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「………」

 彼女は黙って俺の目の前に立っていた。

「あ、あれ?たからさ……みゆき?先に昇降口に行ったんじゃ……」

 みゆきは俺を見つめていた。

 すがるような、それでいて咎めるような目で。

 しかも、俺の唇の辺りを見ている気がした。

 俺の唇を。

 かがみの感触が、

 あの柔らかな感触がまだ消えていない俺の唇を。



 さっきのあれを見ていたのか……?
 かがみとのキスを……

 俺にとっては事故みたいなものではあったが、俺の心はやましい気持ちで一杯だった。

「かがみさんとのお話は……」

 みゆきは近づいてきた。

 まっすぐ俺を見ている。

 すがるような目で。
 咎めるような目で。

「……もう、済んだんですか?」

「え、ああ……終わったよ」

 かがみの感触の消えない唇で俺は答える。

「そうですか……」

 それ以上、何も言わなかった。

 ただ俺を見つめるだけだった。

 そして、俺の手を取った。

 俺は少し、ぎくりとした。

「一緒に帰りましょう。あの……手をつないでいただいてもよろしいですか?」

「え……?うん、もちろん」

「ありがとうございます」

「何か、こうしてると付き合い始めたんだなって実感するな」

 俺はやましさを振り払うように、明るく言った。

「そうですよね。男さんは私を選んでくださったんですものね」

 笑顔ではあるが、言葉にトゲがあるように聞こえる……

 お、怒ってるのかな……?

「そうですよ。男さんは私を選んでくださったのに……許せない……」

 まるで俺にではなく、みゆき自信に言い聞かせているような口調だ。

 背筋に嫌な感触を感じた。

 みゆきはやっぱり、さっきのを……

「あの、みゆき。さっきの……」

「うふふ、嬉しいです」

「え!?」

「そう呼んでいただけると嬉しいです。『みゆき』って。さっきそう呼んでもらえた時すごく嬉しかったんです」

「あ、ああ……ほら、もう俺たち付き合ってるわけだしさ」

 うふふ、と微笑むみゆき。

 しかし、心なしか瞳は曇っているようだった……

「かがみさんだって、その意味に気づいたはずなんです。なのに、あの人、男さんを困惑させるようなことを……」

「あのさ、みゆき。やっぱりさっきのを?俺とかがみがキ――」

「見てません」

「え……?」

「私、何も見てません!」

「あ、いや、でも……」

 俺の言葉を無視して、みゆきは俺の手をひいて進みだした。

 みゆきは俺に背を向ける格好となった。

「男さんがかがみさんと今、何をしてらしたかなんて聞きたくありません」

 俺からはみゆきの顔は見えなかった。

「それに男さんが気に病むことなんて、な~んにも無いんですよ?何をしたって私は男さんのことを受け入れます。男さんのことは許します」

 手が、汗ばんでいた。

「男さんのことは」

 俺の手がなのか、みゆきの手がなのかはわからなかった。

「……ごめん」

 俺はみゆきの背に向かって言った。

「何故、謝るんですか?男さんは何も悪いことしてらっしゃらないのに」

「……心にやましさを……感じてるから……」

「さっきのことなら、気に病む必要はありませんよ?あれは事故です。男さんは事故にあわれたんですよ」

「やっぱり……」

「男さんは被害者ですよ。責められるべきは加害者のかがみさんですよ」

「やっぱり、見てたのか……」

「うふふ、かがみさんも人が悪いですよね……男さんは私を選んでくださったのに。男さんの決断をまるで無視していますものね。」

「か、かがみがやったことは確かにあんまりよくないことかもしれないけど……そんな風に言うのはやめてやってくれ!」

「…う…て?」

「え?」

「……どうして?どうしてです?どうして、かがみさんをかばうんですか?」

「みゆき……」

「もう、私には……男さんしかいないんです」

「お、おい……」

 男さんしか……

 ……しか?

 いやいやいや!

 俺はみゆきの腕を引っ張ってこっちに引き寄せた。

「そんなこと言うなよ!かがみだって友達としてもう一度みゆきとやっていきたいって、そう努力するって言ってくれたんだ。そりゃ時間はかかるかもしれないけど、みゆきも……な?」

「……男さんがそうおっしゃるなら」

 みゆきの目はどこか虚ろだった。

 俺が……?

 俺が、みゆきをこんな風にしたのか……?

 おれのせいで……みゆきが……!?

 ダメだ!

 そんなのダメだ!

 みゆきをこんな風にしたくない……

 みゆきをこんな風にしてしまったら……そんなの……

 そんなの……!!

「聞いてくれ!みゆき!」

「………」

「みゆきの言うとおり、俺はみゆきを選んだんだ。みゆきのことが好きなんだ!」

「………」

「だからこそ、言うぞ!『俺だけ』だなんて言うな!」

「………」

「誰にでもカベ作ってた自分を変えるんだろ?俺は応援したいんだ、そんなみゆきを!」

「………」

「なのに逆戻りしてどうするんだよ?いつもみたいにこなたやつかさちゃんや、それにかがみにだって囲まれてこれまでどおりに、いや、これまで以上に楽しくやってほしいんだ!」

「………」

「そりゃ、かがみとは時間がかかるかもしれないけど……俺のせいでみゆきが友達をなくすなんて、耐えられねえ!」

「みゆきには今まで以上に幸せになってもらわねーと!だって……」

「………」

「その……みゆきのことが……」

「………」

「……好きだから。みゆきのことが好きだから!」

「………!」

 その言葉で、みゆきの目に光が戻った気がした。

「男さん……」

「俺のせいでみゆきが友達なくしたり何てことになったら、寝覚めが悪いぜ!」

「お、男さんの寝覚めを悪くするわけにはいきません!」

「じゃあ、約束してくれよな。友達も大切にするって」

「……男さんがそうおっしゃるなら」

「自分の意思でそう約束してくれ!」

「わ、わかりました!お約束します!」

「ありがとう……これからよろしくな!みゆき」

 みるみる、みゆきの顔が赤くなる。

 夕日のせいなんかじゃない。

 赤くなって、口をあうあうと動かしている

「ああ、あの、こ、こちらこそ、よろしくお願いいたします!」

 歩く萌え要素、高良みゆきが戻ってきた。

 俺の心を鷲掴みにした女神の笑顔がそこにあった。






 ――帰り道。

 俺はみゆきと付き合い始めたということを実感し始めていた。

 みゆきとの他愛もない会話。

「あの臭みが何とも言えませんよね」

「ああ、つかさちゃんと臭い臭いって言ってたのはそのことだったのか」

「ええ、そうなんですよ。それに困りますね~、大きすぎると」

「あはは、確かにそうだな」

「うふふ」

 じんわりとした気持ちが広がっていく気がした。

 カッコつけるつもりはないけど、これって幸せってことだよな。

 しばらくはギクシャクしそうだけど、とりあえずこれで一件落着だ。

 そんなことを考えながら。俺はみゆきと一緒の帰り道を噛み締めた。

「では、わたしはここで」

「ああ」

「ちょっとだけ、いいですか?」

「ん?」

 ぎゅっ!

「ぬお!?」

「うふふ」

「おいおい……」

「すみません。周囲に人がいなかったもので……つい……では、また明日」

「ああ、気をつけて」

「はい!男さんも」


 そう、一件落着。

 第三部完!!

 これで、ここ数日のごたごたも終わり、平穏な日々が戻る。

 いや、戻るんじゃなくて始まる。

 みゆきとの新しい関係、新しい学校生活が。






 そう思った。

 そう思えた――

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最終更新:2008年07月17日 17:04