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「どうしてなんですか……? どうすればいいんですか……?」

 みゆきはベンチから立ち上がり、俺のほうへ近づいてくる。

 傘が手から滑り落ち、再びその髪が雨にさらされる。

 頬を流れる涙が、降り注ぐ雨と同化した。

「どうすれば、私は男さんの優しさに近づけるんですか? 近づこうとすればするほど遠ざかっていくように感じるんです。もがいても、もがいても…… あがいても、あがいても……」

 すがるような目つきで。

 おぼつかない足取りで。

「私…… 私…… どうしたらいいんでしょうか!?」

 みゆきはゆっくり迫ってくる。

「教えていただければ、その通りにしますから…… 悪いところは全部直しますから……」

 俺は動けない。

 ゆっくりと迫ってくるみゆき。

 その手が俺の肩に触れる。







 パシン!

 俺は、脊髄反射的にその手を払っていた。

「男さん……!?」

 見開かれた眼。

 収縮する瞳孔。

 震える口元。

 悲壮感が漂うみゆきの表情。

 すがるような視線は依然として俺に向けられている。

「ふ、ふざけんな…… どんな理由があったって…… 人殺しなんてッ!」

 反射的に出た言葉に、俺は自分でも驚いた。

 俺は……

 俺は……

 耐えられなくなって、その場から走り出した。

 雨の中を。

 後ろでみゆきが何か言ったのが聞こえたが、すぐ雨の音でかき消された。







 顔に当たって弾ける雨粒。

 この雨のせいだろうか? 広い公園なのにも関らず、どこまで走っても人はいない。

 立ち止まって振り返る。

 すぐ後ろにみゆき、


 はいなかった。

 ほっとしたと同時に、がっかりしたような気分になった。

 がっかり?

 なんだよ? 追いかけて来てほしかったのかよ?

 じゃあ、なんで逃げた?

 怖かったのか?

 そう、怖かったんだ。

 だってあいつはかがみを……

 かがみを……

 人殺しなんだ……

 すがるような悲壮感に満ちたあの顔は、かがみを殺すときには笑っていたんだろうか?

 そんな考えが頭ん中で湧いて出てきて……

 どうしようもなく怖くなった。

 だから逃げた。

 ……みゆきがあんなふうになったのは俺のせいだってのに。

 俺が、もっと…… もっと…… みゆきのことをちゃんと見ていれば……

 そう、俺のせいだ。

 そうだ、俺はみゆきが怖かったから…… それだけで逃げたんじゃない。

 みゆきをちゃんと見てやれなかったせいでこんなことになった。

 その責任が自分にあるのが怖くなって逃げたんだ。

 自分が怖くなって。

 クソだな、俺は……

 クソッ!!

 クソッ!!!!

 クソッ!!!!!!

 俺が、ちゃんとみゆきのことを見ていれば……

 見てあげられてたら……

 見て……

 見て……







 見て…… あげなきゃ……!

 そうだ、逃げちゃダメだ。

 今だって、あいつを見ててあげなきゃ……

 俺が…… 行かなきゃ……

 だって俺はみゆきの…… 彼氏。

 自分でそれを選んだんだから。

 行ったところで何かが変わるわけじゃないかもしれないけど

 でも、それでも……




 俺は、大きく深呼吸をした。

 若干、足が震えている。

「行かなきゃダメだ!」

 震えを、迷いを、取り去るために自分に言い聞かせた。

 俺は今走ってきた道を走り出そうとした。

 そのとき――、







 ――パシャン。

 不意に水溜りを踏む音がした。

 我に返る。

 俺の前に立つ人影。

 傘を差している。

 思わず身を硬くした。

「み、みゆき?」

 いや、違う。

 差している傘で隠れているので、顔は見えなかったが、その傘も、来ている服もみゆきのものとは違う。

 無視してみゆきのところに戻ろうとする。

 しかしその人物は立ち塞がるように俺の前に立った。

「……!? なんスか!? 誰ですか? 悪いけど今それどころじゃないんだ!」

 俺はその人物を確認しようともせず、左側から脇をすり抜けようとした。

 すれ違うその瞬間。






 ズン!

 鈍い衝撃。

 背中側、左の腰の辺りに走る。

「?」

 地面が近づいてくる。

 バッシャッ!

 俺は地面に倒れていた。

 腰の辺りがやけに…… 熱い!?

 俺はとっさに体を起こそうとした。

 しかし、脚に力が入らず、ごろりと仰向けになっただけだった。

 傘の下からその人物を見上げる格好になる。

「え? あ、あんたは――」






 ドズン!!

 二度目の衝撃。

 ふと視線を衝撃が発生した地点付近に向けると、

 右の太ももにナイフが生えていた。

 って、

 ――え!?

 遅れてやってくる激痛。

 痛い。というより熱い。

 その時初めて、最初の衝撃は腰の辺りを刺されたときのものだったと気づいた。

「な!? あっ!? ええ!?」

 刺されたとわかると、痛みが倍増して押し寄せてきた。

 声にならない俺の声。

 身体が硬直して動かない。

 俺の腰と太ももにナイフを突き立てたその人物。

 俺の前にしゃがむ格好で俺の太ももにナイフを突き立てている。





「やっと一人になったな」

 その人物は小さく言った。

 同時にナイフを引き抜く。

 俺のズボンが一気に赤く染まる。

 一気に身体の硬直がとけ、言いようのない痛みが…… 走った。

「ぐがあああああああ!!!! いいいい、痛ってえ!!!!!!」

 悶絶。

 駆け巡る痛み。

 そこへ、追い討ちをかけるように再び突き立てられるナイフ。

 三度目の刃が脚にめり込む。

 激痛で頭が真っ白になりそうだった。











「さっきからお前が一人になるのを待ってたんだってヴぁ!」

「があああ……!!! うぐぅ……」

 ……特徴的な発音。

「く、日下部……さん……」

 俺はその人物をはっきりと認識し、睨み返す。

「あん? 気安く呼ぶなってヴぁ!」

 憎悪と狂気を宿した瞳がそこにはあった。

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最終更新:2008年08月07日 16:48