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桜の花が舞う季節になった。
2004年の春。
“向こう側”ではこなたが引っ越して行った年だ。
俺はこの一年半、充分過ぎる位準備をしてきたと思う。

四年生のクリスマスイブの日、俺は家族と共にこなたの家で過ごした。
その時、“初めて”こなたの父親と(正確には俺の両親とこなたの父親が)話をした。
こなたの父親は―――当然最初は渋っていたが―――俺とこなたの友達のみゆきさんが、『高良』の娘で、俺が父親たちの思惑を知っていて協力するという事を聞くと、首を縦に振った。
こなたは奥の部屋でずっとゲームをしていた。
こなたの父親が首を縦に振るのを確認したのち、俺とお姉ちゃんはこなたと一緒にゲームを始めた。
…相変わらずこなたは格ゲー強いな…
この場にいて、何も知らないのはこなただけ。
なんだか後ろめたかった。
でも、こなたにはまだ知らせない方がいい―――お姉ちゃんの提案だった。
俺もそう思った。

五年生のクリスマスイブの日、俺とこなたはみゆきさんの家に招かれて一緒にクリスマスパーティーをした。
家にはみなみちゃんもいた。
みなみちゃんは相変わらず無口だけど、あれから何度も遊び(もちろんみゆきさんも交えて)、最初よりは随分と懐いてくれた。
みゆきさんのお母さんにも会った。
優しい人だった。
家に帰るとお姉ちゃんがむくれてた。
「なんで私だけ仲間はずれなのよー!」
仕方ないじゃん、お姉ちゃんとみゆきさんはあんまり面識ないんだから。
それに授業あったんでしょ?大学生。
『黒井先生』はもうすっかり『お姉ちゃん』だ。
お姉ちゃんは、俺と話す時だけは素になって標準語だ。
外でも普通にしゃべればいいじゃん?
「ウチは今までずっと『黒井』だったんや。外ではこれがウチなんやで。」
二人で並んで外を歩いたとき、お姉ちゃんはそう言っていた。

たぶん、すべては順調だった。
ひとまずはこなたの父親も、俺の親たちも派手な動きはしていない。
こなたの引っ越しは回避できているはずだ…

明後日は六年生としての初めての登校と言う日、父さんが俺に話しかけてきた。

男父「なあ、男。」

男「ん、何父さん。」

男父「…二年前だったか、お前があの子と友達だって言ってきたのは。」

『あの子』とは当然みゆきさんの事だ。

男「そうだね。」

男父「正直あのときは驚いたな。」

男「…俺だって驚いたよ。父さんの日記見た時は。」

男父「…そうか。………お前には感謝しなきゃな。お前のおかげで、より安全な道を歩ける…そして家族みんな一緒で暮らせる…。」

父さんの口調は、凡そ小学生に語る口調じゃない。
俺の言動はたぶん、大人び過ぎているのだろう。
父さんは大学出た後も、普通の会社ではなくずっと研究員として生活している。
そういった人生が父さんを一般的な社会常識から引き離しているんだろう。
でもだからこそ、俺は父さんには、自分が高校生あるいはそれ以上の感覚で接せる。

男「何言ってるの、父さん。まだいろいろ解決した訳じゃないんでしょ?」

男父「まあな…実はここだけの話だが、父さんは……このまま平和にみんなが暮らせるんなら復讐なんてしなくていいんじゃないかって思うんだ。…そうじろうさんには悪いが。」

男「…」

父さんはこなたの母親―――かなたさんとは高校からの友達らしい。
他の三人(母さん、こなたの両親)はもっと昔からの幼馴染だという。
父さんが、『復讐』を止めたいと言ったのはちょっと意外だったが、それを考えると、三人(こなたの父親と俺の両親)の中ではそう言う可能性が一番あり得る人だ。

男父「お前も、高良さんのとこの子と仲良くなったみたいだしな…」

男「…父さん、本当は俺もそう思うよ。…いつかみんながそう思えたらいいね。」

次の日、うちにこなたとみゆきさん、そしてみなみちゃんが来て四人で遊んだ。
こなたがいると相変わらずゲーム。
かわりばんこで対戦をする。

こなた「はっはっはー!無駄無駄無駄ァァァーー!!」

男「お前なんで俺ん家のゲーム俺よりうまいんだ!!」

こなた「それは男に愛が足りないからだよ。」

みゆき「あ…愛…ですか…?!」

男「みゆきさん…こいつの言う事は気にしないでいいよ…」

こなた「そして時は動き出す…」

男「お前だけ設定下げるから。」

こなた「望むところだよ…!」

男「じゃあ次みなみちゃんやってみる?」

みなみ「あ……うん…やってみる。」

男「はい。」

コントローラーを渡す俺。受け取るみなみちゃん。
…固まるみなみちゃん。

男「えと…操作説明する?」

みなみ「………うん。」

男「えっとね…」


みなみちゃんはペット●ョップを選択する。
それを見て俺はみなみちゃんの耳元に小さな声でアドバイスをする。

男「………。」
みなみ「………うん。」

こなた「ふふふ…ちょっと設定いじった位じゃあ私には勝てないよー!!」

FIGHT!!

始まった瞬間画面の左上に寄るペット●ョップ。
こなたの表情から笑顔が消えた。

こなた「ま…まさか…。」

こなたの攻撃はすべて当たらない。

こなた「しまった!!」

こなたがそう気づいた時はもう遅い!みなみちゃんは遠隔操作の氷トラップで地道にこなたの体力を削っていく!!
そしてこなたは一撃も与えられないまま時間切れとなった。

みなみ「……勝った。」

こなた「おーとーこー」

男「ふっふっふ…自慢のナイフも当たらないだろう!」

こなた「うー!今後はそのハメ禁止だー!!」

男「攻略法はあるんだけどなー」

こなた「くっ!……男、このゲーム貸して。」

男「えー」

こなた「かーせー!!!」

夕方になってみんなは家に帰る時間になった。

こなた「じゃ明日は起こしてねー!」

男「自分で起きろ!」

みゆき「ふふふ…じゃあ私が起こしてあげましょうか?」

こなた「うっ…それは悪いので結構デス。」

こなたは俺のゲームを小脇に抱えながら言った。

みなみ「あの……」

みなみちゃんが俺の服の裾を少し引っ張った。

男「ん?どうしたの?」

みなみ「……て………と」

男「え?」

俺はみなみちゃんに耳を近付けた。

みなみ「勝たせてくれて…ありがと…。」

男「うん。」

俺がみなみちゃんの頭を撫でるとみなみちゃんはちょっと俯いて赤くなった。

みゆき「みなみさん、一緒に帰ろう?」

みなみ「あ……………うん。」

三人はそれぞれの家に帰って行った。
それと入れ違いにお姉ちゃんが玄関に滑り込んでくる。

ななこ「ただいまー!おー友達来てたんかー?」

男「うん、おかえり。」

男母「お帰りーななこ。」

俺が自分の部屋に入ると、お姉ちゃんが続いて入ってくる。
…まあ、お姉ちゃんと一緒の部屋だから当然なんだけど。

ななこ「なあ、男?」
男「ん?」
ななこ「モテるのね。」

男「…え?」

お姉ちゃんの言葉はいつの間にか二人でいる時のだけの『お姉ちゃんモード』になっていたので驚いた。
そしてその言葉は俺をからかってるのかと思ってが、お姉ちゃんの顔は真顔で、なんだかちょっと怖かった。

男「…お姉ちゃん?」

ななこ「もうお風呂入った?」

男「……まだだよ。」

ななこ「じゃあ入ろ?」

男「……うん。」

お姉ちゃんは着替えを出して部屋を出て行った。
リビングの方から声が聞こえる。

ななこ「先お風呂入るわー!男ーおいでー!」

一緒にお風呂入って、母さんと三人でごはん。
父さんは今日も遅いらしい。
いつもの日曜日。
お姉ちゃんはその後はいたって普通。
いつもの明るい、関西弁もどき。

寝る時間が近づいて、お姉ちゃんが俺の腕を少し強く引っ張った。

ななこ「ねよ。」

男「…うん。」

少しだけ感じた違和感。
この感じ、どこかで感じた様な気がする。
どこだっけ?
いつだっけ?

お姉ちゃんは俺のほっぺたに軽くキスをすると俺を抱き枕にして寝息を立て始めた。

…あぁ…思い出した…
…でも…
…お姉ちゃんはお姉ちゃん…
…そんなはずは…
…無い。

眠れない夜は、目を閉じて、明日が来るのを待った。
明日は学校。

「どっか行ったー?」
「あっ宿題持ってくるの忘れた!」

教室内にはクラスメートたちの言葉が響く。
俺たちは六年生になった。

みゆき「おはようございます。」

男「あ、おはよ。」
こなた「おはよーみゆきさん、昨日ぶりー。」

五年生のクラス替えのとき、俺とこなたとみゆきさんは同じクラスになった。
俺の記憶の中の“向こう側”では、クラスにこなたが居たのは覚えてる。
だけどみゆきさんは居ただろうか?
俺の記憶があいまいなのか…それとも“こちら側”の事実がもう変わり始めているのか?
当然アルバムなんて手元にはなく、確かめることはできない。

先生が入ってきて、六年生最初の授業が始まった。
六年生の授業は、毎日六時間目までびっしりだ。
とは言っても終わるのは三時半で高校生に比べれば当然時間がある。
それでもこなたには午後の授業は苦痛な様で、春眠暁がなんとやらを貪っていた。

先生「誰か泉を起こしてくれ。」

その声を聞いたこなたの隣の席のみゆきさんが、こなたの肩をぽんぽんとたたく。

こなた「シィィィィィィザァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!………ん?」

寝ぼけたこなたの叫び声にクラスが笑いの渦に包まれる。
みゆきさんも口元を押さえて少し笑っている。
先生は少し困った顔。
………………やれやれだぜ。


放課後になると突然元気になるこなた。

こなた「おっし!!今日はこの間のリベンジだよ!!!」

男「夢に出る程ゲームすんな!!」

みゆき「うふふふふ…」

こなた「とりあえず男には確実に………勝つ!!」

みゆき「あ」

みゆきさんが少し変な声を出したので俺とこなたはみゆきさんの方を向いた。

みゆき「あの…今日はゲームをするんですか?」

男「俺はする気無いよ?」

こなた「しょ…しょんな…」

みゆき「あっ…あの予定があるのでしたら別にいいんですけど…」

男「ないない。」

こなた「うー。」

みゆき「今日はうちで遊びません?」

男「うんそうしよう。」

こなた「おーとーこー」

みゆき「あの…別に無理しないでいいですよ…?」

男「大丈夫、てか何かあるんでしょ?みゆきさんがそういう風に言うってことは。」

みゆき「え…ええ実は。」

男「ほらこなた、ゲームは逃げないんだから今日はみゆきさん家行こうぜ?」

こなた「うーん…しょうがないなぁ。」

みゆき「す…すいません…」

男・こなた「い…いや、みゆきさんは悪くないから!!」

男「でも、何があるの?」

みゆき「えと…お二人はケーキ、好きですか?」

男「うん。」

こなた「うむ。」

みゆき「じ…実は…」

―――昨日。

「みゆきちゃん、お母さん突然ケーキ食べたくなっちゃったな。」

みゆき「いいですね。週末でも一緒に買いに行きますか?」

「ううん、お母さん今食べたいの。」

みゆき「えと…もう遅いですけど、コンビニエンスストアに行けば売ってますよ。」

「えーと…あ、あったわ~」

みゆき「?」

「ここに注文しましょう!」

みゆき「…こんな時間にお店空いてるんですか?」

「大丈夫よーお得意様だし~」

みゆき「めっ…迷惑ですよ!!」

「ピッポッパっと♪」

みゆき「はぁ…」

「…みゆきちゃんは何ケーキが良い?」

みゆき「…えっと…チョコレートで…」

「了解♪…じゃあフルーツとチョコをお願いしまーす!」

みゆき「…」

一時間後。

「うーん!おいしいわぁ!!」

みゆき「…」

「みゆきちゃん…さっきから黙って…おいしくないの?」

みゆき「お母さん………なんでホールのケーキが二つもあるんですか…?」

「だってーホールじゃないとお届けしてくれないって言うんだもん。」

みゆき「………」

みゆき「と言う事がありまして…うちには1ホール半のケーキがありまして…」

男・こなた「………」

俺とこなたがみゆきさんの家に着いてしばらくすると、みなみちゃんもやってきた。

みなみ「あ………こんにちは…。」

俺たちに気づいてちょっと伏し目がちに挨拶するみなみちゃん。
4人で1ホール半のケーキを食べる。
と言ってもみゆきさんは流石に食べ飽きてしまったのか、一切れが限界のようだ。
みゆきさんはみんなの分の紅茶を淹れてくれたり、お母さんの面白話を聞かせてくれたりした。

こなた「いやーみゆきさん最高だよ!」

みゆき「良かったです。」

みゆきさんはにっこり笑って言う。
たぶん本当に良かったんだろう。いろんな意味で。

男「みなみちゃんはチョコのが好きなんだね。」

みなみ「!!!………うん…。」

突然話しかけられてちょっとびっくりさせてしまったみたいだ。

男「おいしい?」

みなみ「……うん………おいしい……ありがとう…みゆきお姉ちゃん。」

みゆき「どういたしまして。」

団欒の中、みゆきさんのお母さんが帰ってきた。

「あらー皆さんこんにちはーゆっくりしていってね。」

皆「おじゃましてます。」

「あら…みゆきちゃん、おいしそうなケーキねー私も食べたいなー」

みゆき「じゃあいっしょに食べますか?お母さんの分も紅茶入れますね。」

みゆきさんのお母さんも交えて豪華なおやつの時間が過ぎて行った。

みゆきさんが片付けをして、こなたはみゆきさんの部屋の本を物色し始めた…読む気はないようだが…。
必然的に俺とみなみちゃんが、そのままの位置で取り残される。
みなみちゃんは何か言いたげに、こっちをチラチラ見る。
たぶん、気まずいから何か話そうとしてるけど、うまくきっかけになる言葉が見つからないのだろう。
何となくそんな空気を感じたので俺はごく自然に話しかける事にした。

男「おいしかったねー?」

みなみ「あ……………うん。」

男「みゆきさんのお母さんて面白い人だね。昔からああなのかな?」

みなみ「うん………そう。」

男「そうなんだ。でもこんな失敗だったらまたやってほしいよね。みゆきさんには悪いけど。」

みなみ「………お兄ちゃんは………ケーキ好きなの……?」

男「うん、甘いものは普通に好きだよ。」

そこで飛び込んできたこなたによって、みなみちゃんとの会話は遮られた。

こなた「なー男!みゆきさんの本棚にはマンガがないよ!!」

男「そんな世界の終りみたいな顔すんな!」

みゆき「どうしました?」

片付けの終わったみゆきさんが入ってきて、四人で少し話した後、もう夕方が近くなっていたのでそれぞれの家に帰ることになった。

男「じゃあ、今日はごちそうさまでした。」
こなた「でしたー!」

みゆき「いえいえ、こちらも助かりました…本当に。」

男「ははは…。」

みなみ「………ごちそうさまでした。」

みゆき「いえいえ、また遊びに来てね?みなみさん。」

みなみ「………うん。」

みゆきさんとみなみちゃんと別れて、こなたと一緒に家に向かった。
みゆきさんとみなみちゃんは、見えなくなるまで手を振っていた。

授業が始まって最初の土曜日。
俺は家でゆっくりしていた。

前の日の放課後、こなたにアキバに誘われた。
なんでも東●国際アニメフェアで買い逃したグッズを買いに行くんだとか。
発案者(と言うより買い逃した張本人)はこなたの父親らしい。
……成程、こうやってこなたは“その手の”エリートへと成長していったのか…

男「俺は遠慮します。」

こなた「せっかく私が男を一流の傭兵にしてあげようと思ったのに…」

男「おじさんと行くんだろ?たまには家でゴロゴロしたいよ。」

こなた「んーそっか。じゃあまた今度と言う事で。」

男「その今度は出来るだけ遠くにしてくれ。」

“向こう側”でこなたとアキバに行った事を思い出す。
…そう言えばあれがあったから、俺は今“こっち側”に居るのかもな…
そんな事を考えていると玄関の方でチャイムが鳴った。
慌てて出ようとすると、母さんの「はーい!」と言う声が階下から聞こえた。
………そっか…今は“こっち側”だったんだ……母さんは…生きてるんだ………。
俺はちょっとだけこなたに着いて行かなかった事を後悔した。
着いて行けば、帰りに変なカード渡されて…


いや!それは無い!!
俺は一瞬だけよぎった甘えを振り払った。
『次』なんて無い!
これが最後なんだ!!
“ここ”でこなたを幸せにしなければいけないんだ!!!
俺はあの薄暗い部屋でのマクスウェルの言葉を思い出した。

男母「男ー!お客さんよー!!」

俺の考えを遮るように母さんの言葉が耳に届いた。

男「はーい!」

…誰だ?

玄関に立っていたのは、年齢の割には背の高い女の子だった。

男「みなみちゃん!どうしたの?」

みなみ「あの………」

男「とりあえず上がりなよ。」

みなみ「………うん。」

みなみちゃんは小さく頷くと俺の後に着いて家に上がってきた。
俺の部屋に着いて、クッションに座るとモジモジしながら言った。

みなみ「お菓子……作ってきたの……上手じゃないけど……。」

みなみちゃんはそう言うと机の上に小さな包みを置いた。
開くとチョコブラウニーが入っていた。
…………そっか……この間『ケーキ好きなの?』って聞いてきたもんな……。
俺はなんだか本当に妹ができたみたいで嬉しかった。

男「ありがとう!今お茶淹れてくるから、一緒に食べよう?」

みなみ「うん……!」

いつもクールで…悪く言えば無表情なみなみちゃんが、本当に心から笑った顔を見たのはこの時が最初だった気がした。
その時は素直に、みなみちゃんの笑顔を『可愛い』と思った。

俺がリビングに行くと母さんが余所行きの服に着替えていた。

男「ん?母さんどっか行くの?」

男母「うん。父さん今日はもう仕事終わりみたいでちょっとデートしてくるの。」

男「ふーん。」

男母「確かみなみちゃんだっけ?ちゃんとお茶くらい出しなさいよ?」

男「うん、今出すよ。」

男母「よろしい。」

男「お姉ちゃんは?」

男母「さあ?今日は友達とご飯食べに行くって言ってたけど…?」

男「そっか。」

男母「それじゃ行ってくるからね。六時には帰るから。」

男「うん、行ってらっしゃい。」

母さんが玄関から出て行ってすぐに、やかんが沸湯を告げた。
ティーパックを入れた二つのコップにお湯を注ぐとそれを持って二階に上がっていった。

男「みなみちゃん、砂糖とかミルクは?」

みなみ「あ……ミルクが…欲しいです。」

男「了解。」

もう一度一階に戻りミルクを持つと再び二階に舞い戻った。
みなみちゃんが焼いたブラウニーはちょうどよい焼き加減で、しっとりとしておいしかった。

男「自分で焼いたんだよね?みなみちゃんはお菓子作り上手なんだね。」

みなみ「あ…///……お母さんに教えてもらって…練習したの…。」

男「そうなんだ。でもきっと才能あるんだよ。」

みなみ「………///」

しばらくみなみちゃんと話をした。
…と言ってもみなみちゃんの言葉は1~2小節で終わってしまうのだが。
でも、みなみちゃんはペラペラしゃべるのが苦手なだけで、すごく優しくて、いい子だ。
きっと口下手なせいで、周りの人には“怖い”とか“暗い”とか勘違いされてしまう事もあったかもしれないし、これからあるだろう。
でも、ゆっくり話しかけて、じっくり話しを聞いてあげれば、みなみちゃんはちゃんと言いたいことが言えるし、たくさんの表情を見せてくれるのだ。

みなみ「………お兄ちゃん。」

男「ん?何?」

みなみ「今度………私の家にも………遊びに来て。」

男「……うん!みなみちゃんがそう言ってくれるなら今度おじゃまさせてね。」

みなみ「……うん!」

男「みゆきさんは行った事あるんだよね?こなたは行った事ないからきっと喜ぶよ。」

みなみ「………………………………………………………………………………いや。」

男「え?」

みなみ「……………お兄ちゃんと……二人で遊びたい……。」

男「………みなみちゃん…?」

一度も味わったことがないような、いや、何度も味わったことがあるような、不思議な空気が流れた。
俺は何となく笑う事しかできなかった。
…そうだよ、みゆきさんはきっと何度もみなみちゃんの家に行った事があるんだろうし、こなたは第一印象悪かったからなーははは………。
みなみちゃんの顔を見ると、いつものクールな無表情になっていた。
その顔は、まだ小学生とはいえ、整った顔立ちで、まるで丁寧に作られた人形のようだった。
きっと将来はかなりの美人になるだろう…
その整った顔の真ん中の大きく切れ長な目は、じっと俺の顔を見つめていた。

友達と昼食を終えたななこは買ったばかりのバイクで最も安心できる場所に向かっていた。
我が家だから?
ううん、可愛くてしょうがない弟がいるから。
再開した日、十年も会ってなかったのに、まるでつい最近まで一緒に居たような感覚があった。
ずっと会えなかった。
でも今はそばに居る。
失った時間を取り戻すため―――あるいは別の理由のため?
ななこはバイクに鍵をかけると最愛の弟が待つ家の玄関を開けた。

ななこは鼻歌交じりに玄関を抜けた。
右手にはシュークリーム。
弟と一緒におやつを食べようと思ったのだ。

ななこ「ん?」

ななこの目に留まったのは玄関の小さな靴。
…小さな、女の子の靴。

ななこ「…………二階か。」

ななこは足音を消して二階の、ななこと男の部屋に向かう。
中からは確かに二人分の声が聞こえた。

男「………ちゃん……だよ…。」
女の子の声「………うん。」

声はこなたの声では無い。
ななこはそれはすぐに分かった。
こなたの家と自分の家の事は知っている。
こなたはきっと、自分がいない間男の支えになっていてくれたんだろう。
男は……こなたの事が好きだ。
それは男を――こなたよりも見ている自分だからこそ分かる。
こなたはどうか。
今はまだ薄ぼんやりした『好き』程度の気持ちかもしれない。
でもこのまま二人が一緒に成長していったら、それは『愛』に変わるだろう。
男だってきっとそう。
オトコは幼なじみに弱いって言うし。
だからこそこなたの事は男の次くらいによく見ている。
こなたなら許すわ。
だってしょうがないじゃない。
私が居ない間男と一緒に居たのはこなたで、お父さんとお母さんの世代からの知り合いで、男もこなたとその親を救うために頑張った。
その結果私は帰ってこれたんだし、控えめに見ても男とこなたの関係はすごく強いもの。

でも

ダメよ。

こなた以外なんて。

こなたなら許せるんじゃない。

こなたなら、私だって我慢してあげられるって事。

それ以外の奴が男と一緒になるなんてダメに決まってるじゃない。

ああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!


ななこは煮えたぎるような感情とは反比例するように、静かにドアの隙間から中を覗いた。
中に居るのは男と――――切れ長の目の、おとなしそうな女の子。
こともあろうか、その女の子は男の事をじっと見つめて“イイフインキ”だ。

『ふーん・・・あいつかぁ・・・あいつかァァァァ!!!!』

――――――ななこは一度はおかしいと思った。
可愛いとは言え、弟はまだ小学生。
自分とは一回りも違う。
なのに何?
この感情は。
まあ、一回り離れていてもいい。そんなカップル世の中探せば結構いる。
でもそれは、たとえばお互いがせめてもう少し大人じゃないといけないはず。
………たとえば男が高校生くらいならあるいは。
男は22の自分が見ても十分魅力的なのだ。
もちろん男が弟だからってのもある。
………自分はちょっとだけブラコンなのかもしれない。
でもそれを差し引いても、男はきっと成長すればもっと魅力的になる。
それを他の女に………ああああああああああ!!!!!!!
私はね、お姉ちゃんなの!男のお姉ちゃんなの!!!
今までずっと会えなかったんだよ?!もっと私に甘えていいんだよッッッ!!!!
一緒にいろんなとこ遊び行こうよ!!!一緒にご飯食べたりお風呂入ったり眠ったりするのは私だけの権利なの!!!!!!
………………………ヘンかな?私ヘンかな??

『ヘンじゃないよ。』

え?

『大切な弟だもん、ヘンじゃないよ。』

そう……そうよね…??

『弟を守るのは、姉の仕事だよ。』

あ…はは…は……そうだよ!私間違ってなんかいないんだから!!
あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!!!!!!!!!!

ななこは自分の頭の中の問いかけに、一番心地よい『答え』をもらった。
その声が、誰の声かなんてどうでもいい。
私は間違ってないんだから!
弟は私が守って、私が幸せにしてあげるんだからあ!!

みなみ「おにい…ちゃん…。」

男「えっ…あっうん!何?」

みなみ「…私……帰る。」

男「え…ああうん。今日はありがとう。」

みなみ「どっ…どういたしま…ゴニョゴニョ…///」

みなみちゃんの、ちょっと意外な積極性を見てしまったせいで俺はちょっと畏縮していた。
みなみちゃんのさっきの感じ…“向こう側”でつかさの見せたそれによく似ていた。
でもまだ小学四年生のみなみちゃんはあんな事はしないはず。
さすがにそれは考え過ぎだと自分でも思った。
『今まで男の子と遊んだ事無かったのかもな…』
みなみちゃんにとって俺は初めての『お兄さん』なのかもしれない。
そう考えるとさっきの反応もちょっとはうなずける。
『まあでも用心に越したことはないからな…』
俺は今後は、みなみちゃんとは少しだけ距離を置こうと思った。

男「…わっ!」

気づくとみなみちゃんが俺の袖をぎゅっと引っ張っていた。

みなみ「……また来ても………いい?」

男「………うん。」

そう言うと、ニッコリ笑うみなみちゃんを見ると、その後の言葉が出てこなかった。
『今度はみんなで遊ぼうよ』
みなみちゃんを玄関まで見送り、当座かる後ろ姿を見ながら、八方美人な自分にちょっとだけ嫌気がした。

男「はぁ……」

俺はため息交じりに玄関を閉めた。

鍵に手をかけようとした瞬間


     ドーーーーーン!!!!!!!!!!!!!!


巨大な音と共に、今閉めたばかりのドアが開いた。
俺は心臓が一瞬止まった気がした。
開いたドアの先には・・・お姉ちゃんが立っていた。

男「お…おねえ……ちゃ……」

ななこ「ただいまっ!!ねえ、シュークリーム買ってきたんだけど一緒に食べよ?!」

男「あ…あ…」

俺は心臓が、今度はすごいスピードで動き出しているのが分かった。
息苦しくて、うまくしゃべれない。

ななこ「ね?一緒に食べよ?」

俺のお腹は、みなみちゃんの作ってくれたブラウニーで一杯だった。

ななこ「たべよ」

男「た………………食べる。」

ななこ「良かった[ハート]じゃあお茶でも入れよっかな!」

お姉ちゃんがリビングに消えると、俺はその場にへたり込んだ。

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最終更新:2008年11月30日 20:40