよ、高良さん……」
こんな高良さんは見たくない!!
「消えてください。消えてください。消えてください。消えてください。消えてください。消えてください。消えてください。消えてください。消えてください。消えてください。消えてください。消えてください。消えてください。消えてください。消えてください。それもできないなら、私が消し――」
「……もういい!やめろ!やめてくれ!」
「やめてくれ!!みゆきッ!!」
『みゆき』
その時、俺は初めて彼女を下の名を呼んだ。
最終更新:2008年07月12日 19:14