霊安室。
俺が病院の霊安室に入ったのは、ゴールデンウィーク最終日の早朝のことだった。
すでにこなたも来ていて、横たえられたかがみに泣きついていた。
その光景を憔悴しきった様子で見ていたつかさちゃん。
俺に電話くれたときの声も消え入りそうな声だった。
部屋に入ってきた俺に気づく。
「あ……! お…… 男くん…… おねえ…… ちゃんが…… お…… ねえちゃ…… んが……」
真っ赤に腫らした目からさらに涙が溢れてきていた。
「うわあぁぁぁ…… かがみん! かがみん!」
こなたは俺が来たことすら気づいていない様子だった。
大声を上げて泣いている。
「そ、そんな…… どうして…… かがみ……」
電話を受けた時は信じられなかった。
いや、こうしてかがみが横たえられた様を見ている今だって、信じられない。信じたくない。
俺はかがみに近づいた。
こなたがようやく俺に気づいたようだった。
「男…… かがみんが! かがみんが!」
いつものゆるいこなたの面影は欠片ほども残っていなかった。
「かがみんが死んじゃったよぉぉぉ!!」
痛々しい……
泣きじゃくるこなたから反射的に目をそらし、俺はかがみを見る。
ありきたりな言葉だけど、まるで眠ってるみたいだった。
昨日と何も変わらない綺麗な顔。
これは俺をハメるためのドッキリなんじゃねーかと思いたくなるくらいに……
でも、見ているうちに……
そう、見れば見るほど…… かがみが、いや、かがみだったモノが何だか不気味に見えてきた
抜け殻なんだ…… これはもう……
ちょっと前まで、かがみは生きていたのに。
つい、十数時間前にはあんなやり取りを交わしたばかりなのに。
ここにいるのは、いや、『ある』のは、形だけかがみの姿をしたモノ……
あの元気で、ちょっと頑固で、ちょっとプライドが高くて、頑張り屋で、そして寂しがり屋で、でも素直じゃない…… かがみはもういない。
実感がわかねーよ…… こんなの……
俺は、かがみの別れ際の言葉を思い出した。
『私、もう負けない。もう甘えない』
意志のこもった眼と、その後見せたはにかんだ笑顔。
さらに思い出すのは、いつかの、かがみの唇の感触……
抱きしめたぬくもり……
右手の傷がひどく痛んだ……
「うぐ…… ううぅ………ッ」
俺は泣いていた。
「何で! 何でかがみは……!?」
なんだよ? 結局…… 自分に負けちまったのか……?
ハサミを振るったかがみ。
でも、もう消えるなんて、言わないと思ったのに……
かがみはもう大丈夫だと思ったのに……
「おねーちゃん……」
つかさちゃんが言った。
「最近、様子が変だったの……」
「……こなたに聞いたよ」
「でもね、昨日はすごくいい顔してた。髪の毛がなぜか変な風に短くなっちゃってて、家族みんな驚いたんだけど…… でもそれ以上におねーちゃんいい顔してたの」
「………」
「だけど、昨日の夜。突然出かけていって…… それ…で、ひっく、それで……」
嗚咽交じりに言葉を搾り出す。
「それでもう…… 帰ってこな…… えぐっ、うっぅうぅ……」
「つかさちゃん…… もう…… もういいよ」
「……殺されたの」
「……え!?」
「おねーちゃん、刺さ…… れて…… うっ、うう……」
「刺された!? だ、誰に!?」
「わからないよぉ! そんなの! ケーサツの人は通り魔じゃないかって言ってたけど……今色々調べてる途中みたい…… 夜中になっても帰ってこないから、私たち心配になって…… いろいろなところに電話かけて…… 男くんのところにもかけたんだよ?」
「ごめん、昨日は早く寝ちゃって……」
「ううん、もういいの…… で、それで心配してたら、明け方、警察と病院から電話があって…… ナイフみたいなもので刺されたって……」
殺され…… た?
かがみは、やっぱり自分にはもう…… 負けなかったんだ。
なのに。
せっかく、立ち直ったのに。
そんなのって、そんなのって…… ひどすぎる!
誰が…… そんなことを……
「……私、許せない」
こなたがボソリと言った。
普段のこなたからは、あのゆるいこなたからは想像もつかないほど静かに、重く。
「かがみんを殺した奴、絶対…… 許さない!」
「私も…… 許せない…… おねーちゃんと同じ目に合わせてやる!」
それはもちろん俺も同じ気持ちだった。
けれど、俺は二人の雰囲気に飲まれてしまっていた。
憎悪に塗りこめられた二人の眼に恐怖すら感じてしまった。
「ダメだよ、つかさ。同じじゃダメだよ。かがみんが味わった痛み、何百倍何千倍にして犯人にも味わせてあげなきゃ……」
「あ、そうだよね、こなちゃん。同じじゃダメだよね。悪いことした人にはきついきつい罰を与えなきゃ。こんなに優しいおねーちゃんを…… 奪ったんだから」
「許せないよ……」
「うん、許せない……」
『許せない』
俺は、昨日みゆきが、今のこなたやつかさちゃんと同じ言葉を口にしたことを思い出していた。
そういえば――
「ねえ、つかさちゃん。みゆ、いや、えと、高良さんには連絡したの?」
「ゆきちゃん?うん…… 電話したんだけどつながらなくて…… それにゆきちゃん家遠いし、こんな朝早い時間だと来れないんじゃないかな……?」
「つながらない……?」
「うん。携帯にしかかけてないんだけど…… 時間が時間だし…… それにこんなこと言っちゃ悪いけど、ゆきちゃんが来たところでおねーちゃんが戻ってくるわけじゃないし……」
「………」
……早朝だ。つながらなくて当然かもしれない。
俺が電話を取ったのだって偶然だった。偶然目が覚めたから……
でも……
でもその時、どうしようもなく嫌な予感が、そして最低の予感が、俺を襲っていた……
最終更新:2008年08月01日 12:44