車椅子の扱いにも、だいぶ慣れてきた。
正直言うと、慣れる気なんてさらさらないんだが、医者の話によるとリハビリには時間がかかるということだった。
今日だって、本当は松葉杖でもいいから自分の足で立って出迎えたかった。
リハビリ施設に入っている俺を見舞いに来てくれるみゆきを。
しかし、それはまたいずれということになりそうだ。
「男さん!」
ロビーで俺を見つけたみゆきが俺に駆け寄ってきた。
「よ!」
「お元気そうで何よりです」
「みゆきも元気そうで安心したよ」
「リハビリは順調ですか?」
「まあね。ほんとは車椅子じゃなくて自分の足で立って出迎えたかったんだけどな」
「焦っちゃダメですよ」
「わかってるよ」
「このところあまり来れなくてすみませんでした。でもやっと、夏休みの課外授業が終わりましたから、明日からは毎日来ますね」
「ありがとう。でも勉強は大丈夫?」
「ええ、受験勉強も今のところ順調ですから。男さんにも教えて差し上げますよ」
「はは、最強の家庭教師だな」
みゆき。
俺の彼女。
容姿端麗。頭脳明晰、品行方正、理想の女神様だ。
あえて不満を言うなら、自分がちっぽけに見えてしまうところと、たまに黒いところを出すところ、ちょっと思い込みが激しいところくらいかな。
でも、以前、ドーナツ屋で俺がフラれたときや、かがみにひどく当たったときのようなあのみゆきはもう出現しなくなった。
俺が生死の境をさまよっている時や、その後の入院生活、リハビリにおいて献身的に看護してくれて、そのときの経験から医者になりたいという気持ちを強めたらしい。
現在、医学部目指して猛勉強中だ。
俺との格差は開いていくばかり……
授業にまったく出てない俺に定期的にノートを持ってきてくれていたが、今では家庭教師みたいな感じになっている。
みゆきだって受験生なのだから、なんだか申し訳ないが、みゆき曰く
『他人に教えることで自分の理解も深まりますから』
……何という、優等生発言。
……え? 俺?
これでも法学部を目指して勉強中だ!
ぶっちゃけ、合格どころか、出席日数が足りなくなりそうで今年中に卒業できるかどうかも不明だが……
何故、法学部かというと…… それはかがみが弁護士を目指していたということを知ったからだ。
俺なりの罪滅ぼし…… なんてカッコつけるつもりじゃないけど。
まあ、サッカー辞めて以来、初めてちゃんとした目標ができたし、それに無事に弁護士になれればみゆきとの格差もそんなに気にしなくていいだろう、という安直な理由もある。
「こなたやつかさちゃんは元気?」
「ええ。泉さんは夏コミとか言うお祭りの準備で忙しそうでした」
「……相変わらずだな~ あいつも」
「つかささんは最近、懇意にしてる男性がいるらしく、お付き合いするのも時間の問題のようですよ」
「おお~! ま、つかさちゃん、かわいいしね。でも、あのつかさちゃんの不思議ワールドについていけるとは、なかなかの強者だな」
「うふふ。今度、またお二人ともお見舞いに来てくださると言ってましたよ?」
「そっか、ありがたいな」
俺とみゆきの関係と、かがみの事件との係わり。それらのことをこなたやつかさちゃんがどこまで知っているのかはわからなかったが、以前と同じように接してくれるのは本当にありがたかった。
俺は、窓の外を見やる。入道雲がひろがり、完全に季節は夏だ。
俺がここに来た時にはまだ梅雨の頃だったのに。
「いいお天気ですね」
施設内の廊下を進みながら、みゆきも窓の外を見やった。
車椅子はみゆきが押してくれている。
「でも、外は暑いだろーな」
「ええ、今日も35℃以上あるとか……」
「まったく埼玉って何でこんなに暑いのかね~?」
セミの鳴き声が建物の中にまで聞こえてくる。
「男さん……」
「ん?」
「早く良くなってくださいね。それまで…… 私、こうして男さんのそばにいますから」
「ありがとう。でも……」
「え?」
「良くなった後も、そばにいて欲しいけどな」
「え? あ、はい。も、もちろんです!」
真っ赤になったみゆきが言う。
「ずっと…… 男さんのそばに」
転入して、辛いこともあった。
かがみというかけがえのない存在を失った。
けれど、それを乗り越え、今に繋げて、この人生を生き抜いていかなきゃならない。
そして、俺たちは現在進行形のこの人生をさらに未来へと繋げていかなきゃならない。
それができなかったかがみの分も……
――願わくば、辛いことよりも、楽しいことのほうが多いものになりますように。
窓の外に広がる夏の空を、そしてやさしく微笑むみゆきの顔を見上げて、俺は切に願った。
Fin.
最終更新:2008年08月13日 17:47