5月5日。
こどもの日。
これぞ、ゴールデンウィーク(?)といわんばかりに、俺はだらだらと過ごした。
まさに怠惰の極み。
タイダ ノ キワミ、アーッ!!!!
「結局、今日の晩飯もコンビニ弁当か……みゆきが聞いたらなんて言うかな?」
『いけません、男さん!栄養が偏ります!』とか言われそうだ。
「……調理器具揃えてみようかな?」
そしてみゆきに作ってもらう。
他力本願なのは仕様です。
コンビニから出て家に向かう。
日は沈みかけ、東側の空には群青色の夜空が滲むように広がり始めていた。
「男、みぃ~っけ!」
「ん?」
誰かに呼ばれた気がした。
振り返ってみるが、視界には誰も居ない。
コンビニのある通りから一本入った路地。
うちへと続くこの道は、基本的に人通りが少ない。
「……?気のせいか?」
「気のせいなんかじゃ、ないよ」
「うわッ!?」
気がつくと、背後にかがみが立っていた。
そう、あのかがみだ。
いつの間に?何の気配もしなかったのに……
「お,おどかすなよ、かがみ……どうしたんだ?こんなところで?ってか、お前、大丈夫なのか?」
「大丈夫って……な に が ?」
「あ、いや、ええと……」
不意にこなたとの電話が甦る。
まさか、本人の前で『お前、自殺する気なのか!?』なんて言えるわけがない。
まして、俺の口からは……
「こ、こなたからさ、電話があったんだよ。お前の様子がちょっと変だって……」
「変……? あれ~、私、変かな?」
「………」
こなたから『かがみの様子が変』っていう電話を受けてから、かがみに会うのはこれが初めてだったが……
確かに雰囲気が俺の知ってるかがみと違う。
あのツンデレキャラのかがみには合いそうもない猫なで声。
それに、見開いたような瞳。その色はさっきの東の空のような深い色をしている……
なんだか……不気味だ。
「ねえ、答えてよ? 私どっか変かな~?」
「い、いや、別に……それより、俺になんか用か?」
「うん、男に用事があって来たの」
「用事……?」
「色々考えたんだけどさぁ、やっぱ自分じゃ決められなくて…… それで男に決めてもらおうと思ったんだよね~」
「決めるって…… 何を?」
「どっちが消えるか。
――私か? みゆきか?」
「はあ、何言って…… って、おい!?」
俺は思わず、身震いした。
かがみがかばんから取り出したのは、大きなハサミ。
とりあえず…… でかい。
料理バサミよりもさらに一回りくらいでかい。植木用? ……じゃないな。服の仕立て用?
いや、そんなことはどうでもいい。というより、そこまで頭が回らなかった。
「ちょ!? そ、そんな物騒なもん出すなよ!? な?」
「うふふ、何驚いてるの? 心配しなくてもいいのよ? だって……これは男を傷つけるためのものじゃないから」
薄ら笑いを浮かべるかがみ。
なんなんだ? こいつホントにあのかがみなのか!?
まるで別人だ。
「大体……なんなんだよ!? その馬鹿でかいハサミは!?」
「ハサミじゃないわよ? これは『マインドレンデル』。握り部分を半月輪状にした両刃式の和式ナイフを二振り,ネジで可動式に固定した大バサミよ。《自殺志願》って書いてマインドレンデル。うふふ、いい名前でしょ?」
「……はあ?」
かがみの言葉が耳に入ってから脳みそに達するまでたっぷり5秒はかかったんじゃなかろうか?
さらに脳みその処理速度も足りていなかったらしい。
かがみの発言の元ネタに気づくまで、さらに時間がかかった。
「……それ、もしかして零崎双識のマネ? つーか、それなら銀縁メガネとスーツも必須だろ? ハサミもそんなのじゃないはずだぜ? だいたいお前なあ、コスプレしたいんだったら俺じゃなくてこなたのところ行けよ」
こなたが言ってた『様子が変』って、このことか?
確かに『ハサミ』やら『自殺』やらのキーワードには合致してるけど……?
「用事ってのも…… ホントはあれだろ? 『私、コスプレに目覚めました~!』っていう報告だろ? わかったわかった。わかったからいい加減n――」
――シャキン!!
鋭い、金属音。
金属同士が摩擦する乾いた音が響く。
かがみはそのハサミを鳴らすと、くるくると指に引っ掛けて回し始めた。
俺は思わず息を呑む。
「えっと……聞こえなかったみたいだからもう一度言うね? 私とみゆき、どちらか一方が消えるべきだと思うんだよね? さ、どっち?」
「おまえ!? それ本気で言っ――」
――ジョキン!!
再び金属音。
しかし、今度は少し濁った響きだった。
それもそのはず、音と同時にかがみのツインテールの片側の長さが半分くらいになっていた。
はらはらと髪の毛が落ちる。
「な、何やってんだ!?」
「本気だよ」
「……!!!」
「私…… 惨めだよね? 男に選ばれなくて…… ホント、消えちゃいたい。でも、消えちゃいたくないって思う自分もいるの…… そう、みゆきを消したいっていう自分も」
「………」
「男はみゆきを選んだんだから身を引くべきなのよね? それはわかってる。こんな私はさっさといなくなるべきなのよね? それもわかってる。でも、でもね。じゃ、みゆきがいなくなったら? それってつまり、男は私のものになるかもってことよね? うふふふ。ぞくぞくするわ~ 男が私のものなんて、きゃ~///」
「………」
「でも、結局どっちが正解か、私では答えを出せなかったの。だから……男が選んで?」
「………」
「ねえ、ったら~ 黙るなんて反則よ?」
「……ふざけんなよ? そんなもん、決まってるだろ!」
そう、決まりきったことだ。
「そう…… 決まってるんだ…… そうだよね? あは、はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!男は、やっぱり……みゆk」
「両方却下だ!」
「……はあ!?」
「『はあ!?』じゃ、ねーよ! なんでそんな0か1かみたいな二進法的考え方になるんだよ!? 確かに俺はみゆきを選んだけど…… かがみに消えてほしいなんて一度も思ってねえ! むしろ、これからだってかがみと友達としてやっていきたい!」
かがみを選べなかった俺に…… かがみを傷つけた俺に、言う資格はないかもしれない。
だが、断る! 俺は言う!
「だから、もう一度言うぞ! 『両方却下』だ!」
一瞬の間、かがみの眼は最早焦点が合わず、宙を彷徨っている。
「男……あんた、わかってない……わかってないよ。それに耐えられないから私は選択しようとしてるのに。それに耐えられないから消えたいのに。それに耐えられないから消したいのにさぁ……」
相変わらずの不自然な猫なで声。
だが、わずかにかがみの声が震え始めた。
「あ~あ、男は答え出してくれないし、もう考えるの嫌になってきちゃった……ちょうどいいや、今ここにみゆきいないし。出せるほうの答えにしとこっと」
――シャカッ!!
『出せるほうの答えにしとこっと』
そう言うと、かがみはハサミを開いて自分の喉元に当てる。
そして――、
最終更新:2008年07月27日 01:06