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「男さん?……男さん!」

「んん……ん!?」

「……終わりましたよ?

「えっと……終わった?」

「映画が、です」

「……ッ!?ご、ごめん……」

 そうか、今日はみゆきと映画に来てて……

 映画の半分あたりからの記憶がない……

 やっちまった……






「本ッ当に、ごめんッ!!」

「いえ、お気になさらずに……私の一存で決めた映画ですから。男さんは本当は別の映画が見たかったんではないですか?」

「あ、いや、映画のチョイスの問題じゃなくて……ちょっと寝不足でさ」

「寝不足?どうかされたんですか?」

「あ、いや……ほら!みゆきとの初デートだからさ!緊張してよく眠れなかったんだ、ははは……」

「まあ、男さんったら。うふふ」

「っつーわけで、お詫びに何かおごるから、機嫌直してよ。何がいい?」

「いえ、そんな、おごってもらうなんて悪いですから!でも……そうですね、ケーキを食べに行きましょう」

 みゆきは美味しいケーキの店を知ってるからと言って、俺を引っ張っていった。

 少し機嫌は直ったようだが、やはりまだ表情に明るさが足りていない気がする……

 ま、一緒に映画に行った連れが横で寝てりゃ、気を悪くして当然だよな……

 しかも、俺の寝不足の原因が本当はかがみだなんて……

 みゆきに言えるわけがなかった。







「こんなお店よく知ってるな~」

「ええ、うちの母がこういうお店を探すのが好きな人なので」

「へ~」

 店内で食べることもできるケーキ屋だった。

「なんか、こういうところに詳しいお母さんっていいね。若々しい感じで」

「ま、まあ、確かにうちの母は、『母』というより『長女』という感じですから……」

「はは、みゆきが大人っぽ過ぎるのかもね」

「そんな……私なんて……」

 ……みゆき、そこは『それじゃあ、まるで私が、おばさんっぽいって言ってる様に聞こえるわよ』とツッコむところなんだが。

 って、そんなツッコミ、みゆきに求めるのは酷か。かがみじゃないんだから……

 かがみ……

「はっ!?いかん、いかん!!俺はまた……」

「……男さん?」

「な、なんでもない!さ、食べよう食べよう!」

「……はい」


「……で、ですね、あのシーンで本当に胸が詰まってしまって……」

「そのあたりから記憶が……本当に面目ないっす……」

 ケーキは美味しいかったが、映画の話になると申し訳ない気持ちになって味わう余裕なんてなかった。

「そうですか……ここから話が面白くなっていったんですけれど……」

「あ、でも、クライマックスはおぼろげながら記憶が……たしか、部屋に引き篭ってしまった天才少女のために、思い出の庭を修復して、ヴァイオリンをプレゼントして、それから死んだ両親が残したクマのぬいぐるみが……」

「あの……そんな話出てきませんでしたけど?」

「え?あ、あれ?じゃあ、夢見てたのかな……はは……」

 そう言えば、最近見たゲームだかアニメだかのシーンだった気もする……

「やっぱりずっと寝てたんですね?」

 子供のように頬を膨らませるみゆき。

 なんともかわいらしい仕草だが、えもいわれぬ迫力が同居している。

 背後に幽波紋が見えそうな勢いだ……

 みゆきって、実は怒ると恐いのかも……

「ご、ごめん……」

「……いえ、寝不足なら仕方ありませんもの。無理なさらないでくださいね?」

「はは……ありがとう……二回目のデートからはもう緊張しないと思うから、次は大丈夫だ」

「緊張、ですか……それだけですか?」

「へ?」

「何か、悩んでらっしゃることがるんじゃないですか?悩みがあってそれで眠れなかった、とか」

「な、なに言ってるんだよ?」

 思わず声が上ずってしまった。

「べ、別に悩みな――」

「例えば、かがみさんのこととか」

「……!?」

「図星ですね?」

「ど、どうしてそれを?」

「簡単ですよ」

 うふふっと笑うみゆき。

「泉さんから私のところにも電話がありましたから」

 小さな子供に、優しく教え諭すような言い方だった。

「男さんはお優しいですから、きっと気に病んでらっしゃると思って……」

「そっか、みゆきにもこなたから電話が……」

 考えてみれば当然だな。

 むしろこなたは俺より先にみゆきに連絡したんだろう。

「それなら話は早い。詳しい話はよくわからないんだけど、かがみの奴、精神的に参ってるみたいなんだ、だから……」

「ずるいです」

「……みゆき!?」

「かがみさんはずるいです。そうやって男さんの気持ちをいつまでも独り占めにして。男さんの優しさに付け込んで……」

「お、おい。そんな言い方……」

「もしかしたら、わざとなのかも。わざと精神的に参ったフリをして……」

「やめろって……」

「うふふ、かがみさんがそんなずるい人だったなんて知りませんでした」

「いい加減に……」

「男さんはもう私の恋人なのに。いつまでも男さんを困らせて……悪い人ですね」

「頼むから、いい加減にしてくれ!!」

 つい、大声を出してしまった。

 店の空気が一瞬凍りつく。

 しまった……

 みゆきは驚いたように眼を見開く。

 そして、それでも精一杯の笑顔を作りながら言った。

「私も……私も、かがみさんみたいに……」

 痛々しいほどの作り笑いだった……

「かがみさんみたいにおかしくなってしまえば……男さんは私のこと、もっと見てくれますか?」

「な!?みゆき!?」

「えーっと、確かかがみさんはハサミでしたっけ?じゃあ、私はこれにしましょう」

 みゆきはさっきまでケーキを食べるのに使っていたフォークを持った。

 小さい子供がフォークを使う時のように、握り締めるような感じで。

 その瞬間、俺の首筋に、まるで襟元から毛虫が入ってきたかのような嫌な感触が走った。

「やめろっ!!」





 脊髄反射。

 次の瞬間、俺はテーブルに身を乗り出して、みゆきの手を掴んでいた。

 みゆき自身の喉にフォークを突き立てようとしたその手を。

「はあはあ……な、何てことするんだ!?」

「うふ。うふふふふふ」

 掴んだ俺の手を見ながら、みゆきが笑う。

「おいおい、何がおかしいんだよ?」

「やっと……」

「………?」

「やっと、手を繋いでくれましたね?今日は手を繋いでくれなかったから寂しかったんですよ、私」

「!?」

 これは……手を繋いだって言えるのか?

 いやいや、そんなところに突っ込んでる場合じゃない!

「なるほど……かがみさん作戦、効果てき面ですね、くすくす。勉強になりました」

「みゆき……頼むから……あ、いや、まず店を出よう」

 隣の席のカップルがこっちを見てヒソヒソと何か話している。

 店員もこちらの様子を伺っているようだった。








 俺たちは逃げるように店を出て、当てもなく歩いた。

 さっきからみゆきは一言も発しない。

 ただ俺に黙ってついてきているだけだ。

 その左手は俺の右手に絡みつくように繋がれている。

 そこにだけはみゆきの確固たる意思が働いているようだった。

 いつの間にか日が傾きかけ、何となく公園に行き着いた。

 そういえば、みゆきに告白されたのもこの公園で、だったな……

「ベンチ、座ろっか」

「はい……」

 夕日の当たるベンチ。

「さっきはごめん。つい大声出しちゃって。でも、びっくりしたぜ?あんなことするなんて……」

「すみません……これじゃ私もかがみさんと同じですよね。かがみさんのこと『男さんを困らせる悪い人』なんて自分で言っておきながら……私だって男さんを困らせて……」

「あんなことしなくても、俺はみゆきのこと見てる。それは信じてほしい。ただ……」

「ただ……?」

「正直、昨日はかがみのことが気になって一睡もできなかった。心配なんだ。でも別にかがみに恋愛感情があるってわけじゃないんだ。友達として見過ごせないんだよ」

 恋愛感情があるってわけじゃない。

 ……多分。

 そして、それ以外に……俺は怖かった。

 みゆきには言わなかったが、かがみがおかしくなってしまったのは俺のせいなんじゃないか?と考えると、どうしようもなく怖かった……

「そりゃ、かがみのことを気にし過ぎてるのはみゆきからすると気分悪いだろうけど……」

「……お優しいんですね、男さんは。そういうところも私は大好きです」

 みゆきは静かに言った。

「男さんが、ご自分の意志でかがみさんを心配なさるのなら……私もできる限りそれを妨げたくはないのですが……」

 こちらに優しい笑顔を向ける。

 優しい笑顔を。

「でも――」

 向けられているのは優しい笑顔なのに、なんだろうこの感覚は?

 喉元に何か突きたてられているような感覚……

「――、一つ許せないことがあるんです」

 みゆきは優しい笑顔のまま言う。

「な、なに?」

「私は男さんの彼女なんですよね?」

「も、もちろん」

「男さんに一番近い女性は私ってことでいいんですよね?」

「ああ……」

「うふふ、一番だなんて。なんだか照れてしまいます」

「そ、そうだな。俺もちょっと恥ずかしいよ、はは」

「……でも、男さんはそう言って下さいますけど、今のままじゃ納得できません」

「………?」

「私が一番だって証明してください」

「証明?」

「だって、かがみさんとはしてたのに、私にはして下さらないじゃないですか……」

「してって……えっと……?」

「キスを、です。それが許せないんです」

「あ、えっと……なるほど、そういうことか……」

「男さんさえよろしければ……私は、その先だって……」

「ええええっと……その先って……つまり……」

「だって……今のままじゃ、かがみさんが一番なわけで。キスしてくださっても、まだ一位タイじゃないですか?」

 まっすぐな眼でこちらを見据えている。

「一番近い女性だという証明をしてください」

 綺麗な水面のような瞳だが、その奥には不安が泥のように溜まっているのが感じられた。

 そうだよな。不安なんだよな、みゆきも……

「……わかった。今からさ、あの……その……う、うちに来ない?」

「え……!?は、はい!お邪魔いたします」

 みゆきの顔に光がさした。

 それは決して夕日のせいだけじゃないだろう。








 彼女の望む『証明』

 その夜、

 俺たちは一つになった。

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最終更新:2008年07月25日 18:16