足を止める。
遥か向こうに見える、いつか見たのと同じ…いや、同じようで違う光景。
「あ……」
拳が自然と握られて震える。
やがて全身に何かが染み渡っていくのがわかった。
「どうしたの?」
「……」
尋ねられても答えられない。答えられるはずもない。
しっかりと繋がれた二人の手が目にしっかりと映る。
「――」
そして、次の瞬間に「その光景」を見た時。
私は踵を返してその場から走り出していた。
「こなたっ!」
勢いで走り出してかがみを置いてきてしまったことを後悔する余裕もない。
――もう何も考えられない。
歯を食いしばって私はあてどもなく走り続けていた。
「…っ」
ただただ走る。
わかっていたのに。いつかはこうなるんじゃないかとわかっていたのに。
「は…っ!」
気付くはずがない。気付いてもらえるはずがない。
男にはゆーちゃんしか見えていなかったから。私もまた、気持ちをアピールする
ことなんかできはしなかった。
「は、はは…」
そんな勇気、持ち合わせていない。
バカなこと言って笑ってもらうくらいしかできなくて…真面目に気持ちを伝える
度胸をいつまで経っても私は持つことができなかった。
(それに…そんなの、私には似合わないよね)
お似合いの二人じゃないか。
男は面倒見もいいし、意外に(と言うと本人は怒りそうだけど)頼りになるし、
ゆーちゃんの良さは私が一番わかっている。
だから、これでおしまい。
少しだけ泣いたら明日からはまたいつもの泉こなたに戻る。
「…まぶしいなあ」
夕日のオレンジ色の光が、一度は止まった涙を再びあふれさせた。
心の中でわかっていた、わかっていたんだ。
私は――ずっと、男が好きだったことを。
そして…それがきっと叶わないことも。
『ゆたか、補助頼むよ』
『はい』
いつからだったか、ネトゲのパーティーにはあの子も加わった。
男を半ば強引に誘って始めてもらったのだけど、今は人数も増えている。
『ちょっとこなた、召喚多すぎじゃない!?』
『このくらいは想定の範囲内だよ』
『30匹のどこが想定内よ…』
一緒にかがみも巻き込んでみたんだけど、思った以上にこのゲームは楽しくなった。
でも、あの日以来…何か違ってきている。
楽しいことに違いはないのだけど…なんか、もやもやする。
『よし、こっちは片付いた』
『私の方もだいじょうぶです』
『こなた、そっち援護いる?』
『はっはっは、心配無用だよかがみん。10匹程度ならどうにかなるって』
戦略は頭の中に入っている。
この程度の状況は簡単に突破できる。攻略サイトもあるけど、長くこのゲームを
やっていると新しい敵が実装されても対処法は自然とわかるのでそんなの必要ない。
…男に廃人と呼ばれるのもうなずけてしまうけど。
『おっけー。みんなどこ?』
『出口付近に集まってボスと交戦中』
『了解』
ゲームでうまくいっても現実ではシミュレート通りにいくことはそう多くない。
…ほんと、難しいものだ。
『お待たせ~、って男やられてんじゃん!』
『わりいわりい。ちょっとしくじった』
『蘇生しますから待ってください』
かがみの回復に回っていたゆーちゃんがすかさず男のキャラを蘇生。
すぐにボス戦でHPの減っているかがみの回復に戻る。
『サンキュ』
『どういたしまして』
なかなかどうして、機転の利く。
始めてからまだ長くないのに戦い方はすっかり飲み込んでいる。
何より…男との連携がうまい。
『ふー、やっと倒せたね』
『みんなお疲れ様』
やっぱりだめだ――本来の私に戻るなんてこと、結局できてない。
せめてみんなの前でだけでもいつもの自分を演じていかないと。
いつもの…自分を。
『今夜はこれで解散しよっか。私もさすがに眠いや』
『げ、もう2時じゃねえか』
『わ…ほんとですね』
『今日が日曜だからよかったようなものの…こなたがボスマップに行こうなんて言うから』
『まあまあ。レアアイテムも手に入ったからいいじゃん』
二人の距離が確かに縮まっていること、他のみんなは気付いているんだろうか。
一緒に出かけることが多くなって、ゆーちゃんも男も幸せそうで。
私はそれを笑顔の仮面をかぶって遠くから眺めている。
『それじゃ解散~。おつかれさま』
『はーい』
『みんなおやすみ』
ログオフしてパソコンの電源を落とし、部屋の電気を消してベッドに潜り込む。
「……」
最近、眠れない。吹っ切りたいのに吹っ切ることができない。
未練がましいと自分でも思う。それでもあの二人が笑顔でいるところを
思い出すと胸が締め付けられそうになる。
二人が付き合ってるとか自分から言い出したわけじゃない。
でも、わかる。私にだけはわかるんだ。
上級生と下級生、兄と妹…そんな関係からはずっと進んでいることが。
(はあ…)
勘違いで済むのならその方がいい。
一人で悩んで一人でうじうじしているだけだったんだと、一人苦笑いして
済ませられたなら――そうだったならどんなによかったか。
だけど見てしまったから。
「…ゆたか」
手を繋いでいた二人が、
「はい」
桜の樹の下で。
「――俺も、好きだよ」
そっと口付けをかわした光景を。
最終更新:2008年09月24日 02:35