「何度も言わせんな! ひぃらぎはもう死んだも同然だった! 殺したのはお前らだ!」
ダメだ。話が噛み合わない。
日下部さんとみゆきが共犯なのか?
いや、とてもそんな風には見えない。
みゆきに確認したい。
みゆきに会って……
でも、今は…… それどころじゃ……
「おい、ケータイ出せ」
「……え?」
「ケータイでピンクわかめを呼び出んだってヴぁ!」
「冗談きついぜ! みゆきを呼び出したら、あんたはみゆきを殺すんだろ!?」
「当たり前じゃん」
「だったら呼ばねーよ。呼ぶわけねーじゃ――」
「ふ~ん、もう2~3回刺されないとわかんねーかな?」
再び俺の下半身に狙いを定める。
下半身ならいくら刺しても死なないと思っているのだろうか? でもさすがにこれ以上刺されると……
上半身は無事な俺だが、刺された腰の痛みで身体を起こせない。
故に身を守ることも…… できない!
「今度は[ピーーー]でも突き刺してやろうか?アハハハハハハハ!」
「んな!?」
それはキツい! キツ過ぎるぞ!
「ちょ、ちょっと待て! みゆきを呼んだってあいつはきっと来ない!」
「あ~ん? そんなわけないだろ!? ひぃらぎから奪ってまで手に入れた彼氏だぞ。呼ばれてこないってなんなんだ? 大体さっきまで一緒にいただろうが!?」
うヴぁってまで……か。
「俺とみゆきのこと見張ってたみたいだけど、会話までは聞いてなかったみたいだな? おれはさっきみゆきから逃げたんだッ! 自分の責任から逃げたんだ! そんな俺のところにあいつはもう……」
きっと来てくれない。
[ピーーー]を突き刺されたくないがために、時間稼ぎとして口から出た言葉だったが…… それは、ほとんど俺の本心だった……
みゆきはきっと俺に失望してるだろう……
今更呼んだって……
「なんだ、喧嘩でもしたのか?それなら最初からひぃらぎを選べっつーの! まあ、なんだか、よくわかんねーけど……」
俺の言葉をつまらなそうに聞いていた日下部さんは、感情のこもらない声で言った。
「じゃあ、お前からケータイ奪って、あたしが呼ぶ」
「う……!?」
「ケータイ出せ。抵抗すんなよ? 抵抗したら[ピーーー]を突き刺す。さ、出せ」
「……ッ! クッソ! 嫌だ! 両方嫌だッ!」
「あっそ、じゃあ……」
日下部さんがナイフを構える。
俺は何とか体をよじって逃れようとするが…… うまく力が入らない。
そして、ナイフを――
――ビュン!!
とは、振り下ろされなかった。
「かわいそうに…… 男さん、こんなに傷だらけになって…… しかもびしょびしょに……」
振り上げられた日下部さんの腕を後ろから掴んでいたのは――、
みゆきだった。
「傘をお持ちしました。男さんったら傘も持たずに急に駆け出すんですもの。びっくりしちゃいました」
にっこりと笑うみゆき。
驚愕の表情は日下部さん。
「み、みゆき…… さっきは……」
俺の表情は……
「さっきはごめん! 俺…… 俺……」
……罪悪感と少しの恐怖感を混ぜた表情、だったと思う。
「は! ちょうどよかったぜ! 呼ぶ手間が省けたってヴぁ!」
身をよじって、みゆきの手をふりほどいた日下部さん。
こちらは驚愕の表情は歓喜ともとれる歪んだ笑顔へ
そして嬉々としてみゆきへナイフを突き出す。
「……ッ!! み――
一瞬だった。
一瞬で……
一瞬で、みゆきは突き出されたナイフを避け、
一瞬で、ナイフを持った左手の手首を取り、
一瞬で、捻り上げ、
一瞬で、さらに左腕の肩関節を極めて、
一瞬で、ぬかるんだ地面に日下部さんを押し付けた。
――ゆき!? って、え!? あれ!?」
次の瞬間には、日下部さんの動きを封じていた。
「――ッ!!」
日下部さんはなにが起こったかわからないといった表情をしていた。
この動きは…… 合気道?
「いたたたた!! 畜生!! なんなんだってヴぁよ!? これ!?」
こなたが格闘技をやっていたというのは聞いたことがあるが、みゆきもというのは知らなかった。
そんな風には微塵も見えなかったが……
しかし、こうして現実に日下部さんを完全に制圧している。
「男さん……」
みゆきはそんな日下部さんの言葉を無視して俺に言う。
日下部さんを押さえ込んだまま。
「男さんは勘違いしてらっしゃいます」
「え?」
「確かにさっきは、男さんが駆け出してしまった時はショックでした。こんなに私は頑張っているのにどうして男さんに伝わらないんだろう? って思いました。でも、でもですよ……」
でも……?
「これくらいで男さんに失望するほど、私の気持ちは脆弱なものではありません」
「み、みゆき……」
「ローマは一日にして成らず、です」
再びにっこりと微笑む。
女神の笑顔。
しかし、その笑顔はすぐに消える。
「畜生! 離せ! 離せってヴぁ!」
日下部さんに冷えた眼を向ける。
「日下部さん?」
「なんだよ!?」
「あなたずいぶん怒ってらっしゃるようですけど、私も少し怒っています。男さんにこんなことして……」
その姿に、俺は再びかすかな恐怖を感じた。
「An eye for an eye, a tooth for a tooth.」
「は? 何言ってんだってヴァよ!?」
「日下部さん、勉強はあまり得意ではないようですね?」
「うるせえ!」
「教えて差し上げますよ。An eye for an eye, a tooth for a tooth.日本語訳は――、
―― 『目には目を、歯には歯を』」
そのみゆきの言葉と、
コキン! という乾いた音が響くのは、ほぼ同時だった。
……次の瞬間には日下部さんの左腕が、あり得ない方向に曲がっていた。
最終更新:2008年08月09日 10:08