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「お前なんかに呼ばれたらあたしの名前が汚れちまう」

 そう言いながら、俺の脚からナイフを引き抜く。

 再びズボンが血で染まった。

「うぐああああああ!!」

「情けねえ声出すなよ。大丈夫だってヴぁ。てめえははまだ殺さないから……」

 再び立ち上がり俺を見下ろす。

「あたし言わなかったけ? 言ったよな? ひぃらぎを悲しませたらブッ飛ヴぁすって」

 まるで毛虫でも見るような目で俺を見る日下部さん。

 冷酷とも言える表情。

 目に光がない。

 あるのは炎。憎悪と狂気の炎。

 『てめえははまだ殺さないから……』

 ……殺す!?

 俺を!?

 なんで!?

 『ひぃらぎを悲しませたらブッ飛ヴぁす』

 かがみか!?

 俺はかがみの仇ってわけか!?

「ふ、ふふふ。ふふふふふふ。てめえが悪いんだ。てめえが……」

 俺は何とか立ち上がろうとするが、足に力が入らない。

 足をじたばたさせていると、

「ダメだってヴぁ…… 立とうなんて考えちゃ……」

 引きつったような笑顔で、俺の左足の太ももにも刃を突き立てた。

「ぐがあああああぁぁぁぁ!」

 四回目。

 畜生!

 なんだってんだ!?

 やっぱり…… かがみのことか……?

 俺のせいで…… みゆきがおかしくなって…… それでかがみが……

 突き詰めれば、俺のせいだもんな……

 それで…… なのか?

 親友の仇を討ちに来たのか?

 でも…… なんか変だ。

 何かが。

 違和感。

 でも何が……?

 頭が回らない。

 情けない話だけど、恐怖のあまりちびっちまいそうだった。

「あ~あ、汚ねえ声だなぁ? ひぃらぎの声はあんなに綺麗だったのに……」

 ナイフを俺の太ももから引き抜いて、いっそう邪悪に笑う。

 引き抜くときに、ご丁寧にナイフをグリグリしていきやがった。

「ああ、血も汚ったねえな。臭い臭い臭い臭い。ホント臭い血だな! あ~、イライラする。あの綺麗だったひぃらぎの血とは大違いだってヴぁ!」

「………ッ!!」

 痛みで意識が飛びそうになる。

 でも、俺は意識を保った。



『ひぃらぎの声はあんなに綺麗だったのに……』
『あの綺麗だったひぃらぎの血とは大違いだってヴぁ!』



 その言葉が俺の意識を繋ぎとめた。

 回らない頭を無理やり回転させる。

  『ひぃらぎの声はあんなに綺麗だったのに……』
  『あの綺麗だったひぃらぎの血とは大違いだってヴぁ!』

 それって……!?

 その言い方じゃ、まるで……!?

 日下部さんのその言葉が意味することって……!?

「ちょ! ちょっと待ってくれ! なんなんだよ、日下部さん! あんたのその言い方だとまるで……」

 そう、まるで……

「……あんたが、かがみを殺したみたいじゃないか!?」

 でも、そんなことはあり得ない。

 だって、かがみはみゆきが……

「いーや。実際ひぃらぎを殺したのはお前だよ。お前とあのピンクわかめだ!」

 ピンクわかめ……?

 ……みゆきのことか?

「あたしはただ『送って』やっただけだってヴぁ! すでに壊れてたひぃらぎが、これ以上穢される前に! おかしくなる前に!綺麗なうちに!」

 『送って』やった!?

 くっそ! 意味がわかんねえ!

 殺したのは俺とみゆき。それは、まあ、わかる。

 でも『送った』ってなんだ?

 身体に走る鋭い痛みでまともに頭が働かない。

 日下部さんは、なおも俺にナイフを振り下ろそうとする。

 太ももに、腰に、と合計四ヶ所も刺しといて、これ以上どこを刺そうってんだ!?

 次はいよいよ心臓かッ……!?

 ……いや、待て。

「く、日下部さん! 確かあんたさっき『まだ殺さない』って言ったよな!? い、今から一体、何する気なんだ!?」

「決まってんだろ。ひぃらぎを壊したお前達に罰を与えんのさ。まずは動けないてめえの前で、あのピンクわかめを殺して、お前に死ぬほど後悔させてやる。ひぃらぎを壊したことを。でも、どうせお前もすぐ死ぬんだけどな! アハハハハハハハハハ!」

「……親友の敵討ちってわけか!?」

「親友以上だってヴぁ!」

「……!?」

「ホント、いつも思うぜ! どうして私は男に生まれてこなかったのか? ってな」

「……はぁ!?」

「私が男に生まれてさえすれヴぁ…… おっと、男っつってもてめえのことじゃねえからな!」

 おいおい、それって……

「男に生まれてさえすれヴぁ、てめえみたいな変な男に引っかかることもなく、ひぃらぎは私のものだったのに!」

 マジかよ……?

 いわゆる、『百合』ってやつか?

 三次元の世界でお目にかかるのは初めてだ……

 しかも、かなり一方的っぽい。

「だから私はひぃらぎを壊したお前らに罰を与えるんだ! それが私のジャスティスだってヴぁ!」

 ……かが×みさが私のジャスティスってか!?

「かわいそうなひぃらぎ…… お前らに傷つけられて、おかしくなっちまって、挙句の果てに、男! てめーに言いくるめられたみたいだしなッ!」

「は!? 言いくるめた? 確かに俺はかがみを傷つけはしたけど…… 言いくるめたりってのは、心当たりがないぞ!」

「とぼけんな! 私はひぃらぎに言ったんだ! ひぃらぎを傷つけたお前とピンクメガネに復讐してやるって! ひぃらぎのためにお前らのこと殺してやってもいいとも言った! そしたら、あいつなんていったと思う!?」

「な、なんて……!?」

「あいつ『私の大切な人と、その大切な人が彼女に選んだ人にそんなことしたら許さないから!』って言いやがったんだぜ?おかしいだろ!? 傷つけられて精神的に参ってたはずのひぃらぎがそんなこと言うなんて! ……お前が! お前が言いくるめたに決まってる!!!」

「かがみが…… そんなことを!? そ、そりゃ、いつの話だ!?」

「昨日だよ。昨日の夜だ」

「な……!? ちょっと! 待てよ! 昨日の夜って…… だってかがみは昨日の夜に……」

 殺された。

 みゆきに。

 ……のはず。

「……ふん、ひぃらぎはもうとっくに死んじまってたんだ! 私の知ってるひぃらぎは! 私の好きだったひぃらぎは!」

「……!?」

「そもそも、てめえが転入してきてからおかしくなったんだってヴぁ! せっかく、三年生になって、またひぃらぎと一緒のクラスになって…… ひぃらぎもあのちびっ子ばっかりじゃなくあたし達ともよく遊ぶようになってたのに! 新学期始まって一週間位したらてめえのことチラチラ気にするようになって……」

 俺のほうをナイフで指し示しながら言った。

「それで、ひぃらぎのやつ、こんなしょっぱいやつに告白なんかしやがって! 女子ならまだ許せるけど男子なんかに!」

 いや、それ逆だろ。

 百合は少なくとも三次元の世界ではマイノリティだ。

 頭が朦朧として、ツッコむのもしんどい。

「しかも、てめえはひぃらぎをフリやがった! そしてあんなピンクメガネとッ!」

「っていうか、なんであんた、そんな詳しく知ってんだ!? 確か、かがみは誰にも言ってないって……」

 そうだ、かがみは言った。

 今まで忘れていたが、ふいに頭の中に鮮明に甦る。

  『はあ!? あんた、バカァ?』

  『こなた相手じゃなくもこんなこと、誰にも言わないわよ! この私が、『告ったり』、『フラれたり』なんてこと……』

 そう、あの時はこなたには何も言ってないんだな~ くらいにしか考えてなかったけど、『誰にも』ってことは、こなたに限らず文字通り誰にも言ってなかったってことになる。

 なのに、なんで知ってんだ!?

 俺の感じた違和感はここから来てたのだったと、今更ながら気がついた。

「ひぃらぎのことなら何でも知ってる」

 日下部さんはこともなげに言った。

「ストーカーかよ!?」

「あたし、ぜ~んぶ見てたから。ひぃらぎがあんたに告った時も、あんたがひぃらぎを振った時も、そして昨日の夜も!」

 前にかがみと買い物に行ったところとか、かがみに告白されたところかを見られてたのか!?

 そう言えば、あの時、誰かにつけられていたような気がしないでもない。

 それに、そう言えばかがみに告られた次の日、日下部さんから電話がかかってきた。

 よく考えたら、あの電話もおかしい。

 かがみは誰にも言ってなかったはずなのに、なんでこの子からあんな電話がかかってきたんだ? って話だ。



 あの、校舎裏での三人のやり取りも、
 俺がかがみではなくみゆきを選んだあのやり取りも、
 みゆきを選んだくせにかがみとキスしたあのやり取りも、



 そして昨日の零崎かがみvs.なんちゃって戯言使い(男)も…… 見られてたのか!?

「それで、あたしがさぁ、『あの男もピンクメガネもあたしがぶっ殺してやるよ!』って言ったのに…… ひぃらぎのやつさ、あんたらのこと庇ってヴぁっかりで…… あたしのこと、おかしいとか言い始めて……」

 日下部さんは目を血走らせて続けた。

「正直、ひぃらぎがフラれたのは、あたしにとっては嬉しくもあったんだ。ひぃらぎを悲しませたのは許せないけど…… これでまた、ひぃらぎはあたしのところに帰ってくる、ってね。でも……」

 ゆっくりと続けた。

「……でも違った。帰ってきても、あんなひぃらぎはひぃらぎじゃない。あたしの好きだったひぃらぎじゃない。あたしのひぃらぎじゃない…… あんなひぃらぎいらない!!!」




「……だから、『送って』やったんだ。私の好きなひぃらぎでいるうちに」




 そこまで聞いて俺は唐突に気づいた。

 さっきは気づかなかった『送る』の意味に。

 同時に、薄暗い霊安室でのつかさちゃんの言葉が俺の頭にフラッシュバックした。

『本当はお姉ちゃんのクラスのお友達にも連絡しようとしたんだけど、連絡先がわからなくて……』

 ……かがみの友達=つかさちゃんの友達ってわけじゃない。

 そして、かがみとだけ親しかった友達には連絡は行っていないはずなんだ。

 かがみが…… もう、この世にはいないって連絡は。

 それなのに、日下部さんは知っている。

 なぜ……?

 かがみを殺される現場を目撃したのか?

 いや、違う!

 ここまでの日下部さんの言葉。

 どう考えたって!

 推測は確信へ。

 さっきの俺の予想は正しかった。

「日下部さん、あんたがかがみを…… 殺したんだな!?」










 って、あれ!?

 じゃあ、みゆきは……!?

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最終更新:2008年08月08日 15:53