細く、か弱い、かがみの喉元。
血染めの大バサミ。
滴る血。
制服の襟元が赤く滲む。
かがみは何の言葉も発しない。
ただ、口をパクパクさせているだけ。
そして、俺は――、
「うぐっ…… 痛ってえ!!!!!」
「あ…… ああ…… 血…… あ、あれ!? 私の血じゃない!? 私、痛く…… ない……?」
「まったく…… 両方却下だって言ったのによ! あ゙~ もう、マジで痛え!」
ハサミを赤く染めているのは……
……俺の血だった。
「い、いやあ…… 違う、違うの…… 私、男のこと傷つけるつもりなんて…… そんな……」
「だが、お前のおかげで俺の右手の指はめでたく4本に減ったわけだ」
「ひ、ひぃぃぃぃ!? いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
「うわ!? ちょっ、タイムタイム! 冗談だよ! ちゃんと五本付いてるよ! 手は血だらけになったけど、ほら、1、2、3、4、5! な?」
やばいやばい。
冗談が通じる状況じゃなかったか……
「はあはあ…… ぐ、ぐすんっ…… え、えっと…… 1、2、3、4、5…… ホントだ……」
「な?だからちょっと落ち着けって」
「ぐすっ…… ぐすっ…… ふええ、男…… ホントにごめ… ぐすんっ」
かがみは泣きじゃくりながら、崩れるように座り込んだ。
必死に息を整えている。
血を見て、我に返った。そんな感じだろうか?
……しかし、幸い手にはちゃんと指が残っているとは言え、二~三本吹っ飛んでもおかしくない状況だった。
なんせ、まさにかがみの喉元に向かって勢いよく閉じられようとしているハサミに手を突っ込んだんだから…
鋏の要の部分に右手親指以外の四本の指を引っ掛けて、素手で刃が閉じるのを止めた。
そんな無茶をして、何故まだ指が俺の右手にちゃんとくっついているかと言えば、それは予想できていたからだろう。
『かがみの、自分の喉に向けたその斬撃は、俺にとって五年前から予想が付いていたように明瞭だった』から、というわけだ。
予想できたからこそ、ハサミの刃に勢いがつく前に、刃の動きを封じることができた。
そう、戯言使いの欠陥製品が鴨川の橋の下で、人間失格のナイフの斬撃をかわした時の様に。
予定調和の茶番劇。
……と、この血だらけの右手で言っても説得力ないか。
ホントの所は、昨日みゆきが自分の喉にフォークを突きたてようとしたのを見ていたからだ。
そう、みゆきと同じだったから……
「ははっ、全然違うタイプなのに変なところだけ似てるんだな」
「ぐすっ…… な、何の話?」
「お前とみゆきが変なところで似てるって話」
「み、みゆきと……?」
「あいつも、昨日自分の喉にフォークをブッ刺そうとしたんだよ。あの時はさすがに焦ったよ。まあ、どこまで本気だったかはわからないけど…… かがみのハサミを止めるのは、昨日のみゆきのフォークを止めるよりは簡単だったかな」
ま、これもこの血だらけの右手で言っても説得力ないか。
「み、みゆきが!? なんでッ!? 私ならともかく…… 男に選んでもらったみゆきが、どうして……?」
「みゆきはみゆきで悩んでたんだよ。選ばれたから悩んでないとか、選ばれなかったから悩んでるとか、結局そんなの関係ないってことじゃないか? 人間どんな状況でも悩み事は抱えるもんだってこった」
「みゆきも私と同じように…… 悩んで…… た? 私てっきり、みゆきは幸せいっぱいで…… 私のことなんか見下してると思ってた……」
かがみはがっくりとうなだれた。
「見下してはないと思うぜ? むしろ嫉妬してると思う…… 俺がかがみのことばっか心配してること怒ってたし。幸せいっぱいかどうかは…… 今後の俺次第…… なのかな?」
今後の俺次第。
自分で言ってて情けなくなってくるな……
「かがみ、お前さ、自分が惨めで消えたいとか、でもやっぱ消えたくないからみゆきを消したいとか言ってたけどさ、もう辞めようぜ? 多分、かがみのこと『惨め』って思ってるのはかがみ自身だけだと思うぞ」
「………ッ!! でもでも……」
「はいはい。わかったわかった。まだごちゃごちゃ言うなら、俺から言葉を送ろう。かがみの好きな某戯言使い風に」
「……何よ?」
「『甘えるな』」
「……!」
「ま、戯言だけどね」
「……私、人識くん派だもん」
「かはは、傑作だな」
「……ッ!! 大体あんた、そのセリフ言われた女の子がどうなったか、知らないわけじゃないでしょッ!?」
「タ、タイムタイム! ネタバレはまずいって…… でもとにかく、もう辞めようぜ。」
「わ、私だって辞めようと思ったりもしたわよ…… でも辞めようと思えば思うほど……」
「だから『甘えるな』っての! 自分の行動くらい自分で律しろよ!」
「……そんなのいーちゃんのセリフの中に無いわよ?」
「……今のは違うよ。うちの父さんの言葉だ。たまにしか帰ってこないし、ぶっちゃけあんまり好きじゃないけど、この言葉は大事なことだと思ってる」
「………」
「それに、こんなことして、つかさちゃんや家族のみんなも悲しむぞ! 零崎は家族思いなんだろ? 悲しませるなよ。それにこなたや日下部さんや…… 俺だって悲しいし、みゆきだってきっと……」
「………」
「だからもう一回言うぞ。『甘えるな』!」
かがみはうつむいたまま返事をしない。
両手をぐっとスカートを握りしめている。
流れる沈黙。
俺はただ、俺の言葉がかがみに届くことを祈ることしかできなかった。
「……わかった」
おもむろに沈黙が破られる。
「男の言うとおり、私、甘えてたのかも……」
ゆっくりと顔を上げるかがみ。
その顔は、いつもの顔だった。
つかさにお姉ちゃん然として接し、
こなたにツッコミを入れ、
みゆきの天然の軌道修正をし、
そして俺と軽口を叩き合う、
俺の知ってるかがみの顔。
「私…… 私の中のおかしな私くらい自分の力で何とかするわ!」
「それは『戯言』無しで頼むぜ! かがみん!」
最終更新:2008年07月28日 01:57